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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3177/3865

3177話

 特にやるべきこともなかったレイは、長からの依頼を受けて妖精郷の中を歩き回っていた。

 依頼を受けても、狼の子供達を見つけないと何も出来ないのだから、レイの行動におかしなところはない。


「あれ、レイ。どうしたの?」


 妖精郷の中を歩いていると、不意にそんな風に声が掛けられる。

 声のした方に視線を向けると、そこにいたのは妖精の一人だ。

 レイは名前を知らないが、以前ニールセンと一緒にいるのを見たことがあった。


「セトと狼の子供達を捜してるんだが、どこにいるか分からないか?」


 セトなら、妖精郷の中でも歩いていれば目立つ。

 なら、この妖精もセトや狼の子供達がどこにいるのかを知ってるのではないか。

 そう思って尋ねると……


「ええ、知ってるわよ」

「本当か?」


 もしかしたらという思いからの問いだったのだが、まさかこんなにあっさりと期待していた答えが返ってくるとは思わなかった。


「ええ、本当よ。向こうの方で走り回っていたのを見たわ。行けば分かるんじゃない? じゃあね」


 それだけ言うと、妖精はレイの側から離れていく。

 特に何かレイに用があって話し掛けた訳ではなく、ただ偶然レイに会ったので声を掛けただけなのだろう。

 妖精の多くは、以前はレイと遭遇する度に何かお菓子をちょうだい、食べ物をちょうだいといったように近寄ってきていたのだが、今はそこまでではない。

 レイに何かをした場合、長からお仕置きをされるというのを十分に理解しているのだろう。

 ……もっとも、妖精の中にはそれを知った上でレイから何か食べ物を欲しいと言ってくる者もいたのだが。

 ニールセンもそうだったが、妖精にとってレイが持っている食べ物はどれもが美味いと思えるのだろう。


(そう考えると、実は妖精郷に人間がやって来ても上手くやっていけそうなんだけどな)


 きちんと選別する必要はあるだろうが、人格的に問題がなく、妖精に妙な考えを抱かないような料理人……あるいは店をやるのは建物もないので難しい以上、屋台にするべきかもしれないが、そのような者達を妖精郷に連れてくれば、友好の架け橋になってもおかしくはない。


(問題なのは、妖精が銅貨とか、銀貨とかの貨幣経済に馴染むかだけど……すぐにってのは難しいだろうな。そもそも妖精が銅貨とか銀貨を持つのは結構難しいだろうし)


 妖精の大きさと銅貨や銀貨の大きさを考えれば、一枚程度ならそう問題なく持ち歩けるだろうが、これが数枚となると難しいだろう。

 であれば、何か代わりになるような貨幣の類を用意し、何よりも妖精達にその辺りについて教え込む必要があった。

 もっとも、その辺はレイが考えることではない。

 妖精郷を治める長や、妖精郷と取引をするダスカー、そして王都からやって来たブロカーズ。

 他にも何人か地位の高い者達が考えるべきことだった。


(ただ、妖精の性格を考えると貨幣経済の考え方とか、そういうのはそう簡単に根付かないだろうと思うけど)


 先程レイにセトがどこにいるのかを教えてくれた妖精のように、性格的にそこまで問題がない者もいる。

 だが、大半の妖精は悪戯好きで、今が楽しければそれでいいといったような性格だ。

 ……そんな者達であっても、長のお仕置きは怖がっているのだが。

 いつかこの妖精郷で屋台を……特に以前レイがフライドポテトの作り方を教えた男の屋台が来てくれると面白いことになりそうだと考えながら妖精郷の中を歩く。

 妖精に教えられた方に向かって歩き続けていると……


「グルルルルゥ!」

「ワオオオオオン!」

「ワフワフ」


 そんな声が聞こえてくる。

 最初の声は明らかにセトの声で、続くのは狼の子供達の鳴き声だ。


「ようやく見つけたか。……いや、そこまで苦労はしてないけど」


 呟きつつ、レイは声のした方に向かって進むと、そこではセトを追い掛けている狼の子供達の姿がある。

 勿論、狼の子供達から逃げているセトは全力という訳ではない。

 空を飛ばずとも、馬より速く走れるセトだ。

 もし本気で走れば、狼の子供達が追いつくといったことはまずないだろう。

 セトもそれを知っているからこそ全力を出さず、狼の子供達が追いつくかどうかといった速度で走り回っていた。


「きゃー! きゃー! いけ、そこよ!」

「あ、ちょっと駄目だったら、セト、もっとしっかりと逃げて!」


 追いかけっこをしているセトと狼の子供達から少し離れた場所では、何人もの妖精達がそれぞれに応援をしている。


(いや、応援というか……競馬とかに賭けてる連中のようにも見えるけど)


