3180話
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「あ、見えた! 見えたわよ! ほら、イエロ、ドッティ!」
イエロの背中の上に乗ったニールセンが、目的の場所……ニールセンの妖精郷とはまた違う別の妖精郷を見つけ、大きく騒ぐ。
「キュウ!」
ニールセンの嬉しそうな言葉に、イエロも同意するように鳴き声を上げる。
実際には、イエロは高い五感や身体能力を持つ。
子供とはいえ、イエロはブラックドラゴンだ。
そうである以上、実はニールセンが妖精郷を見つけたと騒ぐよりも前に、その場所を見つけてはいた。
もっとも、妖精郷は妖精の魔力やマジックアイテムを使ってその場所を隠されている。
ニールセンの妖精郷においては、霧の空間がそれだろう。
だが、この妖精郷の周囲には特に霧の空間は見えない。
しかし、イエロが……仮にもブラックドラゴンの子供のイエロが見ても分からなかったように、隠蔽という意味では間違いなく高レベルなものだった。
それでもニールセンが理解出来たのは、ニールセンが覚醒して他の妖精よりも一段高い力を手に入れたというのもあるが、何よりも妖精だからというのが大きい。
妖精郷である以上、妖精にはその場所を把握出来るのだ。
「ギャギャギャ」
ハーピーのドッティが、周囲を警戒するように鳴き声を上げる。
何故かイエロとニールセンと一緒にここまでやって来たドッティは、ある意味でこの一行の保護者役とでも呼ぶべき存在になっていた。
イエロやニールセンはそれを自覚していないのかもしれないが。
「ドッティ? どうしたの? ……もしかして、また何かモンスターが近くにいるとか?」
現在ニールセン達がいるのは、森の上空だ。
勿論、その森はトレントの森のような特殊な森でもなければ、ギルム周辺に存在するような辺境らしい森でもない。
一般的な……それこそ、普段から樵が木を伐採しに来たり、猟師が獲物を探したり、あるいは一般人でも木の実や山菜といった山の恵みを欲して来る場所。
とはいえ、今はもう冬だ。
いつ雪が降ってもおかしくはない、そんな季節。
それだけに樵も仕事を終えているし、獲物も少ないので猟師も森に入らず、木の実や山菜も採れないので、それを求めて森に入ってくる者もいない。
それでも森の木々は常緑樹と呼ばれる木々が多い為か、冬ということで葉が落ちている木々よりもしっかりと葉っぱがついてたままの木も多い。
そんな森の中から、何らかのモンスターが自分達を狙っているのではないか。
ドッティの様子から、ニールセンは真剣な表情になる。
トレントの森から何日も掛けてようやくここまで来たのだ。
だというのに、妖精郷を目の前にしてモンスターに殺されるといったことは絶対に避けたかった。
(それに、聞いた話によると妖精郷の近くに穢れの関係者の拠点があるんでしょう? それはつまり、あの森のどこかにそういう拠点があるということだと思うし。そっちに見つかったら、下手にモンスターに見つかるよりも危険よね)
ニールセンは気楽でいられる訳ではないと判断し、周囲の様子を確認する。
ドッティはそんなニールセンの様子を見て、少しだけ嬉しそうな様子を見せていた。
そのような仕草からも、ドッティがただのハーピーではなく、高い知能を持っているのは明らかだろう。
ニールセンもドッティと一緒に行動することにより、ドッティが普通のモンスターではないというのは十分に理解している。
数日前にはハーピーが襲ってきたが、同一種族であるにも関わらず、ドッティはイエロやニールセンを守る為に必死になって戦った。
イエロやニールセンの援護もあり、襲ってきたハーピーは倒した……訳ではないが、撃退することには成功している。
それだけに、ニールセンもイエロもドッティを信頼していた。
(けど、問題なのは妖精郷に入れるかどうかよね。イエロも……どうしようかしら)
ニールセンだけなら問題なく妖精郷に入ることが出来るだろう。
だが、そこにイエロとドッティが一緒だった場合、妖精郷に入れるかどうか。
そのことが少しだけニールセンは心配だった。
とはいえ、妖精にしてみれば自分達に友好的なハーピーと、何よりもブラックドラゴンの子供だ。
