3045話
レジェンド番外編 レイの異世界グルメ日記が発売しています。
1冊丸ごと書き下ろし、あのキャラも出演するレイの異世界グルメ日記、興味のある方は是非どうぞ。
本編とは違うイラストレーター、みく郎さんのイラストも素晴らしいです。
続刊する為には相応に売れないといけませんので、続きを読みたい方は是非購入の方、よろしくお願いします。
「おお、レイ。無事に戻ってきたか」
「はい……と言いたいところですけど、何か書類が急に増えてませんか?」
馬車で領主の館に戻ったレイは、すぐにメイドによって執務室に案内された。
穢れの件ということで、レイが戻ってきたらすぐに執務室に通すように指示を出していたのだろう。
そうしてメイドに案内されたレイだったが、執務室の中を見ると驚きの声を発する。
先程……本当に先程執務室に来た時と比べると、書類の山……というか塔とでも表現すべき存在が二つ程増えていた為だ。
増えてませんか? と尋ねてはいるが、確実に増えていると理解した上で聞いていた。
ダスカーもそんなレイの言葉を理解し、頷く。
「そうだな。増えている。だが、幸い……という言い方はどうかと思うが、これは急ぎの仕事じゃない。生誕の塔にいる者達に話をするだけの余裕は十分にある」
「十分に……ですか」
レイにしてみれば、これだけの書類の山を処理しなければならないという時点で、とてもではないが余裕があるとは思えない。
この辺は毎日書類に囲まれて仕事をしているダスカーならではの判断なのだろう。
(過労死とか、そういうことになると洒落にならないんだけどな)
そんな風に思いつつ、仕事を増やしているのはある意味で自分なのかもしれないと思いつつ、来客用のソファに座って対のオーブを取り出す。
同時にそれを待っていたかのように、ドラゴンローブの中からニールセンが飛び出してきた。
「うーん、大人しくしているのもいいけど、やっぱりこうして自由に動けるのはいいわね」
「分かったけど、最初はまだお前のことを話さないんだから、対のオーブに映らないようにしろよ」
「分かってるから、そんなに心配しないでよね」
「はっはっは。相変わらずのようで安心した」
そんな二人を見ながら、ダスカーは言葉通り安心した様子で呟く。
ダスカーにしてみれば、レイとニールセンの関係が良好なのはいいことだ。
現在妖精郷と一番親しい人物がレイである以上、寧ろ友好的でないと困るのはダスカーなのだ。
そういう意味では、こうしてレイとニールセンの様子を見ていて嬉しく思うのは当然だった。
ダスカーが笑っている様子を見つつ、レイは取り出した対のオーブをどこに置くか迷い……目の前のテーブルの上に置く。
本来なら執務机の上に対のオーブを置けばいいのだろうが、うっかり書類の塔を倒してしまった場合、大惨事になるのが目に見えている。
そうである以上、ここは少しでも安全なようにしたらいいと思ったのだ。
テーブルの上に置いた対のオーブを起動させる。
すると既に生誕の塔の方では準備が整っていたのだろう。
すぐに対のオーブにエレーナの美貌が映し出される。
『む? 繋がったか。……レイ、ダスカー殿、こちらの様子は見えているか?』
対のオーブに表示されてたエレーナが、そう言ってくる。
そんなエレーナの後ろからは、物珍しげな様子を見せている冒険者達やリザードマン達の姿があった。
特にゾゾは、対のオーブの向こう側に自分が忠誠を誓ったレイの姿があるということで、驚いている。
そういうマジックアイテムであるとは聞かされていたものの、それでもこうして実際に対のオーブでレイの姿を見ると、驚いてしまったのだろう。
「エレーナ殿、今回は手伝って貰ってすまないな」
レイの隣で、ダスカーが対のオーブの向こう側にいるエレーナにそう声を掛ける。
エレーナはその言葉を平然と受け止めたが、エレーナの後ろにいる冒険者達は、いきなりダスカーが登場したことで驚きを表す。
『ダスカー様!?』
「ご苦労。レイから色々と話は聞いているな?」
『え? あ。はい。正直なところ、その全てを信じろというのは無理で、半信半疑でした。ダスカー様から直接説明があると言われて、それでようやくもしかしたらと思っていたのですが……』
レイにも見覚えのある、冒険者達に指示を出している男の言葉に、レイは微妙な表情を浮かべる。
