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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国との戦争
302/3865

0302話

「……え?」


 ほんの一息で自分の両肩から先が斬り飛ばされたという光景が信じられなかったのだろう。間の抜けた声を上げるルノジス。

 だが、次の瞬間には両肩から激しく血が噴き出し、これまでに経験した覚えもない程の激痛がその身を襲う。


「ぐわああああああぁぁぁぁぁっ! 痛い、痛い、痛いぃぃぃっ!」


 激痛に耐えかねたのだろう。そのまま地面を転がり回り、周囲の地面を血で汚す。


「レイさん……ちょっとやりすぎじゃないですかい?」


 どこか呆れた様な口調で呟くのは、こちらもいつの間にかレイの近くに来ていた冒険者の男。自分を裏切った相手だというのに、さすがに両肩から先を切断されたというのは見るに忍びなかったらしい。


「そうか? ……で、結局お前は俺の敵じゃないと判断していいのか? こいつに騙されたのは分かったが」

「そりゃ当然でしょう! あっしがレイさんに敵う訳がないじゃないですか!」


 レイと敵対するなんてとんでもない、とばかりに激しく首を横に振るう男。

 数秒程ルノジスの悲鳴を聞きながらじっと男へと視線を向けていたレイだが、やがて小さく溜息を吐く。

 実際、レイをここに連れてきたのは事実だが、それでも自分諸共にルノジスに殺され掛かった相手ではあるのだ。それを考えれば、少なくても自分の敵ではないだろうと判断する。


「お前のことは取りあえず置いておこう。今はそれよりもこいつだな」


 手に握られているデスサイズの柄をクルリと返し、その巨大な刃を地面で転げ回っているルノジスの首筋へと突きつける。

 さすがに自分の首に触れている死の象徴には気が付いたのか、ルノジスもそれ以上動くことなく、激痛による絶叫を堪えながらレイを見上げる。

 自分は侯爵家の次期当主であり、冒険者風情とは圧倒的に存在価値というものが違っていた筈だ。それなのに何故このような目に遭っているのかが分からず、それでもこのままでは自分の命が危ないというのは理解出来た為だ。

 普通の者ならこの状態でなら命乞いをするのだろう。あるいは黙って死を受け入れる者もいたかもしれない。だが、貴族としてのプライドが高いルノジスにそのような真似は出来なかった。冒険者風情に命を握られているという状況が許せなかったのだ。故に。


「貴様、貴様ぁっ! 次期イマーヘン侯爵家当主である私に対して、このような無礼……許されると思っているのかぁっ! 許さん、絶対に許さんぞ貴様! 必ず後悔させてやる。貴様の友人知人恋人親類、その全てに私に対してこのような仕打ちをした罰を与えてくれる!」


 両肩から先を切断され、激痛に苛まれながらもレイを睨みつけるルノジス。既にその視線にあるのは嘲りといったものではなく、憎悪や殺気といった色に染まっている。確かにこのままここでレイが何もせずに解放すれば、自らが口にしたような真似をするのは確定だった。しかしルノジス最大の失敗は、それを口に出してレイへと告げたこと。

 瞳に憎悪を宿して睨みつけてくる相手を見下ろし、口元に嘲笑を浮かべるレイ。そのままルノジスの首もとに突きつけたデスサイズの刃をゆっくりと進めていく。ゆっくり、本当にゆっくりと進んでいくその刃は、しかしルノジスの喉の皮を微かに斬り裂き、確実に、止まることなく刃を進める。

 やがて自分の首を目掛けて刃が進んでいるのに気が付いたのだろう。両肩を失った痛みで暴れていた動きをも止め、驚愕の瞳をレイへと向けるルノジス。


「お、おい! 貴様、何をしている! この私を殺す気か!? いいから、とにかくその下品な武器を私から遠ざけろ!」

「何故だ? 俺に敵対すると言っている相手を処理出来る機会があるんだぞ? ならそのまま処理してしまえば問題無いだろう」


 処分ですら無く、処理。まるで物か何かを相手にするようなその言葉に、さすがに自分の現状を理解したのかルノジスの顔が狼狽の色に染まる。


「ふざけるな、貴様! 貴族であるこの私を殺すつもりか!?」

「ああ」


 まるで、今日の天気は晴れでしたね、と言われた時に頷くような気安さで頷くレイ。

 ことここに至って、ようやくルノジスは理解する。目の前にいるのは、貴族に対して欠片程の敬意すら持っていない存在なのだと。邪魔をすれば、それこそゴミでも片付けるかのように命を奪うのだと。

