3171話
レイは兵士や冒険者達を妖精郷の前……より正確には、霧の空間に入る前まで連れてくる。
「ここから先が妖精郷だ。正確には、妖精郷に続く霧の空間。妖精郷からの許可がないまま霧の空間に入れば、霧によって道に迷ったり、霧の空間に棲息している狼に襲撃されたりするから、気を付けろ」
「霧の空間? その霧は妖精の能力なのか?」
「あ、そう言えば妖精のお伽噺に霧で道に迷わせるとか、そういうのがあった気がする」
兵士の一人がレイに霧の空間について尋ねるが、それにレイが答えるよりも前に他の兵士がそう言う。
その言葉に何人かが自分も知ってると頷くのを見れば、レイは知らないものの、それなりに有名な話なのだろう。
「正確にはマジックアイテムだな。妖精のマジックアイテムについては知ってるだろ? ……もっとも、それはあくまでもこの妖精郷だけの話だが」
あるいは他の妖精郷ではそのような能力を持っている妖精が霧を出しているのかもしれないし、そもそも霧の空間ではないのかもしれない。
その辺りはレイもこの妖精郷しか知らない以上、判断は出来ないのだが。
「妖精のマジックアイテムか……」
冒険者の一人が、しみじみといった様子で呟く。
冒険者にとって、マジックアイテムというのは大きな意味を持つ。
勿論マジックアイテムを欲しているのは冒険者だけではないが、それでも実際にモンスターと戦う機会が多かったり、それ以外にも様々な依頼を受ける必要がある冒険者は、やはりマジックアイテムを欲しい者が多い。
その上で、更に普通のマジックアイテムではなく、妖精の作ったマジックアイテムだ。
伝説のマジックアイテム……というのは少し大袈裟だったが、それでも妖精のマジックアイテムは普通なら入手出来る物ではない。
冒険者にしてみれば、妖精郷の近くまでやって来たのだから、もしかしたら……本当にもしかしたら、自分も妖精の作ったマジックアイテムを入手出来るかもしれないと、微かな望みを抱いてもおかしくはなかった。
レイにしてみれば、そういう希望は恐らく叶わないだろうと思っているが。
何しろ、妖精の作るマジックアイテムというのは、かなりの時間が必要となるのだ。
そうである以上、そう簡単に入手出来る訳がないのは当然だった。
「言っておくが、妖精郷で妙な真似をするとどうなるか分からないぞ。迂闊な真似は止めておけ」
冒険者が何を考えているのか、何となく理解をしたレイはそう告げる。
そんなレイの言葉に、話していた冒険者だけではなく、他の冒険者もまた反応する。
レイと話していた冒険者以外も、もしかしたら妖精の作ったマジックアイテムを入手できるのかもしれないと、そんな風に思っていたのだろう。
「やっぱり無理か?」
「無理だな」
一縷の望みで冒険者の一人がレイに尋ねるが、レイはそれに対してきっぱりと断る。
実際には、もしかしたら……万が一にも何かがあって、妖精の作ったマジックアイテムを入手出来る可能性がないとは言わない。
だが、万が一、億が一……奇跡というのは、起きないからこそ奇跡と呼ばれるのだ。
「繰り返すが、妖精郷の中に入ったとしても妙な真似はするなよ。……妖精郷の長は、怖いぞ」
レイにとっては友好的な存在だったが、それはあくまでも自分が妖精郷を助けたからというのが大きいのだろうとレイは認識していた。
そして自分以外の者……妖精郷の妖精達は、長を畏怖している。
それでいて決して嫌っている訳ではないのだが、それでも妖精が何かした時は強烈なお仕置きが行われる。
具体的には、ニールセンがされたようなお仕置きを。
これは妖精郷に住む妖精だからこそ、その程度なのだろうというのがレイの認識だ。
もし妖精郷に住んでいる訳でもない者が……それこそ私利私欲で妖精郷を荒らすといった真似をした場合、どうなるのか。
何となく予想は出来るものの、だからといってそれを見てみたいとは思わない。
また、顔見知り程度とはいえ、そんな相手が長によるお仕置き……いや、制裁を受ける光景は、レイもとてもではないが見たいとは思わなかった。
「そんなにか?」
