3031話
今回の件がダスカーも深く関わっているという話を聞くと、前もって話を聞いていた冒険者達ですら改めて驚く。
そんな冒険者達とは違い、樵達は冗談でも何でもなく腰を抜かして地面に尻餅をついた者すらいた。
冒険者であれば……あくまでも高ランク冒険者であればの話だが、貴族と面会をすることも珍しくはない。
レイの場合は色々と問題があるので、基本的にはマリーナが代理人ということで貴族と会うことになっているが、とにかく普通の高ランク冒険者なら貴族と会う機会はそれなりにあった。
貴族としても、腕利きの冒険者との繋がりがあればいざという時に助けて貰えるし、もし冒険者を辞めて仕官させることに成功すれば、その戦力は非常に期待出来る。
そしてここにいる冒険者達はギルドからそれなりに信用されている者達であり、それだけに貴族からの依頼をギルドが回すことも珍しくはなかった。
実際、この中の冒険者達はダスカー程の大物ではないとはいえ、他の貴族から依頼を受けたり、パーティに招待されたりといったことをした経験者もいる。
そんな冒険者達とは違い、樵達の中には貴族と面会をしたことがある者はいない。
勿論、樵であっても場合によっては貴族と会うといったことはあるのだが、生憎とここにはそのような樵はいなかった。
「ちょ……ちょっと待ってくれ、レイ。それは俺達が聞いてもいいようなことなのか?」
ダスカーが関係してくるというレイの口から出た言葉に、樵の一人が恐る恐るといった様子で尋ねる。
その口調には、出来れば貴族とは関わり合いたくはないという色が強く滲んでいる。
(多分、この樵の村を治めている領主は典型的な貴族なんだろうな)
何となくそう予想しながら、しかしレイは頷く。
「そうだ。悪いがあの黒いサイコロに接触した以上、ダスカー様か……もしかしたらギルドマスターのワーカーに会うことになると思う」
「それなら、まだギルドマスターの方が……」
そう言ったのは、まがりなりにも毎日のようにギルドに行ってるからだろう。
毎朝トレントの森の仕事を引き受ける為に、ギルドに行く必要がある。
勿論、その時に樵達に対応するのは受付嬢であったり、ギルド職員といったところだ。
ギルドマスターと会ったことは一度もない。
……そもそも、ギルドマスターは自分の仕事をこなす為に毎日が忙しく、冗談でも何でもなく一日中執務室に籠もって仕事をしている。
一階で冒険者や樵達と会うような暇があるなら、少しでも書類をどうにかする必要があった。
そんなギルドマスターと樵達が会う機会はまずない。
それでも領主のダスカーと会うよりは……と、そんな風に樵達は思うのだろう。
領主もギルドマスターも、双方共に樵達にしてみれば雲の上の存在だ。
だからこそ、どちらと会話をするほうがまだマシなのかと。
(個人的には、ワーカーよりもダスカー様の方が会話しやすいと思うんだけどな)
双方に会ったことがあるレイにしてみれば、そんな風に思う。
ダスカーは外見こそ強面で、ギルムの領主やミレアーナ王国三大派閥の一つである中立派を率いているという顔こそあるものの、レイにしてみれば尊敬する人物でもあり、それなりに慣れていることもあって、話しやすい相手だ。
ワーカーも、別にそこまで嫌いな訳ではないのだが、どこか仕事ということになると割り切ったりするようなことが多い。
いわゆる、ビジネスライクなやり取りを好む……といったところか。
勿論、だからといってワーカーが冒険者達をすぐに切り捨てたりするかと言われれば、その答えは否なのだが。
マリーナが自分の後継者としてギルドマスターにした人物なのだから、冒険者を蔑ろにしたりといったような真似はまずしない。
しかし、以前からギルムにいる冒険者……あるいはマリーナの存在を知っている冒険者であればともかく、そのどちらでもない樵達にしてみればワーカーと会うのを怖いと思ってもおかしくはない。
樵達は、その仕事柄腕力という意味ではかなり強く、気が荒い者も揃っている為に、その辺の冒険者と喧嘩をしても勝てるだけの自信はある。