妖精達の好奇心を刺激することは間違いなく、多分大丈夫だろうと気楽に考える。
もし駄目なら、それならその時にどうにかすればいいだろうと。
「よし、行くわよ! もし私達が妖精郷に入れないようなら、無理矢理にでも入ってあげるんだから!」
「それは止めて欲しいわね」
「だってしょうがないじゃない。イエロもドッティも……あれ?」
自然と入り込んできた声に、ニールセンは言葉を返そうとしたものの、すぐに違和感に気が付く。
ニールセン、イエロ、ドッティ。
この一行の中で言葉を喋れるのはニールセンだけだ。
イエロはブラックドラゴンの子供なので、もっと年を取れば将来的に言葉を話せるようになるかもしれないが、今はまだ無理だった。
そのような状況でいきなりニールセンに話し掛けてきた相手がいたのだ。
それに驚くなという方が無理だった。
「誰!?」
イエロの背中の上で慌てて周囲を見ると、少し離れた場所に一人の妖精が浮かんでいるのが見える。
その大きさはニールセンよりも一回り大きく、ニールセンの妖精郷の長と同じくらいの大きさだ。
それが何を意味するのかを理解したニールセンは、慌てたように言う。
「えっと、その、失礼しました」
ここまでニールセンが態度を変えるのは、相手が長と思しき存在だというのもあるし、何よりもここで失礼な真似をした場合、長にそれが知られればお仕置きをされるというのを理解しているからだろう。
長のお仕置きは今まで何度も受けてはいる。
だが、だからといってそれに慣れる訳でもないし、進んで受けたいとも思えない。
その為、こうしてしゃちほこばった態度で長と思しき相手に丁寧に挨拶をしたのだ。
「ふふっ、別にそこまで緊張しなくてもいいわよ。貴方はどこの子?」
え? と。
そんな相手の柔らかい言葉に、ニールセンは驚きの表情を浮かべる。
ニールセンの知っている長は、ここまで人当たりがよくない。
いや、実際には他の妖精達にはそれなりに人当たりがいいのだが、ニールセンの場合は何度も悪戯をして長を怒らせたことがあるし、何より現在は長にとって後継者と見られている。
だからこそ、今の相手の対応に動揺したのだろう。
それでもここで迂闊な真似をすれば、後々長に怒られるかもしれない。
そんな思いから、ニールセンは慌てて口を開く。
「その、私はトレントの森の妖精郷から来ました、ニールセンです」
この辺り、ニールセンが混乱しているのか、あるいは元からそこまで考えが及んでいないかのどちらかだろう。
そもそもトレントの森というのは、あくまでもレイ達が使っている名称だ。
そのように呼ばれてから数十年、あるいは百年単位で時間が経っていれば、もしかしたらトレントの森という名称も広がっているかもしれない。
だが、今の状況でその名前を理解しろというのが、そもそも無理な話だろう。
他にも、ニールセン達がトレントの森に妖精郷を作ってから、まだ一年と経っていない。
そんな場所にある妖精郷からやって来たと言われて、それで相手が理解出来るかどうか。
……もっとも、そんなトレントの森の妖精郷に、今回ニールセンがやって来た妖精郷からやって来た妖精は無事に到着したのだが。
「残念だけど、そんな地名は知らないわね。……長は?」
「あ、はい。数多の見えない腕です」
数多の見えない腕。
もしレイがニールセンの言葉を聞いたら、一体誰のことを言ってるのか分からなかっただろう。
だが、ニールセンの言葉を聞いた相手……もう一つの妖精郷の長は、数多の見えない腕という表現を聞いても特に驚くようなことはない。
それどころか、嬉しそうな笑みを浮かべる。
「そう、貴方が数多の見えない腕の。彼女、厳しいから色々と大変でしょう?」
「はい! ……あ、いえ、その、決してそんなことはないですよ?」
厳しいと聞かされたニールセンは、反射的に返事をしてしまう。
それだけニールセンにとって、長は厳しいと思っていたのだ。
ニールセンの様子に、もう一人の長は柔らかな笑みを浮かべつつ口を開く。
「ふふっ、でも彼女のその態度は、貴方達に死んで欲しくないと思っているからよ」
「その、私達の長とお知り合いなんですか?」
