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レジェンド  作者: 神無月 紅
港町エモシオン
314/3865

0314話

「なあ、いいだろ? 俺もそのエモシオンって街まで連れていけって。こう見えてもランクBの冒険者なんだから、間違い無く腕は立つぞ」


 街中を歩いているレイへと、エグレットが言葉を掛けつつ肩を叩く。

 勿論ドラゴンローブを着ているのでダメージは受けていないのだが、それでも衝撃は伝わってくる。その様子に微かに眉を顰めつつ口を開くレイ。


「お前達は基本的に仕事をしないで旅を続けているんだろ? なら別に俺に同行する必要は無いだろうが。賞金首としての疑いも晴れたんだから、とっとと何処か他の街にでも行ったらどうだ?」

「だから、その何処かってのをエモシオンの街にしようかって言ってるんだよ。お前も戦力はあった方がいいだろ? な? な?」

「いらない。と言うか、海の沖にいるモンスターを相手にするんだぞ? お前達は空を飛べたり海の上を歩けたりするのか?」

「ああ? そんな手段ある訳ないだろ。けど、海の敵を相手にするのなら船でも借りれば大丈夫だって」

「ちょっと、エグレット、あたしはそんな化け物と一戦交えるのなんてごめんだよ」


 いつの間にか自分もモンスターと戦うことになっているのに気が付き、ミロワールが相棒の背中へと蹴りを入れながらそう告げる。

 だが、その程度のことは日常茶飯事なのだろう。エグレットは全く気にした様子も無くレイへと頼み続けていた。


「なあ、いいだろ? 俺達だって別に好きで依頼を受けていなかった訳じゃ無いんだ。何となく偶々って感じだったんだよ。だからさ」


 賞金首として疑った謝罪として食事を奢ってから既に1時間程。延々とエグレットに頼まれ続けていたレイは、やがてこれ以上付き合ってはいられないとばかりに溜息を吐いてから口を開く。


「もういい、止めはしない」

「本当かっ!?」


 エグレットの表情に笑みが浮かぶが、それとは逆にミロワールの方は嫌そうな顔になる。

 ミロワールにしても、自分の腕には自信はある。だが、海の中にいて船を何隻も沈めているようなモンスターを相手取れるかと言われれば、首を傾げざるを得ない。

 レイが言っていたように、海中にいる時点で自分達の攻撃手段は酷く狭められてしまうのだから。


「ああ。止めはしないのは事実だ。だからお前は好きにエモシオンの街へ向かえばいい。俺は俺で勝手に行くからな」


 しつこく付きまとわれたレイの選んだ選択肢は、これ以上関わらずにさっさとこの2人と別れるというものだった。


「え? おい、ちょっと待てよ。別に別れる必要なんて無いだろ。俺達と一緒に行けばいいじゃねえか」

「却下だ」

「だから、何で……」


 更に言い募ろうとしたエグレットだったが、街の正門の方へと視線を向けながらレイが言葉を続ける。

 その視線の先には、先程レイ達が街へと入ってくる時に手続きをした警備兵の姿があった。


「そもそもだ。俺の移動方法はセトに乗って空を飛んで移動するんだぞ? それなのに、どうやって俺と一緒に来る気だ? まさか、お前達に付き合って歩いて移動しろ、とかは言わないよな?」

「そ、それは……」


 図星だったのかエグレットが言葉に詰まる。だが、数秒程頭を悩ませるとすぐに名案を思いついたかのように顔を輝かせる。


「なら、俺とミロワールもセトに乗って移動すれば問題無いんじゃねえか!?」

「この馬鹿! あたしを巻き込むなって、何度言わせるんだい!」


 とうとう我慢の限界に来たのか、これまでよりも強力な前蹴りをエグレットの背中へと叩き込む。

 プレートメイルを着ているのでダメージは無かったのだろうが、それでも衝撃は殺せずに前へと数歩よろめく。

 だが、エグレットはそんなことには構いもせず、得意満面の表情でレイへと声を掛ける。だが……


「却下だ」

「何でだよ!」


 自分の意見が却下されるとは思わなかったのか、エグレットの顔が赤く染まる。怒りか憤りか、あるいは悔しさか。

 だが、レイはそんなエグレットに溜息を吐きながら口を開く。


「そもそも、セトは俺を乗せるので精一杯だ。2人合わせて俺よりも軽いのならともかく、お前達は1人ずつでも俺より重いだろ」


 レイよりも重いと言われ、ミロワールは嫌そうにそっぽを向く。

 例え冒険者をやっていたとしても、それでもやはり女である以上重いと言われるのは嬉しく無いらしい。それが、ローブを被っている少年のように見える相手と比べても。

 そんなミロワールとは逆に、不思議な程に納得してしまったのはエグレットだ。実際、背負っているポール・アックスやプレートメイル、そして何よりも自分の体格を考えるとレイより2倍……あるいは3倍近い重量を持っているのは明らかだったからだ。


