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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3096/3865

3096話

 レイの魔法によって、一ヶ所に集められた黒い円球は纏めて焼滅した。


「夜襲には驚いたし、実際に厄介だったが、一度落ち着いてしまえば対処は難しくないな」


 この野営地にいるのが、冒険者になったばかりの者達、もしくは自分の行動こそが正しいと、自分勝手に行動する者であれば、ここまで素早く夜襲を仕掛けて来た穢れに対処出来なかっただろう。

 驚き、恐怖し、そのまま逃げ出したり、あるいは自分の判断で穢れに攻撃をして被害を増やしたり。

 ギルドが優秀な冒険者と認識した者達だからこそ、いきなり敵に夜襲をされても、レイの魔法や指揮を執っている男の優秀さによって、すぐ落ち着くことが出来た。


「その落ち着くのに一番役に立ったのは、私だと思うんだけど?」


 ふふん、と。得意げに笑うニールセンが、レイの目の前を飛ぶ。

 そんなニールセンに、レイは頷く。


「そうだな。実際、ニールセンからの連絡がなければ、穢れの夜襲について見逃した可能性も高かったし。そういう意味では、ニールセンの手柄が大きいのは間違いない」

「ふふん、そうでしょ、そうでしょ。もし私が知らせないと、場合によってはレイのマジックテントだっけ? もしかしたら、あれが壊れていたかもしれないんだから。あれ、大事なんでしょ?」


 尋ねるニールセンに、レイは素直に頷く。

 実際、あのマジックテントはダスカーからの報酬として貰ったマジックアイテムで、レイが冒険者として活動する上で非常に大きな価値を持っている。

 もしマジックテントがなければ、それこそ普通のテントを使って地面の上に何枚か布を敷いて、そこで眠らなければならない。

 ……実際には野営をする上で屋根があるというだけで十分にありがたいのだが。

 レイの場合はマジックテントという、非常に快適な存在を知ってしまったので、もう普通のテントに戻るのは難しかった。

 一度快適な生活について知ってしまえば、それを手放すような真似は出来ないのだから。


(もう日本の夏をエアコンなしですごせと言われても、まず無理だろうしな)


