3131話
レジェンド18巻、発売中です。
続刊に繋げる為にも、購入して貰えると嬉しいです。
4万文字以上の追加エピソードもありますので、WEB版を読んでいる人でも楽しんで貰えるかと。
野営地の冒険者達と研究者の護衛達の一件が解決すると、レイはやるべきことがなくなってしまった。
自分を呼びに来た者達の様子から、それこそ穏便に話し合いで解決するのではなく、それこそお互いに武器を手に、相手を屈服させることによって対処をする必要があるのだと、そうレイは思っていたのだが。
実際に現場に到着してみると、騒動を起こした者達は他ならぬ護衛達の手によって取り押さえられ、特に騒動らしい騒動は起きずに解決したのだ。
ある意味で肩すかしのような、そんな感じの一件。
もっとも、レイも別に騒動になるのを期待していた訳ではないので、そのことに不満があった訳でもなかったが。
「さて、これから何をするかだな。……セト、ニールセン、何かしたいことはあるか?」
「グルゥ?」
「うーん、散歩は殆ど出来なかったし、それならもう少し周囲の様子を見てみるとか? あ、それとも樵達の様子を見にいく? 長から連絡が来ないってことは、向こうに穢れが現れたりとかはしてないんだろうけど」
「グルルルゥ!」
ニールセンの言葉に真っ先に賛成したのはセト。
レイはセトが賛成をしたのならと、了承する。
(それに、樵達のいる場所に顔を出す回数は、多ければ多い程に向こうも安心するだろうし)
樵達にしてみれば、護衛の冒険者達がいるとはいえ、それでも安心は出来ない。
これが穢れが出る前なら、大抵のモンスターを相手にしても護衛の冒険者達なら倒すことが出来ていたので、そういう意味で問題はなかったのだろう。
だが、今回は違う。
穢れを相手にした場合、冒険者達が出来るのは時間稼ぎだけだ。
だからこそ、今のように穢れとの戦いについて樵達が不安を抱いているのか理解しやすい。
「じゃあ、行くか」
結局レイは樵達のいる場所に行くことにすると、すぐ行動に出る。
もっとも、レイに準備らしい準備は必要ない。
特に何か持っていく物がある訳でもない以上、それこそ今からすぐに出発するような真似が出来た。
「じゃあ、行きましょう。向こうに行けば、きっと何かある筈よ」
「……何かって、具体的に何だ?」
「何でもいいでしょ」
レイにしてみれば、ニールセンが何を期待して樵達のいる場所に行こうとしているのかは分からない。
だが、それでレイが何かに困る訳でもないので、そこまで突っ込むような真似はしなかったが。
「セト、じゃあ頼む」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトが嬉しそうに喉を鳴らしてレイが自分の背中に乗りやすいように屈む。
その背にレイが乗ると、ニールセンは自分を置いていくなと、既に慣れた様子でレイの右肩に掴まる。
そうして準備が整うと、セトはすぐに数歩の助走の後で地面を蹴り、翼を羽ばたかせて空に駆け上がっていくのだった。
「お、レイ。よく来てくれたな」
樵達のいる場所に到着すると、護衛の冒険者はすぐレイに向かってそう声を掛けてくる。
レイはそんな相手に何かを言おうとして、ふと気が付く。
「あれ? もしかして随分と数が減ってないか?」
レイの視線の先にいたのは、樵達。
元々は、樵達はそれぞれ離れて木の伐採をしていた。
纏まっていれば、自分が木を伐採した時にどこに倒すのかというのを一人でやっている時よりもしっかりと考えないといけないし、それは同時に他の樵が木を伐採した時、何らかの手違いで自分の方に倒れてくるという可能性があったからだ。
また、斧を振り下ろす際のリズムは、樵によって違う。
他の樵が仕事をしていると、そのリズムによって自分のリズムが狂うということも十分に有り得る。
