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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3068/3865

3068話

 模擬戦が一通り終わると、さすがにレイの息も少し荒くなっていた。

 ……もっとも、冒険者やリザードマン達の中で希望する全員と模擬戦を行い、それで軽く息が切れる程度だったのだから、その時点でおかしいと思う者が多数だったのだが。

 中にはレイもやっぱり人間だったのかと安堵した様子を見せる者もいたが。


「さて、そろそろいい時間だな」


 空を見上げるレイ。

 そこに広がっているのは、夕日が沈もうとしている光景だった。

 野営地のある場所は周囲に木々がないので、今はまだ明るい。

 しかし、トレントの森の中に入れば周囲に生えている木々によって夕日の明かりは遮られ、既に薄暗いだろう。

 これがもっと前……夏であれば、まだ今の時間は十分に明るかったのだが。

 しかし今はもう晩秋だ。

 夏とは違って日の落ちる時間は早い。


「んー……それにしても、やっぱり秋の夕日っていいよな」

「はぁ、はぁ、はぁ……この状況でそんな言葉が出てくるのがちょっと理解出来ないんだが」


 最後にレイと模擬戦を行った男が、そんなレイの様子を見て理不尽だと言いたげな様子で言う。

 自分が体力の限界まで使っているのに、何故レイはまだ夕日を見るような余裕があるのかと。


「そう言ってもな。この辺はこれまでの経験とか、訓練の成果とか、素質とか。そういうのが関係してると思うぞ。それに、夕暮れの光景が好きなのは以前からだし」


 そう言うレイだったが、実際にこうしてレイがまだ体力が残っているのは、その身体がゼパイル一門の技術の結晶であるというのが大きい。

 とはいえ、そのような高性能な身体であっても、それを使いこなす訓練をしなければ宝の持ち腐れになる。

 他にもレイがこの模擬戦で緊張することがなかったというのが大きい。

 緊張というのは、疲労を加速度的に増やしていく。

 そういう意味では、レイと模擬戦を行った者達はギルドから精鋭と認められてはいても、レイを緊張させる程の実力を持っていなかったということなのだろう。

 実際にレイがエレーナやヴィヘラと模擬戦をやる時は、相手が強敵ということもあって息切れをすることも珍しくはない。


「とにかく、もう夕方だ。そろそろ夕食の準備をした方がいいだろ。今日の当番は誰だ? ガメリオンの肉なら提供する用意があるけど」

「本当か!?」


 今までレイとの模擬戦によって息切れしていた男が、それがまるで嘘だったのではないかと思うくらいに真剣な表情でレイに尋ねてくる。


「ああ、ガメリオンの肉は結構余裕があるしな」


 ニールセンが一緒にいるということで、ギルムからガメリオン狩りに向かう者達と一緒に行動するようなことは出来なかった。

 しかし、そのおかげでレイはセトに乗ってギルムから大きく離れ、ガメリオンがやって来る方でガメリオン狩りを行っていた。

 結果として、かなりのガメリオンを狩ることが出来たのだ。

 ……もっとも、ガメリオンがギルムに来る前にかなりの数が狩られるということになった結果、ギルムの側でガメリオン狩りをやっている者達は今年のガメリオンは少なくないか? と疑問に思うことになる。

