3111話
カクヨムにて5話先行投稿していますので、続きを早く読みたい方は以下のURLからどうぞ。
https://kakuyomu.jp/works/16816452219415512391
また、活動報告にも書きましたがカクヨムにてサポーター限定の近況ノートに番外編を投稿しました。
轟、と。
炎の壁が生み出され、その壁から溢れ出る炎が周囲の地面を焼く。
今はもう冬に近いし、何より野営ということで多くの者が歩き回っているので地面に燃えやすい枯れ草の類はなかったが、代わりに土が焼けて真っ赤に染まっていた。
気のせいか、土が溶けて半ば溶岩のようになっているようにすら思えてしまう。
「わきゃあっ! 熱い! ちょっ、暑いじゃなくて熱いってばこれ!」
レイの近くを飛んでいたニールセンは、そう叫ぶとレイから距離を取る。
実際、叫ぶニールセンの言葉は決して間違ってはいない。
半ば溶岩と化しているその地面のせいで、レイのいる場所を中心にして周囲の気温が少し上がったのは間違いないのだから。
レイは近くでそんな地面の様子を見ても、特に慌てた様子はない。
何故なら、レイはドラゴンローブを着ている。
簡易エアコンの効果がある以上、それこそ周囲が一瞬にして数百度になるといったようなことならともかく、現在レイの目の前にある溶岩の影響で数度気温が上がった程度で動揺したりはしない。
……とはいえ、それはあくまでも気温で動揺をしないというだけで、それ以外の理由で動揺はするのだが。
「えーっと……あれ? 何でこんな風になったんだ?」
溶岩と化した地面の一部を見て、少し困ったように呟く。
当然だろう。レイは別に攻撃魔法を使おうと思ってこのような状況を生み出した訳ではない。
オイゲンに頼まれた、穢れを捕獲する為の魔法を編み出そうとした結果がこれだったのだから。
本来なら、オイゲンから頼まれたレイが想像していたのは『火精乱舞』によって生み出される、赤いドームの筈だった。
その魔法を使った時、穢れは赤いドームの中から逃げ出すといった真似が出来なかったのを見ていたからこその提案だったのだろう。
しかし、レイにとって魔法というのはイメージによって生み出されるものだ。
呪文の構成を変えたりするといったことは出来るが、それよりもやはり一番大きいのはイメージとなる。
そしてレイのイメージは日本にいた時の漫画、アニメ、ゲームといった諸々が影響している。
だが……そのイメージというのが、今回の場合は足を引っ張った。
具体的には、レイが『火精乱舞』で生み出すような赤いドーム……火精抜きのそれを、上手くイメージ出来なかったのだ。
あるいは野営地に穢れが現れた時のように、触れても燃えない程度の熱さの炎といったようなものなら、問題はなかったもしれない。
しかし、イメージが重要なだけに、明かりとして認識して魔法を使った場合は、穢れを閉じ込めることが出来ない可能性もある。
結局のところ、これはレイが炎に特化している魔法使いだからこその状況だった。
「これ、意外と……難しいな」
下手に自分の炎の魔法は強力だという認識を持っているせいで、魔法の威力を弱めることが難しい。
例えば『火精乱舞』のようにメインの効果ではなく、あくまでも火精が爆発する威力を強める為というのであれば、問題なく出来るのだが。
「下手に考えすぎているせいで、そういう真似が出来なくなってるのか?」
そういう魔法を作らなくてはならないと考えすぎているせいで、思考が硬直し、それによってドーム状の魔法が使えないのでは?