他にも色々と理由はあるが、とにかく自分だけで仕事をするという者の方が多かった。
しかし、穢れの存在がそんな樵達の仕事環境を変えてしまった。
護衛の冒険者達ですら倒すことが出来ず、時間稼ぎをするしか出来ない。
そのような敵が、いつどこから現れるか分からないのだ。
そうである以上、少しでも多くの者がいる場所……つまり、それだけ多くの場所を警戒出来る状態の方が安心して仕事が出来ると考え、多少の不便さは我慢しつつ、多くの樵が集まって木の伐採を行っていた。
だからこそ、樵達の様子を見たレイは樵の数がかなり減っていることに気が付く。
冒険者はそんなレイの言葉を聞き、特に隠す様子も見せずに頷く。
「ああ、樵達の中には雪が降る前に故郷に戻る奴もいるしな」
「以前もそんな話を聞いたような気がするけど?」
「故郷が遠ければ到着まで時間が掛かるから、早くギルムを出る必要がある。故郷が近ければ、ギルムを出るのが遅くても問題はない。つまりそういうことだ。勿論、その中には少しでも稼ぎたいから、ギリギリまで樵をやっていたような者もいるけどな」
「そういうものか。……けど、その割には思っていたよりもかなり減ったように見えるけど」
これで減った樵の数が一人や二人くらいなら、レイもそこまで驚くようなことはなかっただろう。
だが、半減……とまではいかないが、三割から四割くらいは減っているように思える。
「その辺は……まぁ、あれだな。穢れを怖がって」
少しだけ悔しそうな様子で言う冒険者。
冒険者達にしてみれば、自分達は樵の護衛として雇われているのに、その護衛の仕事を全う出来ず、穢れが出て来たらレイに任せるしか出来ないのだ。
実際には穢れの性質を理解しているので、レイが来るまでの時間稼ぎや、それによって樵を逃がし、レイが来た時は即座に魔法を使えるような場所までの誘導と、やるべきことは多い。
だが、それでも結局レイに任せるしか出来ないというのが、護衛の冒険者達にとって悔しいのだろう。
事実、樵達が仕事を続けるのを止めて故郷に戻ることにしたのは、自分達の実力不足が原因だろうと、そのように思っているのだから。
「そうか。でもまぁ、元々いつ雪がふってもおかしくはなかったんだ。そういう意味では、少し早く仕事を終えた奴が多かったんだろ。そういう連中にしてみれば、来年の春になって仕事が再開する時にはもう穢れの件が片付いていると期待してるのかもしれないが」
「その辺、どうなんだ?」
恐る恐るといった様子でレイに尋ねる冒険者。
それは尋ねた本人だけではなく、二人の話を聞いていた他の冒険者達も気にしていた。
……何人かの冒険者は、レイの話は全く聞かずに自分の近くにやって来たニールセンと話をしていたり、セトの愛らしい姿に眼を奪われている者もいたが。
「どうだろうな。俺も出来るだけ早いうちにどうにかしたいとは思ってるけど、その辺は研究者達次第だと思う」
レイとしては、そう答えるしかない。
穢れの関係者の本拠地とも呼ぶべき場所がどこにあるのかが分かれば、レイはセトに乗ってすぐそこに突っ込んでいくだろう。
だが、転移でトレントの森にやって来ている穢れ達を相手に、一体どうやれば敵の本拠地を見つけられるのかが分からない。
(そう考えると、最初に黒い塊と遭遇した時って、実は千載一遇のチャンスだったんだよな。こっちから転移元と思しき場所に攻撃するんじゃなくて、実際に突っ込んで敵の本拠地に乗り込めば……今更か)
あの時の自分の行動が、軽率だったとは思わない。
まだ穢れについて殆ど情報がない時点での行動だったのだから。
寧ろ、あの時点では最善の方法だったとすらレイには思えていた。
だが、その結果として相手を警戒させたのだろうことも、恐らくは間違いない。
そうである以上、レイとしてはやはりあの時の行動が最善だったのか?