「ああ。そんなにだな。取りあえず長と戦うのなら俺と戦った方がいいとだけ言っておく」
レイが口にしたのは、若干大袈裟なものだ。
勿論レイに長と戦うつもりはないが、もし長と戦いになっても決して自分が負けるとは思っていなかった。
とはいえ、ここで正直にそのようなことを口にすれば、冒険者が妙なことを考えたりするかもしれない。
そう考えての言葉だ。
実際に冒険者の男は驚きの中に微かな……だが、隠しようがない恐怖を抱く。
ギルムの冒険者にとって、レイという存在は純粋な強さだけなら間違いなくトップクラスの存在なのだ。
そうである以上、そんなレイと戦うといったことを考えた場合、自分ならどうなるか。
それを少しでも考えれば、その時点で長と戦うという選択肢は冒険者の中にはなくなってしまう。
「この件については、ダスカー様にもきちんと言っておいてくれよ。誰が正式に妖精郷に来るのかは分からないが、そんな中で自分なら大丈夫と妙なことを考えるような奴が中にいて、妖精郷で妙な騒動を起こしたら、どうなるのか分からないし。最悪、それによって穢れに対抗する為に手を結ぶといったようなことも出来なくなるかもしれない」
「わ、分かった。必ず報告するし、妖精郷に派遣する人材についてはしっかりと選んで貰うように追加で進言させて貰う」
レイの言葉に、兵士は真剣な表情でそう告げる。
もしここでレイの言葉を話半分に受け取り、それによって最悪の結果となった場合、一体どのような状況になるのか、考えたくもないのだろう。
そんな兵士の様子を見て、レイは頷く。
「分かって貰えたのならいい。それで、これからどうする? 妖精郷のある場所はこれで確認出来たが。繰り返すけど、現状で妖精郷の中に入ることは出来ない」
正確には、もしレイが長に頼めば全員というのは無理かもしれないが、何人かは中に入ることが出来るかもしれない。
だが、今はそこまで無理をする必要がないのも事実。
そうである以上、レイとしてはわざわざそうする必要もないと判断する。
今回の兵士達が妖精郷の近くまでやって来たのは、あくまでも妖精郷がどこにあるのかを確認する為なのだから。
ブロカーズがやって来た以上、近いうちに妖精郷までブロカーズやダスカー、あるいはそれ以外の者達も妖精郷までやって来る必要があるのだ。
そうである以上、しっかりと妖精郷までどうやって行くのか把握しておく必要があった。
その為にこうしてやって来たのだから、妖精郷の中に入れる必要がないのも明らかだろう。
……もっとも、冒険者や兵士の中には妖精郷に入ってみたいと思う者もいるのだろうが。
それがレイと話した冒険者のように、妖精のマジックアイテムを欲してのことなのか、それとも純粋に妖精好きだからなのか。
その辺りについては、生憎とレイにも分からなかったが。
「そうか、分かった。とにかくこの場所については理解出来た以上、ダスカー様に良い報告が出来るのは助かる。……この場所にまた来るようにと言われたら、来ることが出来るか?」
兵士が前半はレイに、そして後半は護衛兼道案内の冒険者に尋ねる。
兵士にしてみれば、今回は妖精郷の近くまでは自力で来ることが出来たものの、最終的にはレイに案内をして貰ってようやく妖精郷に到着したのだ。
そうである以上、またここに来る必要がある時に自分達の力だけで妖精郷の前までやって来られるかどうかというのは、重要な意味を持つ。
しかし、兵士の真剣な表情での問いに、冒険者は特に気にした様子もなく頷く。
「大丈夫だと思う。一度来た場所はそう簡単に忘れたりはしないし、何よりこの妖精郷……こうして見ると、やっぱり凄い迫力があるし」
しみじみと呟く冒険者の言葉には、兵士もまた頷くしかない。
魔力を感じたりといったような能力は持っていない兵士達だが、こうして妖精郷のすぐ側までくれば、何かがあるといったことを何となく……本当に何となくではあるものの、感じることが出来たのだ。
(具体的に、いつまで妖精郷に通ったりすることになるのかは分からないけど、それが何度も繰り返されれば、獣道って訳じゃないが踏み固められた道となってもおかしくないんだよな)