 もっとも、それも今はもうレイがガメリオン狩りをしていないので解消したが。

 そんな訳で大量のガメリオンの肉を入手したレイは、それを夕食に提供するくらいのことをしても、特に問題はない。

 いつもならそこまでのことはしないのだが、今回は多くの者と模擬戦を行っている。

 その慰労を目的としてのガメリオンの肉の提供でもあった。


「うお、ガメリオンの肉だって!? この前食ったけど、また食えるのか!?」

「馬車で色々と運んできてくれるけど、ガメリオンの肉ってのは、殆どないんだよな。それを干し肉とかじゃなくて、新鮮なガメリオンの肉を……」

「ガメリオンの肉って美容にもいいのよね。こういう野営地で暮らしていると、そっち方面で助かるわ」


 そんな風に会話が行われる。

 少し前にレイと模擬戦を行って負けたのだが、それにショックを受けている様子は一切ない。

 普通なら模擬戦であろうとも自分が負けたということを多少は気にしてもおかしくはないのだが。

 しかし、この場にいる者達の中でそのようなことを気にしている者は……皆無という訳ではないが、それでもかなり少ない。

 多くの者がガメリオンの肉を食べられるといったことを嬉しく思い、喜んでいる。


「取りあえずこのくらいあれば、問題はないだろ。残ったら残ったで、明日以降に食えばいいし」


 そう言ってレイが取り出したガメリオンの肉は、二百キロ近い。

 冒険者は勿論、リザードマン達の分も考えてもこれくらいあれば全員が腹一杯食べられる筈だった。

 なお、これだけの肉を出してもガメリオンの数にして一匹と少し分くらいといった程度でしかない。

 レイが倒したガメリオンの数を考えれば、この程度の肉はそこまで大きな消費ではなかった。

 それでもこの場所の護衛を任されている者達にしてみれば、ガメリオン狩りに行くことは出来ないのに、こうしてガメリオンの肉を大量に用意され、それを腹一杯に食べることが出来るのだ。

