3061話
新年、明けましておめでとうございます。
今年もレジェンドをよろしくお願いします。
レイがセトと共にトレントの森に向かい……やがてエレーナの竜言語魔法が使われた場所に向かう。
しかし、その途中でセトが喉を鳴らす。
一体何だ? と思ったレイだったが、自分達の向かう先に誰かいるのだろうとセトの様子から察した。
「誰かいるのか? けど……誰だ?」
今のこの状況で、誰が自分達の向かう先に、エレーナが竜言語魔法を使った場所にいるというのか。
生誕の塔の護衛を任されている冒険者達は、手が空いている者も穢れについての事情を知った以上はそう簡単に出歩けるとは思えない。
だとすれば、もっと別の相手ということになるのだが……
(水狼と狩りにいった冒険者か?)
レイが真っ先に思い浮かべたのは、先程自分が会った相手だ。
水狼から感じられる迫力……その身に宿った力が非常に強力になった為に、以前は水狼とそれなりに良好な関係だった者達も水狼を警戒していた。
そんな中で、力の有無はともかく水狼は水狼だと判断した冒険者の男。
その男が、水狼と共に狩りに行ったのをレイは知っている。
そうである以上、もしかしたらその水狼と冒険者ではないかとレイが予想するのも、間違ってはいない。
(あるいは、ガガとか?)
ガガはリザードマン達の英雄と呼ぶべき存在だ。
そんなガガだったが、黒いサイコロを倒すことが出来ず、出来るのはただ逃げるだけだった。
ガガにとって、それは非常に屈辱だった筈だ。
だからこそ、ガガは自分の弱さを反省する為に黒いサイコロと戦った現場に来るという可能性も否定は出来ない。
そんな風に思いながらトレントの森を進むと、やがて目的の場所に到着し……
「ヴィヘラ?」
その場にいた相手がレイにとって完全に予想外の相手だった。
レイが口にしたよう、そこにはヴィヘラがいる。
そして少し離れた場所にはビューネの姿と、二頭の馬もいた。
この馬は、ヴィヘラやビューネがトレントの森で行動する為にギルドから貸し出されている馬で、今では二人がトレントの森で活動する上で必須の移動手段となっている。
「あら、レイ? それにセトも……どうやら私の勘もそんなに鈍ってなかったみたいね」
その言葉だけで、レイはヴィヘラがここに来た理由を理解した。
「ヴィヘラ、お前もしかしてエレーナが竜言語魔法を使ったのを見ていたのか?」
尋ねつつも、それは恐らく違うとレイは思う。
もしヴィヘラがレーザーブレスの姿を見ていれば、それこそもっと早くここに来ていただろう。
また、トレントの森の中にいたということは、場所にもよるが殆どの場所で生えている木々が邪魔になり、エレーナの放った竜言語魔法のレーザーブレスを見ることは出来ないだろう。
だとすれば、一体ヴィヘラがどうやってここに到着したのか。
それは考えるまでもなく明らかだろう。
つまり、戦いの……それもトレントの森で多数行われているような弱者――ヴィヘラから見て――同士の戦いではなく、強者の戦いの気配を察知してここまでやって来たのだろうと。
戦いを嗅ぎつけるヴィヘラの能力は、それこそ野生の第六感によって動けたかのような、そんな感じだ。
それだけに、ヴィヘラがこの場所にやってきてもおかしくはない。
(いや、穢れというか、黒いサイコロは強いというのとはちょっと違うと思うけどな)
黒いサイコロは触れた存在を黒い塵にして吸収するし、レイの魔法やエレーナの竜言語魔法のような強力な魔法でなければ倒すことは出来ない。
しかし、だからといって黒いサイコロが強者かと言われれば、レイは素直に頷くことは出来ない。
強いかどうかと言われれば、間違いなく厄介だ。
質問に対する答えではないが、レイはそう答えるだろう。
軽く攻撃をすれば敵は何も考えていないかのように……それこそ条件反射的に攻撃をした相手に向かう。
そしてまた他の者が攻撃すれば、今まで追っていた相手を全く気にした風もなく新しい敵に向かうのだ。
そのような存在を強者と呼べるかと言えば、否だろう。
(そうなると、ヴィヘラが感じたのはエレーナの竜言語魔法の方だけか? 穢れについては、特に何も感じてないとか?)
