3132話
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「これは……」
野営地に戻る途中で、レイはトレントの森の中を逃げている冒険者達の姿を見つける。
それは別におかしな話ではない。
ニールセンから野営地の側に穢れが姿を現したというのを聞いており、そこに向かう途中だったのだから。
ただ、若干疑問だったのは、レイが見たのは野営地から結構離れている場所で、野営地の側とは言えなかったのだ。
もっとも、それはあくまでもレイがそのように思っているだけで、長にしてみればこの場所も野営地の側であると認識してもおかしくはなかったのかもしれないが。
とにかく、野営地に向かっている途中で穢れを見つけたのだから、レイとしては悪くはない。
それどころか、野営地に到着するよりも前に穢れを見つけたというのは、レイにとって僥倖ですらあった。
しかし、そんな状況であるにも関わらずレイが驚きの声を発したのは、冒険者達を追っている穢れに理由があった。
冒険者達を追っているのは、既に穢れに対してどう対処すればいいのかという情報が広まっているからで、それは不思議ではない。
不思議なのは、冒険者達を追っている穢れがサイコロと円球という、二つの種類が混在していたことだ。
今まで出てくる穢れは一種類の形に統一されていた。
しかし、今こうしてレイの視線の先にいるのは、明らかにそれとは違う。
「レイ、とにかくどうにかした方がいいでしょ!」
戸惑っているレイに、ニールセンが鋭く叫ぶ。
その言葉に、レイはすぐに反応する。
「そうだな。今はすぐに行動した方がいいのは間違いないか。……セト、逃げている冒険者達の前に移動してくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトが喉を鳴らすと翼を羽ばたかせて速度を増す。
一瞬にして地上を走っている冒険者達の前に出たセト。
レイはそのセトの背から飛び降りる。
地上に向かって降下する勢いを殺すように、何度かスレイプニルの靴を使って勢いを殺しながら、地面に着地する。
「こっちだ!」
自分の方に向かってくる冒険者達に、ミスティリングから取り出したデスサイズを振るって叫ぶ。
当然だが走っている冒険者達はすぐにレイの存在に気が付く。
「レイ!」
喜色満面。
そう表現するのが相応しい笑みを浮かべる冒険者達。
……もっとも、走っている冒険者の大半がむさ苦しい男達なので、そのような笑みを向けられても、レイとしてはあまり嬉しくはなかったのだが。
だが、レイがどのように思っているのかはともかくとして、冒険者達にしてみればレイの存在は非常に大きい。
そもそも現在自分達を追ってきている穢れを倒すことが出来るのは、今のところレイだけだ。
穢れが現れればすぐにニールセンが長から情報を聞き、それを聞いたレイが駆けつけるというのは分かっていた。
分かっていたが、それでもやはり実際にレイが目の前に来たというのは、冒険者達を安堵させるのだ。
そんな喜びを感じながらも、先頭を走る冒険者は叫ぶ。
「レイ、どこでこいつらに魔法を使う!? 倒すのか、それとも捕らえるのか!?」
「捕らえる!」
間髪入れずレイが叫ぶ。
レイにしてみれば、この状況で穢れを倒すといった選択肢は存在しない。
何しろ、サイコロと円球が混ざっているのだ。
初めての事態だけに、この穢れは倒すのではなく捕らえる方がいいと、そうすることによって研究者達が少しでも穢れの研究を進めることが出来ると判断する。
そのように判断すると、次の問題はどこで捕らえるかということだ。
炎獄によって捕らえることが出来るのは、湖の一件で既に証明されている。
そういう意味では、それこそここですぐに穢れを捕らえるといった真似も出来る。
出来るのだが、ここは野営地からそれなりに離れている。
一応研究者達の護衛がやって来たので問題はないと思うが、それでも万が一のことを考えれば、やはり野営地に近い場所で炎獄を使う方がいいのは間違いなかった。