「……なるほど」


 そしてエグレットが頷いたところで丁度正門へと到着し、ギルドカードを受け取った警備兵が街を出る手続きを手早く済ませる。

 警備兵にしても、グリフォンなんていう高ランクモンスターを従えているような相手にはさっさと街を出て行って欲しいというのが正直な気持ちだったのか、手続きは迅速に終了する。

 そんな相手の思惑を理解しつつも、レイは特に気にした様子も無くギルドカードをローブの内側に入れてからミスティリングの中へと仕舞い込む。


「移動速度が違う以上、お前達がエモシオンの街に行くのはこれ以上止めはしない。だが、今も言った通り俺と一緒に行動は出来ないぞ。そもそも、何でそんなにエモシオンの街に行きたがる? 別に金に困ったりはしていないんだろう?」


 この2人が元々いた街から旅立つ時に、それまでランクB冒険者として稼いできた報酬を持ってきたというのは既に聞いている。それなのに、何故わざわざ海中で船を何隻も沈める程の力を持つモンスターに手を出したいのか。そんな疑問を口にしたレイだったが、戻って来たのは至極簡単な言葉だった。


「そこに強敵がいるから」


 まるで、登山家が山がそこにあるから登ると言うように、平然と言い切るエグレット。そんな様子を見つつ、溜息を漏らす。

 これ以上何を言っても無駄だと判断した為だ。そして言い切ってやったと胸を張るエグレットの隣では、ミロワールが頭痛を堪えるかのように額へと手を当てていた。

 そんな2人の様子を見ながら、これ以上付き合うと自分にも被害が来ると素早く判断するレイ。


「分かった。やっぱり別行動だな。もし俺が目的のモンスターを倒す前にお前達がエモシオンの街に到着したのなら、協力してもいい」


 この街からエモシオンの街までは、セトのように空を飛んで行くのなら2日掛からない。だが、歩いて行くのなら下手をすれば半月程度は掛かる。そんな交通事情を考えつつ告げたレイだったが、海中の巨大モンスターと戦いたくないミロワールが笑みを浮かべ、何故か同様にエグレットも笑みを浮かべる。


(……まぁ、いいか)


 何を考えているのかは分からないが、それでもこれ以上付き纏われないなら問題無いだろうと考えて笑みの理由は追究せずに街道から少し離れた場所へと移動する。

 ミロワール達2人も、レイの行動に興味があるのかその後に続く。

 そのまま街道から外れて、春という影響もあって緑の絨毯となっている草原へと辿り着くと2人に耳を押さえておくように言ってから大きく息を吸い……


「セトーッ!」


 周囲一帯に届けとばかりに、大声で叫ぶ。

 耳を押さえていても余程の大声だったのか、微かに眉を顰めている2人を眺めていると、やがて翼を羽ばたかせる音がレイの耳に聞こえて来る。


「グルルルルルゥッ!」


 高く鳴きながら翼を広げ、地上へと降りてくるセト。

 そんなセトを迎えるようにレイは受け止め……きれずに草原へと押し倒され、喉を鳴らしたセトに顔を擦りつけられていた。


「グルルルゥ、グルゥ、グルルゥ」


 甘えてくるセトの頭を撫でながらも、レイはミスティリングから取り出した布でセトのクチバシを拭いてやる。

 セトが昼食として食べたのだろうモンスターの血で汚れていた為だ。

 それでも新しいスキルの入手アナウンスが脳裏を過ぎらなかったのを考えると、それ程強くないモンスターだったのだろうと判断する。


「……よし、これで綺麗になったぞ」


 セトの頭を撫でながら、興味深そうに一連のやり取りを見守っていた2人へと向き直る。


「俺はこれからセトに乗って行くから、ここでお別れだ」

「グルゥ?」


 もういいの? とばかりに小首を傾げるセトの頭をコリコリと掻きながら頷く。


「ああ、セトの直感通りに賞金首とかじゃなかったよ。まぁ、色々と濃かったけど」

「ちょっ! エグレットはともかく、あたしは別に濃くないでしょ!?」

「そうか? ……まぁ、そう、か?」

「そうなの!」

「……そうか」


 ミロワールに押されるようにして頷くレイ。

 レイにしてみれば、鞭という武器をメインにして使っている時点で十分濃いんじゃないかと思うのだが、それは完全に自分のことを横に置いての考えだった。そもそも、鞭と大鎌で考えれば鞭の方が一般的な武器と言えるだろう。大鎌は見かけはともかく、武器として考えると色々と問題のある形状をしているのだから。