しかし、だからといってギルドマスター……それも辺境にあるギルムのギルドマスターを会うのを躊躇しないかと言えば、その答えは否だ。
それでも領主とギルドマスターのどちらと会うかと言われれば、その場にいる全員はギルドマスターと会う方を選ぶ。
あるいは樵達の中に何らかの野心があるような者がいれば、ダスカーと会いたいと言ったかもしれないが。
何しろ今のダスカーは非常に忙しく、会おうと思ってもすぐに会えるような相手ではないのだから。
レイの場合は例外――基本的に緊急性の高い情報を知らせる――が多いし、マリーナの場合は小さい頃からダスカーのことを知っているというのが大きいが、そのような者達は例外だった。
例外というだけなら、姫将軍のエレーナや元ベスティア帝国の皇女であるヴィヘラもその例外に入るのは間違いないだろうが。
そういう意味では、レイの仲間は例外揃いということになるのだろう。
そのような者達だからこそ、類が友を呼ぶといった感じで集まったのかもしれないが。
「分かった。ギルドマスターのワーカーだな。それについてはこっちで調整しておく。今日の仕事が終わったら……いや、これで今日は仕事を出来るか?」
レイの言葉に、樵達は数秒沈黙する。
そしてお互いに視線を合わせ……やがて樵の一人が、首を横に振る。
「無理だ。またああいうモンスターが現れたら、どうしようもない。勿論、レイが守ってくれるのならどうにか出来るかもしれないけど……だが、もしそうなっても、木を伐採する場所は狭まってしまうと思う」
基本的に木を伐採する時、樵達はそれぞれに離れて仕事を行う。
伐採した木が倒れた時、何らかの理由で想定した場所に倒れないことがあるのだ。
ダスカーによって集められたの一流の樵であっても、予期せぬ出来事というのは絶対にないとは言い切れない。
モンスターや動物の出現や、突風。
それ以外にも多くの理由によって、予期せぬ出来事がおきてもおかしくはなかった。
「そうなると、今日はもう仕事を終わりにした方がいいのか? ちなみに、何本か木の伐採は終わってるんだよな?」
現在はまだ午前中だが、それでも昼までもう少しといった時間になっている。
そうである以上、既に樵達が何本かの木を伐採していてもおかしくはない。
そんなレイの予想が当たっていたことを証明するかのように、樵達は頷く。
「なら、取りあえずその木を持ってギルムに行くか。その木を錬金術師達に引き渡したら、俺は領主の館に行く」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 俺達は領主様じゃなくて、ギルドマスターに会うって言っただろ!?」
何故か自分達の希望と違う方向に行こうとするレイに、樵の一人が慌てたように言う。
声には出さずとも、他の樵達も同様の視線をレイに向けていた。
「お前達はギルドマスターに会うのかもしれないが、俺はダスカー様に色々と報告をする必要があるんだよ」
それに……と、その後は口に出さなかったが、レイはダスカーがワーカーに穢れの件について知らせているのかどうかが分からなかった。
そうである以上、ワーカーに話を持っていくよりも前にダスカーに話を通しておいた方がいい。
……これでもしギルドに行ってワーカーに話をした時、ワーカーに穢れの件について意味が通じないということになったりしたら、後々面倒なことになってしまうだろう。
そのようなことになるのは、レイとしては遠慮したかった。
「じゃあ……俺達はどうすればいいんだ?」
「ギルドに行ってるか、俺と一緒についてきて待ってるか。好きな方を選べばいい。ただ、酒場に行くとかはやめておいた方がいいな」
話をする為に待っているのに、その時に酒場で酒を飲んでいるというのはダスカーやワーカーにしてみれば、そのような状況は決して許容出来ない。
そうである以上、レイとしては酒場に行かない方がいいと思う。
「え……酒場、駄目なのか?」
樵の一人がそんなことを口にする。
レイはそんな樵に呆れの視線を向ける。
いや、レイだけではなく他の樵達や冒険者達も酒場に行きたいと口にした相手に同様の視線を向けていた。
「どうしても駄目とは言わないが、ダスカー様やワーカーにどういう風に思われても知らないぞ?」
