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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3165/3865

3165話

 赤い壁が消え去ると、そこには既に何も残っていない。

 レイの魔法によって消滅した穢れを見ながら、レイは馬車の方に視線を向けるが……そこでは少しでも早くここから離れようとしているかのように逃げていく馬車の姿があった。


「気が付いてないのか?」


 ゴーシュの率いる研究者達が同じような状況になった時、穢れに襲われていた馬車を助けたが、その時はゴーシュ達は戦闘が終わるとレイのいる場所にやって来た。

 自分達を助けた相手に感謝の言葉を言おうとしたのだろう。

 あるいはレイであると知っていて、無視をするのは危険だと判断したのか。

 その辺りの理由はともかく、レイの視線の先にいる馬車のように逃げようとはしなかった。

 どうするべきかと少しだけ考えるレイ。

 だが、このまま馬車を逃がすという訳にもいかないと判断する。

 そもそも、まだあの馬車に誰が乗ってるのか分からないのだ。

 穢れを知らない者なら、穢れについて知ってしまった以上、このままには出来ない。

 穢れを知ってる者なら、何故穢れに攻撃をするような真似をしたのかといった疑問がある。

 どちらにせよ、今回の一件においては一体何を考えてそのような真似をしたのか……馬車をこのまま逃がす訳にいかないのは間違いなかった。


「セト、悪いけどもう一踏ん張り頼む。俺をあの馬車のいる場所まで連れていってくれ」

「グルゥ!」


 レイの頼みに、任せて! と喉を鳴らすセト。

 そんなセトを頼もしそうに見ながらも、レイは自分の右肩にいるミレリアを見る。


「一緒に来るのなら掴まっていろ。来ないのなら離れろ」


 レイの言葉に、ミレリアはドラゴンローブの右肩にしっかりと掴まる。

 そんなミレリアの態度は、レイを驚かせるには十分だった。

 まさかここでそのような真似をするとは思わなかったのだが。

 自分で飛ぶのは得意かもしれないが、レイに掴まり、そのレイが乗っているセトが飛んだ場合、ミレリアはひたすらに悲鳴を上げていた。

 自分で飛ぶのと、誰かが飛んでいるのに掴まるのは大きな違いがあるのだろう。

 だからこそレイは、てっきり自分の言葉を聞いたミレリアはドラゴンローブから手を離すとばかり思っていたのだが、どうやらそれは違ったらしい。


(ミレイヌと似た名前なのに、ミレリアは随分と……いや、それはあまり関係ないか)


 レイは一瞬そんなことを思う。

 実際、セト愛好家として有名な……そして本人もそれなり以上に優秀な冒険者のミレイヌと妖精のミレリアは名前が似ている。

 だが、それはあくまでも名前が似ているだけでしかない。

 名前が似ているからといって、性格が同じ訳がなかった。


「じゃあ、行くか。逃がす訳にはいかないし。……セト」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉に高く鳴き声を上げ、セトは走り出す。

 馬車を見失わないようにする為だろう、空を飛ぶのではなく、地面を走るセト。

 セトが走る速度は、レイには慣れたものだ。

 だが……予想通りと言うべきか、レイの右肩にいるミレリアの口からは悲鳴が上がっていた。

 それはある意味で予想通りだったので、ミレリアには悪いと思ってもレイは気にする様子はない。

 そうして走っていたセトは瞬く間に馬車との間合いを詰めていく。

 馬車ではなく馬に直接乗っているのなら、もう少し速く走ることが出来たかもしれないが、馬車の車体を牽いている以上、そのような真似は出来ない。

 もっとも、馬に直接乗っていてもセトの走る速度には負けるので、意味がないのかもしれないが。

 そうしてセトが瞬く間に馬車に近付くと……不意にその馬車は速度を落とす。


(諦めたのか?)