 実際には、レイは自分の目で競馬……あるいは競輪や競艇といったものを見たことがある訳ではない。

 あくまでも漫画の知識、あるいはTVで見たような知識だけだ。

 だが、それでも今の妖精達を見てそのように連想したのは……実際に妖精達が追いかけっこの勝敗に何かを賭けているからだろう。

 その賭けはそこまで複雑なものではなく、あくまでもセトが逃げ切るか、狼の子供達が追いつくかといったような、そんな賭けだ。

 そうなると場合によっては賭けに勝っても十分に分け前を貰えないという可能性もあるが、妖精達にとってはそれでも十分に満足出来ているのだろう。

 本当の意味で賭けているではなく、遊びで賭けているといったような感じか。


(もう少し、この追いかけっこが終わるまで待った方がいいな)


 こうして追いかけっこをしているところで声を掛けた場合、追いかけっこが途中で終わってしまう。

 そうなれば、賭けをしている妖精達にとって決して面白くはないだろう。

 最悪、その腹いせにレイが何らかの悪戯をされる可能性も十分にあった。

 レイに対して下手に悪戯をした場合、長にお仕置きをされるかもしれない。

 それは分かっているかもしれないが、それでも賭けを途中で止められたとなると、それを無視してレイに不満を向けてくる妖精がいないとも限らなかった。


(それに、別に俺の方は急いでる訳じゃないし)


 長がレイに狼の子供達に戦いを教えて欲しいと言ったのは、あくまでもレイが暇そうにしていた為だ。

 もしレイが何らかの理由で忙しければ、長も今回のような頼みはしなかっただろう。

 レイが出来るだけ暇をしないように、長も色々と考えた結果だったのだろう。

 頼まれたレイもそれを理解しているので、ここで追いかけっこが終わるまで待つのは問題ない。


「お、もう少し……あー惜しい」


 黙って追いかけっこが終わるのを待つどころか、応援をする。

 ……その応援の対象がセトではなく、セトを追い掛けている狼の子供達なのは、セトの強さを十分に理解しているからだろう。

 あるいは、セトがある程度――実際にはかなり――手を抜いているとはいえ、それでも狼の子供達が追いつくことはないと知っているからこそ、そちらを応援してるのか。

 とにかくそのまま十分程が経過し……


「キャウン」

「ワウウ……」


 舌を激しく出しながら、降参と鳴き声を上げる狼の子供達。

 走るのが得意な狼の子供達なのだが、それでもセトに全く追いつけないことで、精神的な疲れもあったのだろう。

 そうして結局セトに狼の子供達が追いつけなかったことで、妖精達の賭けも終わる。

 一体何を賭けていたのかレイには分からなかったが、そちらを気にしたところで自分も巻き込まれてしまいそうな気がしたので、妖精達はスルーしてセトと狼の子供達に近付いていく。


「グルゥ……」


 レイが近付いて来たことに、少しだけ不満そうに喉を鳴らすセト。

 これが普段なら、レイが来たということで嬉しく思うのだろう。

 だが、今は違う。

 セトの五感の鋭さがあれば、レイが近くにやって来たことに気が付かない筈がない。

 そしてレイがセトではなく、狼の子供達を応援していた声もまた聞き逃す筈がなかった。

 セトの様子を見たレイは、何故セトがそのような態度をしているのかを理解し、謝るように身体を撫でる。

 ……これで本当にセトが怒っているのなら、それこそレイに撫でられても許したりといったことはしなかっただろう。

 だが、セトはなんだかんだとレイが好きだ。

 正確にはレイに撫でられるのが好きだった。

 多少拗ねていても、レイに撫でられると許してしまうくらいには。


「それで、セト。俺がここに来たのは、長から狼の子供達に戦闘訓練をしてやって欲しいと頼まれたからなんだが」

「グルゥ? ……グルルルゥ!」


 撫でられていたセトは、最初レイの言葉の意味を理解出来ない様子だった。

 だが、すぐにその言葉の意味を理解すると、まだ早いと喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、狼の子供達は一緒に遊んでいる相手だ。