 当然ながら、エアコンが一般的になる前は精々が扇風機くらいしか冷房器具はなかった。

 うちわの類もあったが、寝る時に使える筈もない。

 今の日本――既にこの世界に来てから数年だが――の夏を知っているレイとしては、とてもではないがそのような生活をしたいとは思わない。

 もっとも、レイの場合は家の近くに川が流れており、夏にはその川で泳いで魚を獲ったりしていたので、エアコンを使わないこともあったのだが。

 ともあれ、マジックテントを知ってしまった今となっては、とてもではないが普通のテントを使いたいとは思わない。

 そういう意味では、ニールセンが長からの連絡を素早く自分に知らせてくれたことには感謝しかない。


「大事だな。……ほら、感謝の印だ」


 取りあえずニールセンに感謝の気持ちを伝える為に、ミスティリングから取り出した果実を渡す。

 小さな桃のような果実だが、その実は甘酸っぱい。

 春に採れる果実だが、レイにはミスティリングがあるので新鮮なままだ。


「あ、これ美味しい」


 皮ごと、シャク、シャクという音を立てながら果実を食べるニールセン。

 今もまだ野営地はレイの魔法によって生み出された炎の壁に囲まれており、果実を食べるニールセンの姿はレイ以外にも夜目が利かない者達にもしっかりと見えていた。


「レイ」


 ニールセンを見て、どこかほんわかとした気持ちを抱いていたレイにそんな声が掛けられる。

 声のした方に視線を向けると、そこには冒険者の指揮を執っている男の姿があった。


「どうした? そっちはもういいのか?」


 冒険者達に被害がないのか、一応確認すると言っていた男はレイの言葉に頷く。


「ああ、そっちの方は問題ない。ただ……その、野営地を囲っている炎の壁を消してくれないか?」


 少し困った様子で告げる声に、レイは疑問を抱く。

 今のこの状況は、夜襲をしてきた穢れを倒したというところだ。

 もしレイが自由に穢れを転移させることが出来るのなら、それこそ一度倒して油断している今この時に再度戦力を投入してくる。

 ……もっとも、本当に穢れの転移を自由に使えるのなら、レイなら別にトレントの森に限定せず、ギルムやらアブエロやらといった人の多くいる場所に転移させるだろうが。

 それこそ王都……いや、城の中に穢れを転移させることが出来れば、それは致命的な被害を生み出す可能性が高いだろう。

 レイは自分ですらそんなことを考えつくのだから、それらをやらないのは何らかの理由があってそうしているのだろうと思いつつ、口を開く。


「こっちが安心している隙を突いて、敵がまだ穢れを送り込んできたらどうする?」

「レイの気持ちは分かる。けど、リザードマン達や、他の場所で見張りをしていた者達が一体何があったのかってやって来てるんだよ」


 そう言われると、レイもまた納得するしかない。

 周囲を見張っていた冒険者達にしてみれば、自分達の本陣とも言うべき野営地の周囲がいきなり炎で包まれたのだ。

 リザードマン達にしても、自分達の仲間の冒険者達がいる野営地がそのようなことになっていると知れば、何かがあったと判断してやって来てもおかしくはない。


「一応、この魔法はあくまでも周囲を明るくするだけの魔法で、触っても熱くはないからそのまま通ることも出来るんだが……」

「そうかもしれないが、炎の中に入りたいと思うか? ましてや、レイが作った炎に」


 炎の竜巻を始めとして、レイは強力な炎の魔法を使うということで知られている。

 リザードマン達は戦士としてのレイが強いのは知っているが、魔法使いとしてのレイはそこまで詳しく知らなかった……が、穢れとの戦いにおいてレイが魔法を使って穢れを焼滅させる光景を何度も見ている。

 そのようなレイが野営地を覆った炎だと考えれば、その炎が触れても大丈夫だと言われても、自分からその炎に触れたいとは思わないだろう。


「分かった。なら、魔法を解除するよ」


 そう言い、魔法発動体のデスサイズを一振りすることによって、魔法を解除する。

 野営地を覆っていた炎の壁は、そんなレイの動きに対応してすぐに消えた。

 いきなり炎の壁が消えて、周囲が夜の闇に覆われたからだろう。

 野営地の中にいた者達、そして周囲に集まってきた者達がそれぞれざわめく。

 中には何でいきなり炎を消すんだと不満を口にしている者もいたが、レイもそこまでは面倒を見切れない。


「これでいいか?」

「ああ、助かる。後はこっちで色々と処理をするから、レイは休んでもいいぞ」

「そうか? 悪いな」


 そう言うのならと、レイはセトを呼んでその場から離れる。


「って、ちょっと。私を置いていかないでよね!」


 レイとセトが移動したのを見て、ニールセンも追ってくる。


「別にニールセンは俺と一緒に休む必要はないだろ?」


 レイはマジックテントで眠っているが、ニールセンは木の中で眠っている。

 なら、別に自分と一緒に来る必要はないのではないか。

 そう言うレイに、ニールセンは不満そうな様子で口を開く。


「もしかしたら、また夜襲があるかもしれないでしょ。なら、私が一緒にいないと、長から連絡があった時に教えてあげられないじゃない。だから、感謝してよね。今日は一緒に寝てあげるから」

「いや、別にそこまでする必要はないんだが。……まぁ、ニールセンがそれがいいと言うのなら、それはそれで構わないけど」


 レイにしてみれば、ニールセンが自分と一緒の場所で休むというのは、特に反対することでもない。

 唯一にして最も心配なのは、ニールセンがマジックテントの中で何か悪戯をしないかということだろう。

 最近ではあまりそのようなことをしなくなっていた様子だったが、ニールセンの性格を考えると……いや、妖精の種族的な特徴として、悪戯を好む。

 しかもその悪戯は、妖精にしてみれば面白いからといったような悪戯なのかもしれないが、悪戯をされる方にしてみれば洒落になっていない悪戯も多かった。

 そんな悪戯をマジックテントの中でされようものなら、レイとしてはたまったものではない。

 そう思いながらも、実際にレイはそこまで心配はしていなかった。

 何故なら、もしこの状況でニールセンが何か悪戯をしようものなら、すぐ長に知られることになる可能性が高いし、もし長が知らなくても妖精郷に行った時にレイの口から出る可能性がある。