 気が付くのが遅かった……とは言えないだろう。ミレアーナ王国において、あるいはエルジィンという世界において、貴族というのはそれ程に特別な存在と見られているのだ。勿論貴族を貴族とも思わないような者もいるのだが、幸か不幸かルノジスはそのような者達に会ったことは無かった。


「元々、俺に絡んできた貴族を処理するという許可は貰っている。そしてお前が俺を謀殺しようとしたのも事実。なら、何故ここで処理を躊躇う必要がある? 幸い、ここで誰かが死んでも気が付く者はいないだろうしな」

「まっ……」


 ルノジスが何かを叫ぼうとした、その時。デスサイズの刃が首を刈り、両腕から流れている血よりも尚高く、噴水のように血が噴き出す。……筈であった。刃の動きを止めるように、冒険者の男が持っていた長剣をデスサイズの柄の上に乗せていなければ。

 本来であれば、長剣1本の重量があったところでレイの振るうデスサイズに何ら影響を与えようも無い。だが、それでも動きを止めたのは冒険者の男の行動を疑問に思った為だ。

 尚、ルノジスは死の恐怖に耐えられなかったのか気を失って地面へと倒れ込んでいる。股間の辺りが濡れているが、それが何の液体であるのかは言うまでも無い。

 気絶はしたものの両肩からは未だに血が吹き出ており、このまま放っておけばそう遠くないうちに失血死するのは確実だろう。

 あるいは、それを狙って一思いに殺すなとしたのかと思って冒険者へと視線を向けるレイだったが、デスサイズの柄の上に剣を乗せた男の視線はレイではなく林の方へと向けられていた。


(そう言えば、矢が撃たれて来ないが)


 そう思った時、唐突に茂みを掻き分けながら1人の男が林の中から姿を現す。

 当初はルノジスの部下の騎士かと思っていたのだが、姿を現したのはレイも知っている顔だった。

 顔に幾筋もの切り傷が付けられており、見るからに山賊としか思えない迫力のある容貌。そして手にはバトルアックスが握られている。


「エッグ?」


 そう、林の中から姿を現したのは紛れも無く盗賊団草原の狼の首領でもあるエッグだった。


「おう、そっちもどうやら無事だったらしいな」


 無事で当然といった風な口調で、バトルアックスを持っていない方の手を上げて声を掛けてくるエッグに不思議そうな顔をしつつ尋ねる。


「いや、それはそうだが……何でここに?」

「何言ってるんだ。そもそもラルクス辺境伯に対して協力しろって話を持ってきたのはお前だろう?」

「……つまり、この件はダスカー様はお見通しだったと?」

「そういうことになるな。だからこそベルダを巻き込んだ訳だし」

「ベルダ?」


 聞き覚えの無い名前に、首を傾げるレイ。

 そんなレイを見ながら、エッグは苦笑を浮かべながらデスサイズの柄から剣を退かせている冒険者の男へと視線を向ける。


「何だ? 自己紹介もしてなかったのか?」

「いやいや、そんな暇はなかったんでね。……えっと、改めて自己紹介を。あっしはベルダと言いまして、エッグとは古馴染みなんでさ」

「冒険者の古馴染みが盗賊なのか?」

「確かにねぇ。あっしもここでエッグと再会した時は驚きやしたよ。まさか盗賊になって……しかも、あのラルクス辺境伯の下にいるとは思いもしなかったんで」

「うるせえ。こっちにも色々と事情ってのがあるんだよ。……まぁ、とにかくラルクス辺境伯がこの男の怪しい動きに気が付いてな。ベルダを使って引っかけさせて貰った訳だ」


 悪く思うなよ、と告げるエッグ。だが、その口元に浮かんでいるのはとても謝っているとは思えないような笑みだった。

 その笑みを見て、レイもまた今回の事件の大まかな流れを理解する。


「なるほど。俺は餌だった訳だ」

「ま、そういうことだ。いや、それにしても貴族ってのは怖いな。臨時とはいっても自分の部下を餌にして対立派閥の勢力を削ろうとするんだから。しかも、ベスティア帝国に対しては一致団結して立ち向かっていた間柄だってのに」


 おお怖い怖いと、わざとらしく肩を振るわすエッグ。ただし、端から見ればその震えは脅えを隠すのではなく、笑いを隠す為の震えにしか見えない。少なくてもレイの目には。

 ピクリとフードの中でレイの頬が引き攣ったのを感じとったのだろう。ベルダが慌てたように口を開く。


「餌っていっても、食い付いた魚を逆に食う餌なんだからこそラルクス辺境伯も安心して餌にしたんでしょうよ。何しろ、この戦争で異名まで付いたレイさんだ。当然捨て駒にする気は無かったと思いやすよ。……それよりエッグ、この死にかけの坊ちゃんはどうするんだ?」


