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レジェンド  作者: 神無月 紅
妖精のマジックアイテム
2992/3865

2992話

 妖精郷の中を進んでいたレイは途中で何人かの妖精に声を掛けられるも、穢れの件で長に用事があると告げると例外なく離れていった。

 そこまで怖がられるのは、妖精郷を率いる長としてどうなんだ? と思わないでもなかったが……それでも妖精郷を治めているのだから、一方的に怖がられているだけではないのだろうと思う。

 長のいる場所までもう少しといったところで、レイは少し離れた場所から妖精郷で育てられている二匹の狼の子供とボブ、そして数人の妖精が近付いてくるのが見えた。


「ワオオオオオン!」

「ワウワウワウワウ!」


 狼なのか犬なのか。

 近付いてくると、真っ先にセトに甘えている狼の子供達を見ると、素直にそんな風に思ってしまう。

 狼と犬は近しい存在なのだから、それを考えればこの結果はそう間違ってはいないと思う。

 間違ってはいないと思うが、それでもやはり狼と犬は違う存在だろうと、そう突っ込みたくなるのは間違っていないだろう。


「レイさん、戻ってきたんですか? 一旦こっちに戻ってきてから、まだギルムに行ったと聞いてましたが」


 狼の子供達と一緒に遊ぶセトを見ていたレイは、ボブの言葉に頷く。


「ああ、用事は終わったから。それでボブは……いや、何をしてるのかは聞くまでもないか」

「あははは。そうですね。妖精達や狼の子供達に遊んで貰っています」


 嬉しそうに告げるその様子は、心の底から自分も楽しんでいるからだろう。

 元々が好奇心が強く、妖精との相性もいいボブだ。

 それだけに、妖精達や狼の子供達と遊ぶのは自分にとっても嬉しいことなのだろう。


「妖精郷に入れてよかったといったところか?」

「そうなります。それに……もし妖精郷に来ていなければ、穢れによってどうなっていたか分かりませんから」

「……だろうな」


 ボブのその言葉には、レイも素直に納得する。

 死体が穢れに侵され、最終的には黒い塵の人型となったのをその目で見ているのだ。

 それを考えると、もしボブが穢れを宿したままだった場合、一体どうなっていたのかは分からない。

 それこそ、最悪の場合は黒い塵の人型に……いや、それよりも更に酷い存在になっていた可能性もある。

 妖精郷に来たからこそ、そのようなことにはならなかったのだ。

 ボブにとっては、まさに九死に一生を得たといったところだろう。


「俺は長に用事があるけど……セトは狼の子供達と一緒に遊んでいたいようだし、ここに置いていってもいいか?」

「グルルゥ?」


 レイの言葉が聞こえたのだろう。セトはレイに向かって、自分はここに残っていいの? と喉を鳴らす。

 友達のイエロと別れたばかりである以上、寂しさを埋めるという意味で狼の子供達と一緒に遊ぶのは、セトにとっても悪い話ではなかった。

 特に妖精郷を囲んでいる霧の中で行動している狼達は、セトを怖がっている。

 それだけに、狼の子供達が怖がらず……それこそ遊んで欲しいと、構って欲しいとやってくるのは、セトにとっては非常に嬉しい。


「ああ、俺は長と話をしてくるから、セトはこの辺りで遊んで待っていてくれ」


 レイと長が穢れについて話している時、そこにセトがいても特にやることはない。

 そうなると、ただ暇なだけになってしまう。

 それならセトをここに残していった方が、セトにとっても暇を持て余すよりはいいだろう。

 レイの判断に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。

 そんなセトを一撫ですると、レイは次にボブに声を掛ける。


「そんな訳で、俺は長に会いに行ってくる。セトの面倒は頼む」

「任せて下さい。もっとも、面倒を見るというよりは僕が一緒に遊んで貰うといった感じになりそうですけどね」

「そうかもしれないな」


 そんな風に言葉を交わし、レイはその場を後にする。

 何人かの妖精は、お菓子を目当てにレイと一緒に行動しようとしたものの、改めて自分は長に会いにいくのだと言うと、あっさりと散っていった。

 セトをその場に残して進み、やがてレイは目的の場所に到着する。


「長、いるか?」


 軽く見回したが、そこに長の姿はない。

 なので軽く呼び掛けると……


「すいません、少し待っていて下さい。今はちょっと私もニールセンも手が離せないので」


 どこからともなく、そんな声が聞こえてくる。

 魔獣術でスキルを習得したり強化したりした時のアナウンスメッセージのように頭の中に直接響くのではなく、普通の肉声だ。


(けど、長はどこにもいないな。どうなってるんだ? いやまぁ、この状況で俺が出来るようなことはないんだから、長の言葉通りに待ってるしかないんだけど)