ぐんぐんと自分との距離が縮まっている中で、レイは更に叫ぶ。
「捕らえるのは野営地の側だ! ここからもう少し穢れ達を引っ張っていくぞ!」
レイもその叫びに、走っている冒険者達は微妙な表情を浮かべる。
だが、今となってはその表情にそこまでの切迫感はない。
自分達が走れば、穢れが追いつくことは出来ない。
そして自分達の側には、穢れを倒す……そして捕らえることが出来るレイがいる。
ここまで条件が揃えば、それによって動揺したりといったようなことはまずない。
もっとも、ここまで走ってきたのに、まだ走り続けなければならないという事には、若干の不満を抱いていたが。
それでも救いの主が目の前に現れたというのは、冒険者達にとって終わりが見えたという点で非常に大きい。
「ねぇ、レイ。本当にこのまま野営地まで移動してもいいの?」
冒険者達を先導するように進むレイの横にやってきたニールセンが、不思議そうに尋ねる。
ニールセンにしてみれば、ここで倒せるのならさっさと穢れを倒してしまった方がいいと思っているのだろう。
ただ倒すだけなら、レイもそうした。
だが、研究者達の身の安全を少しでも守るということを考えれば、やはり少しでも野営地に近い方がいい。
「構わない。研究者達のことを考えると、そっちの方がいい!」
走りながら、隣のニールセンに叫ぶレイ。
(幸い、護衛の中で問題がありそうな奴は前もって他の護衛達が排除してくれたしな)
他の護衛達に取り押さえられた護衛達がどうなったのかは、レイにも分からない。
普通なら、そのような真似をした相手は即座に排除されてもおかしくはないのだが、この場合問題になるのは研究者達がそれぞれに護衛を雇っているということだろう。
つまり、護衛達が問題を起こしたとしても、それを他の護衛達の判断で首にするような真似は出来ないのだ。
だからこそ、今回の一件について護衛達や研究者達がどうしたのかと、レイは疑問に思っていたのだが……もしそのまま残っていたとしても、皆の前であれだけ無様な姿を見せた以上、最初のように居丈高な態度は取れないだろうというのがレイの予想だった。
「グルルルゥ!」
レイの考えを読み、レイやニールセンよりも先に野営地の側に到着していたセトは、レイに向かって鳴き声を上げる。
ここがゴールだと、そう示すかのように。
「聞こえたな! もう少しで野営地だ! それまで頑張れ! 俺は魔法の準備をする! くれぐれも俺の魔法に巻き込まれるなよ!」
叫ぶと、レイは走る速度を一段……いや、数段上げる。
後方を走っていた冒険者達との距離が、見る間に開いていく。
レイの後ろを走っている冒険者も、ギルドが優秀な冒険者と判断しているだけに、その能力は高い。
そんな冒険者達をあっという間に離していく辺り、レイの持つ身体能力の高さを示していた。
後方の冒険者を瞬く間に引き離し、野営地に到着したレイ。
そんなレイの側には、何人もの冒険者達が集まっていた。
先程のセトの鳴き声は野営地中に……いや、生誕の塔まで響いたのだから、それを聞いた冒険者達が集まってくるのは当然だろう。
何があったのかと、それぞれ武器を手にして戦闘準備万端といった様子の冒険者達。
「穢れだ! 冒険者達が現在こっちに引き連れて来ている。ここで魔法を使って、炎獄に捕らえる!」
叫ぶレイは、他の冒険者達の反応を見るでもなく、すぐに呪文を唱え始める。
『炎よ、我が思いに応えよ。汝は壁、何者をも通すことのない壁にして、それが四方に、そして上下に存在すべきもの。その壁は炎にして炎にあらず。破壊の炎ではなく触れても暖かな気分を抱かせる炎。我が魔力が存在する限り、その炎の壁が消え去ることはない』
そうして呪文を唱えていると、レイは自分の魔力が急激に消耗していくのが分かる。
この魔力の大量消費こそが、穢れを捕らえるのに必要な強度を炎獄に持たせる秘訣。
そうして呪文を唱え、いつでも魔法が発動出来るように準備をしたところで……
(あ、これちょっと走りすぎたか?)
