0030話
オークが集落を作っている場所から徒歩で1時間程の場所。そこにギルムの街から出発したオーク討伐隊は馬車を止めて各パーティのリーダーがボッブスの張ったテントへと集まって作戦会議をしていた。そしてレイもまた、ソロであったり物資輸送の担当という関係でその会議に呼ばれている。
周囲にはオークや他のモンスターが来ないように冒険者達が警戒しているが、その殆どは緊張している様子はない。
そもそもこのオーク討伐の依頼を受けた冒険者パーティのランクはレイを除いて最低でもランクDというのもあるし、そして何よりグリフォンのセトが警戒をしているというのが大きい。
「さて、ここまでは無事に辿り着いた訳だが……まずはオークの集落の様子の偵察は最低限行いたい。誰か立候補する者はいないか?」
ボッブスのその言葉に、会議に参加しているパーティリーダーの面々は無言で返す。
エルクでさえそれは同様だ。何しろ、雷神の斧のパーティ構成は戦士2人に魔法使い1人。偵察担当の者はいないのでそれもしょうがない。
盗賊を抱え込んでいるパーティもあるが、さすがに危険すぎると判断しているのかこちらも無言を通している。
もっとも、ムルガスのような盗賊を抱えている夜闇の星のリーダーであるセリルは狙いが違っていた。
(ムルガスには新入りの小僧を見張っておいて貰わないといけないからね。機会があったらアイテムボックスを奪うように命令してあるし、オークの集落を偵察するなんて面倒な任務を割り振る訳にはいかない)
内心でそんなことを考えていただけに、ボッブスの視線が自分に向けられた時は一瞬視線が泳いでしまう。
「セリル、お前の所の夜闇の星には盗賊が1人いたな? そいつはどうだ?」
「悪いが、オークの集落を偵察に出すには性格がちょっとな。基本的に臆病なタチなんでね。まぁ、だからこそ敵を最初に発見出来る盗賊なんてやってるんだろうが」
ちなみに、ここでいう盗賊とは人の物を盗むという意味の盗賊ではない。冒険の際に先行偵察やトラップの作成。あるいは迷宮では逆にトラップの解除や宝箱の鍵を解錠するといった意味での盗賊だ。
「……そうか」
そんな意味あり気なボッブスとセリルのやり取りを見守っていたレイが手を上げて尋ねる。
「一応聞いておくが、この場合偵察に行ったりしたらギルドに対する功績と認められるのか?」
「ああ、それは当然だ」
「なら、俺が偵察を引き受けよう」
「……何?」
一瞬、レイが何を言っているのかを理解出来なかったボッブスがそう聞き返す。
「だから俺が偵察を引き受けても構わないと言っている」
「ちょっと待て。お前は盗賊の技能を身につけているのか?」
ボッブスの近くにいたパーティリーダーの1人がそう尋ねてくるが、レイは無言で首を振る。
「その手の技能は身につけてないな」
「なら俺は反対させてもらう。確かに俺のパーティから盗賊は出せないが、それでもわざわざ見つかるのを前提とした偵察には反対だ。もし見つかってみろ。夜襲もパーになるぞ?」
「だな。悪いが俺もそれに賛成だ」
他のパーティリーダーの面々も最初の男の言葉に同意する。
だが、それを見ていたレイは自分の意見が却下されたにも関わらず、笑みすら浮かべて口を開く。
「確かに俺は偵察の技能を持ってる訳じゃない。そして俺が偵察に出て行って見つかれば夜襲が駄目になるという意見は分かる。だが、お前達も知っての通り俺にはセトがいる」
「あ!?」
レイがそう言った途端、何を言いたいのかが分かったのだろう。エルクが大声を出す。
周囲のメンバーがエルクへと視線を向ける中で、レイは話を続ける。
「セトはグリフォンだ。つまりは空を飛べる。そして俺はそのセトをテイムしてるから、当然その背に乗れる訳だ」
そこまで言えば、その場にいる全員がレイがどうやって偵察をするのか理解したのだろう。感心したような表情でレイへと視線を向ける。
……ただ一人、苦々しげな表情をしているセリルを除いて。
