3085話
レイが眠っている頃、トレントの森に侵入したアブエロの冒険者達は兵士達と共にギルムに向かって歩いていた。
正確には、冒険者達の身体を数珠繋ぎされている以上、兵士達が移動するのに冒険者が誰か一人でも動かないといったことになれば、他の者達の迷惑にもなる。
その為、渋々といった様子ではあったが歩いていたのだ。
レイがいなくなった以上、逃げようと思えば逃げられる可能性はあった。
しかし、兵士達はギルムに所属する兵士達だ。
何かあった時の為にしっかりと鍛えられている以上、ここで逃げるといった真似をしても、あっさりと鎮圧される可能性が高い。
あるいは偶然にも上手く逃げ出せたとして、すぐに追われる身になるだろう。
最悪の場合、ギルドから賞金首にされる可能性も否定は出来なかった。
そうならないようにする為には、やはり大人しく兵士達についていく方がいい。
やったことは結局トレントの森への不法侵入なのだ。
そうである以上、恐らく罰金程度で解放される可能性が高かった。
勿論、レイから言われたようにギルムでは罰金程度でどうにかなっても、アブエロに戻れば、そこでまたギルドから注意されるだろうし、今回の一件が広まれば依頼を受ける場合にも支障が出る可能性があった。
例えば護衛の依頼を頼むとして、その冒険者が不法侵入をして捕まったことがあると言われれば、護衛される対象が安心出来るかどうかは考えるまでもないだろう。
(それなら、いっそアブエロに戻らないでギルムに残って、そこで仕事をすれば……ギルムでも当然俺達のことについてギルドには連絡がいくだろうが、聞いた話だとギルムは幾ら人がいても足りないくらいに忙しいらしいしな)
冒険者の一人が、これから自分がどうするべきかというのを考え、ギルムに残るというのはどうだろうかと思う。
実際にそれはけっして間違いという訳ではないだろう。
男が考えた通り、現在のギルムでは仕事が多くある。
そんな中で、冬に備えてギルムを出て故郷に戻る者も増えているのだ。
まだ仕事があるのに、仕事をする者が少なくなる。
そのような状況だけに、仕事を選り好みをしなければ、そこには幾らでも仕事があるということになる。
もっともギルムで冬越えをするとなると、そう簡単なことではないのだが。
一応セーフティーネットとしてギガントタートルの解体もあるが、それを行っているのがレイである以上、そのレイに捕らえられた冒険者達としては顔を出しにくい。
実際には、レイならその辺は特に気にしないだろうが。
ただ、それはレイを知っていればこその話だ。
「ほら、急ぐぞ。ここで敵が出て来たら、どうしようもないからな。お前達もこの状況で敵と遭遇したらおしまいだろう」
「分かってるよ。俺達だってこんな場所で死ぬつもりはないんだ。けど、こんな状況で歩くのは初めてなんだから、少しは考えてくれ。……そもそも、こんな状態でギルムまで行くのか?」
トレントの森……それもギルムに近い西側ではなく、東側から出たのだ。
そうなると、ギルムまで到着するのに一体どれだけの時間が掛かるか分からない。
冒険者の一人がそう言うと、兵士は呆れたように口を開く。
「幾ら何でもこのまま進めば、いつギルムに到着するか分からない。馬車で運ぶから安心しろ」
「え? 馬車? ……ああ、なるほど」
考えてみれば当然の話だが、トレントの森の見張りをしているような者達もギルムから歩いてここまでやって来ている訳ではない。
そのような真似をすれば、それこそ一体どれくらいの時間が必要となるのか分からない。
そうである以上、何らかの乗り物に乗ってここまで来るのは当然だった。
「言っておくが、お前達の待遇にはあまり期待するなよ。盗賊のように馬車に縛って歩かせるといった真似はしないが、それでも普通の待遇を受けられるとは思うな」
これで、実はもっと最悪の事態……妖精郷に入ろうとして捕まったとか、穢れを引き連れてトレントの森から出ようとするなどといった真似をした場合、あるいはそのような待遇になっていたかもしれない。
しかし、今のところこの冒険者達がやったのはトレントの森への不法侵入だけだ。