穢れの黒いサイコロに対してはともかく、エレーナの竜言語魔法について反応したというのは、レイも十分納得出来ることだった。
「レイ? どうしたの?」
「いや、この場所を嗅ぎつけるヴィヘラの勘に驚いていたところだよ」
「あら、女の勘を侮っちゃ駄目なのよ?」
「女の勘……いやまぁ、ヴィヘラが女である以上は女の勘という表現は間違ってないと思う。間違ってないとは思うんだが、戦いの場所を突き止めるのを女の勘と言われてもな」
レイの印象……いや、レイに限らず多くの者にしてみれば、女の勘と言われて思い浮かぶのは恋愛関係のものだろう。
戦いについての勘を女の勘と表現するのは、レイにしてみれば少し納得出来なかった。
納得は出来なかったが、ヴィヘラだからと言われれば不思議と納得してしまうところがあるのも事実だったのだが。
「それで、結局ここでどういう戦いがあったのかは、教えてくれるのかしら?」
「出来ればヴィヘラにはあまり教えたくなかったんだけどな」
「……穢れでしょう?」
レイが言い淀むと、ヴィヘラがあっさりとそう口にする。
元々トレントの森に黒い塊のような穢れが出没することは、レイも対のオーブで話していた。
そうである以上、ヴィヘラがこの状況について予想するのはおかしな話ではなかったのだろう。
レイもそれは分かっている。だからこそ、どう反応すればいいのか分からなかったが。
「そうだな、穢れだ。ただ、穢れというのは触れた相手を黒い塵にして吸収する。それがどういう意味を持つのか分かるか?」
レイのその言葉は、ヴィヘラを面白くないと思わせるには十分だった。
「私の攻撃は通用しないと?」
「試してみないと分からないというのが正直なところだ。だが、試した時に失敗すると一体どうなるのか。それはヴィヘラも分かると思うが?」
黒いサイコロに触れた存在は黒い塵となって吸収される。
それが大前提である以上、格闘を武器とするヴィヘラにとって、相性は最悪の相手なのだ。
「浸魔掌も効果がないの?」
「あるかどうかと言われれば、正直なところ分からない。今までの経験から考えると、効果があるかもしれないとは思う。けど、実際にそれを試すには危険が大きすぎる」
これで、浸魔掌が相手の身体に直接触れなくても出来るのなら、レイもここまで強硬に反対はしなかっただろう。
しかしそうでない以上、実際に試してみろとは簡単には言えない。
レイの様子から、ヴィヘラも決してレイが退くようなことはないと判断したのか、不承不承といった様子ではあるが頷く。
「分かったわよ。ここはレイの言う通りにしておくわ」
最終的に、ヴィヘラはあっさりと退いた。
あるいは、穢れがもっと強力な敵であればヴィヘラも大人しく退くようなことはなかったのだろう。
しかし、基本的に黒いサイコロというのは……間抜けだ。
いや、正確には単純な反応しか出来ないと表現するのが正しい。
一人が攻撃をすると、その攻撃をした相手に向かうが、その途中でまた別の敵に攻撃をされると新たな攻撃対象に向かう。
それしか行動のパターンがないのだから、
……もっとも、触れた相手を黒い塵にして吸収する能力を持ち、その上でちょっとした魔法程度ではダメージを受けない。
レイの魔法やエレーナの竜言語魔法のように極めて強力な一撃でなければ倒せない存在である以上、行動パターンがその程度であっても特に問題はないのかもしれないが。
あくまでもレイとエレーナだからこそ、比較的簡単に倒しているのだ。
エレーナの場合は簡単に倒したのは間違いないが、その結果として現在レイ達がいるこの場所のように、トレントの森に大きな被害を出している。
そういう意味では、迂闊に使う訳にいかないのも事実だった。
「それで、ヴィヘラはこれからどうするんだ? 生誕の塔の野営地にくるのか?」
「どうしようかしらね。別に今日は向こうに用事はないのだけど。……レイはこれからどうするの?」
「野営地に向かう。今日から暫く、俺は野営地で寝泊まりすることになったからな」
「……何でそんなことになったのかしら?」
レイの言葉に疑問を口にするヴィヘラ。
聞かれたレイは、セトと遊んでいるビューネ、そして少し離れた場所にいる二頭の馬を見ながら、その質問に答える。
