3039話
レジェンド番外編 レイの異世界グルメ日記が発売しています。
1冊丸ごと書き下ろし、あのキャラも出演するレイの異世界グルメ日記、興味のある方は是非どうぞ。
本編とは違うイラストレーター、みく郎さんのイラストも素晴らしいです。
続刊する為には相応に売れないといけませんので、続きを読みたい方は是非購入の方、よろしくお願いします。
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馬車の中に、ドネルケバブに似た料理の匂いが漂っている。
領主の館から出発した馬車は、レイが御者に頼んで途中の屋台でドネルケバブっぽい料理を売っている屋台でそれを購入し、街中を進んでいた。
さすがに御者に十人分、二十人分、三十人分も買わせる訳にはいかず、結局買ったのは二人分だけ。
絶賛する程に美味いという訳でもなかったが、それでも十分に美味い料理だったので、レイとしては出来ればもっと欲しかったのだが……御者にそれだけ持たせるような真似も出来ないし、かといって自分で直接買いに行くといった真似も出来ない。
結局出来たのは、街中で見つかっても騒がれなくなったら買おうと考えるだけだった。
具体的に、いつになったらそのような状況になるのかは、生憎とレイにも分からないのだが。
「レイさん、もうそろそろです」
御者の声に窓を見ると、確かに馬車は貴族街に入っていた。
周囲に見える景色も、レイにとっては見慣れた光景だ。
御者の言う通り、マリーナの家の近くまで既にやって来ていたのだ。
「あ」
馬車の窓からマリーナの家を見張っていると思しき者の姿が見えて、レイは小さく声に出す。
あからさまに緊張した様子を見せているのは……
(やっぱり、セトがマリーナの家にやってきたからだろうな。……ニールセンが一緒にいればいいんだけど)
樵達を助けるときの騒動で別行動をすることになったニールセンのことを思い浮かべるレイ。
ただし、ニールセンの存在がマリーナの家を見張っていた者達にまで知られるということはまずないだろう。
そうである以上、ニールセンの……より正確には妖精の存在について知られるということは考えなくてもいい。
「あ」
馬車の外を見ていたレイは、最初に見つけたのとは別の見張りが自分の乗っている馬車を見て表情を変えたのを確認する。
領主の館で使われている馬車であり、それがマリーナの家の方に向かっているのだ。
以前のことを覚えていれば、この馬車にレイが乗っている可能性が高いと予想するのは難しい話ではない。
そして実際、こうしてレイが乗っているのは事実。
しかし、だからといってこの馬車をどうにかするような真似が出来る筈もない。
あるいはこの馬車がその辺の冒険者が使っている馬車、もしくは自分達よりも爵位が下の貴族が使っている馬車であれば、多少強引でも馬車を停めて中を確認するといった真似も出来る。
しかし、この馬車は領主の館の馬車……つまり、ダスカーの馬車なのだ。
つまり、このギルムにおける最高権力者の馬車となる。
そのような馬車を強引に停めるような真似をすれば、当然だがそれを行った者……そしてその上司である、マリーナの家を見張るように命令した人物、更にはその人物が所属する家にまで迷惑を掛けることになる。
ダスカーはギルムの領主であるというだけではなく、中立派を率いる人物でもあるのだから、その影響力は高い。
そんな人物に喧嘩を売るような真似をしたら、一体どうなるのか。
考えるまでもないだろう。
(そういう意味では、こっそりと入ってくるよりもこの馬車の方がいいんだよな。……あ、でももしかしたら今はこの馬車には誰も乗っていないで、マリーナの家にいるだろう俺を迎えに来たとか、そういう風に勘違いする可能性もあるか?)
