3000話
祝!3000話達成です。
ここまで投稿することが出来たのも、読者の皆さんがレジェンドを楽しんでくれたおかげです。
ありがとうございます。
これからも頑張って書いていきますので、よろしくお願いします。
結局レイが冒険者になるように勧めても、ボブがそれを受け入れることはなかった。
ボブにしてみれば、ある意味でそれが信念にでもなっているのではないか。
そうレイには思えたが、それならそれで特に問題はない。
レイにとっても、ボブが冒険者になった方が色々と安全だろうとは思うものの、それはあくまでもレイが思うことだ。
それをボブに強制するような真似は出来ない。
(ボブが冒険者になるのが嫌だってのは、以前同じような話をした時の経験からも分かっていたけど、正直なところこれはちょっと予想外だったな。もしかしたら、以前冒険者と何らかのトラブルがあった可能性もあるか)
冒険者でもないのに、猟師が一人で旅をしながら狩りをしているのだ。
動物やモンスターを射殺したとき、その素材や肉、魔石を売るといった場合に冒険者と遭遇することがあってもおかしくはない。
そして冒険者にしてみれば、そのよう真似をするボブの存在が面白くないと思えば、絡むといったようなこともあるだろう。
冒険者であれば、弓を使う者であっても近接戦闘の技術を多少なりとも磨いてもおかしくはない。
しかし、ボブの場合は純粋な猟師なのだ。
近接戦闘の技量を磨く必要はなく、だからこそ至近距離で冒険者に絡まれたりした場合、対処が難しい。
実際には猟師の中にも相応の近接戦闘の技術を持った者はいる。
ボブは違うが、何らかの理由で獲物との間合いが近くなったとき、近接戦闘の技術があれば対処出来るのだから。
特にゴブリン辺りと遭遇した時は、向こうの数が多いだけに矢で一匹ずつ殺すといった真似をしても数に負ける。
……場合によっては、仲間が次々に射殺されたことで怖くなり、ゴブリンが逃げ出すという可能性も否定は出来なかったが。
「さて、こうして話していてもなんだし……そろそろ料理を作るか。今日も何だかんだと色々とあったから、夜は少し早く眠りたいし」
ボブと冒険者について考えていたレイだったが、すぐに考えを切り替えてそう告げる。
実際、今日のレイは本当に忙しかった。
ただでさえ、現在のギルムにおいてレイはクリスタルドラゴンの一件で多くの者に狙われている――という表現は決して大袈裟ではない――のだが、そんなギルムに一日のうちで二回も行ったのだ。
二回目はマリーナの家からレイが出るようなことはなく、ダスカーの方から来てくれたが……その後、ダスカーの要望でセト籠にダスカー達を乗せてギルムから出るといったようなことになってしまった。
その後も穢れについてやランクBモンスターについてといったように色々とあっただけに、レイも今日はかなり疲れている。
ある意味で充実した一日だったと表現出来るかもしれないが、レイにとってはこのような充実ぶりは遠慮したい。
「ボブはランクBモンスターの肉はどう料理して食べたい?」
「そんな特別なお肉となると、一体どういう風にして食べるのがいいのか、ちょっと分かりませんね。どんな風に食べても、十分に美味しいと思いますけど」
ただの猟師のボブは、当然ながら高ランクモンスターを倒すといった真似は出来ない。
そうである以上、ボブにとってはこのようなモンスターの肉は初めて食べるのだ。
それだけに、具体的にはどういう風に食べればいいのか分からないのは当然だった。
「ニールセンはスープって意見があったんだが」
「それでもいいですね。そういう肉をどうやって食べるのかは、レイさんの方が詳しいです。だからこそ、どうやって食べるのかはレイさんにお任せします」
「取りあえず、スープで試してみるか。海鮮系のスープじゃなくて、野菜スープに黒豹の肉を入れてみる」