そのように考えてしまうのも、また事実だった。
とはいえ、時間を戻すことは出来ない。
(あ、でもマジックアイテムや魔法の中にはそういうのがあってもおかしくはないよな。国宝級……いや、それ以上に貴重な品だろうけど)
もし本当にそのようなマジックアイテムがあっても、貴重ではあるが一応購入出来るマジックテントの類とは違い、入手するのはかなり難しい。
それこそ現在この世界に数個しか存在しないと言われているアイテムボックスを手に入れるよりも、入手するのは難しいだろう。
一体どうすれば入手出来るのか、レイにも全く分からない。
(グリムに聞くとか? ……いや、さすがにグリムでも、時を戻すマジックアイテムとかは持ってないだろうし)
もしグリムがそのようなマジックアイテムの存在を知っていれば、それこそレイが聞くよりも前に自分で入手しようとするだろう。
そのようなことを行っていない以上、時を戻すマジックアイテムはないということを意味していた。
あるいはあるのかもしれないが、グリムであってもそれを持っておらず、その情報を知らないということか。
(今の状況でそういうのを頼るのはちょっとな。まさに藁にも縋る思いという奴か)
時を戻すマジックアイテムについての情報でもあるならともかく、その手の情報は一切ない。
そうである以上、今からそれを頼るのは意味がない。
「穢れの件については、こっちでも色々と対応している。実際、野営地の方で捕らえた穢れはかなり弱まっている。これを見れば、恐らく穢れはかなり燃費が悪いんだと思う」
「え? つまり……穢れに対抗出来る手段があるってことか!?」
不意にレイの口から出た言葉に、それを聞いていた者達が驚愕の声を上げる。
自分達は敵を引き付ける程度のことしか出来ないと思っていたのだが、不意にそこに自分達でも穢れをどうにか出来るかもしれないと、そのように言われたのだから、興奮するなという方が無理だった。
レイは喜んでいる冒険者や樵達に微妙な表情を向けつつ、説明を続ける。
「そうなるな。ただし、あくまでもそれは穢れを捕らえることが出来ればの話だ。ダスカー様にその辺の報告はしてるし、ダスカー様からギルドにも連絡している筈だから、結界とかそういうのの使い手がやってくる……かもしれない」
「でも、私が聞くのもなんだけど、そういう新しい人がやって来たとして、その人はどうやって穢れが出たという情報を知るのかしら? あるいはそれを知っても、離れた場所だとどうしようもないんじゃない?」
「ぐ……それは……」
レイから少し離れた場所で樵と話していたニールセンが、レイの言葉を聞いてそんな風に尋ねてくる。
その言葉に何も言えなくなるレイ。
実際、レイが穢れに対処出来ているのはレイであれば穢れを倒せるということ以外にも、穢れが出没したという情報をニールセンが長から貰って、それを聞いたレイが穢れの出た場所が離れていればセトに乗って移動する。
そのようにセトとニールセンがいるからこそ、出来ることなのだ。
穢れを閉じ込めることが出来る結界の使い手、もしくはそれ以外に何らかの手段で穢れに対処出来る者がいても、ニールセンとセトの役目を負うことが出来る者がいなければ、実際に穢れが現れてもそれに対処するのは難しいだろう。
「移動する手段はともかく、穢れが現れたというのを知らせるとなると、妖精が必要か。……一度妖精郷に戻って、長に頼んでみるか?」
「それは……難しいと思うわよ? 長と連絡が出来るようになるには、それなりに力が必要だし」
「……そう言えば、ニールセンは妖精の中でも長に次いで能力が高いんだったな。とてもそうは見えないけど」
「ちょっと、それはどういうこと?」
レイのその言葉はニールセンにとってよほど許せなかったのだろう。
樵の側から、文字通りの意味で飛んできて、不満そうな視線を向ける。
ニールセンにしてみれば、レイの言葉が面白くなかったのだろう。
「どういうことって言われてもな。何だかんだと俺はこうしてニールセンと一緒にいるけど、色々と思うところがない訳じゃないし」
「それを言うなら、私だってレイに色々と思うところがあるのよ?」
そうしてレイとニールセンが本格的に言い争いを始めようとした時、レイと話していた男がそれを止める。
「ほら、その辺にしておけよ。レイもニールセンも、今まで上手くやってきたんだ。なら、今更そういう下らない言い争いをしても意味はないだろ?」
「それは……まぁ、そういう風に思わない事も……って、ちょっとレイ!」
男の言葉に納得した様子を見せたニールセンだったが、その途中で何かを感じたかのようにレイに向かって叫ぶ。
そんなニールセンの様子を見ただけで、一体何があってそのような声を出したのか理解したレイは、素早く周囲を確認しながら叫ぶ。
「もしかして、野営地か? それとも、他の場所か?」
「野営地よ!」
具体的に何があったのかを言わずとも、お互いに相手が何を言いたいのかを分かる。
そんな様子を見て、何だかんだとこの二人の関係は良好なのだろうと冒険者の男は思いつつ、同時に自分のいる場所に何か……恐らく穢れがやって来たのではないことに安堵するのだった。