そんな風に思ったレイだったが、何となくそれが正解のように思えた。
このような時、どうすればいいのか。
レイは少し考え、このままずっと魔法について考えていても成功はしないだろうと判断し、気分転換をすることにする。
「ニールセン、少し戻ってこい。ちょっと休憩するぞ。甘酸っぱい果実があるから食わないか?」
レイの言葉に、暑さ……いや、熱さから避難していたニールセンはある程度の距離まで近付いてくる。
「レイがこっちに来てよ。そっちに近づける筈がないでしょ!」
不満そうな様子を見せるニールセンに、レイは仕方がないかと思いながら溶岩となった場所から離れる。
なお、セトもまたニールセンのように逃げ出したりといったような真似はせず、レイの側にいたのだが、自分も果実を食べたいと移動する。
そうしてある程度溶岩から離れた場所で、レイは約束通りセトとニールセンに果実を渡す。
当然自分の分もあり、一口食べると口の中一杯に甘酸っぱい果肉と果汁が広がった。
「あ、これ美味しいわね」
人の掌よりも小さな……プラムといった程度の大きさの果実だったが、ニールセンはそんな果実を両手で持ち、嬉しそうに食べている。
ニールセンにすればプラム程度の大きさでも十分に満足出来る大きさなのだろうが、そんなニールセンと比べると体長三mオーバーのセトにとっては、一口で食べることが出来て、しかもそれでも足りないといった程度の大きさでしかない。
レイにとっても、そのくらいの大きさの果実は完全に満足出来るものではなかったものの、それでも一休みをするということを考えると十分だった。
……セトにはもう数個果実を渡すことにしたが。
「ふぅ……それにしても、レイは魔法なら何でも出来るのかと思ったけど、別にそういう訳じゃなかったみたいね」
果実を食べ終わると、ニールセンはレイに向かってそう言う。
レイにしてみれば、ニールセンのその言葉は少し意外だった。
「そういう風に思っていたのか? 俺は魔法はそれなりに得意だが、それはあくまでも炎の魔法に限っての話だ。他の属性の魔法となると……基本的にはそこまで得意じゃないな」
実際、レイは炎の魔法に特化しており、そんなレイが浄化魔法を無理矢理使おうとした場合、異常な量の魔力を必要とする。
本来なら適性のない魔法を、レイの持つ莫大な魔力で無理矢理使っているといったような感じなのだ。
そう考えると、レイの魔法の才能というのはかなり特殊なものなのだろう。
レイもその辺りについての自覚はあるので、素直に炎以外の魔法は得意ではないと口にしたのだろう。
「そうなの? じゃあ、穢れはどうやって捕らえるの? もう少し魔法を研究してみるとか?」
「そうなるか。あるいは……いっそ、マジックアイテムでそういうのを作って貰うという方法もあるけど、それもまた難しいんだよな」
レイにしてみれば、魔法で難しい以上はマジックアイテムで穢れを捕らえるというのを用意して貰うのがいいのでは? と思いつつも、同時にそれは難しいだろうとも思う。
具体的には、穢れを捕らえるマジックアイテムを作って貰う以上、錬金術師に穢れがどういう存在なのかを話さないといけないし、実際に穢れを見て調べる必要もあるだろう。
穢れの存在がもっと公になった状態であれば、錬金術師達に穢れについて知らせても問題はない。
……そうなれば、寧ろ全くの未知のモンスターということで、錬金術師達は本気になって穢れについて調べる可能性もあった。
寧ろ研究者達より、錬金術師達の方が必死になって穢れを調べるのではないかとすら思ったレイだったが……
(ないな)
数秒も経たず、自分で自分の意見を却下する。
錬金術師達にとって、未知のモンスターが興味深いのは事実だろう。
だが、その興味というのは、あくまでも未知のモンスターが持つ素材に期待してのことだ。
穢れはその身体が黒い何かで出来ている関係上、倒しても素材の類を剥ぎ取るといった真似は出来ない。
つまり、錬金術師達が希望するような未知の素材はないのだ。
それどころか、一応モンスター扱いということになってはいるものの、穢れは魔石すら持っていない。
つまり穢れを倒しても錬金術師達が欲しがるような素材は何もない。
そう考えれば、錬金術師達が穢れに興味を持つとはレイには思えなかった。
錬金術師の全員が興味をもたないのでなく、中には穢れという存在について知的好奇心から興味を持つような者もいるかもしれないが。
しかし、どうしてもその手の人数は少なくなるのは間違いない。
「レイの様子を見る限り、マジックアイテムは無理なの?」
「今すぐにとなると無理だな。穢れについてもっと研究が進めば、もしかしたらと思うが」