「ええ、私は親友だと思っているわ。……そうそう、自己紹介がまだだったわね。私はあそこにある妖精郷の長をしている降り注ぐ春風よ。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
名前を名乗るのではなく、数多の見えない腕という表現と同じように降り注ぐ春風という言葉を口にする長に、ニールセンはそれを全く疑問に思っている様子もなくそう言葉を返す。
これは妖精達にとって当然……常識とでも呼ぶべきことなのだと今のやり取りを見ている者なら納得出来るだろう。
ニールセンのように、妖精として普通に活動している者なら名前はある。
だが、長という立場になると名前は存在しなくなるのだ。
その代わりに、その者の象徴となるべき名前……それこそ冒険者の異名のようなものを名乗ることになる。
ただし、それはあくまでも必要な時しか使わない。
だからこそレイのいる妖精郷の長は自分を長としか名乗っていないし、数多の見えない腕という言葉も使っていない。
普通は妖精というのは一つの妖精郷の中だけで暮らしているので、長という呼び名だけで十分なのだ。
だが、今回のように他の妖精郷と接触する場合、長という呼び名だけでは混乱する。
二人くらいの長がいる状況なら、そこまで混乱も大きくないだろう。
だが、三人、四人、五人……そんな人数の長が集まった時、長という呼び名だけでは間違いなく混乱してしまう。
だからこそ、異名があった。
この辺、実はレイも全く知らない妖精の知識となる。
ただ、ずっと妖精郷にいるボブは世間話をしている中で妖精からその辺りの事情について聞いていたりもするが。
「では、行きましょうか。ここに来たということは、穢れについての情報を求めてでしょう?」
「そうなります。こちらの妖精郷から来た妖精から、穢れの関係者の拠点が近くにあると聞きまして」
「ええ。その通りよ。じゃあ、その辺の詳しい話は妖精郷で……と言いたいところだけど、その前に少し聞かせてくれる? 何故ドラゴンの子供とハーピーがいるのかしら? こちらに敵対する様子はないみたいだけど」
降り注ぐ春風が今までイエロとドッティについての話題を出さなかったのは、その二匹が大人しかったからだ。
もし普通のモンスターなら、それこそ喋っている途中で降り注ぐ春風に攻撃をするといったような真似をしてもおかしくはない。
……もっとも、ハーピーのドッティはともかく、イエロは子供とはいえブラックドラゴンだ。
もし正面から戦うことになったら、降り注ぐ春風にも大きな被害が出るかもしれないので、迂闊に戦うといった真似は出来ないのだが。
そういう意味でも、イエロやドッティが大人しいのは降り注ぐ春風にとって幸運だったのだろう。
「その、こっちのドラゴンはイエロ。穢れの件に協力している冒険者の番いの使い魔です」
もしレイが聞いていたら突っ込んでいただろうが、ニールセンにしてみればエレーナはそういう認識の相手だった。
降り注ぐ春風はそのように言われてもエレーナというのが誰なのか分からない以上、ニールセンの言葉を聞いても特に驚くようなことはなかった。
「子供とはいえ、ドラゴンを使い魔にするというのは凄いわね」
降り注ぐ春風は感心した様子でイエロを見る。
「キュ?」
降り注ぐ春風の柔らかな視線に、イエロは鳴き声を上げる。
そんなイエロの様子に降り注ぐ春風は優しく目を細める。
次に降り注ぐ春風の視線が向けられたのは、ハーピーのドッティ。
こちらもまた、降り注ぐ春風に対して攻撃をしたりせず、その場で翼を羽ばたかせながら飛んでいた。
「こっちはハーピーのドッティです。その……別に誰かの使い魔とかそういうのじゃないんですが、ここに来る途中で何故か一緒に行動してくれまして」
「あら」
ニールセンの説明は、降り注ぐ春風にとっても意外だったのだろう。
まさかそのようなことになっているとは思わなかったのか、ドッティに驚きの視線を向ける。
「ギャア」
降り注ぐ春風に向かって鳴き声を上げるドッティ。
その鳴き声は決して綺麗なものという訳ではなかったが、目に間違いなく知性の光があった。
そんなドッティを見た降り注ぐ春風は、やがて頷く。
「いいでしょう。全員妖精郷に入ることを許可します」