 馬車を見てそんな疑問を抱いたレイだったが、御者が何とか馬を走らせようとしている声が聞こえてくれば、別に諦めた訳ではないのは明らかだ。

 ならば、何故急に馬車の速度が落ちたのか。

 そう考えている間にもセトは馬車の横に並び、追い抜き……その時、馬が明らかに怯えているのを見て、納得する。

 最近ではあまり馬と一緒に行動することもなかったレイだったが、一緒に行動する場合はセトを馬が怖がるということが頻繁にあったのだ。

 マリーナの家の厩舎にいる馬とはセトも接する機会が多かったものの、その馬はエレーナの馬車を牽く為に厳しい訓練を受けた馬だ。

 グリフォンのセトを前にしても……いや、あるいはドラゴンを前にしても、怯えて竦むということはないかもしれない。

 しかし、そのような馬は当然のように非常に高価で、誰でも持てるものではない。

 それどころか、ほんの一握りの者達だけがそのような馬を持てるのだ。

 当然ながらたった今セトが追い抜いた馬車の馬は、そのようにしっかりと訓練された馬ではない。

 そんな馬がセトが近付いてきたことで恐怖によって動きを止めたのは……ある意味幸いだったのだろう。

 もし恐怖から暴走するようなことになっていれば、それこそ馬車に乗っていた者達はただではすまなかっただろう。

 また、動きを止めるにしても、今のように徐々に動きを止めるといった形であったからこそ被害はなかったが、急に足を止めた場合は馬車の車体が馬に当たって悲惨なことになっていただろう。

 そういう意味で、馬達の判断は自覚のあるなしはともかくとして、最適だったのは間違いない。


「よし。ナイスだセト」

「グルゥ……」


 レイに褒められたセトだったが、自分は特にこれといったことをしていないのに褒められたということで、戸惑ったように喉を鳴らす。

 レイはそんなセトの様子に気にするなと一撫でし、セトの背から降りて……グロッキー状態になっているミレリアをドラゴンローブの中に入れてから、馬車に近付いていく。

 いきなりドラゴンローブの中に入れられたミレリアはかなり驚いた様子だったが、ドラゴンローブの中は冬の夜だというのに快適だと気が付いたのだろう。

 特に騒いだりする様子もなく、大人しくなった。

 そんなミレリアの様子を気にしつつ、レイは馬車に近付いていく。

 真っ先にレイと会うことになるのは、馬車の車体の中にいる誰かではなく、馬車の御者をやっている中年の男。


「これに誰が乗っている?」

「ひぃっ!」


 レイの問いに、御者の男が口にしたのは悲鳴。

 そんな御者の様子に、別に悲鳴を上げなくてもと思うレイだったが、客観的に考えた場合、セトに乗ったレイは色々な意味で怖い。

 ましてや、御者がこのトレントの森の状況について知っているのかどうかは、生憎と分からない。

 もし知っていればレイという存在について十分に理解しているだけに、レイから逃げたということで怖いと思ってもおかしくはない。

 レイを知らないのなら、真夜中にグリフォンに乗ってきた相手と遭遇したということで恐怖を覚えてもおかしくはない。

 ……もっとも、ギルムに行く以上はレイの存在を知らないという者がいるかどうかは、微妙なところだが。


「仕方がない、か」


 自分を前にして何も言えなくなっている御者を見て、これ以上この御者に声を掛けても意味はないと判断し、馬車に向かう。

 馬車に誰が乗ってるのかは非常に気になるところだが、それを知りたいのなら御者に聞かずとも、直接馬車に乗っている者を見ればいいだけだと判断したのだ。

 そうして馬車の扉の前に到着したレイは、軽く扉をノックする。

 誰が馬車の中にいるのかは、生憎とレイにも分からない。

 分からないが、こうしてノックをされれば……それも馬車が停まっている状況では、馬車の中にいる者も出て来ない訳にはいかない。

 そんなレイの予想通り、やがて扉が開く。


「助けて貰ったことには感謝する。……まさかここに来て、いきなりこのようなことになるとは思わなかったのでな。御者もいきなりのことで……穢れだったが。それから逃げることしか考えていなかったのだろう」


