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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3194/3865

3194話

 降り注ぐ春風から森の調査をしにきた者達の様子を見てきて欲しいと言われたニールセンは、早速妖精郷を出た。

 そんなニールセンの側にはイエロの姿もある。

 本来ならドッティも一緒に来たいと言っていたのだが、今回は遠慮して貰った。

 イエロは周囲の景色に紛れるといった能力があるし、ニールセンはそもそも小さい。

 だが、そんなニールセンやイエロとは違い、ドッティは頭こそ他のハーピーよりも賢いものの、身体の大きさは普通のハーピーと違わない。

 そんなドッティがニールセン達と一緒に行動するとなれば、見つかる可能性が高い。

 その為、ドッティには妖精郷で待っていて貰うことにしたのだ。


「あれね」


 木の枝の陰に隠れながら、ニールセンは森の中を移動する者達を確認する。

 最初こそ巨大な鳥のモンスターによって起こされたブレスの痕跡に驚いていた様子だったが、やがて他の場所を探索し始めた。


「行くわよ」

「キュ」


 短く言葉を交わし、木の枝を移動していく。

 森の中を移動していた者達は、やがてニールセンの予定通り小屋を見つける。


(このまま小屋の中を調べてくれれば、もしかしたら私達では見つけることが出来なかった何かを見つけられるかも)


 小屋の中を見て、外見から信じられない広さに驚いている者達を眺めつつ、このまま予定通りにいって欲しい。

 そう思っていたニールセンだったが、そんなニールセンの願いは次の瞬間には駄目になってしまう。


「ちょっと、何よあれ……」


 まだ若い男がその場に姿を現したのだ。

 それがただの若い男というだけなら、ニールセンもそこまで気にするようなことはなかっただろう。

 あるいは巨大な鳥のモンスターのブレスを遠くから見て、それが何なのか気になって見に来たといったような者である可能性も十分にあった。

 だが、そんなことではないというのは、男が連れている黒い円球を見れば明らかだ。

 トレントの森で、何度となく……それこそ見飽きる程にみたそれは、穢れ。

 まさかこのような場所で見ることになるとは思わなかった存在だ。


(いえ、あの掘っ立て小屋が穢れの関係者の拠点だとすれば、寧ろここで姿を現すのは当然なのかしら?)


 穢れの関係者の拠点を調べに来たのだから、穢れと遭遇する可能性が皆無ということはない。

 改めてそう納得し……それで問題は、これからどうするべきかということになる。


(あの人達を助ける? けど、助けても私達に利益はそんなにないわよね?)


 これが、例えばニールセンの知ってる者達……レイやその仲間であったり、トレントの森の野営地にいる者達であれば、即座に助けると判断しただろう。

 もっとも、レイなら自分の助けが必要だとは到底思えないし、野営地にいる者の中でもニールセンを不気味な目で見てくる研究者達であれば助けようとは思わなかっただろうが。

 しかし、それ以外……冒険者やリザードマンといった者達なら、即座に助けるという決断をした筈だ。

 しかしそんな者達と違い、視線の先にいる者達はニールセンと全く関わり合いのない者達だ。

 そのような相手を助ける必要があるとは、ニールセンには思えない。

 この辺りの判断のシビアさは、妖精だからではなくニールセンだからだろう。

 妖精の中には助けられる相手は可能な限り助けるといった者もいるのだから。

 そして……


「キュウ、キュウ、キュウ」


 イエロもまた、助けられるのなら助けたいという思いを抱く存在だった。


「そう言われても、相手は穢れを自由に使いこなしてるのよ? とてもじゃないけど、私達だけでどうにか出来るとは思えないわ。何より……何で黒い円球の移動速度があんなに速いのよ」


 男が使いこなす黒い円球の移動速度は、明らかにニールセンが知っている速度よりも速い。

 何故か男はそんな能力を最大限に使うような真似はせず、ニールセンも知っている速度で騎士達を攻撃しているが。

 しかし、それは男が余裕を……あるいは相手に対する侮りを抱いているからこそだろうというのは、ニールセンにも予想出来る。

 ここで下手に自分が攻撃すれば、それこそあの男は今のように相手をいたぶるように攻撃をするのではなく、全力で殺しに掛けるだろう。

 だからこそ、今はニールセンも下手に手を出せないというのもあった。


(あの男が穢れを使っている以上、穢れの関係者なのは間違いない。何をしにここに……というのは、考えるまでもないわね)