 周囲を見ても、そこに長とニールセンの姿はない。

 そうなると、ここでレイが出来ることはない。

 ただ、長とニールセンが戻ってくるのを待つだけだ。

 取りあえず暇潰しでもするかと考え、ミスティリングの中から干した果実を取り出す。

 一口食べると、口の中に強烈な酸味と微かな甘さが広がる。


「酸っぱ! ……普通、逆じゃないか?」


 強烈な甘さと微かな酸味であれば、干した果実の味としては納得出来る。

 だが、口の中に広がる強烈な酸味は、レイが思わず不満を言う程のものだ。

 それでもその強烈な酸味と微かな甘みがそれなりに癖になり、一口、また一口と食べる。

 酸っぱさは気になるものの、こうして食べていると美味いと感じることもあるのは間違いない。

 そうして干した果実を食べていると、不意に声が響く。


「あ、いいな。私が忙しくしている時に、レイだけそうやって美味しそうなのを食べてるの?」


 その声はレイにとっても聞き覚えのあるニールセンの声だ。

 先程のように、どこからともなく声だけ聞こえてきたのか……と思ったのだが、少し離れた場所にニールセンが浮かんでいるのが見える。


「もういいのか?」

「何とかね。それより、レイもいいのを食べてるじゃない」


 羨ましそうに……そしてよくも森で自分を見捨てたなといった恨めしそうな、そんな二種類の視線と共に自分を見てくるニールセンに、レイは果実を渡す。

 森でニールセンを見捨てたのを、多少は後ろめたいと思っているのだろう。


「言っておくけど、この干した果実はかなり酸っぱいぞ?」


 普通なら干した果実というのは、どのような果実であっても甘くなる。

 中には干すことによって酸味が増える果実というのもあるのかもしれないが、今までレイはそのような果実を食べた経験はなかった。

 しかし、この果実は強烈な酸っぱさがあり、最後にほんのりと甘みがくるといった珍しい果実となっている。

 具体的にどのようにしてそんな風になるのか、レイには分からない。

 分からないが、それでもレイが自分で食べる分には嫌いではなかった。

 だが、それはあくまでもレイの好みだ。

 この干した果実を初めて食べるニールセンが、レイと同じように美味いと表現するのかどうかは、また別の話となる。


「そうなの?」


 そう言いながらも、ニールセンは果実を口に運ぶのだが……


「っ!?」


 どうやらレイの言葉を最初に聞いた時以上に酸っぱいと感じたのか、空中で動きを止めるニールセン。

 背中の羽も動きが止まっているのだが、それでもニールセンが地面に落ちる様子はない。

 器用なものだと思っていると、やがて呆れた様子で長も姿を現す。

 当然ながら、長の呆れの視線が向けられているのはレイ……ではなく、ニールセンだ。


「レイ殿、お疲れさまです。こうして戻ってきたということは、穢れに侵された死体の件についての情報はギルムに知らせてきたんですよね?」

「そうなる。その件で新たな発見もあったから、それを知らせようと思ってな」

「新たな発見……ですか? 一体なんでしょう?」


 レイの言葉を聞き、真剣な表情で長は尋ねる。

 穢れについてはレイが知ってる中で一番詳しい長だが、だからといって穢れの全てを知っている訳ではない。

 それどころか、穢れという存在については中途半端にしか知識がなく、未知の存在である穢れについての情報は幾らでも欲しかった。

 レイに尋ねる長の言葉と目には、強い力がある。

 どうやってもその情報を入手しようとしているかのような、そんな力が。

 そんな長に、レイは特に隠すようなこともないまま、口を開く。


「まず、あの穢れに侵された死体。あれをそのまま放っておくと、やがて死体は黒い塵になっていき……最終的には、黒い塵の人型になる」

「黒い塵の人型……? それで、具体的にはどうなりましたか?」

「普通の攻撃は通用しなかった。正確には黒い塵の人型を崩すことは出来るんだが、その崩された黒い塵はすぐに元に戻るといったことだな」

「……厄介ですね」