レイがセトと共にマリーナの家に入ってきたと認識した場合、まだそこから出ていないと見張っている者達が考えてもおかしくはない。
セトの背にレイは乗っていなかったのだから、そういう風に認識するかどうかは人によるが。
何らかの手段でレイが周囲には見えないようにしていたと考えるか、あるいはセトだけで問題のない用事……例えば手紙を持ってきたと考えるか、あるいは鋭い者ならセトが囮でしかなく、もっと別の手段でレイは既にギルムにいると考えている可能性もある。
マリーナの家を見張っている者がどのように認識するのかは、それこそ人によるだろうと考えていると、やがて馬車はマリーナの家に到着する。
当然ながら、マリーナの家に近付くにつれて見張りも多くなっていったのだが、その多くがレイの乗っている馬車を見て表情を変えていた。
そして他の者達同様に手を出すことは出来ず……馬車はあっさりとマリーナの家の敷地内に入る。
「じゃあ、俺はちょっと行ってくるから待ってて欲しい。話は聞いてるんだよな?」
「はい。何でも一度ギルムを出るとか」
「話を聞いてるのなら、問題ない。じゃあ、ちょっと休んでてくれ」
そう告げ、レイは馬車を降りるといつもの中庭に向かう。
もう秋も深まってきており、日中の温度もかなり下がっている。
そのような中、外で食事をしたりお茶をしたりといったようなことは普通なら出来ない。
しかし……中庭にはエレーナとアーラの二人が遊んでいるセトとイエロ、そしてニールセンの姿を眺めながら、お茶を楽しんでいた。
マリーナの精霊魔法により、この中庭は……いや、正確にはマリーナの家の敷地内は一定の気温に保たれている。
具体的には二十度くらいか。
だからこそ、マリーナの家は快適にすごせるのだ。
(ニールセンはやっぱりこっちにいたか)
セトやイエロと遊んでいたニールセンの様子を見てレイは安堵した様子を見せる。
恐らくそうなっているだろうと予想はしていた……あるいはそうなっていて欲しいと思っていたレイだったが、そんなレイの希望が見事に叶った形だった。
「レイ? 遅かったな。セトとニールセンが来たので、もう少し早く来るかと思っていたが」
中庭に入ってきたレイに最初に気が付いたのは、当然のようにエレーナ。
優雅に笑みを浮かべつつ、そう尋ねてくる。
そんなエレーナの声にアーラもレイの姿に気が付くと、エレーナに何も言われずとも紅茶の準備を行う。
そんな二人に続いてレイの姿に気が付いたのは、ニールセン。
……実はエレーナよりも先にセトがレイの存在に気が付いていたりしたのだが、ニールセンやイエロと遊んでいることもあってか、レイの近くに行くような真似はしなかったのだが。
「あー! ちょっと、レイ! 私のことを完全に忘れていたでしょ! 私がセトと合流しないと、一体どうなっていたと思うのよ!」
ぎゃーぎゃーと、レイに向かって不満を口にするニールセン。
ニールセンにしてみれば、別行動をしたままレイには自分の存在を完全に忘れ去られていたのだ。
そのことに不満を抱くなという方が無理だろう。
ニールセンが言うように、ギルムに向かおうとしているセトと合流していなければ、完全に忘れ去られていた筈だった。
それについてニールセンが不満に思ってもおかしくはない。
ニールセンの存在を忘れていたレイも、もし自分が同じ目に遭った場合、同じように怒るだろうと判断しているので、それについては否定出来ない。
「悪かったな」
「私の存在を忘れていたのを、そうやって謝っただけで許して貰えると思うの? 誠意を要求するわ! 具体的には美味しい物!」
ニールセンの言っている誠意の意味を理解したレイは、それでニールセンの機嫌が直るのならと、ミスティリングの中からサンドイッチを取り出す。
煮込んだ肉と炒めた野菜が具となっている、ありふれたサンドイッチだ。
ただし、ありふれたサンドイッチであっても、それはレイがミスティリングの中に収納しておいたサンドイッチだ。
当然だが、そのサンドイッチは普通の店で売られているサンドイッチと比べると、数段上の美味さを持っている。
そのサンドイッチは、不満そうなニールセンを落ち着かせるにも十分な威力を発揮した。
「これは……」
一言呟き、次々にサンドイッチを食べるニールセン。
そんなニールセンを見て、セトとイエロは羨ましそうな様子を見せていた。
レイはもう二つ同じサンドイッチを取り出し、セトとイエロに渡す。
すると二匹も嬉しそうにサンドイッチを食べ始める。
「イエロの分まで、すまないな」