兵士達も口や態度には出さないが、そこまで酷い扱いにはならないだろうと考えていた。
そうして暫く歩くと、馬車がある場所に到着し……
「って、おいおい、嘘だろ!」
兵士が叫びながら長剣を鞘から引き抜く。
他の兵士達も、同じように武器を引き抜いていた。
「何でガメリオンがここにいるんだよ!」
最初に叫んだのとは別の兵士が、馬車のある場所を襲っているモンスターを見て叫ぶ。
そう、その言葉通りそこにいたのは間違いなくガメリオンだった。
この時季に姿を現すモンスターであるのは間違いないが、それはあくまでもギルムを挟んで反対側の筈。
だというのに、何故ここに姿を現すのか兵士達には分からない。
分からないが、だからといって戦わないという選択肢はない。
馬車を守っている兵士達が戦っている以上、ここで自分達が見て見ぬ振りなど出来る筈もない。
同時に、少しだけ……本当に少しだけだが、ここでガメリオンを倒せばガメリオンの肉を手に入れられるという思いもあった。
今年はガメリオンの肉が例年より高い。
それでも手が出ない程に高額という訳ではないのだが、例年のように気軽に購入が出来ないというのは間違いなかった。
……これには、ガメリオン狩りが始まった当初にレイがガメリオン達が出てくる奥深くまで移動し、そこで手当たり次第に狩ったのが影響している。
それでガメリオンを倒すことが出来る者がかなり少なくなり、市場に流れる量がかなり減ってしまった。
もっとも、レイがガメリオンの乱獲をしたのは本当に一部だけだ。
今となってはもう普通にガメリオンも市場に流れているのだが……当初ガメリオンが市場に流通しなかったのが影響し、商人達が今年のガメリオンは高額で取引をされると判断し、多くの者がガメリオンを購入した。
それだけであれば、まだそこまで問題ではなかっただろう。
しかし、ガメリオン狩りが行われる季節というのは秋だ。
増築工事の仕事をしていた者達が春まで故郷に帰る時にお土産や、ちょっとした小遣い稼ぎでガメリオンを買うといった者が続出する。
それが一人や二人なら問題はなかったが、増築工事で仕事を求めて来ている者は数千、あるいは万の単位となってもおかしくはない。
勿論、そのような者達の全員がギルムから帰る訳ではなく、ギルムに残る者もいるだろう。
しかし、数が数だ。
ましてや、単純に土産とする者ならともかく、小遣い稼ぎとする者は結構な量を買っていく。
結果として、今年のギルムはガメリオンの肉は割高となっていた。
そんなガメリオンの肉を、自分達だけで倒せば山分けに出来るのだ。
兵士達がやる気を出さない訳がなかった。
とはいえ……
「この連中の見張りを頼む! ここで逃がすなんて真似をしたら、レイに何て言えばいいか分からないからな!」
仲間に捕らえた冒険者達を確保しておくように言うのを忘れるようなことはなかったが。
欲望に突き動かされても、それで仕事を放り出すような真似はしない。
それは兵士をやる上で当然の話だった。
冒険者達の見張りを頼まれた兵士は、渋々といった様子だったが頷く。
「分かったよ。だが、この連中の見張りをやるんだから、ガメリオンの肉はしっかりと貰うぞ」
そう言い、この混乱に乗じて冒険者達が逃げないようにしっかりと見張っておく。
アブエロの冒険者達は、少しだけ残念に思う。
とはいえ、既にギルドカードは奪われている。
もしこの場から逃げ出しても、そのギルドカードを見れば名前とかはすぐに判明する。
そして逃げ出したということで賞金首になってもおかしくはない。
罰金だけでどうにかなるかもしれないというのに、この状況でわざわざ逃げ出すといった行動を起こす者はいない。
少し……本当に少しだけだが、そういうことを考えたのも事実だったが。
そうして冒険者達と見張りの兵士をその場に残し、数人の兵士は武器を手にガメリオンに向かう。
「大丈夫か! 俺達にも肉を寄越せ!」
「少しくらい、本音を隠せ!」
兵士の一人が、強力な跳躍力を使って突っ込んでくるガメリオンの動きを回避しつつ、叫ぶ。
叫びつつ、援軍が来たことを嬉しく思う。