 それだけに、まさかこのような状況で戦闘訓練をするとは思ってもいなかったのだろう。


「落ち着け。別に俺もそこまで厳しい戦闘訓練をしようとは思っていない。けど、セトも分かってると思うが、この狼の子供達はそう遠くないうちにモンスターになる可能性が高い」

「グルゥ……」


 レイの言葉を否定出来なかったのだろう。セトも渋々といった様子で喉を鳴らす。

 狼の子供達と接することが多いセトだ。

 自分もモンスターであるという関係もあり、狼の子供達がそう遠くないうちにモンスターになるというのは、容易に予想出来る。

 もっとも、セトは魔力によってモンスターとなったり、グリフォンから生まれたモンスターでもなく、魔獣術で生み出されたモンスターだ。

 そういう意味では、そこまで正確に狼の子供達がモンスターとなるのを承知しているかどうかというのは微妙なところだったが。

 ただ、それでもやはりセトはモンスター。

 その辺についてはレイよりも鋭いのだろう。

 ……実際、レイは長から言われるまで狼の子供達がそう遠くないうちにモンスターになるとは全く思っていなかったのだから。


「分かって貰えたか? 妖精郷の魔力でモンスターになる以上、普通のモンスターとは違う、特殊なモンスターになる可能性が高い。……これはあくまでも俺の予想で、別に何でもない普通のモンスターになる可能性も十分にあるが」

「グルルゥ……グルゥ……グルルルルルルルゥ」


 特殊なモンスターになるというのは、セトにとっても納得出来る話だったのだろう。

 レイに向かって喉を鳴らすと、次に狼の子供達に向かって何かを話し掛ける。


(イエロもそうだったけど、種族が違ってもこうして話が出来る……いや、意思疎通が出来るってのは、セトの特殊能力の一つだよな。もっとも、意思疎通出来ない相手もいるけど)


 あるいは普通のモンスター……それこそゴブリンとも意思疎通は出来ているのかもしれないが、それを態度に表さないだけなのか。

 その辺りはレイにも分からなかったが、それについて考えるていると、狼の子供達は嬉しそうに鳴き声を上げる。


「ワオオオオオン!」

「ワフ、ワフ、ワフ」


 そんな狼の子供達の様子を見れば、本当にやる気満々といった様子なのが明らかだった。

 セトが一体どういう説明をしたのか、レイには分からない。

 ただ、狼の子供達にしてみれば、やる気十分といった感じだったのだろう。


「遊びと勘違いしてないよな?」


 少しだけ心配になりつつも、レイはミスティリングの中から槍を一本取り出す。

 それはレイがいつも使っている黄昏の槍ではなく、投擲用に購入している穂先の欠けている槍だ。

 だが、今回の場合はそれでも構わなかった。

 狼の子供達を相手に戦闘訓練をするのは、槍の穂先……ではないのだから。

 手の中で持ち替え、狼の子供達に向けるのは石突きの部分。

 ただし、元々の槍が安物である以上、石突きの部分には別途尖った金属がついているといった訳ではなく、何も存在してはいない。

 ただ、持ち手に影響が出ないように滑らかな状態にはなっているが。

 柄が金属で出来ている訳ではなく、木で出来ているからこその仕上げなのだろう。


(木なら、噛みついてもそこまで影響はないだろうし)


 金属の部位に思い切り噛みつくと、狼の子供達の牙が欠けたり、折れたり、場合によっては抜けたりといったようなことになってもおかしくはない。

 だが、木ならそこまで酷いことにはならない筈だった。


「俺はこの木の槍……の石突きの部分で攻撃をするから、お前達はそれを回避しながら攻撃をするんだ。いいな?」

「グルルルルルルゥ」


 レイの言葉を狼の子供達に通訳するセト。

 そんなセトの鳴き声を聞いた狼の子供達は、やる気満々といった様子でレイと向き合う。

 つい先程まで必死になってセトを追っていた狼の子供達だったが、今はその疲れを全く感じさせない。

 あるいはこの辺りが若さというものなのだろう。

 そんな風に思いながら、レイはまずはお手並み拝見と木の槍を狼の子供の中でも近くにいた方に向かって突き出すのだった。

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