 馬車から降りてきた五十代程の男は、そうレイに声を掛けてくる。

 目の前の男が穢れについて知っているのは、この状況でトレントの森にやって来たということを考えれば、おかしくはない。

 だが、落ち着いた様子の男は、どことなく人としての迫力があった。

 それこそダスカーのような一部の者が持つような、そんな迫力が。

 顔立ちそのものは普通で、決して強面という訳ではない。

 だが、その男から感じられる迫力は、目の前の男がただの一般人ではないことの証明だった。

 ……もっとも、ただの一般人がこんな夜中にトレントの森に入ってくるといったようなことをする筈もないのだが。


「誰だ?」

「儂はブロカーズ。そうだな、王都から来たと言えば分かりやすいか」

「王都から……? なら、ダスカー様が以前言っていた?」

「うむ。お主の言う通りだろう。妖精郷や穢れの件について調べに来たのだ」

「なら……」

「待ちなさい。貴方はブロカーズ様に対して何故そのような口を利いてるのですか」


 レイが何か言おうとしたのを遮るように、馬車の中からそんな声が聞こえてくる。

 声のした方に視線を向けると、そこには若い女の騎士の姿があった。

 女の騎士というのは、そう珍しい話ではない。

 勿論男の騎士と比べると数は少ないが、それでも結構な数がいる。

 この辺、日本と違うのは、女も魔力によって身体強化をしたりスキルを使ったりと、決して男女差によって男よりも劣っている訳ではないということの証だろう。

 それでもやはり全体で見れば男の騎士の方が多いのだが。


「お前は?」

「私はイスナ。ブロカーズ様の護衛です」


 イスナと名乗った騎士は、そこで改めてレイを睨み付ける。


「私は名乗りました。次は貴方の番です」

「レイだ。ギルム所属のランクA冒険者、レイ。深紅と言えば分かりやすいか」

「そうですか、貴方が。……ですが、幾らランクA冒険者とはいえ、ブロカーズ様を相手にのそのような言葉遣いは……」

「待て、イスナ。儂はそれで構わんよ。儂が堅苦しいのを好まないのは知ってるだろう?」


 イスナに向かってそう告げるブロカーズ。

 そんなブロカーズに、イスナは不満そうな様子を見せる。


「ですが、ブロカーズ様。幾らランクA冒険者であっても……」

「イスナも深紅の異名については聞いているだろう? であれば、儂よりもレイの方が国の役に立っていると言ってもいい」

「いえ、そんなことは……」

「それに、レイはイスナの後始末をしてくれたも同然なのだ。それを忘れてはいけない」

「後始末?」

「ぐ……」


 ブロカーズの言葉にレイが疑問の表情を浮かべると、それを聞いたイスナは悔しげな表情を浮かべる。

 そしてレイに恨めしげな視線を向けてきた。

 そんなイスナの様子と、困ったように笑っているブロカーズを見たレイは、すぐに後始末というのが何について言ってるのかを理解した。


「なるほど、穢れを攻撃したのはお前か」

「ぐ……」


 レイの言葉に、イスナは再び呻く。

 穢れというのは、基本的に攻撃された相手を敵と見なして狙ってくる。

 それはつまり、攻撃しなければ敵と認識されないのだ。

 だというのに、この馬車は穢れに追われていた。

 その原因を作ったのが、イスナだったということなのだろう。


「ブロカーズと一緒に来たということは、穢れについてもある程度の情報を持っていたんじゃないのか?」

「それは……突然のことだったので、咄嗟に……」


 咄嗟に攻撃をした。

 そう告げるイスナだったが、レイは疑問を抱く。

 まさか野営をしていたところで襲われた訳でもないだろうに、一体どうやって馬車の中から咄嗟に穢れを攻撃したのか、と。

 一応馬車には扉以外にも窓があるから、そこから攻撃をしたのだろうと自分を納得させる。


「それで、王都から来たお偉いさんが、何だってこんな時間にこんな場所に?」

「何、アブエロを出たのが少し遅くなってな」

「……なら、アブエロで一泊すればいいと思うんだが」


 アブエロで一泊して、日中にギルムに到着するように時間を調整すればいいのに、何故このような真似をしたのか、レイには理解出来ない。

 ブロカーズはそんなレイの様子を見て笑みを浮かべるだけで、理由を話そうとはしない。

 イスナは、レイの言葉遣いに色々と思うところはあるが、ブロカーズに止められている以上は何も言えず、不満そうな様子を見せていた。


(ブロカーズはともかく、イスナは典型的な委員長タイプだな。生真面目すぎるというか)


 イスナとは相性がよくないなと判断する。

 自由に行動することを好むレイだけに、規則にうるさいイスナとの相性がよくないのは、間違いない事実だった。

 レイだけではなくイスナもそれは理解してあるのか、レイに視線を向けられても困った様子を見せる。


「取りあえず、今の状況を説明するから聞いて欲しい。……言っておくが、かなり危ない所だったんだからな」


 そう言い、レイは現状について説明するのだった。

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