3019話
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レイの口から出た言葉は、長に衝撃を与えるのは十分だった。
黒い塊が何らかの転移能力で、その先に穢れの関係者がいると言われたのだから当然だろう。
「では……あの黒い塊を通して向こうに攻撃をすることが出来ると?」
「どうだろうな。その辺は実際にやってみないと何とも言えない。もしかしたら転移は転移でも一方通行で、向こうからはこっちに来られるがこっちからは向こうに行けないとか、そういうのかもしれないし」
「ねぇ、レイ。そうなると、そもそもあの一番大きな黒い塊はどうやってここに来たの?」
レイと長の言葉に、ニールセンがそう尋ねてくる。
その疑問は、黒い塊が転移能力か何かの影響だとすれば、そもそも最初に大きな黒い塊がどうやってやって来たのかと思ったのだろう。
ニールセンの指摘は、レイにとっても疑問ではある。
どうやって向こうがこの場にやって来たのか、それを理解しろと言う方が難しいだろう。
「その辺は俺にも分からないな。穢れの関係者に何らかの手段があってそんな風にしているとか、そんな感じだとは思うけど。長は何か知らないか?」
レイにとって、穢れというのは未知の存在だ。
そうである以上、穢れについて少しでも知識のある長に何かを知ってるかどうかと尋ねるのは当然だった。
しかし、そんなレイの質問に対して長は首を横に振る。
「申し訳ありません。穢れについては知っていますが、そこまで詳細に穢れについての情報を知ってる訳ではないのです」
「そうか」
申し訳なさそうな表情を浮かべる長だったが、そもそもレイもまた穢れについて詳しい訳ではない。
穢れについての情報を長が持っていないからといって、それでレイが出来ることはない。
(図書館にその辺の情報があったりしないか?)
ギルムにある図書館は、それなりに置いてある本の量が多かった。
なら、そんな本の中に穢れについて書かれていてもおかしくはない。
(あるいはグリムに聞けば分かるか?)
図書館の次にレイが思い浮かんだのは、グリム。
アンデッドではあるが、同時にレイにとっては頼もしい相談相手でもある。
ゼパイル一門が生きていたのだから、その長い時間に蓄えられた知識の中には穢れについてあってもおかしくはない。
そもそも今の状況を考えると、少しでも穢れについての情報を集める必要がある。
……とはいえ、カバーストーリーではグリムを自分の師匠ということにしているレイだったが、まさかそのグリムをダスカーの前に連れてくる訳にはいかない。
もしグリムが穢れの情報を知っていても、師匠から聞いたが、その師匠は既に旅立ってしまったといったように説明する必要があるだろう。
「グルゥ!」
グリムについて考えていたレイは、不意にセトが喉を鳴らしたことでそちらに視線を向ける。
セトの視線を追うと、そこでは爆炎が封じられていた赤いドームが今にも消えるところだった。
「さて、どうなる?」
そうレイが呟いたのは、自分の魔法によって黒い塊を焼きつくす……焼滅させることが出来たかということだ。
出来れば灰になってくれていれば助かる。
しかし黒い塊が一体どのような能力を、あるいは性質を持っているのかは生憎と今のレイにもはっきりと分かってはいない。
そうなると、自分の魔法に自信があるからとはいえ、完全に安心をするといった訳にいかないのも事実。
そんな風に思いつつ、赤いドームを見ていると……炎と共に赤いドームも消え、周囲には熱気も何もない状況となり……そして、赤いドームの中に黒い塊は欠片も残っていなかった。
「どうやら倒したと思ってもいいのか?」
「そうですね。こうして見た限りでは、あの中にいた黒い塊は完全に消え去ってしまったように思えます」
長がレイの言葉に同意し、それによってレイはようやく安堵の息を吐く。
「ふぅ。どうやらこれで本当に対処は出来たみたいだな。……とはいえ……」
レイが途中で言葉を切ると、それを続けるようにニールセンが口を開く。
「倒した分程ではないけど、補充されたわね」
そう、黒い塊の中でも一番大きな個体が、黒い塊を多少の時間差はあれど出し続けているのだ。