尚、この場にいる面々がレイの言ったように上空からの偵察に気が付かなかったのは、空を飛ぶ魔法が非常に高度な魔法であり使える者は極限られているという理由がある。
同時に、オーク討伐隊に参加している冒険者たちの中には当然獣人も存在するが、そもそも獣人という種族の中には鳥の獣人というのが何故か存在していないということもあり、空からの偵察という手段は誰も思いつきすらもしなかったのだ。
ちなみに国の騎士団には竜騎士とよばれる者達もいるが、飛竜を卵の状態から孵してそれを竜騎士の候補と共に育てていくという時間も労力も非常に掛かる存在の為にその殆どは国の軍隊に所属して王都に駐留しており、ギルムの街のような辺境には存在しない。
「ボッブス、セトに乗って上空からオークの集落を偵察するというのは問題あるか?」
「いや、無い。と言うか、やってくれるのなら大歓迎だ」
ニヤリ、とした笑みを浮かべたボッブスが獰猛な笑顔を浮かべながら頷く。
「調べてくる内容は?」
「まず敵の数。それと集落がどこまで出来ているか。後、集落の防御が薄そうな所も分かれば尚良い。それと、これは可能であればだがオークを率いているモンスターがどういう奴かを知りたい。希少種なのか、上位種なのか。……せめて希少種ならいいんだがな」
希少種と上位種。どちらが厄介かと言えば、やはりそれは上位種となる。希少種はあくまでもその種族の中で能力が高い1匹でしかないが、上位種はその名の通りに種族として存在する程の数がいるのだから。この場合の希少種は上位種と能力自体は大差ないと思われる為にオーク達を率いているのが1匹の存在でしかない希少種なら討伐するのはそれ程手間が掛からない、というのがボッブスの説明だった。
ボッブスの言葉に頷き、その場を後にする。
その背へと向けられる憎々しげなセリルの視線を感じながら。
(くそっ、出来ればオークとの戦いが始まる前にアイテムボックスを奪っておきたかったってのに。わざわざ自分から偵察に出るだって? ったく、そこまでしてギルドに媚びを売りたいもんかね)
セリルの内心の思いを薄々察しつつも、ボッブスはその場のパーティリーダー達へと声を掛ける。
「一旦この場は解散だ。レイが偵察から戻ってきたらまた集合して貰うから、近くにいてくれれば何をしていてもいい」
ボッブスの言葉に、その場にいた者達は各々のパーティの下へと戻っていった。
「グルルゥ」
ボッブス達から離れ、自分の下へと向かってきたレイを見て喉の奥で嬉しそうに鳴くセト。たまたま周囲にいた数名の冒険者達は、そんなセトの様子を眼を細めながら見守っていた。
どうやら見張りを共にすることでセトに対する恐怖心が消え去った者も多いらしい。
「セト、ちょっと出るぞ」
「グルゥ?」
「ボッブスに偵察を任されてな。お前ならオークの集落の上を飛べば安全に偵察が出来るだろう?」
「グルルゥ」
了解、とでも言うように小さく鳴き、背をレイの方へと向ける。
「頼むぞ」
その背を軽く撫でてから跨がると、数歩の助走の後にその大きな翼を広げ、まるで空を踏んでいるかのように上空へと駈け上がっていく。
冒険者達はその様子を羨ましそうに見送るのだった。
夏の青空と、白い雲。そしてギラつく太陽光。そんな中をセトは翼を広げて飛んでいる。かなり高い高度を飛んでいるので、地上にいるオーク達がたまたま上空を見たとしても鳥か何かだと判断するのが精々だろう。
その背に跨がったレイは、眼下にあるオークの集落を観察していく。通常の人間ならこの高さから地上を見ても偵察は難しいだろうが、そこはゼパイル一門の魔力と技術を結集して作成された身体だけあり、特に苦労せずに地上の様子を探ることが出来た。