 これで嬉しくない筈がない。


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


 レイが取り出したガメリオンの肉を見て、多くの者が雄叫びを上げる。

 最初はガメリオンという存在について知らなかった者達も、それが美味い肉だと聞かされると冒険者達に続いて喜びの声を上げていた。

 そこまで喜ばれると、肉を提供したレイも嬉しく思う。


「喜ぶのはその辺にして、誰が料理をするんだ? 俺が言うのもなんだけど、折角のガメリオンの肉なんだ。どうせなら美味い料理にしてくれると嬉しいんだけど」


 レイのその言葉を聞いた者達は、すぐに誰が料理をするのかという話になる。

 とはいえ、ここにいる者達の多くはそれなりの期間ここで一緒に生活をしているのだ。

 そうである以上、その生活の中で誰が料理が上手いのかといったことはそれなりに知られている。

 結果として、料理を任される人物はすぐに決まった。

 ただし、二百キロ近い肉を使った料理となると、そう簡単に出来るものではない。

 その為、料理を任された者達以外でも簡単に出来る料理はそちらで作ることになる。

 具体的には串焼きといったような簡単な料理だ。


「そう言えば、ガメリオンのカツとか作ってみても美味いと思う……けど、手間が掛かりすぎるか」


 ふと思いついたレイの言葉だったが、それに真っ先に反応したのは料理を担当している冒険者の一人だ。


「ちょっと待ってくれ、レイ! それってもしかしてガラリアとかいう街で生み出された料理じゃないのか!? 何で知ってる!?」

「いや、何で知ってるってのは、俺の言葉なんだが」


 以前ちょっとした用事で山の中にあるガラリアという街に行った時に祭りの料理を作る騒動に巻き込まれ、その時にレイが料理人に協力をして、カツを作ったのだ。

 油を大量に使う料理なので、カツ……いや、揚げるという調理法はそこまで広まってはいない。

 しかし、それは逆に言えば油を大量に用意出来るのならカツを含めて揚げるという調理法は使える。

 特に揚げるというのは一度揚げた後はその油を捨てるといった真似をする必要もなく、何度も繰り返し使える。

 ……それでも何度も油を使っていると、やがて油が酸化して使い物にならなくなるが。


「俺は以前ガラリアって村に行った時、そこで食べたんだよ」

「ああ、お前もガラリアに行ったのか。……よくあんな場所まで行けたな」


 ギルムとは全く違う場所にあるガラリアは、当然だが普通に移動するだけでも結構な移動時間が必要となる。

 具体的にどのくらいの時間が必要になるのかは、生憎とレイにも分からない。

 それでも一日や二日、一週間や十日程度で到着する訳ではないのは間違いない。

 ……レイの場合は、セトに乗って移動したので移動時間という点ではかなり短かったが。


「ちょっと依頼があってな。……それより、カツを作れるのか? ガメリオンのカツ……食いたいんだが」


 カツという料理の美味さを知ってるからこそ、男はそう主張するのだろう。

 そしてレイと話していた男以外はカツについて何も知らなかったのだが、その男の主張を聞いていると、是非自分もその料理を食べてみたいと思うようになる。

 そういう訳で多くの者から期待の視線を向けられるのだが……


「ちょっと難しいな」

「え……何でだよ。そんなに美味い料理なら、是非食べてみたいんだけど」


 話を聞いていた一人の男がそう主張すると、他の者達もそれに同意するように頷く。

 レイやカツを食べたいと言った男の様子から、多くの者がカツという料理に興味を持っているのだろう。

 しかし、レイは改めてその言葉に対して首を横に振る。


「カツってのは色々と手間が掛かる料理なんだよ。しかも難易度がかなり難しい。場合によっては、周囲が火事になってもおかしくない」

「どういう料理だよ、それ……」


 理解出来ないといった様子で冒険者の一人が呟く。

 これが日本であれば、色々と便利な物がある。

 例えばIHの調理器具があれば、油が揚げるのに相応しい温度になれば知らせてくれる。

 あるいはガス台で調理するにしても、油の温度を測る温度計があったりする。

 しかし、ここにはそのような物は当然ない。

 つまり、自分達で全てを調理しなければならないのだ。

 ましてや、IHやガスと違って、焚き火は温度の上がり方がかなり不安定な一面がある。

 そのようなものがなくても温度を確認することは出来る。

 例えばパン粉を油の入った鍋に入れるといった方法がメジャーだろう。

 しかし、レイはそのような方法を使えば温度を測れるといった方法は知っているものの、それが具体的にどうなったらどのくらいの温度なのかというのは分からない。

 パン粉を入れてゆっくりと広がれば、それは百四十度。油通しといった調理をするのに向いている。

 全体的にゆっくりとパン粉が広がるのは、百五十度から百六十度。火の通りにくい根菜や大葉のような香味野菜を揚げるのに向いている。

 細かい泡を立ててパン粉が広がる場合は、百七十度から百八十度。トンカツや天ぷら、コロッケといった一般的な揚げ物に向いている。

 全体に勢いよく広がれば、百九十度から二百度。魚介類や水気を多く含む野菜を揚げるのに向いている。

 知識があれば、パン粉を油に入れただけで温度の見極めが出来るのだが、レイはそういうのがあると知っているだけで実際に試したことはない。

 うどんについて伝える時も、大雑把な作り方は知っていたが詳細については本職の料理人に任せることにした。

 そういうのが多いレイだったが、これはある意味当然だろう。

 日本にいた時は普通の高校生でしかなく、大雑把な料理の知識についても、学校の授業で習ったり、TVで見たり、料理漫画を見て覚えていたようなものなのだから。

 そういう意味では、料理の知識は中途半端にあっても、それ以上の知識がないというのがレイになる。

 そんなレイに、この場でトンカツ……いや、ガメリオンカツを作れというのは難しいし、料理が得意だという者であっても本職の料理人ではない以上、教えて出来るようになれという方が無理だった。

 そして何より、もしカツを作る場合には卵や小麦粉、パン粉を用意する必要がある。

 卵はある程度、小麦粉と油は結構な量がミスティリングに入っているが、パン粉はない。

 勿論パン粉というのは、パンがあれば作れるものだ。

 そういう意味では頑張ればどうにかなるのだが……レイとしては、そこまでして失敗する可能性がある以上、出来れば避けたい。

 あるいはここに料理が得意な冒険者ではなく、本職の料理人がいれば、また話は違ったのかもしれないが。


「えー……駄目なのか?」


 カツを食べたいと口にした男が、レイの断固たる態度に対してこれ以上自分が何を言っても聞いて貰えないだろうと判断し、残念そうに言う。

 他の者達も同様に、ここまで騒ぎになるようなカツという料理があるのなら、是非とも自分も食べてみたいと思うが、レイの様子を見る限りではどうあっても駄目だというのを理解する。

 だが同時に、そこまでしてレイが作るのが難しいという料理を食べてみたいと思う者も多かった。

 そんな周囲の視線を理解したのだろう。

 レイは少し考え……やがて妥協案を口にする。


「ここでカツを作るのは無理だが、いずれ……ギルムの方で色々な騒動が一段落したら、料理人にカツの作り方を教えてもいい。そうなれば、注文するといつでもカツを食べられるようになるだろ」


 そう言いつつも、油を大量に使うだけにカツはそこまで大々的に広まることはないだろうというのがレイの予想だ。

 しかし、この場にいる者達に希望を持たせる為、レイはそのように言ったのだった。

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