「簡単に言えば、穢れがいつここに姿を現すか分からないからだな。もしトレントの森に転移してきたら、俺がその相手をすることになるし」
「今のところレイやエレーナしか倒せないとなれば、そうなるのかもしれないわね。けど、話はそれだけではないでしょう?」
「正解だ。具体的には、俺がここにいることによって、この野営地以外にも樵達が黒いサイコロに襲撃された時にすぐに駆けつけられるようになっている」
「ああ、そっちもあるのね。……本当に厄介な状況だこと」
はぁ、とヴィヘラの口から面倒そうな息が吐き出される。
実際、ヴィヘラにしてみれば穢れというのは厄介な相手なのだろう。
まずは強者ではないので、ヴィヘラに戦いたいという思いはない。
もし戦うということになっても、触れるとその部位が黒い塵となって吸収されてしまうのだから、それに対処するのは難しいだろう。
それこそ、もっと別の……今までとは違った攻撃手段を考える必要があった。
「そんな訳で、今回の件が一段落するまでは野営地で寝泊まりすることになった。……出来れば、雪が降るまでにはどうにかなって欲しいんだけどな」
マジックテントがあり、場合によっては生誕の塔で寝泊まりも出来る。
それはレイも理解していたし、いざとなればそれを躊躇うつもりはない。
しかし、どうせゆっくりすることが出来るのなら自分の家……正確にはマリーナの家でゆっくりしたいと思うのが当然だろう。
それが駄目なら、妖精郷で寝泊まりをしたい。
だが、今の状況はとてもではないがそれを許すようなことはない。
自分がどうするべきかを考えると、この野営地や生誕の塔で寝泊まりをするのが最善なのは間違いなかった。
「出来れば久しぶりにレイと一緒にゆっくりしたかったんだけど」
そう告げるヴィヘラだったが、この場合のゆっくりしたいというのは想い人との時間を楽しむという意味では同じでも、実際にはレイとの模擬戦を楽しむという意味だ。
ヴィヘラの考えを理解すれば、どこがゆっくりと? と疑問を覚える者が多数だろう。
とはいえ、それがヴィヘラにとっての本心なのは間違いなく、レイと一緒の時間を楽しみたいという思いに嘘はなかった。
「それはこの先の展開次第だな」
雪が降ってきた場合でも、マリーナの家は非常に暮らしやすくなる。
精霊魔法によって、マリーナの家に雪が降ってくるようなことはない。
春くらいの気温で、冬であっても庭で普通に食事をしたりといった真似が出来る。
マリーナの家以外の者にしてみれば、非常に羨ましい光景だろう。
雪掻きの類もしなくていいのだから。
……もっとも、それはあくまでもマリーナの家の敷地内の話だ。
敷地から外に出れば、既にそこは精霊魔法の効果が及ばない。
普通に雪が積もっていて、雪かきをしなければならなくなる。
とはいえ、マリーナの精霊魔法を使えば雪かきもそう難しいものではないのだが。
「レイが野営地にいるのは分かったけど、じゃあ何でレイはここにいるのかしら?」
ふと思いついたように、ヴィヘラがレイにそう尋ねる。
レイの言ってる内容が事実であれば、わざわざこんな離れた場所に来なくてもいい筈なのだ。
そんなヴィヘラの疑問に、レイは少し困った様子で口を開く。
「特に何か用事があってやって来たわけじゃない。今はただ待っているだけしか出来ない以上、暇だったからな。何となくトレントの森を散歩していただけだ」
「……穢れを相手にする為に、待機してるんじゃなかったの?」
「ここは野営地からもそう離れていないし、もし穢れが出たらニールセンを通して長から連絡がある。そうなれば、セトに乗って移動すれば特に問題ない。違うか?」
「そう言われればそうだけど……」
ヴィヘラは言葉では納得したものの、表情は必ずしも納得した様子はない。
そんなヴィヘラの様子にレイは少し困り……ふと、思いつく。
「ニールセン、出て来てくれ!」
自分の言葉で完全に納得出来ないのなら、近くにニールセンがいるというのを直接見せれば問題はない。
そのように思っての行動だった。
そして……レイが声を発してから数秒、やがて近くにあった木の幹からニールセンの身体が生える。
そう、木の幹からニールセンの上半身が伸びている光景は、まさに生えるという表現が相応しいだろう。
そんなニールセンの姿を見たヴィヘラは、その顔に驚きを浮かべるのだった。