野菜のスープの中には野菜だけではなく、干し肉が入っていたりする。
そうである以上、肉を入れてもそう大きな違和感はない。
それどころか、黒豹の肉の旨みがしっかりと出て、かなり美味いのではないかと思ってしまう。
「分かりました。レイさんがそう判断したのなら、僕はそれで構いません。焚き火の準備とかしますね」
ボブは言葉通り、どう料理すればいいのかを完全にレイに任せているのか、スープに入れるというレイの言葉に反論せず、焚き火の準備を始める。
本来なら、ミスティリングの中にスープは出来たての状態で入っているので、焚き火を用意する必要はない。
しかし生の肉に火を通す必要がある以上、ミスティリングから取り出したスープに入れるだけでは、ちょっと弱い。
勿論、スープは出来たてのままミスティリングに入れており、その状態のままだ。
出せば出来たてで少しも冷えていない状態なので、余熱で火を通すといった真似も出来るだろう。
だがそうなれば当然だがスープが幾分か冷めるのは間違いない。
その為、スープを焚き火で温めなながら肉に火を通す必要がある。
(スープに肉を具材として入れるにも、色々と方法があるんだよな)
例えば炒めてから肉をスープに入れると、肉にはもう火が通っているので、スープが冷めることはない。
ただし、炒めた肉を追加で入れるので、スープの繊細な味を大きく壊す可能性があった。
そうならないようにするには、やはりスープで肉に火を通すのがいいのだろうが、そうなればそうなったで、肉の切り方によっても火の通り方や噛んだ時の食感といったものが違ってくる。
細切りにするか、薄切りにするか、一口大にするか……肉の切り方一つとっても、それによって大きな違いが多数あるのだ。
もっとも、レイはそこまで料理に詳しい訳ではないし、美味い料理は好きだが極端な美食という訳でもない。
……レイの身体は鋭い五感を持っているので、当然だが味覚も鋭い筈なのだが、酒を美味いと思わない辺り、レイの味覚は基本的にお子様的な味覚が強い。
「さて、まずは肉を切るか」
ボブが焚き火の用意をしているのを見ながら、レイは黒豹の肉を切っていく。
色々な切り方があるが、レイが選んだのは薄切り。
幸いにも……という表現はどうかと思うが、この世界に来てレイは刃物の取り扱いには慣れていた。
本職の肉屋程とはいかないが、素人としてみればそれなりに立派に肉を薄切りにしていく。
「ねぇ、レイ。この肉の食感を活かすには、薄切りじゃなくて他の切り方をしてもいいんじゃない?」
肉を切るのを見ていたニールセンが、そう言ってくる。
串焼きにして味見をした時の食感。
弾力がありつつ、プツリと噛み切れるその食感を楽しむには薄切りよりも一口サイズに切った方がいいというニールセンの言葉も理解出来た。
「そうだな。じゃあそうするか」
そうして料理を進めているうちに、やがて焚き火の準備が完了する。
焚き火の規模を考えると、巨大な鍋……レイがよくスープごと購入する時に買う巨大な寸胴の鍋を暖めるといった真似は出来ないので、もっと小さい鍋にスープを移し、そこに肉を入れる。
「あー! 何かいい匂いがしてる!」
不意に聞こえるそんな声。
とうとう見つかったかと、レイは声のした方に視線を向ける。
するとそこには、数人の妖精の姿があった。
そしてレイの料理をしている姿を見て、嬉しそうに、そして興味深そうにしている。
スープを火に掛けているので、そのスープの匂いが周囲に漂うのは当然だった。
妖精達がその匂いを嗅げば、当然のようにそれに興味を惹かれてこうして集まってくる。
(黒豹の肉は結構あるから、スープはともかく串焼きにして食べさせればいいか。自分達で串に刺した肉を食べさせれば……結構いいかも?)