「う……」
それは、と。
樵は言葉に詰まる。
レイはそんな様子を見ていると、不意に冒険者の一人が口を開く。
「それより、いいのか? ギルムに行ってくれるのは嬉しいけど、そうなったら騒動になるだろう?」
「あ、ドラゴン……」
すっかり忘れていたのか、冒険者の一人がレイが何故ギルムに行けないのかというのに納得する。
すると他にも何人かの冒険者と樵の多くがレイがギルムに行けない理由を思い出したのか、その視線をレイに向ける。
「普通ならそうだが、今回の件は色々と複雑だしな。そうである以上、今は少しでも早くダスカー様にこの件を知らせる必要がある。幸い……って言い方はどうかと思うが、このドラゴンローブを被っていれば問題ないしな」
ドラゴンローブの能力の一つ、隠蔽。
それはドラゴンローブの外見を普通の、どこにでも売ってるような一般的なローブに見せるというものだ。
その効果を使えば、普通にギルムに入るのは難しい話ではない。
勿論、レイの代名詞となっているデスサイズを手にしたままだったり、それとはまた別の意味でレイの代名詞であるセトを連れてという訳にはいかないが。
「グルゥ……」
レイの考えを十分理解しているセトだったが、それでもこの状況で自分がレイと離れて行動するのは寂しい。
そんなセトの様子を見たレイは、セトの身体を撫でながら口を開く。
「いいか? セトは俺がギルムに向かったらマリーナの家に降りてくれ。いつものように空から移動すれば、マリーナの家の周囲に集まっている者達が自然とセトの姿を確認して、そっちに注意が集まるから」
それはセトを囮にするということだった。
もっとも、セトがマリーナの家に降りたことで注意を集めるのは間違いなかったが、その家から出なければマリーナの家の周辺にいる者達は何も出来ない。
それどころか、セトが……つまり恐らくはレイも一緒にマリーナの家に降りてきたということで、今度こそ接触したいと思う者達はマリーナの家の周辺に人を集めるだろう。
そうなれば、街中にいるレイと接触しようと思っている者達もそちらに向かう。
ただ、当然ながらそちらに行くのは貴族街に入ることが出来る者……つまりは貴族街の貴族に雇われているのか、何らかの理由で貴族街に入ることを許されているような者達だけだが。
「けど……本当に大丈夫なのか? セトの件はそれでいいとしても、ギルムに入る時は警備兵にギルドカードを見せる必要があるだろう? だとすれば、そっちで気が付かれて大騒ぎになる可能性も否定出来ないと思うけど」
「その辺は、ある意味運だな。警備兵によっては騒動になるかもしれないが、それなりの経験を積んだ警備兵なら、俺がこっそり戻ってきたところで騒いだりはしない」
「なるほど。そうなると、レイがどういう警備兵に手続きをして貰うかになるのか。運だな」
レイの言葉の意味に納得した冒険者の一人が、そう呟く。
「ああ。そんな感じになる。上手い具合にいけばいいけど……」
「それで、もし駄目な奴に当たったらどうするんだ? もしまだ若い奴がレイを見て、ここにレイがいると叫んだりした場合」
話を聞いていた冒険者の一人が最悪の未来を口にする。
もしそうなった場合、セトの陽動云々は全く意味をなさなくなるだろう。
それこそ、限られた者しか入れない貴族街よりも多くの者が街中にはいるのだから。
「そうなったら……そうだな。逃げるしかないな。フードを被って人混みに紛れ込めば、そう簡単に見つかるようなことはないだろうし」
そんなに上手くいくのか?
冒険者や樵達がそんな視線をレイに向けてくる。
しかし、レイはその辺についてはあまり心配していない。
人混みに紛れるのが上手くいくのかと言ってる者は、ドラゴンローブの能力を知らないから、そのように思っているのだ。
だからといって、レイはその能力について知らせるつもりは全くなかったが。
「寒くなってきて、ローブを着てる奴も街中には結構いるし、俺がフードを被って紛れ込めば見つけるのは難しいと思うぞ」
そんなレイの言葉に、そう言うのならと話を聞いていた者達も納得するのだった。