魔法に意識を集中しつつレイがそう思ったのは、野営地に向かって走っている冒険者達の姿がまだかなり遠くにあった為だ。
今この状況で魔法を使っても、距離の問題で失敗する可能性が高い。
あるいは成功するかもしれないが、レイの勘では恐らく失敗すると思えた。
(これ、走る速度をもう少し遅くした方がよかったのか? でも、時間的な余裕がないと、それはそれで失敗だったしな)
いつでも魔法を発動出来る状況で待機し続けるというのは、何気にかなり大変だったりする。
しかし、今のレイに出来るのは、ただその時を……魔法を発動させる最善のタイミングを待つだけだ。
「おい、もっと速く走れ! お前達が遅いから、レイが魔法を使うに使えないで困っているぞ!」
レイやセトの側に集まってきた冒険者達のうち、レイが何故すぐに魔法を使わないのかというのを理解した冒険者の一人が叫ぶ。
すると、走っている冒険者達の耳にもそんな声が届いたのだろう。
野営地に向かって走る速度が一気に上がる。
(いや、冒険者達が速くここに到着しても、実はそこまで意味はないんだけどな)
レイが魔法を使う……炎獄を使って捕らえる相手は、あくまでも穢れだ。
サイコロと円球の形をした、そんな穢れ。
その穢れに追われている冒険者達が走る速度を上げても、実際にレイが魔法を使うタイミングそのものは穢れが近付いてきてからだ。
そういう意味では、冒険者達の走る速度が上がってもそこまで意味はないのだが……レイの側で待機して、微妙に穢れの移動するコースを調整するという意味では間違っていない。
レイの側にやって来た冒険者達は息を整え……そうしてレイが炎獄で穢れを捕らえるのに丁度いいように相手のコースを変える。
そうして、穢れが十分に近付いたところで、レイは魔法を発動した。
『炎獄の壁』
魔法が発動すると、追ってきた穢れ達は上下左右前後に炎獄が発動し、その中に閉じ込められる。
冒険者達を追ってきた穢れは、基本的に自我の類はなく、自分のやるべきことを延々と行うだけだ。
それだけに、次々と炎獄の壁にぶつかっては跳ね返されていく。
「よし、無事に捕獲出来たな。……誰か、研究者達を呼んできてくれ。湖の方に……」
「呼ばれなくても、来ていますよ」
レイの言葉を遮るように、二人の研究者が姿を現す。
どうやら冒険者達の後ろにいたらしい。
その二人の研究者はレイにも見覚えがあり、レイ達の状況を知ったオイゲンが派遣してきた……あるいは護衛達から野営地の近くで騒動が起きていると聞いてやって来た者達だ。
レイにとっては、どのような理由があれど、こうして穢れを捕らえたところでやって来たのだから、それに不満はなかった。
「お前達が来てくれたのなら、こっちとしても悪くない話だ。……それで、見ての通り穢れを捕らえた。それも俺が初めて見る、サイコロと円球が混在しているタイプだ」
「どうやらそのようですね。今までは異なる形状の穢れが混在しているということはなかったと思うのですが。……レイはどう思います?」
「驚くべきことではあると思うが、同時に納得も出来るな」
黒い塊から、黒いサイコロ、黒い円球と短期間で形状が変化してきた穢れだ。
また何らかの新たな試みを試しても、レイはそこまで驚きはしない。
今回の一件を……そして他にも大きな騒動が起きたら、穢れの関係者が何かを企んでそのような真似をしたと言われてもレイには普通に納得出来る。
「それで、湖の方の穢れはどうなっている?」
「大分小さくなってきましたね。早ければ今日中……遅くても明日に消滅する可能性が高いです。もっとも、小さくなった結果消滅するとなればの話ですが」
「……違う可能性も考えているのか?」
レイは研究者の言葉に驚く。
湖の側で炎獄によって捕らえられた黒い円球は、見て分かる程に小さくなっていた。
そうである以上、このまま時間が経過すれば恐らくそのまま死ぬ……端的に言えば餓死に近い状態になって死ぬのだろうと、そうレイは予想していたのだ。
だが、研究者の口から出たのは、レイにとっても完全に予想外の言葉だった。
「ええ。とはいえ、勿論一番可能性が高いのは死ぬ、もしくは消滅するというものであるのは間違いありません。ですが、私達研究者は一体どうなるのかを見て判断する必要があります。可能性としては、死ぬ以外の選択肢もあるというのは間違いないかと」
「具体的には?」
「それは……さすがに分かりませんが」
死んだり消滅したりする以外の結果となる可能性は、研究者も理解している。
だが、具体的にそれがどのようなものなのかと言われれば、それを口にすることは出来なかった。