レイも自分やエレーナの説明で完全に信じて貰えるとは思っていなかった。
思っていなかったものの、それでもこうして直接言われると少し思うところがあるのも事実。
とはいえ、今のこの状況で自分が突っ込むような真似は出来なかったが。
「そうか。では、改めて俺から説明させて貰おう。まず、レイが言っただろう穢れについての話は全て事実だと思って貰って構わない」
そう言いつつ、ダスカーはレイがトレントの森で語ったのと同じ説明をしていく。
ただ一つ違ったのは……
「妖精郷の長からの情報だが、今のところこれは全て事実だと思われる」
『ちょ……ちょっと待って下さい! 妖精郷と、今そう言ったのですか!?』
対のオーブの向こうで、驚愕の表情を浮かべて叫ぶ男。
そんな男の様子を見たダスカーは、一体何を言ってるのか理解出来ないといった表情を浮かべ……だが、すぐにそのようなことになっている理由について理解したのだろう。
レイに呆れの視線を向けてくる。
「妖精については言ってないのか?」
「はい。向こうでその件について話をすると、間違いなく騒動になると思っていたので」
「それは……そうだろうな」
騒動になっていたというレイの言葉を証明するかのように、対のオーブの向こう側では大きな騒動になっている。
ダスカーと直接話していた男以外にも、その近くでこの話の成り行きを見守っていた者は多いのだ。
そうである以上、話していた者以外にも妖精郷についての話が伝わっていた。
「もし妖精について話していれば、ここまで素早く戻ってくることは出来なかったと思いますし」
それもまた、レイの言葉を否定出来ない事実だった。
もしレイがトレントの森で妖精について話していた場合、もっと詳しい話を聞かせろと詰め寄った者は多いだろう。
ギルドに信頼されている者が集められた冒険者達だが、そんな冒険者達にとっても妖精郷について話していた場合は素直にレイを離したりはしないだろうと、ダスカーも納得出来た。
「はぁ」
レイの言い分を認めたのか、ダスカーは大きく息を吐く。
そうして、改めて対のオーブに映し出されている男に向かって説明を始めた。
「トレントの森には、最近……本当に最近だが、妖精郷が出来た。レイはその妖精郷と付き合いがある。穢れの件について詳しい情報を持っていたのが、その妖精郷の長だ」
それはつまり、もし妖精郷がトレントの森になければ……あるいはレイが妖精郷と近しい関係になければ、穢れについて何も分からなかったということになる。
もっとも、レイが穢れに関与したのはボブとの接触で、その時にニールセンがボブを妖精郷に連れていくと言ったことを思えば、もしレイが妖精郷と接触していなかった場合、穢れがギルムの近辺にやってくることもなかっただろう。
とはいえ、そうなると穢れと関係していた者達の暗躍について知るのが遅くなり、最悪の結末……この大陸の滅亡といった未来に向かっていた可能性も高かったのだが。
そういう意味では、偶然に偶然を重ねた結果の現在はそう悪い話ではないようにレイには思えた。
『その、ダスカー様。ダスカー様の言葉を疑う訳じゃないですが……何か妖精と接触した証拠というのがありますか?』
「これだ」
ダスカーが何かを言うよりも前に、レイは対のオーブに映らないように部屋の中を飛んでいたニールセンを鷲掴みにし、目の前に持ってくる。
「わきゃあっ! ちょっ、レイ、何をするのよ!」
いきなり鷲掴みにされたニールセンはレイに向かって怒鳴るが、その行為が自然なものとして対のオーブの向こう側にいる者達には圧倒的な存在感を示す。
『え……?』
まさか向こうもいきなり妖精を目の前――対のオーブ越しだが――に見せつけられるとは思わなかったのだろう。
驚きの声を上げる。
「これが妖精だ。どうだ? 信じて貰えたか?」
『本物の……妖精……?』
そう言ってくる男だが、ニールセンに関わらず何人かの妖精は生誕の塔の野営地で悪戯を行っていたのだ。
そうである以上、冒険者なら妖精を見つけてもおかしくなかったのでは? とレイは思う。
実際、レイはそういう流れでニールセンを見つけたのだから。
「ああ、本物の妖精だ。ちなみに俺がエレーナをそっちに連れていった時は言わなかったが、あの時もこの妖精は俺と一緒にいたぞ」