妖精達がそれぞれに串に刺した肉を持って焚き火の周囲に集まり、その肉を焼いている光景が思い浮かぶ。
どこか微笑ましい光景ではあるが、同時に危険な光景でもある。
(妖精達が焚き火に突っ込んだりは……しないよな? 飛んで火に入る夏の虫ならぬ。飛んで火に入る妖精とか)
もしそうなった場合、間違いなく長を含めた妖精達との関係は悪くなる。
そう思ったが、妖精という存在がそう簡単に燃えたりはしないだろうと思う。
串を取り出し、黒豹の肉を突き刺すと軽く塩を振る。
「ほら、これをあの焚き火で焼いて食え。ただ、焚き火に近付きすぎると火傷をするから注意しろよ」
『わーい』
妖精達が揃って喜びの声を上げ、レイから肉の刺さった串を貰うと焚き火に向かう。
その光景は、見ている者をそれなりにほんわかと幸せな気分になるものだ。
レイやボブはそうだったし、少し離れた場所でスープが出来るのを楽しみにしているセトもまた、面白そうにその光景を眺めていた。
唯一、ニールセンだけが不満そうな様子だったが。
「ちぇっ、何よ。あの黒豹を倒したのは私とレイなんだから、最初に食べる権利があるのは私達なのに」
「ほら、落ち着け。最初に食べるってことなら、解体したときに串焼きにして食べただろ? 他のモンスターの邪魔とかもなかったし、ゆっくりと食べることが出来たんだから」
ニールセンにそう言いながら、レイはそう言えば本当にゆっくりと食べることが出来たなと思う。
モンスターや動物が多数いる中で黒豹の解体をして血の臭いを周囲に撒き散らし、更にはその肉を焼いて食べたことで食欲を刺激するいい匂いが周囲に漂っていた筈なのだ。
普通なら、モンスターや動物がそれに惹かれてやってきてもおかしくはない。
セトがいれば、セトの気配を察してモンスターや動物が近付いてこないということもあるのかもしれないが、黒豹と戦った時にセトは妖精郷で狼の子供達や妖精達、ボブと一緒に遊んでいた。
そうである以上、モンスターや動物がやって来ないということは有り得ないのだが。
(黒豹の気配が理由か?)
黒豹の気配を察知したモンスターが、セトと同じように怖がって近付かないといった可能性はある。
ランクS相当のセトとランクBの黒豹では、その力に大きな差がある。
差があるのだが、それでもゴブリンのような低ランクモンスターにしてみれば、どちらも自分達よりも圧倒的に強いというのは変わらないので、その差は変わらないのだろう。
「美味しい! ちょっ、これもの凄い美味しいわよ!?」
真っ先に肉を焼き終えて食べた妖精の一人が、その肉の味と食感に感激の声を上げる。
すると当然ながら、他の妖精もその言葉を聞いて自分も早く焼き終えて食べたいと、そんな風に思う。
すると続けざまに、多くの妖精達が肉を焼き終えて美味いと叫ぶ。
中にはまだ完全に焼けていない肉を食べている妖精もいたが、美味いと言ってるので取りあえず問題ないだろうとレイは判断する。
(牛肉とかはレアみたいに完全に火が通ってない状態でも、多くの者が食べられる。けど、豚肉は焼き肉をやってる時もよく火を通して食べるように言われていたな。そうなると……黒豹の肉はその辺どうなんだろうな? まぁ、俺の場合は半生くらいで食べても問題ないと思うけど)
レイの身体は、ゼパイル一門の技術によって作られた。
そのような身体である以上、そう簡単に腹を壊すといったことはない。
……勿論、そういうのを食べない方が最善なのは間違いないのだが。
「レイさん、スープの方もそろそろいいと思いますよ」
ボブの言葉にスープを見ると、確かに沸騰とまではいかないがかなり熱くなってきているのは間違いない。
元々が出来たてのスープを購入していたので、最初からある程度温かいままだったのが影響しているのだろう。
ボブの言葉に頷き、スープの中に切った肉を入れる。
「グルルルゥ」
少し離れた場所で様子を見ていたセトが、本格的な料理――出来ているスープに黒豹の肉を追加しただけだが――を始めたレイを見て、楽しみだといった様子で喉を鳴らす。
セトにしてみれば、美味しそうなスープに美味い肉が追加されているので、非常に楽しみなのだろう。
「セトはもう少し待っててくれ。肉に火が通れば出来るから」
レイのその言葉に、セトは残念そうにする。
自分が食べることが出来るスープが完成するのを、楽しみにした様子だった。
「他の料理は……そうだな。どうせならガメリオンの肉も使うか」
そのガメリオンの肉は、ダスカーを連れてギルムの外に行った時に倒した時のものだ。
今年の初物であるだけに、この機会に食べてもいいと思ったのだろう。
ダスカーやマリーナ達に渡してきたので、今頃はそちらでも今年の初物としてガメリオンの肉を食べている筈だった。
であれば、レイも同じくガメリオンの肉を食べるのは悪い話ではない。
「ガメリオン? それは美味しいの?」
レイの呟きが聞こえたのだろう。
最初に黒豹の肉を焼き終えて食べた妖精が、そう聞いてくる。
レイはそんな妖精に、自信満々といった様子で頷くのだった。