 恐らくあの男も、巨大な鳥のモンスターの放ったブレスによる爆発、あるいはその音をどこかで聞いたのだろう。

 その結果として、この森にある自分達の拠点を見に来たといったところか。


(ちょっと待って)


 そこまで考えたニールセンは、ふと気が付く。

 ここが穢れの関係者の拠点であるのは間違いない。

 間違いないが、小屋の中には特に何かがある訳でもなかった。

 それはニールセンが自分の目でしっかりと確認している。

 そして当然だが、あの小屋に重要な何かがないというのは、穢れの関係者達も知っているだろう。

 なら……何故そのような場所に、穢れの関係者と思しき男がやってきたのか。

 つまりそれは、掘っ立て小屋の中に見つかってはいけない何かがあったからではないのか。

 それが具体的になんなのかは、ニールセンにも分からないし、自分達では見つけられなかった。

 しかし、こうして実際に穢れの関係者がやって来ている以上は、掘っ立て小屋に何かがあるのは間違いない。


「助けるわよ。……全員は無理だけど、あの逃げ出そうとしている人だけでも」


 そう決断した理由は、このまま騎士達が全滅した場合、もしかしたら穢れの関係者はそれで満足して、そのまま姿を消す可能性がある。

 勿論、このような騒動のあった場所の近くに拠点があるというのを考えれば、隠している何かが誰かに見つかる可能性はあるので、その何かをあの男が持ち出すかもしれない。

 しかし、それは確実ではないのだ。

 なら、この場から逃げようとしている騎士を逃がす。

 そうすれば穢れの関係者も、この場所に隠しておきたい何かをそのままにするといったような真似は出来ないだろう。

 男が掘っ立て小屋の中にある何かをどこに持っていくのかは分からない。

 別の場所にある拠点かもしれないし……


(本拠地に持っていく可能性もある)


 ニールセンはそう決断すると、イエロに少し動かないように言ってから呪文を唱える。

 妖精魔法によって、地面にあった蔦が蛇のように動きながら穢れの関係者の男に向かって近付いていく。


(焦って妙な行動を起こさないでよ)


 この場から何とか離脱しようとしていた男を見ながら、ニールセンはそう考える。

 もし自分が行動をする前に動きがあった場合、それによって逃げ出そうとしている男を助けることが出来ず、死んでしまう可能性があった。

 そうならないようにする為に、必死になって蔦を動かす。

 やがて蔦は穢れの関係者の男の足下に到着し……次の瞬間、蔦は本物の蛇のように男の足に絡みつく。

 いきなりのことに男は驚き、逃げ出す隙を窺っていた男はそれを見逃さずに行動に出る。


「やったわ!」

「キュウ!」


 思わず出たニールセンの言葉に、側にいたイエロも嬉しそうに鳴き声を上げる。

 双方とも、周囲に聞こえないような小声ではあったが。

 この場から離脱した男が見る間に小さくなるが、ニールセンにしてみれば気にすることはない。

 ニールセンにとって重要なのは、あくまでもここから誰かが逃げ出して、それを穢れの関係者の男に見せつけ、掘っ立て小屋の中にある何かを持ち出させることなのだ。

 それが成功した以上、わざわざそのような相手に関わるつもりはない。


「キュウ、キュキュ、キュウ」


 イエロがニールセンに向かって喉を鳴らす。

 イエロが何を言いたいのかはニールセンには分からない。

 ただ、必死にこの場に残った者達に視線を向けているのを見れば、何となくイエロが何を言いたいのかを理解出来た。

 ここから逃げ出した男は、ニールセンの妖精魔法によってそれに成功した。

 ならば、この場に残った他の者達も助けて欲しい。

 そんな風に思うのは、イエロの性格を考えればおかしくないのだろう。

 だが……そんなイエロに対し、ニールセンはすぐに頷かない。

 ……すぐに拒否しないだけ、まだ可能性はある。

 イエロがそう思ったのかどうかは不明だが、必死になってニールセンに向かって鳴く。

 そして可愛らしいイエロにそのようにされると、先程は断ったというのに心が助けるという方に傾く。


「でも、イエロ。私が助けようとしても、そこまで大きなことは出来ないわよ? 穢れの関係者は妖精の心臓を欲してるらしいし。もしさっきの蔦が私の仕業だと知られたら、それこそ降り注ぐ春風に迷惑を掛けることになってしまうもの」


