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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3108/3865

3108話

今日からカクヨムにてカクヨムサポーターズパスポートが始まります。

詳細については活動報告の方に書いてあるので、気になった方はそちらをご覧下さい。

応援して下さった方だけが読める番外編を毎週日曜日にアップ予定です。

 レイの言葉に困った様子を見せたレノラだったが、だからといってギルドで決まってしまったことをレノラがどうこう出来る訳ではない。

 レノラがギルドの中でも上の地位にいれば多少は融通を利かせるような真似も出来たかもしれないが、生憎とレノラは一介の受付嬢でしかない。

 受付嬢の中では非常に優秀な人物と上層部には認識されているのだが、それはあくまでも受付嬢としての有能さであって、ギルド職員の上層部の意見に反抗出来るようなものではなかった。

 だからこそ、レノラとしては自分の意見だけでこの状況をどうにか出来ない。


「ギルドに戻ったら、すぐにこの件を報告するから。それまでは大変だろうけど、頑張って下さいね」


 そう言うと、レノラは馬車に乗り込む。

 レノラの要請なのだろう。馬車はかなりの速度でギルムに向かう。

 そんな馬車を見送っていたレイだったが、恐らくレノラの要望は聞き入れられないだろうと予想している。

 何故なら、ギルドも今は忙しいからだ。

 既に結構な人数が冬も近いということで、ギルムから去っている。

 その者達のいなくなった穴をどう埋めるか、あるいはどこの仕事を後回しにして、労働力をどこに集めるか。

 今の忙しさが最後のピークである以上、この忙しさを乗り切れば冬になって仕事も楽になる。

 今はそんな時である以上、ここでレノラが上に今回の件を報告しても、それを聞き入れる余裕はない。

 ましてや、この野営地で働くということは、色々と人に言えないような秘密を知ってしまうことになる以上、優秀な冒険者とギルドで認識するような人物を派遣する必要があった。

 ただでさえ、現在は優秀な冒険者は足りないのだ。

 今以上にこの野営地に護衛の冒険者を向かわせるというのは、かなり難しい。


(可能性としては、やっぱり元々研究者の護衛だった連中か? もうこの場所を知っている以上、隠す必要はないし。とはいえ、そうなればそうなったで、野営地の狭さの問題とか、中にはギルムの冒険者じゃなくて研究者達が独自に連れてきた連中もいるしな)


 そのような護衛の場合、野営地にいる冒険者達と騒動を起こす可能性は否定出来なかった。


「レイ、ちょっといいか?」

「どうした? まさか、早速何か問題があったって訳じゃないよな?」


 野営地で冒険者達の指揮を執っている男に、そうレイは返す。

 もしかしたらいきなり何か問題があったのではないか。

 そうだとしたら、関わるのは面倒だ。

 そんな風に思っていたレイだったが、声を掛けてきた男の様子を見る限り、そこまで悪い話ではないのは明らかだった。


「ちょっと違う。……いや、もしかしたら少しは悪い話になるかもしれないな。実は研究者達の護衛として、少し人数を増やそうという話になったんだが、レイは構わないかと思ってな」

「あー……やっぱりそうなったのか」


 この野営地にいる者達だけで研究者の護衛を完全に行うというのは難しいと判断したのだろう。

 レイにしてみれば、男の結論については納得出来た。

 だが同時に、不安な点も決して少なくない。

 具体的には、新たにやって来る護衛の中に妙な考えをしている者がいないとも限らないことだろう。

 現在野営地にいる冒険者は、ギルドが優秀な人物と認めた者達である以上、妙なことを考える心配はない。

 また、研究者がギルムで雇った冒険者も、ギルドの方でその辺の判別はしっかりしている筈だ。

 だが……研究者達がギルムに来る際に連れてきた護衛はどうか。

 ギルムで雇った者達ではない分、ギルドの方でも優良な冒険者かどうかというのは分からない。

 分からない以上、ここで妙な真似をしないかどうかというのが分からなかった。

 場合によっては、ニールセンやセト、もしくは湖の水狼に妙なちょっかいを出しかねなかった。


「何か妙な真似……こっちにとって不利になるような真似をしたら、相応の処分を下すとでも言っておけばいいんじゃないか? 勿論、処分するのは護衛の冒険者だけではなく、その雇い主の研究者もってことにすればいいし。それに……もうレノラがギルドに戻ったんだ。どうしようもない」