ボッブスからは最低50匹のオークと言われていたが、集落の規模はその予想を超えて大きい。恐らく100匹近いオークが存在しているのではないだろうか。ただ、逆にそれがオーク達にとっては不運だったのだろう。集落はまだ完全に出来上がった訳では無く、東側一帯は殆ど手付かずの状態となっている。それでも一応は警戒しているのだろう、東側には数名のオークが歩哨をしている様子が上空からでも確認できた。
「あの中心部にある他よりも大きめの建物が恐らくこのオークを率いている者の住処だな」
他のオークが住んでいると思われる建物は、藁や木を適当に組み合わせたような粗末な物だ。だが、その中央にある建物だけは周囲の物に比べて明らかに手間が掛かっている。……それでも、ギルムの街にあるような家々と比べたら粗末な物ではあるのだが。
「オークの数と、集落の状況は確認した。後は、このオーク達を率いているオークを確認できればいいんだが……いや、どのみち俺の知識では希少種か上位種かの判断は出来ないんだろうがな……ん?」
呟いたその時、レイの目に1匹のオークの姿が入って来た。普通のオークより1周り程大きく、他のオークが上半身裸であるのに対してそのオークは粗末な物ではあるが何らかの鎧を身につけている。
「あれがオーク達を率いている個体か?」
「グルゥ」
呟いたレイに、セトが鳴きながらオークの集落、先程まで見ていた場所から少し離れた場所にいるオークへとレイの注意を促す。
「……なるほど」
セトの示した場所にいたオーク。そのオークもまた、他のオークよりも1周り程大きい体格に何らかの鎧のような物を身につけている。
そして注意深く集落の様子を見てみると、他にもポツポツと同じようなオークのが存在していた。
「となると、あの鎧達はこのオーク達の中でも幹部とか将軍とかそういう感じな訳か。……ん?」
次に目に入ってきたのは、オークが集まっている場所だ。集落の北の位置にある掘っ立て小屋。その小屋の周囲には20匹近いオークが集まっている。
「何だ? 食料庫か何かか?」
そう思った次の瞬間、その小屋から何かが飛び出したかと思うとそのまま集落の外へと向かって走り出し……小屋の側にいたオーク達に寄ってたかって押さえつけられる。常人よりも遥かに鋭いレイの視線は、その飛び出てきた何かをしっかりと確認してしまっていた。服の残骸だろうと思われる布きれを身体に身につけ、殆ど全裸と言ってもいい人間の女だ。
耳に意識を集中すると『いやぁっ、もうやめて! お願いだからもうこれ以上私を汚さないで!』という声が微かに聞こえてくる。
その様子に眉を顰めつつ、オークが繁殖で使うのは人間の女だとゼパイルの知識にあったことを思い出す。
「助けるか? ……いや駄目だな」
個人的な感情だけで言えばあの場に突っ込んでいって、あそこにいるオーク共を皆殺しにしたい。だが、そうすれば確かにあの小屋の近くにいるオークは始末出来るだろうが、他の大部分のオーク達に警戒心を抱かせてしまうだろう。それは結局今夜行われる筈の夜襲を失敗させる要因になりかねず、最終的には討伐隊の犠牲と逃げ延びるオークの数に直結するだろう。
「……今夜だ。今夜まで頑張れば助けてやる。だから諦めるな」
小屋に引っ張り込まれた女に聞こえないとは知りつつも、小さく呟く。
レイ自身もまた、現在感じている怒りを今夜の夜襲でオーク達にぶつけてやろうと決意しながら小屋に連れ戻される女から意識して目を逸らして偵察を続ける。
「やっぱり殆どのオークが持ってる武器は剣と棍棒だな。それと盾持ちも数人。……弓を持ってるのもそれなりにいるな」
弓を手に持ち、矢筒を背中に背負っているオークが集落の中を歩いているのを確認する。そして……
「杖持ちもいるか。あれがオークメイジだな」
数匹ではあるが、杖を持ったオークの姿も見ることが出来た。
「よし、偵察はこのくらいで十分だろう。セト、戻るぞ」
「グルゥッ!」
レイの声に鋭く鳴き、翼を広げてオーク討伐対が陣地を作っている場所へと戻っていく。
「オーク共、今夜がお前等の最後の日だ。夜までの貴重な時間をせいぜい楽しむんだな」