実際に妖精郷がどのような扱いになるのか、レイには分からない。
だが、もし観光地的な場所となるのなら、間違いなく多くの者が訪れるだろう。
そうなると多くの者達によって踏み固められ、地面は自然と道となる。
……ただ、レイは今回長に頼まれた時の様子を見ている限り、長が妖精郷を観光地にするとは思えなかった。
もしダスカーが、あるいはブロカーズが、はたまたそれ以外の誰か……相応の権限を持つ誰かが妖精郷を観光地にしようとしても、長が認めなければそのような真似は出来ないだろう。
そして観光地にすることを無理強いしたりすれば、最悪の場合長は妖精郷を別の場所に移す可能性もある。
そうなってしまえば、元も子もない。
ダスカーがそのような真似をするとは、レイには思えなかった。
「ここにまた来ることが出来るのなら、それでいい。では、レイ、俺達はそろそろギルムに戻る。また近いうちに来ると思うから、その時はよろしく頼む」
「いや、それを俺に言われてもな。よろしくするかどうかは、結局のところ妖精郷の長が判断するんだし。……とはいえ、余程のことでもない限り問題はないと思うけどな」
穢れの一件は妖精だけでどうにか出来る問題ではない。
それこそレイを含めてギルムの……いや、ギルムだけではなく、もっと大勢の人達から協力をして貰う必要があった。
そういう意味では、余程の問題でもない限り、妖精郷がギルムの住人を拒絶するといったことはないだろう。
「そうなってくれるといいんだが。……じゃあ、俺達はそろそろ失礼する。早くダスカー様にこの件を知らせる必要があるから」
そう言い、兵士達や冒険者達はその場を立ち去る。
そんな後ろ姿を見送ると、レイは自分の側にいるセトに視線を向けた。
「あの連中、無事にギルムに戻れると思うか?」
「グルルゥ? ……グルゥ」
レイの問いに、セトは恐らく大丈夫と喉を鳴らす。
レイも基本的には大丈夫だと思っているのだが、この場合問題なのはギルムに到着するまで……いや、トレントの森を抜けるまでに、どのようなモンスターと遭遇するかだろう。
勿論、モンスターと遭遇しないのが最善なのは間違いない。
だが、もし遭遇する場合、それがどんなモンスターか……具体的にはどのくらいのランクのモンスターかによって、生存率は大きく変わってくるのだ。
ゴブリン程度の低ランクモンスターならともかく、レイが以前戦ったような翼を持つ黒豹のような、ランクBモンスターが襲ってきた場合、どうなるか。
ギルドから優秀な冒険者と認識されているだけ、全滅するということはないだろう。
だが、一人や二人は死ぬといったことになっても、レイは驚かない。
現在のトレントの森は、それぞれのモンスターが自分達の縄張りを決めようとしており、運が悪ければそのような高ランクモンスターと遭遇する可能性も決して否定出来なかった。
「まぁ、その辺は向こうも承知の上で護衛の依頼を受けたんだろうし。なら、俺がそれを気にする必要はないか」
「グルゥ!」
セトはレイの言葉に同意するように頷く。
冒険者が自分の考えで依頼を受けたのだから、それをレイがどうこう言う必要はないだろう。
あるいは向こうが頼めば、レイも途中までは護衛をしていたかもしれないが、そのようなこともなかった。
それはつまり、それだけの自信があってのことなのは間違いない。
「取りあえず長からの用事も終わらせた以上、いつまでも妖精郷の外にいるのは問題だろうし、戻るとするか。……セトもそれでいいよな?」
「グルゥ……グルルゥ、グルゥ」
今度は少しだけレイの言葉に残念そうな様子のセト。
セトにしてみれば、出来ればレイと一緒にもう少し外で遊びたいという思いがあったのだろう。
妖精郷の中でも、レイと一緒に遊ぶことは出来る。
だが、こうして妖精郷の外でレイと遊ぶのも、悪くはないと思ったのだ。
そんなセトの様子を見たレイは、少し考えてから口を開く。
「そうだな……ちょっと、本当に少しだけだが、遊んでいくか。もしかしたら未知のモンスターが現れるかもしれないし」
魔石によって、強化出来るかもしれない。
そんな風に思いつつ、レイはセトと一緒に遊ぶのだった。