 レイなら、セトに乗ってギルムに戻ろうとしているレノラの乗った馬車に追いつくのは難しくはない。

 しかし、わざわざそんな真似をしても今の状況では意味がないだろうとも思う。

 それを示すかのように、レイに声を掛けてきた男は大きく息を吐く。


「レイならそう言うと思った。だが、万が一のことを考えると、レイにも話を通しておいた方がいいと思ってな。……護衛の中には恐らくそういう連中も混ざっているし」

「それは否定しない」


 湖の側で見た護衛達の全てをレイが知っている訳ではない。

 だが、巨大なスライムの一件についてレイに妙な視線を向けていた冒険者も何人かはいるのだ。

 そんな冒険者達が何らかの問題を起こさないとは、レイにも到底思えなかった。

 男の気持ちはレイにも理解出来るが、だからといってそれを拒んだ結果、野営地にいる冒険者の負担が増えて、それによって穢れとの戦いで不覚を取る……といったようなことになる者が出てくる可能性を考えると、その件を断れる訳がないとも思える。

 だが……それでも、レイが無条件で男の言葉を受け入れるような真似をする筈もない。


「研究者達の護衛を連れてくるのは分かった。だが、もしその連中が何らかの問題を起こした場合は、こっちも相応の態度を取らせて貰うぞ」


 研究者達がギルムに来てから護衛として雇った冒険者達であれば、レイを怒らせるといったことがどのような結果となるのか十分に理解しているだろう。

 だが、ギルムに来る前から研究者の護衛をしていた者達にしてみれば、レイの噂は知っているものの、その噂は大袈裟に誇張されたものだと思ってもおかしくはない。

 レイが筋骨隆々の大男といった外見ならともかく、レイは小柄だ。

 そうである以上、レイを外見だけで侮るといった者が出てこないとも限らない。


(あ、でも俺と穢れの戦いを見ているし、そんな心配はしなくてもいいのか?)


 レイが具体的にどのくらいの実力の持ち主なのか知らないのならともかく、レイが黒い円球の群れと戦っている光景を自分の目で見ているのだ。

 そうである以上、レイを見て噂だけの相手といったように認識されることはまずないだろう。

 だからこそ、レイも自分に絡んでくるような相手はまずいないだろうと、そう思い直す。

 レイに絡まないからといって、野営地にいる冒険者に絡まないとは限らないのだが。


「問題ない。何かあったらレイが出てくれれば、こちらも助かる。研究者の中には、たかが冒険者風情といったように見てくるような奴もいるかもしれないしな」

「そういう奴は、この野営地に来たりはしないと思うんだが。……穢れの研究をするにしても、絶対に野営地にいないといけないって訳でもないし」


 穢れの研究をするということは、穢れが出た時にその場にいればいいのだ。

 そういう意味では、野営地で寝泊まりせず、ギルムで寝泊まりをして日中だけこの野営地で待機してるといった選択肢もあるだろう。

 もっとも、その場合はどうしても夜や早朝といった時間に穢れが出て来た場合、この場にいないものは研究するようなことが出来ないのだが。

 穢れの研究が進んで、何らかの方法……それこそ触れても黒い塵にならない何かで穢れを捕らえるといった真似が出来るようになれば、それはそれでどうにかなるのかもしれないが。


「あの研究者……オイゲンに聞いた話によると、どういう風に穢れと関わるのかは、個人にまかされているらしい」

「つまり、この野営地で寝泊まりする者もいれば、ギルムで寝泊まりして通ってくる者もいるということか」


 レイの言葉に頷く男。

 それに関しては、レイは特に何も思わない。

 ……それどころか、野営地にいる冒険者達の負担が減るという意味では積極的に賛成だった。


「なら、問題を起こすような研究者は通いにして、問題を起こさない冒険者だけをこの野営地に泊めるとか、そういう風には出来ないのか?」

「無理を言わないでくれ、無理を。その辺については、結局のところ個人の判断に任せるしかない。こっちでお前は野営地に泊まってもいい、お前は駄目とかやったら、まず間違いなく問題になる」