レイが残した冷たい言葉をその場に残して。
セトが滑空するようにして地面へと着地すると、それを見ていた周辺の冒険者達が思わず拍手をしながら出迎える。
だが、笑顔を浮かべながらレイへと声を掛けようとした数人の冒険者達は、レイの顔に浮かんでいる冷たい笑みを見てオークの集落で何があったのかを理解したのだろう。そのままボッブスの下へと向かわせるのだった。
「グルゥ」
その背後では心配そうに鳴くセトへと数名の冒険者達が干し肉を与えたり、頭を撫でたりしていたが。
そんなセトをその場に残し、ボッブスの下へと向かっていたレイだったが、その肝心のボッブスがレイを出迎えるようにして向かって来ていた。
「レイ、戻ったか」
「ああ」
「偵察はどうだった?」
「大体は見てきた」
「分かった。お前が戻ってきたと報告を受けて既にパーティリーダー達は集めてある。来てくれ」
そう告げて先を進むボッブスの後を追うレイ。その様子に多少おかしなものを感じたボッブスだったが、今は何よりも偵察の結果を聞くのが最優先だと判断して余計なことは言わずに会議の場であるテントへと向かう。
そこには確かにボッブスが言った通りにパーティリーダー達が集まっており、それぞれがレイの無事な姿を見てほっと安堵の息を吐く。
それはミスティリングを狙っているセリルも同様だった。もっとも、セリルに関しては獲物が偵察でドジを踏んでオークに殺されなくて良かったという安堵だったのだが。
レイが座ったのを見てボッブスが口を開く。
「さて、レイ。早速だが偵察の結果を報告してくれ」
「ああ。まずオークの数だが、こちらの想定していた50匹を大きく上回る。恐らく100匹はいるだろう」
100匹。その言葉が出た瞬間にパーティリーダー達が頬を引き攣らせる。
討伐隊としては50匹を相手にするつもりだったのだから無理も無い。
「落ち着け! 最初に言っただろう。オークの数は最低でも50匹だと。数が増えるのは予想出来ていた」
「だが、倍になるなんて話は聞いてないぞ。ここは一旦街へ戻ることを考えてもいいんじゃないか?」
「……そして、ギルムの街にオークの被害が出るのを見過ごせと?」
「それは……」
撤退を進言した者も、ここで退けばギルムの街に被害が出ると言われては強硬に自分の意見を押し通すことは出来ない。それにその人物にしてもギルムの街に友人、知人がいるのだ。それがオークの犠牲になるのを良しとするのかと言われればそれには頷けないのだろう。
「それと、オークの数がこちらの予想以上だったという理由もあるんだろうが、集落はまだ作りかけだな。東側は殆ど手付かずだ。もっとも、その代わりに歩哨の存在を確認したが」
「そうか、東側は手薄か。それはいい情報だな。夜襲の際の参考にさせて貰う」
「そうしてくれ。それと、オーク達の中に普通のオークよりも一回り程身体が大きくて鎧を装備している奴がいたな」
「……オークジェネラルだな。オークの上位種のうちの1種類だ」
「他にも弓持ち、杖持ちを数匹ずつ確認した。オーク達を率いている個体は残念ながら見つからなかったが……集落の中心に他のよりも立派な建物が建っていたから、恐らくそこにいるだろう」
「オークアーチャーとオークメイジか……集落の中心だな」
「ああ。……それと、最後に1つ。集落の北に掘っ立て小屋があるんだが、そこに人間がいるのを確認した」
オークの集落に人間。それを聞いた他の者達は顔を強張らせ、ボッブスが口を開く。
「それは……女、か?」
「ああ。オーク達が繁殖用にどこからか掠ってきたんだろうな。俺が見た時は一応まだ生きてはいたが……」
「そう、か。……他に何か気が付いたことは?」
「いや。これで全部だ」
「そうか、分かった。なら夜までは休んでいてくれ。夕食の時に作戦を説明する」
ボッブスの言葉に小さく頷き、テントを出て行く。
夜襲開始まで残り数時間。それぞれが戦闘準備を始めるのだった。