「そうだな。俺も素直にそう思う。結局最後には、俺が魔法を使って燃やしつくした」


 ピクリ、と。そんなレイの言葉に長は反応する。


「それはつまり、攻撃が通用しない黒い塵の人型とやらにも、魔法であれば通用するのですか?」

「どうだろうな。取りあえず俺が魔法を使ってみた感じだとそうだったから、俺の魔法は効果があると思う。だが、他の奴が使う魔法も効果があるのかどうかは、試してみないと分からない。俺が言うのもなんだが……俺は普通の魔法使いとちょっと違うしな」


 そうレイが言うのは、やはり自分の特異性にある。

 現在使っている身体そのものはゼパイル一門によって生み出されたものだし、それを使っているレイは前世――という表現がこの場合相応しいのかどうか微妙だが――において、圧倒的な魔力を持っており、それはこの世界でも同様だ。

 また、魔法を使う際の魔法発動体もその辺に売っている杖ではなく、レイの莫大な魔力を使い、魔獣術によって生み出されたデスサイズだ。

 色々な意味で、レイを普通の魔法使いと一緒にするといったことはまず出来ないだろう。

 そんなレイの魔法で黒い塵の人型は滅ぼされたものの、他の魔法使いでも同じような真似が出来るのかと言われれば……正直なところ、レイとしては実際に試してみないと分からないとしか言えない。


「そう、ですか。そうなると、一度試してみた方がいいのかもしれませんね。正直なところ、まさか穢れを魔法でどうにか出来るというのは予想外でしたから」

「ちょっと待った! 穢れを魔法でどうにか出来るって……じゃあ、私が必死になってやっていたのって、意味がないの!?」


 レイと長の話を聞いていたニールセンは、納得出来ないといった様子で叫ぶ。

 やっぱりか。

 ニールセンの反応にそう思うレイだったが、この場合は何と言えばいいのか迷う。

 そもそも穢れを魔法でどうにか出来るというのは、実際にやってみて初めて分かったことだ。

 それを抜きにしても、レイが魔法で焼滅させたのはあくまでも黒い塵の人型だ。

 穢れが関係しているのは間違いないだろうが、だからといってレイの魔法で穢れの全てに対処出来るという訳ではない。

 それこそ、もしかしたら黒い塵の人型に対しては有効であっても、他の穢れに対しては効果がない……といった可能性も十分にあるのだ。


「分からない、というのは正直なところだな。もしかしたら、ボブから分離した穢れに対しても俺の魔法は効果があるのかもしれないが、もしかしたらないかもしれない。穢れについてはまだ分かっていないことも多いし、長も穢れについて知ってはいてもそこまで詳細に知ってる訳じゃない」


 そうだよな? とレイが長に視線を向けると、長はその通りと頷く。


「そうですね。私も穢れの存在については知っていても、実際にそこまで詳しい訳ではありません。そういう意味では、レイ殿の情報は非常にありがたいのは間違いありません」

「そういう訳で、まだ穢れについては分かっていないことも多い。そんな中で俺の魔法によって穢れを……正確には黒い塵の人型を焼滅させることが出来るは分かったが、それだけだ。花の形をした宝石に封印した穢れは俺の魔法でどうにも出来ない可能性もあるしな」

「それは……」


 ニールセンもレイの説明は理解出来た。

 理解は出来たが、納得出来たかと言えば否だったが。

 ニールセンにしてみれば、自分が必死になって……それこそレイと一緒にギルムに行くことも出来ずにようやく何とかした穢れが、実はレイの魔法で簡単に――ニールセンの印象だが――どうにか出来るといったようなことになったかもしれないのだ。

 そうなると、今の状況で素直に納得するような真似が出来ないのは当然だった。


「落ち着け。繰り返すようだが、俺の魔法で対処出来るのはあくまでも黒い塵の人型だけだ。他の穢れも出来るかどうかは、実際にやってみないと何とも言えない」


 繰り返すようにレイに言われ、それでようやくニールセンは完全ではないにしろ納得するのだった。

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