『何? それは本当なのか?』
「本当だ。見つかれば騒動になるから、実際には俺のローブの中に隠れていたが」
信じられないといった表情を浮かべる男。
そんな男の様子を見ていたダスカーは、そんな相手の気持ちが分かると納得した様子を見せる。
ダスカーもまた、レイから突然妖精の存在を教えられたのだ。
伝説にしか存在しないと言われている妖精が住む妖精郷がトレントの森に存在すると言われた時、ダスカーも当然驚いた。
そういう意味では、自分と同じような驚きを経験した者が増えてくれたというのは、実は少し嬉しい。
自分でもそんなにいい趣味ではないと分かっているのだが、それでも自分がそう感じたのだから、他にも同じように感じる人がいても……と、そんな風に思ってしまうのだ。
ダスカーはそんな風に思っているのを表に出すようなことはせず、口を開く。
「話は分かったな? トレントの森に妖精郷があるのは間違いない。ただ、分かっていると思うが妖精について口外することは禁止する。その理由は説明するまでもないと思うが」
『はい。もしそんな真似をすれば、それこそ多くの者がトレントの森にやって来るでしょう。そのようなことになると、かなり面倒なことになるのは間違いないですから』
「その通りだ。また、妖精という存在の住んでいる場所があると知れば、そこに行こうと思う者も多いだろう、普通なら妖精郷に近づけないと思うが、中には何らかの偶然で辿り着く者もいるかもしれない」
妖精郷の周囲には、霧の音によって生み出された霧の一帯が広がっている。
それだけではなく、霧の中には妖精達に使役されている狼の群れもいるのだ。
モンスターでこそない普通の狼ではあるものの、霧の中で生活しているだけあって、霧の中での狩りは得意だ。
レイやセトを見て力の差を理解しても、最初は逃げようとしなかった。
そういう意味では、非常に知能や忠誠心が高い狼達だろう。
(あるいは霧の一帯に適応して、モンスターになりかけているのかもしれないな)
野生動物が魔力の濃い場所に長時間いることによって、モンスターとなる。
それはこのエルジィンにおいて絶対的な法則の一つだ。
霧の音というマジックアイテムによって生み出された霧というのは、当然だが魔力の宿った霧となる。
そんな中で生活をしているのだから、それは魔力の中にいるということを意味しており、それによって狼達がモンスターになってもおかしなことではない。
『そのように仰るということは、普通では辿り着けない場所なのですか?』
「そうらしい。もっとも……」
そこで一旦言葉を切ったダスカーは、レイに向かってニヤリとした笑みを浮かべる。
そんなダスカーの笑みを見て嫌な予感を抱いたレイだったが……待ったと言うよりも前に、ダスカーは口を開く。
「妖精郷のことなら、レイに聞けばいい。レイは最近妖精郷で寝泊まりしていたらしいからな。妖精や妖精郷について、冗談でも何でもなく世界で一番詳しいと思うぞ」
ジロリ、と対のオーブに映っている男の後ろにいた数人がレイに厳しい視線を向けてくる。
その視線を発した者達は妖精について興味があり、少しでもレイから妖精についての情報を聞き出したかったのだろう。
「あー……取りあえず俺は今日から生誕の塔の野営地で寝泊まりすることになる。その時、妖精について教える……というか、このニールセンを紹介してやるよ」
「ちょっと、私を売る気!?」
ニールセンはレイの言葉を聞いて自分を対のオーブに映し出されている者達に差し出す気なのだと理解し、叫ぶ。
実際、レイはそのつもりだったので、ニールセンの叫びを聞いてもすぐには反論出来ず数秒黙り込み……
「そんなつもりはない。ただ、これからはニールセンもあそこで暮らすことになるんだ。なら、あそこに住んでいる面々と友好的な関係を築くのはおかしな話ではないと思うが?」
「それは……でも……」
レイの口から出た言葉は、咄嗟のものではあったが正論でもあった。
もし穢れが出た場合、長がニールセンを通してレイに知らせるということになっている。
そうである以上、ニールセンはレイと一緒に……とまではいかずとも、ある程度近くにいなければならないのは間違いなく、そういう意味ではレイの言葉は決して間違っていなかったのだ。