つまり、新たに出て来た黒い塊をどうにかしても、それを生み出している個体をどうにかしない限り、それは意味がない。
「では、レイ殿の魔法であの大きな黒い塊を倒してみせますか?」
長のその言葉は、大元を絶つという意味では当然のものだろう。
レイはその言葉に頷こうとし……その動きを止める。
(あの黒い塊がどういうのかは、正直なところまだ分かってはいない。けど、さっき俺が長に言ったように、もし転移の出口ということになっているのなら……出口ではなく、出入り口という可能性も否定は出来ない)
それは一種の思いつき、あるいは閃きといったものだ。
しかし、それでもレイにとってその疑問は間違っていないように思えた。
「長、あの大きな黒い塊に攻撃するにしろ、ちょっとやってみたいことがある。上手くいくかどうかは、正直なところ分からない。分からないが、それでも上手くいけば穢れの関係者達に多かれ少なかれダメージを与えられると思う」
「分かりました。是非やって下さい」
即座にそう言っている長に、提案したレイも驚く。
「いいのか? 具体的にどういうことをやろうとしているのか、まだ言ってないだろう? なら、もう少し話を聞いてから返事をした方がいいと思うが」
「レイ殿のことは信頼してますので」
長にとって、レイは色々と助けて貰った相手だ。
妖精郷に招くといったことは当然だが、それでは足りない程の信頼を寄せている。
そんなレイの言ったことである以上、即座に受け入れてもおかしくはない。
「ちょっと、長。本当にいいんですか? レイですよ? 場合によっては、何かとんでもないことをしてもおかしくないと思うんですけど」
ニールセンは長よりもレイと一緒にいる時間が長い。
だからこそ、このような状況でレイが何かをしようとしているのなら、それがかなり危険なことではないかと考えてしまう。
勿論、最終的にレイのことを信じているかどうかと言われれば、ニールセンも信じていると言うだろう。
それでも、今のこの状況を思えばレイの好きなようにさせるのは危険だと、そう思ったのだ。
「おいおい、長がこう言ってるんだから問題ないだろう? ……さて、そうなるとまず順番はどうするかだな」
「順番!? ちょっと、レイ! 本当に何をしようとしてるのよ!」
順番という言葉に不穏なものを感じたのか、ニールセンはレイが何をしようとしているのか尋ねる。……いや、この場合は追及するという表現の方が正しいか。
「そうだな。幸いなことに……というか、何故なのかは正直分からないが、黒い塊がこっちに襲い掛かってくる様子はない」
仲間がレイの魔法で殺されたにも関わらず、黒い塊は不定形のままで周囲を漂い続けている。
相変わらず黒い塊を見ていると嫌悪感を抱くが、それなりの時間見続けたおかげか、ある程度その嫌悪感を誤魔化せるようになっていた。
「そうね。仲間が殺されたのに何を考えてるのか分からないけど」
こちらはまだレイ程に嫌悪感を受け流すことが出来ないのか、黒い塊に向ける視線は嫌悪感に満ちていた。
「つまり、自意識とか判断能力とかがあるのかどうかは分からないが、ああやって空中を漂ってるだけだ。……もっとも、その漂ってるだけで周囲に大きなダメージを与えてるんだけどな」
レイがそう言った瞬間、まるでその言葉を証明するかのように黒い塊によって木の幹の中央付近を塵とさせられた木が地面に倒れる。
倒れた方向は自分達の方ではないので、特に気にせず言葉を続ける。
「ああいう風にな。そんな訳で、触れれば危険だが触れなければ危険じゃない。なら、こっちに近付いてこない今のうちに、あの大きな黒い塊に向けて攻撃する。攻撃手段は、槍と魔法だろうな。しかも使い捨ての槍」
出来れば、レイもデスサイズや黄昏の槍を使って攻撃を行いたい。
しかし、もし大きな黒い塊が予想通り転移の出入り口であった場合、黒い塊の空間そのものが破壊される可能性もあった。
そうである以上、デスサイズや黄昏の槍をこの状況で使いたいとは思わない。
使ってもいいのは、それこそ使い捨ての槍と魔法だろう。
他にも幾つか攻撃手段はあるものの、手っ取り早くて威力もあるとなるとすぐに思いついたのはその二つだった。
問題なのは、魔法と槍の投擲は同時に出来ないということだ。
つまり、順番に攻撃をする必要がある。