 これ以上レイを怒らせるのは拙いと思ったのだろう。ベルダは地面で気を失っているルノジスへと視線を向ける。

 両肩から先が失われてはいるのだが、そこから流れている血は何故か既に止まっている。首筋にデスサイズで付けられた傷に関しても、醜い跡は残っているが、それでも既に傷は塞がっていた。


「……なんで傷がもう消えてるんだ?」

「本当だな。……まぁ、こいつが貴族様だってんなら……」


 呟き、ルノジスの様子を確認していくエッグ。そしてすぐ首に掛かっているネックレスを見つけ出す。


「やっぱりな。以前見たことがある。これは1度だけ大怪我をした時に自動的に発動して傷を治すマジックアイテムだ」

「傷を治すっていっても、切断された肩から先はそのままだが?」

「そりゃそうだ。幾ら何でもそこまで高レベルなマジックアイテムじゃないさ。治すって言っても、止血をするとか、死なないようにするとか最低限の治療だよ。しかも使い捨て」


 マジックアイテムという割には、ただの石ころにしか見えないネックレスへと視線を向けるエッグ。使い捨てと言っていたように、ルノジスの両肩の血止めをして込められた魔法の効果が抜けたのだろう。


「まあ、俺としてはこのまま死なれちゃ困るから、助けるんだけどな」


 持っていたネックレスから手を離し、苦笑を浮かべつつ気絶したルノジスを担ぎ上げるエッグ。


「……で、そいつの身柄はどうなるんだ?」

「さて、その辺はラルクス辺境伯が考えることだろ。ま、どう考えてもこいつに幸せな未来なんて無いのは確定だろうが。何しろ、味方の筈のレイを暗殺しようとしたんだからな。それも逆恨みで。おまけに両腕も無くなったし、少なくてもこいつが言っていたように侯爵家の跡を継ぐってことはまず無理だと思うぜ? だからレイもここで引いて欲しい。お前にしても、どうしてもこいつを殺さなきゃいけないって訳でも無いんだろう?」

「確かに殺さなくてもいいんだが、別に殺しても問題は無いんだけどな」


 そう言いつつも、持っていたデスサイズをミスティリングの中へと収納するレイ。

 口では殺しても問題は無いと言いつつも、エッグの言葉でその気が失せたというのが正直なところだった。


(それに、ルノジスにとってはここで死んでいた方があるいは幸せだった筈だ。この先、俺のような冒険者を妬みや嫉妬で暗殺しようとして返り討ちに遭い、そのせいで両肩から先を失ったということが知られれば、まず貴族として死んだも同然だしな)


 内心で呟くレイだが、実際にルノジスはここで生き残ったとしても貴族としての無様な姿を晒したとして、この先光の当たる場所に出て来ることは無いというのは容易に予想出来た。

 あるいは五体満足なら騎士や、プライドの問題にもよるが冒険者として名を挙げることも可能だっただろう。だが、さすがに両腕が無い状態ではそんな真似が出来る筈も無い。


(まぁ、この世界にはマジックアイテムがある以上義手の類が存在する可能性もあるが……どのみち俺がもうこいつと関わり合うことは無いだろうから、好きにすればいいさ)


 視線を一瞬だけエッグに抱えられているルノジスに向け、すぐに興味を失ったかのように視線を外す。


「で、エッグはそいつをダスカー様の所に持っていってお役御免なのか?」

「いや、お前との約束はこの戦争が終わるまでって話だったが……ラルクス辺境伯ってのは俺が考えていた貴族とは随分と違っていてな。もうちょっと付き合うことになった」

「もうちょっと?」

「ああ。ラルクス領軍の諜報やら何やらを担当してみないかと誘われていてな。草原の狼の中でも半分以上が俺と一緒に雇われることになった」

「へぇ……」


 予想外の言葉を聞き、軽く目を見開くレイ。

 その視線には既にルノジスのことなど入ってもおらず、完全に視界の外に置かれている。


「この前まで盗賊やってた奴が、今度は貴族のお抱えにねぇ。あっしも雇ってもらおうかな」


 どこか羨ましそうに呟くベルダに、エッグが肩を竦めて口を開く。


「本当にその気があるのなら……冒険者をやめてもいいって言うんなら、俺としても歓迎するがね。さて、じゃあ俺はこの辺で消えさせて貰うぞ。ラルクス辺境伯にこいつを持っていかないといけないからな」

「ああ、そうしてくれ。他の奴等は……まあ、アンデッドにでもなってセレムース平原を彷徨って貰うか」


 地面に並んでいる幾つもの死体へと目を向けレイが呟き、同感だとばかりにエッグとベルダの2人も頷いて、そのまま3人揃って陣地へと戻っていくのだった。

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