 そうなれば、間違いなく長からお仕置きをされるだろう。

 普通なら、妖精はその場の楽しさを最も大事にすることが多い。

 そんな妖精であっても、長のお仕置きというのはそれだけ恐怖を覚えるようなものなのだろう。

 レイにしてみれば、長は友好的な存在で非常に親しみを憶えるのだが。

 ……もっとも、以前レイが見たことのあるニールセンに対するお仕置きというのは、それこそサイコキネシスか何かのような超能力でニールセンの身体を持ち上げ、振り回すといったようなものだった。

 レイが知っている長のイメージとは全く違う行動に非常に驚いたのだが。


「じゃあ、私はレイのマジックテントで寝るからね!」


 最初はニールセンもそこまでレイのマジックテントの中で眠りたいとは思わなかった。

 それこそ、そうしてもいいかなといった程度の気持ちだったのだ。

 しかし、レイの言葉を聞いたことによって、意地でも自分はマジックテントの中で眠らないといけないと思ってしまう。

 ……レイにしてみれば、そんなニールセンに思うところがある訳でもなかったのだが。


「じゃあ、そうするか。……セト、今夜は色々と助かった」

「グルルゥ? グルゥ……」


 レイに感謝の言葉を口にされても、セトは元気がない。

 いつもならレイにこうして声を掛けられただけで喜ぶのだが。


「セト? どうしたんだ?」

「グルルゥ、グルルゥ、グルルルルルルゥ……」


 セトは魔獣術によって生み出されたモンスターだけに、レイと魔力で繋がっている。

 その為、何となく……大雑把にではあるが、レイにはセトが何を言いたいのか理解出来た。

 なお、セトは普通に言葉を理解出来るので、レイが何を言ってるのかは完全に理解している。

 この辺り、魔獣術の結果としては微妙なのでは? とレイは思わないでもない。

 ともあれ、大雑把にセトの言いたいことを理解するレイ。

 簡単に言えば、先程の戦いにおいてそこまでレイの役に立てなかったことが、セトにとっては残念だったのだろう。

 それを理解したレイは、セトの身体を撫でながら口を開く。


「最初にセトが雄叫びを上げてくれたおかげで、まだ眠っている連中も、穢れについて気が付いていなかった連中も、即座に何かがあると分かったんだ。それは、セトの手柄だろう?」


 実際には、レイはセトの雄叫びがされる前に既に多くの者が……それこそ全員が、穢れの夜襲に気が付いていてもおかしくはないと思う。

 実際に野営地の中で見張りをしていた者が穢れの存在に気が付いて戦っていた場合、テントの中にいる者達もその存在に気が付くだろうから。

 マジックテントの場合は、その効果によって外の音が基本的に聞こえないようになっているので、外の様子に気が付きはしなかったが。

 そういう意味では、ニールセンが知らせに来てくれたのは最善の行動だったのだろう。

 ともあれ、恐らくは多くの者が気が付いていたが、それが絶対だったということはない。

 そういう意味では、セトの雄叫びによって間違いなく全員が何かがあったと判断して行動しただろう。

 そういう意味では、レイにしてみればセトの行動は決して間違っておらず、助かるものだったのだ。


「穢れは特殊な敵だ。そんな敵を倒す手段は、現在のところ俺とエレーナしか持っていない。セトが倒せなくても、そこまで気にする必要はないぞ、それに今回は野営地に対する襲撃だったから冒険者達が穢れを集めてくれたが、もし誰もいない場合はセトに頑張って貰う必要があるんだし」

「グルゥ?」


 レイの言葉に、本当? と首を傾げるセト。

 セトを撫でながら、レイはその通りだと頷く。

 ただし、今のところ穢れが現れるのは何故か人のいる場所が大半だったが。

 もし最初に黒い塊が現れた時のように、人のいない場所に穢れが姿を現した場合は、セトが穢れを誘き寄せてレイの魔法で仕留めるといった手段も使えるだろう。

 しかし、今までの穢れの傾向から考えて、そのようなことになるとはレイにはあまり思えなかった。

 勿論、そうなってくれれば非常に楽なのは間違いのない事実だ。

 周囲に誰もいないということは、自分達のことだけを考えていればいいのだから。

 だが、そう簡単に自分の思うようにはならないだろうと……そう思うのだった。

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