この場にいた兵士達だけでは、ガメリオンを倒すのは難しいと思っていた為だ。
自分達の取り分が減るのは残念だったが、それでもガメリオンに負ける……殺されるということを考えると、援軍は大歓迎だった。
そうしてガメリオンと戦っている人数が増えると、戦局は一変し……やがてガメリオンは倒されるのだった。
「ふぅ……何とか倒せたか。それにしても、何でガメリオンがこんな場所に?」
冒険者達を連行してきた兵士の一人が、先にガメリオンと戦っていた仲間にそう尋ねる。
だが、そう尋ねられた方もこの場合は答えはない。
ガメリオンに襲われはしたが、何故ギルムを迂回するようにしてここまでやって来たのかは分からないのだから。
「俺に聞かれても困るぞ。……そもそも、ギルムを迂回してここまでやって来たのなら、ギルムでガメリオンが見つかっていなくてはおかしいし」
「それは……まぁ、そうだな」
ギルムの冒険者にとって、ガメリオンというのは秋から冬に掛けての風物詩だ。
自分で食べてもよし、その肉や魔石、素材といった諸々を売ってもよし。
何気に結構な強さを持っているという点で厄介だったが、そのようなガメリオンでもギルムにいる冒険者なら倒せる。
実際、ここにいる兵士達も十人近い人数で戦い、勝利出来たのだから。
……もっとも、普通なら冒険者のパーティは五人前後だ。
ガメリオンと戦う時も、基本的にはそのくらいの人数での戦いとなる。
それ以上の人数での戦いとなると、連携が上手くいかない可能性があった。
勿論、しっかりと息の合ったパーティや気心の知れた仲間であれば話は別だったが。
兵士達も連携する訓練をしっかりとしていたので、十人以上でガメリオンと戦っても誰かが邪魔になるといったようなことはなかった。
「それで、このガメリオンだが……解体出来る奴がいるか?」
兵士の一人がそう言うと、戦った者達の中の数人が手を上げる。
元冒険者なのだろう。
ギルムの兵士の中には、元冒険者といった者がそれなりに多い。
冒険者から兵士になる理由は様々だ。
ギルムで冒険者としてやっていくのは無理だと判断した者。
一攫千金を狙える冒険者だが、収入が不規則なのは間違いなく、安定した収入を欲した者。
ダスカーを含めて、ギルムの上層部に何らかの理由で助けられて、恩を感じている者。
結婚することになり、妻から命の危険のある冒険者は辞めて欲しいと言われた者。
他にも様々な理由があるが、とにかく兵士の中には元冒険者といった者が多いのは間違いなかった。
そして元冒険者が多いだけに、モンスターの解体はそれなりに手慣れている者もいるし、中にはそれこそガメリオンを解体したことがある者もいる。
「俺は以前何度かガメリオンを解体したことがあるから、解体の指揮は俺が執る。それでいいよな?」
兵士の一人がそう言うと、他の者達はそれに反対するようなことはしない。
こういうのは、経験者に任せるのが一番いいと理解している為だ。
もしここで自分がやるべきだと、何の根拠もなく主張する者がいた場合、そのような者は間違いなく他の兵士達から冷たい視線を向けられる。
あるいはガメリオンの解体の経験者がいなければ、そのような者が解体の指揮を執ってもおかしくはないのだが。
「いいか? ガメリオンの肉は美味い。だから出来るだけ皮に肉を残さないようにしていくんだ」
「けど、俺はそういう経験がないんだけど……きっとそこまで上手く出来ないぞ?」
兵士の一人が、申し訳なさそうに言う。
元冒険者という訳でもなく、モンスターの解体はほとんど経験したことがないのだろう。
だが、その兵士に向かってガメリオンの解体経験のある兵士は心配するなと首を横に振る。
「このガメリオンは、別に売ったりする訳じゃない。あくまでも俺達が自分で食べるんだ。なら、綺麗に切り分けるといったことに拘る必要はないだろう? 勿論、だからといって乱暴に解体をするといった真似は絶対に却下だが」
あくまでも自分達で食べる以上、外見はそこまで気にする必要はない。
その言葉は、解体に自信がないと言っていた男達にも自信を与え……こうして、ガメリオンの解体は全員でしっかりと行われるのだった。