(魔法を発動寸前で止めておいて、槍の投擲をしてから即座に魔法をつかう。これが一番いいんだろうけど、魔法を途中で止めるといった真似は出来ないしな。もしかしたら出来るのかもしれないが、練習は必須だろう)
今の状況で出来ない以上、それは選択肢に上げなくてもいい。
そうなると、やはり問題になってくるのは槍の投擲と魔法のどちらを最初に行うかだが……
「槍だな」
考えを口に出す。
レイの使う魔法は、当然のように強力だ。
大きな黒い塊に向かって魔法を使えば、槍の投擲をするよりも前に大きな黒い塊が燃えつきてしまうかもしれない。
なら、まずは数本の槍を投擲して、最後に魔法を使って攻撃をすればいい。
そう判断し……
「グルゥ!」
レイに向かってセトが鳴き声を上げる。
自分のことも忘れないで欲しい、と。
そんなセトに、レイは笑みを浮かべて口を開く。
「そうだな。俺が攻撃をするんだから、セトが一緒に攻撃をしないって選択肢はないか」
大きな黒い塊に攻撃するのは、遠距離からの攻撃だ。
セトが持つスキルの中でも、パワーアタックのようなスキルは使えないものの、それ以外にもセトには遠距離攻撃用のスキルは複数ある。
それを使わない手はない。
「では、私も攻撃をしましょうか?」
レイとセトの話を聞いていた長がそう尋ねる。
穢れの大元とも呼ぶべき場所に攻撃をするのだから、自分もそれに協力をした方がいいだろうというのは、長にとって当然のことだった。
問題なのは、この状況で一体どのよう攻撃をするのかということだろう。
「えっと……その、じゃあ私も攻撃した方がいいの?」
話の流れから、自分も攻撃をした方がいいのかと尋ねるニールセン。
長ではなくレイに尋ねたのは、この攻撃に関してはレイが主導権を持っているからと判断したのだろう。
「いや、あの大きな黒い塊に攻撃する以上、出来るだけ強力な攻撃の方がいい。長はともかく、ニールセンはそういう強力な攻撃手段はないだろう?」
「う……そう言われればそうだけど……」
レイの言葉に、ニールセンは反論出来ない。
ニールセンは悪戯や相手の行動を阻害するといったような魔法は得意だったが、純粋な攻撃魔法となると、殆どない。
そんなニールセンが攻撃をするようなことになっても、その効果はあまり期待出来ない。
「俺達は攻撃をするから、ニールセンは周囲にいる黒い塊が妙な動きをしないかどうかを警戒しててくれ」
レイの言葉に、ニールセンは頷く。
他にやるべきことがないから、というのもこの場合はあるのだろうが。
「よし、じゃあ……いいか? セトと長の攻撃は、俺が槍を投擲するのと合わせてくれ」
「分かりました」
「グルゥ」
ミスティリングの中から使い捨ての槍を一本取り出す。
レイとしては、本命の攻撃はあくまでも魔法だ。
槍は相手がどう行動するのかを読むというのが主な目的なのだ。
(ここまで言っておいて、実はあの大きな黒い塊が転移の出入り口とかじゃなくて、普通に死んだりしたら……うん。それはそれでちょっとどうかと思う。もっとも、この大きな黒い塊を倒すことが出来れば、それが最善なのは間違いないんだろうけど)
槍を手に、レイはセトと長に視線を向ける。
レイの視線を受けると、双方共に頷く。
攻撃の準備はもう出来ていると、そう態度で示したのだろう。
「よし。なら……行くぞ!」
その言葉と共に、レイは身体の捻りも使って全力で槍を投擲する。
同時にセトはウィンドアローによる風の矢を放ち、長もまたレイには理解出来なかったが何らかの不可視の攻撃を放つ。
本来ならセトの持つスキルの中でレベルが高いのは水球やアイスアローだ。
だが、レイの魔法が炎系であることを考えると、セトも水や氷系のスキルは遠慮したのだろう。
真っ直ぐに飛んでいった槍は……レイの予想通り、大きな黒い塊の中に入っていく。
貫いたのではないのは、黒い塊の反対側から槍の穂先が出て来ないことが何よりも証明しているだろう。
それを見ながら、レイはデスサイズを手に呪文を唱える。
『炎よ、汝の力は我が力。我が意志のままに魔力を燃やして敵を焼け。汝の特性は延焼、業火。我が魔力を呼び水としてより火力を増せ』
呪文と共に、デスサイズの真上に十個の火球が浮かび上がり……そして解き放たれる。
『十の火球』
魔法が発動し、十の火球は大きな黒い塊の中に突っ込んで行くのだった。