「気にするな。ニールセンとセトだけに食べさせる訳にもいかないし」
会話を交わしつつ、レイは庭にあるテーブルに座る。
するとアーラはすぐに淹れ立ての紅茶をレイの前に置く。
さすがアーラが淹れた紅茶と言うべきか、その紅茶の味は普通の紅茶よりも明らかに上だ。
「それで、レイ。一体今回はどうしたのだ? 上からやってきたかと思えば、セトとニールセンだけ。よほど他の者達には見つかりたくなかったのだろうが」
「ああ。ちょっと……って、ニールセンから聞いてないのか?」
「うん? いや。ニールセンはここにやって来てからずっとセトやイエロと遊んでいた」
「お仕置きだな」
小さく呟くレイだったが、サンドイッチを食べながらも、ニールセンには十分その声は聞こえていたのだろう。
ビクリとすると、レイに視線を向けてくる。
「えっと、その……レイ……もしかして……長に言う?」
「いや、俺が言わなくても、恐らく長はこの件を知ってるぞ?」
「え?」
何で? とそう視線を向けてくるニールセン。
本当に全く何も理解出来ていないのを見たレイは、若干呆れながら口を開く。
「ニールセンの状況は長に知られてるんだろう?」
「うげ……」
その声は、見た目というだけなら愛らしいニールセンの口から出たとは到底思えないような、そんな声だ。
もし妖精という存在に夢を見ている者がいれば、今のニールセンを見ればその夢もすぐに覚めてしまうだろう。あるいは覚めるのではなく、冷めるのか。
「取りあえず、これから取り返せるように頑張るんだな。そうすれば、もしかしたら長からのお仕置きは減るかもしれないぞ」
「それは本当!?」
「あくまで、かもしれないだ。ただまぁ、穢れとの戦いに何もしないで今のように遊んでいるようなことになったら、その結果どうなるのかは分からないけどな」
その言葉にニールセンは頬を引き攣らせる。
まぁ、頑張れ。
短くそれだけを言うと、レイは改めてエレーナに説明を始める。
「まず、昨夜対のオーブで話した黒い塊の件だが、今日の午前中にそれとちょっと似ているけど、性質としては結構違う存在が現れた」
「何? だが、それでもレイなら倒せるだろう? 実際、こうして私の前にいるということは、その新しい敵を倒したのだろうし」
違うか? そう視線を向けてくるエレーナに、レイは頷く。
「ああ、俺が倒した。それは間違いない。ただ……ちょっと昨夜と違うことがある。それは、黒いサイコロ……黒い塊ではなく、サイコロ状だったからそういう風に言ってるんだが、その黒いサイコロが出て来たのが俺達の側じゃなくて樵達の近くだったということだ」
「樵達の側に?」
エレーナも、トレントの森において樵が伐採している木が増築工事において重要な建築資材となっていることを知っている。
だからこそ、レイの言葉に込められていた深刻さを理解出来たのだろう。
「ああ。幸いなことに護衛の冒険者達が頑張ってくれたおかげで、樵達に被害が出るようなことはなかった。けど、そのままにはしておけないということで、取りあえず今日の樵達は仕事を終えてギルムに戻ってきた」
「私でもそうするだろう」
エレーナはレイの言葉にそう呟いて同意する。
エレーナだけではなく、アーラもまたそんなエレーナの言葉に同意するように頷いていた。
「でも、そのせいで私はすっかり忘れ去られたけどね」
ニールセンが不満そうな様子で言う。
ただし、レイが視線を向けるとすぐに黙り込むが。
レイには長に対して色々と言い訳をして貰う必要がある以上、ここでレイを怒らせるような真似は出来ないのだ。
それなら最初から余計な一言を言わなければいいのだが、ニールセンの性格としてそのような事を言わないという選択肢は存在しない。
そんなニールセンを一瞥したレイは、特に何かを言う様子もなく、エレーナとアーラに向けて説明を続ける。
「正直なところ、穢れがまさか俺達だけじゃなくて全く関係のない奴のところに出るとは思わなかった。ただ、こうして出た以上は相応の対処をする必要がある。そしてトレントの森にいるのは、樵達だけじゃない」
「生誕の塔」
レイの言いたいことをすぐに理解し、端的に言うエレーナ。
その言葉にレイも頷く。
「その通りだ。そしてこうなった以上、樵達もそうだが生誕の塔の護衛をしている連中やリザードマン達にも事情を説明する必要がある。だが、ダスカー様はとてもそんな時間はない。そんな訳で……ちょっとエレーナに生誕の塔まで行って欲しい」
「私が?」
この要請はエレーナにとっても意外だったのだろう。
不思議そうに尋ねるエレーナに、レイは真剣な表情で頷くのだった。