しかし、今すぐにそのようなことが出来る訳ではない以上、どうしようもないのは間違いのない事実だ。
であれば、マジックアイテムを使わずにどうにかする必要があるのは間違いなかった。
「じゃあ、やっぱり魔法しかないのね」
「そうなるな。……あ、妖精郷にあるマジックアイテムで穢れを捕らえられるとか、そういうのはないのか?」
レイがそう聞いたのは、霧の音を始めとした妖精の作ったマジックアイテムはどれも非常に強力であるということを知っているからだろう。
「ないわね。少なくても私はそういうのがあるって長から聞かされてはいないわ」
「やっぱり駄目か。妖精のマジックアイテムならどうにかなると思うんだが。ただ、妖精の作るマジックアイテムは性能は高いが、作るのに時間が掛かるらしいから、もしかしてといった感じだったんだが」
妖精の作るマジックアイテムは一般的なマジックアイテムと違って非常に強力なのは間違いないが、作るのに時間が掛かるというのが最大の欠点だった。
(けど、それは時間を掛ければ穢れを捕らえるようなマジックアイテムを作れるということを意味してるのかもしれないけど)
そうは思うものの、今必要なのはすぐに出来るマジックアイテムだ。
将来的に必要になるかもしれない以上、妖精のマジックアイテムを作っておいた方がいいのかもしれないが。
「そうすると、これからどうするの? 魔法でも駄目、マジックアイテムも駄目となると……」
「いや、別に魔法が駄目と決まった訳じゃないだろ。今こうしてゆっくりとして少し休憩したら、もう一回試してみたいと思う」
レイの言葉に、ニールセンは納得した様子を見せる。
本当に心から納得した訳ではなく、レイがそう言うのならと、取りあえず納得しておいたらしい。
今は穢れに対する手段を幾つでも必要としているのだ。
しかし実際には、そのような手段はそう多くない。
そうである以上、レイがまだやる気を失っていないのならニールセンとしてはそれを止めるといったようなことをするつもりはなかった。
何か他に有力な方法があれば話は別だったが、現時点では他に何かある訳でもない。
なら、レイの行動を止めるといったような真似をする必要はないと判断したのだろう。
「そうなの。じゃあ、頑張ってね。ただ、さっきみたいに周囲に被害を与えるような魔法は遠慮してちょうだい」
「いや、別に周囲に被害を与えるって程じゃなかったと思うけど」
先程の魔法は失敗したものの、地面に溶岩を生み出しただけだ。
……それだけを聞けば、一体どこが被害を出していないのかといったように思われるかもしれないが、生み出した溶岩そのものはそこまで大きなものではない。
そうである以上、被害らしい被害……例えば、野営地にいる冒険者達が使っているテントが燃えるといったような被害は出ていなかった筈だ。
「あれだけの熱さよ? 周囲の気温が上がっただけでも、大きな影響を与えてるでしょ!」
「それは……けど、この季節なんだから、少しでも暖かい方がいいだろ? リザードマンとかは寒さに弱いんだし。とはいえ、この野営地の中ならともかく、生誕の塔の方までは暖かくないと思うけど」
「それは……けど、熱かったのは間違いないわ」
不満そうな様子のニールセン。
余程間近でレイの魔法によって生み出されてた溶岩の熱を浴びてしまったのが不満だったのだろう。
それでも直接溶岩に触れたりした訳ではなく、あくまでも近くで熱を感じただけだったが。
「その件については悪かったと思っている」
ドラゴンの革を使って作られたドラゴンローブと、ゼパイル一門の技術の結晶とも言うべき身体を持つレイ。
そんなレイから魔獣術によって生み出された、高ランクモンスターのグリフォン。
そんな一人と一匹とは違い、ニールセンはただの妖精でしかない。
正確には長の後継者と目される程の能力を持つ妖精で、決してその能力が低い訳ではないのだが……今回の場合は比べる相手が悪いとしか言いようがなかった。
「まぁ、あの果実は美味しかったから、許してあげてもいいけど」
まさかニールセンの口からそんな言葉が出るとは思わず、驚くレイ。
だが、ここで下手に何かを言えば、それを聞いたニールセンは間違いなく怒るだろう。
そうである以上、今はそんなニールセンの言葉を黙って聞いておいた方がいい。
「取りあえずもう少し気分転換をしてから、また新しい魔法を試してみる。穢れが次にいつ出てくるのか分からないし」
「今までの経験からすると、そう遠くないうちに出て来るんじゃない? もっとも、ここに出てくるとは限らないけど」
「出来れば、樵達の方には出て欲しくないな」
そんなレイの呟きが、周囲に響くのだった。