「だろうな」


 自分で提案しておきながらも、レイはあっさりとそう告げる。

 研究者達のプライドが高いというのを考えると、やはり自分がどうこうといったような真似はしない方がいいのは間違いない。

 それこそレイなら力でどうこう出来る可能性もあるだろうが、だからといってレイがそのような真似をすればダスカーに迷惑が掛かる可能性もある。

 レイ本人にはその自覚はないものの、自分がダスカーの懐刀といった認識を抱かれているのは、それなりに理解している。


「分かってるなら、無理を言うなよ。……まぁ、野営地で寝泊まりする研究者がレイと何らかの問題を起こして、その結果として野営地から出ていくといった風になるのなら、それはそれで構わないが」


 それは何らかの問題を起こすのなら、レイだけで問題を起こして欲しいと、そう言っている。

 レイもそれは分かったが、だからといってはいそうですかとその通りにする訳にもいかない。


「出来ればそういうことにはなって欲しくないな。……ちなみに、研究者達が増えたことで、野営地を広げるといったようなことは考えてないのか? 野営地を広げてしまえば、人数が多くなって起こる問題も、完全にとはいかないだろうけど、それなりに減るだろうし」


 このまま話を続けると少し不味い。

 そう判断したレイは、話題を変える。

 もっとも、変えた話題は野営地を広くしたらどうかというものだったので、実際にはそこまで露骨に話題は変わっていなかったのだが。

 だが、男はレイが話題を変えようとしているのを知ったうえでか、そのまま話題に乗ってくる。


「正直なところ、それも少し考えた。けど……改めて広くするとなると、それはそれで面倒だろ。木を伐採したりとか、そういう風にする必要があるし」

「伐採するだけなら、俺やセトがどうとでも出来るけどな」


 レイがデスサイズを使えば呆気なく木を切断出来る。

 また、レイだけではなくセトもまた前足の一撃を使えば木を折るといったことも出来るだろう。

 そして切断したり折ったりした木もミスティリングに収納すればどうとでもなる。

 そう考えると、野営地を広げることそのものはそう難しい話ではない。

 だからこそ、レイはこう提案したのだが、男は難しい表情で考え、やがて口を開く。


「すまないが、今の状況では素直にはいそうですかと任せる訳にはいかない。この野営地……いや、湖や生誕の塔の一件にはギルドやギルムの上層部でも色々と関係している。そうである以上、少し手を加えるような真似ならともかく、大々的にとなると俺の判断だけでは難しい」


 男のその言葉は、レイにとって意外ではあったが同時に納得出来るものでもある。

 トレントの森は色々な意味で特殊な場所だ。

 そもそも、その出来上がりからして普通とは違っていたのだ。

 そのような場所に湖が転移してくるわ、リザードマンや緑人が転移してくるわ、生誕の塔が転移してくるわ、異世界と繋がる穴が存在するわ、そして最近は穢れが転移してくるわ。

 最後の穢れは別の世界からの転移という訳ではなく、この世界の内部での転移ではあるのだが、同時にトレントの森に関する諸々の中で一番厄介な存在でもある。

 リザードマンや緑人とは友好的な関係を結ぶことが出来たし、湖も巨大なスライムの後を継いで主となったと思しき水狼とは友好的な関係を築いている。

 異世界に繋がる穴も、レイには情報は入ってきていないが、報告した時の話だといずれは貿易をしたいという話を少し聞いていた。

 それらに対し、穢れは同じ世界の存在だというのに一方的に攻撃をするだけだ。

 そもそも、触れただけで相手を黒い塵にするという、信じられない能力を持っている。

 そういう意味でも、非常に厄介な存在なのは間違いなかった。


「分かった。なら、今すぐにどうこうとは言わない。ただ、少しでも早く上に報告をした方がいいと思うぞ。そうすれば、野営地を広げる許可はすぐに出ると思うし」

「そうさせて貰うよ。今日はまだ荷物を運ぶ馬車が来る筈だから、その時に手紙を持っていって貰うつもりだ。その手紙でどうするか聞く」

「頑張ってくれ。野営地が広くなるのは、俺にとっても悪い話じゃないし。それに、余計な揉めごとは出来れば避けたいしな」


 そう告げるレイの視線は、自分の方に向かって近付いてくるオイゲンに向けられていたのだった。

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