 それを使いこなしているのは、あくまでもデスサイズという大鎌がマジックアイテムだからであり、同時にレイの身体能力があってこそだ。


「ま、とにかく俺はそろそろ行かせて貰う。もし本気でエモシオンの街に来るつもりがあるんなら、少し急いで来るといい。俺が海中に潜んでいるモンスターを倒す前にな」

「おう! レイに負けないようにして到着するから待ってろよ!」


 自分に対する激励だと感じたのだろう。エグレットが笑みを浮かべつつレイへと声を掛け、その隣ではミロワールが溜息を吐いていた。

 そんな様子を眺め、そのままセトはレイを背に乗せてから地を駆け、助走をして翼を羽ばたかせる。

 そのまま空中を蹴るかのように空へと駆け上がっていき、ミロワールとエグレットの2人はその様子を地上から見送るのだった。

 そして視界の中からセトが消えたのを見計らい、早速とばかりに地面に置いてた荷物の入った袋を肩に背負うエグレット。


「さあ、ミロワール。レイに負けないように俺達も早くエモシオンの街まで行くぞ!」

「あー……本気で行くんだ。いやまぁ、どうせなんだし付いていくけどね」


 エグレットと組んでそれなりに長期間経つのだが、その期間で癖になってしまった溜息を吐きつつ後を追って行くのだった。






「グルルゥ?」


 春の柔らかな太陽の光を浴びながら空を飛んでいると、不意にセトがレイの方へと振り向いて喉を鳴らす。

 良かったの? そんな風に尋ねてくるセトの頭を撫でながらレイは頷く。


「ああいう相手に関わっていたら、絶対揉め事に巻き込まれるだろうしな。特にエグレットは自分からトラブルに突っ込んでいくタイプだ」


 何かの確信があるかのように告げるレイに、小首を傾げつつも納得するセト。


「それよりも、ちょっと時間を取ってしまったからな。少し急いでくれるか?」

「グルゥ」


 レイの言葉に頷き、セトは翼を力強く羽ばたかせる。

 翼が大きく羽ばたくごとに、目に見えてセトの速度は上がっていく。

 その速度に改めて感心しながらミスティリングから地図を取り出して眺める。先程寄った街が1つめの街であり、残り2つの街を通過すれば目的のエモシオンの街へと到着するだろう。


「そう言えば、セトは海を見るのは初めてだったよな?」

「グルルゥ」


 レイの問いに頷くセト。

 日本にいた時は山奥で暮らしていたレイだったが、それでも車で2時間も走らずに海へは到着する位置の山だった。それ故、夏になればよく海には通っていたので、レイにしてみれば海というのはそれ程珍しいものではない。

 ……ただし、普通の人が海と言われて思い浮かべるような砂浜の海ではなく、どちらかと言えば岩が大量に転がっている海だったが。


「ギルムは内陸にあるから魚といえば川魚だけだったが、エモシオンの街だと色々と魚や貝、蟹、エビなんかも食えるかもな」

「グルルルルゥッ!」


 レイの言葉に嬉しそうに鳴くセト。

 海産物というのを殆ど食べたことの無いセトにとって、エモシオンの街というのは非常に魅力的な街だった。

 心なしか再び増した速度に笑みを浮かべつつ、空を飛ぶモンスターが存在しないかどうかを警戒するレイ。

 幸い、辺境でも空を飛ぶモンスターというのはそれ程多くなく、この辺りはその辺境ですらない。故に殆ど警戒というよりは物見遊山といった感じで空を移動して目的地へと向かって行く。

 夜になればマジックアイテムのテントがあるという余裕もあり、レイとセトは快適にエモシオンの街へと向かう。

 そしてギルムの街を出てから3日程……空を飛ぶセトとレイには水平線が見えてくるのだった。

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