 もしここで自分が見つかっても、逃げるという手段がある。

 だが、この場所に自分がいたということで、もしかしたら近くに妖精郷があるのかもしれないと考えれば、妖精の心臓を欲している穢れの関係者なら間違いなくこの辺を探すだろう。

 そして事実、降り注ぐ春風が長を務める妖精郷はこの近くに存在しているのだ。

 降り注ぐ春風にもの凄い迷惑を掛けることになりかねない。


「キュウ……」


 イエロもその辺は理解しているのかもしれないが、それでも騎士達を見殺しには出来ないのだろう。

 円らな瞳でニールセンを見る。

 イエロに見られたニールセンは、困った表情を浮かべる。

 だが、やがてイエロの視線に耐えられなくなり……


「分かった、分かったわよ。ただし、さっきも言ったけど私達が……というか、私が協力しているというのを穢れの関係者の男に知られる訳にはいかないわ、絶対に見つからないようにして援護するわよ!」

「キュウ!」


 結局折れたニールセンの言葉に、イエロは嬉しそうに喉を鳴らす。

 そんなイエロの様子を見ながら、呆れるニールセン。

 ただし、この場合はイエロに負けてしまった自分に対する呆れだったが。


(けど、あの人達を助ければ、さっき逃げた人も含めて今回の件について……穢れの件について色々と情報が流れる可能性が高い。それは悪くないことよね?)


 もしニールセンのそんな考えをダスカーが聞けば、穢れの一件で半ば責任者的な立場にある身としては、その情報は出来るだけ広げないで欲しいと思うだろう。

 実際、ギルムにおいて穢れの一件を知っているのは領主のダスカーやギルドマスターのワーカーを始めとした、本当に一部の者だけだ。

 ……今では穢れの研究をするという意味で研究者や、穢れを捕らえるマジックアイテムを作る為に錬金術師達にも知らされてはいるが。

 それでも知ってる者の数は本当に少ない。

 そのようなことになっているのは、穢れが最悪の場合大陸を滅ぼすという言い伝えがあるということも大きいし、何より穢れを倒すことはレイやエレーナのような一部の者にしか出来ず、普通の者達が遭遇した場合は攻撃せずに逃げるのが最善の手段だからというのも大きい。

 だからこそ、情報を知る者は出来るだけ少なくなるようにしていたのに、ギルムとは全く関係のない場所から穢れが現れたといった情報が広がったらどうなるか。

 ここで遭遇した騎士達には、これが穢れという存在だというのは分からないだろうが、それだけに未知の存在として大きな騒動になる可能性は十分にあった。

 しかし、生憎とここにはそのようなことを教えてくれる者はいない。

 まだ子供のイエロは当然のようにその辺りの事情について詳しくないのだから。

 降り注ぐ春風でもいれば、もしかしたらその辺について何か忠告をしたかもしれないが。


「じゃあ、まずは……さっき逃げた相手と同じように、蔦を使って穢れの関係者の邪魔をするわ。いい? くれぐれも私とイエロは見つからないようにするのよ? もし見つかったら……それこそ、どういうことになるのか分からないんだから」


 妖精の心臓を狙っているのはともかく、イエロというドラゴンの子供もここにはいるのだ。

 であれば、もし見つかった場合はニールセンだけではなく、イエロもまた狙われる可能性が高いだろう。

 具体的にイエロのどの部分を欲するのか。

 その辺りについてはニールセンも分からなかったが。


「キュ……キュウ……」


 イエロもイエロなりに、ニールセンの会話から見つかったら自分の身が危険だというのは理解したのだろう。

 分かったと鳴き声を上げる。

 そんなイエロの様子を見ながら、ニールセンは苛立ち混じりに何かを叫んでいる穢れの関係者の男の妨害をするべく、行動を開始する。


(どうやら穢れの関係者の男は、あそこに残った人達がさっきの魔法を使ったと思ってるみたいだし)


 普通に考えれば、穢れの関係者の男の考えは決して間違ってはいない。

 いないのだが、当然ながら真実は違う。

 ニールセンはそんな勘違いに便乗する気満々だった。

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