2988話
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ひとまず、穢れに侵された死体についての対処ははっきりとした。
一番大きかったのは、やはり穢れという存在であっても殺せるということだろう。
正確には死体が穢れによって別の何かになっているのだから、殺すという表現は正しくないのかもしれないが。
「穢れについて王都に送る情報は十分に入手出来た。ただ……厄介な相手であるのは認めるが、だからといって大陸の消滅云々という話にはちょっとならないのではないか?」
黒い塵の人型が焼滅した場所を見て、ダスカーが呟く。
実際、その言葉はレイも同意する。
レイの魔法によって倒した黒い塵の人型だったが、ダスカーの言うように大陸の消滅という、長が口にしていた話は少し大袈裟すぎるのでは? と思う。
勿論、レイ達が倒した黒い塵の人型が穢れの中でも最強の駒といった訳ではない。
それこそ使い捨てにしてもいい程度の、そんな駒なのは間違いないだろう。
それでも、長から聞いた話は幾ら何でも大袈裟だったのではないか。
そうダスカーが疑問に思ってもおかしくはない。
「穢れが具体的にどの程度の戦力なのか、その辺が分からないとちょっと何とも言えませんね。それに……結局のところ、俺は黒い塵の人型に攻撃を受けていません。高い防御力と低い機動性は確認出来ましたが、攻撃力は……」
レイとしても、黒い塵の人型の攻撃力は確認しておきたかった。
黒い塵で身体が出来ている相手だけに、場合によっては触れただけでそこから黒い塵となって崩れていく……などといったことになってもおかしくはない。
(ミスティリングに中にある何かいらない奴で、試しておけばよかったか?)
ミスティリングの中には、それこそ馬車が数台どころではなく家が数軒……でもなく、貴族や大商人が住むような屋敷が数件あっても足りないくらいに様々な物が入っている。
そんな中には、それこそ捨ててもいいような物も少なくなく、それを使えば黒い塵の人型の攻撃を確認出来たのにと思う。
「攻撃力を確認する為に、死体をもう一つ出しますか? 幸い……って言い方はこの場合どうかと思いますけど、まだ九人分の死体が残ってますし」
「むぅ……そうだな……いや、止めておこう」
レイの提案に、ダスカーは悩んだ結果首を横に振ってそれを否定する。
ダスカーにしてみれば、黒い塵の人型についてもう少し知りたいと思っているのは事実。
しかし、黒い塵の人型はあまり見ていて楽しいものでない。
であれば、止めておいた方がいいだろうと判断したのだ。
あるいは、次にまた同じようなことをした場合、今のような結果にならないかもしれないと思ったのかもしれないが。
「そうですか? 分かりました。俺もあまり気が進まないですし」
魔法を使えば殺せるというのは分かったが、穢れについてはまだ分からないことが多すぎる。
場合によっては、今回は魔法で滅ぼすことが出来たが、次の黒い塵の人型は魔法で滅ぼすことが出来ない……といった可能性もあるのだ。
その辺の状況を考えると、レイももう一度黒い塵の人型と戦うのは出来れば止めたい。
(それこそ、場合によっては穢れに侵された死体が黒い塵の人型にならないという可能性だってあるし)
何をするにも、情報が足りないのだ。
それはつまり、情報を得る為にはもっと穢れと戦う必要があるということを示してもいるのだが。
「じゃあ、話も終わりましたしそろそろ……」
「グルルゥ!」
帰りますか。
そうレイが言おうとしたところで、不意にセトがとある方向を見て喉を鳴らす。
敵か? とレイは再びデスサイズと黄昏の槍を構える。
ここは辺境である以上、いつどのようなモンスターが姿を現してもおかしくはない。
それこそ高ランクモンスターが姿を現すようなことがあっても、普通のことなのだ。
(それでも……俺がいて、セトがいて、エレーナがいる。これだけの戦力が揃っていれば、高ランクモンスターがやって来ても、対処するのは難しくはない筈だ)
アーラ、ダスカー、イエロといったように、レイが数に入れない戦力もいたが、そちらも一般的に見た場合は十分以上に強力な戦力であることは間違いない。
「レイ、どうしたんだ?」
レイの様子……そしてレイと同じように武器を構えてるエレーナの様子を見て疑問に思ったダスカーが、そう尋ねる。
レイやエレーナにはセトの様子だけで状況が理解出来たものの、それはあくまでもレイだからだ。
それ以外の者達にしてみれば、レイやエレーナが一体何をしてるのか理解出来なくてもおかしくはない。
だからこそ、レイは端的に状況を口にする。
「敵です」
「何?」
敵という言葉に、ダスカーも少し遅れて武器を構える。
離れた場所にいたアーラもまた、レイ達の様子から何かがあったというのを理解したのだろう。
何が起きても対処出来るように集中していた。
「セトの様子から、それなりに厄介な……」
敵でしょう。
そう言おうとしたレイの言葉を遮るように、草原の向こうからとあるモンスターが姿を現し、真っ直ぐ……猛スピードと評してもいい速度で突っ込んでくるのが見えた。
それが何なのか、当然ながらレイは知っている。
知っていると同時に、納得も出来た。
ここに来る途中、ギルムから街道が通っていないこちらの方に多数の冒険者と思しき者達が来ていた理由を納得出来たのだ。
そう、今レイ達のいる方に向かってその巨体に見合わぬ素早さで突っ込んでくるのは……
「ガメリオン」
レイの口から、その名前が出る。
その外見は、誤解を怖れずに言うのなら巨大化したウサギだろう。
しかし、ガメリオンを見て愛らしいと思うような者はまずいないと思える。
実際には、世の中には色々な趣味の者がいるので、ガメリオンを見て愛らしいと思うような者がいる可能性は否定出来なかったが。
耳は鋭く、それこそ冒険者が着ている普通よりも頑丈な服を容易に斬り裂くだけの鋭さを持つ。
牙は安物の鎧なら破壊出来るだけの威力を持ち、尻尾は普通のウサギとは違って長く、鞭のように使える。
また、その毛は見掛けよりも頑丈で、相応の攻撃力がなければダメージを与えることも出来ない。
そのような高い身体能力を持ち、同時にそれを活かすのに相応しいだけの凶暴さも持つ。
そんな凶暴なガメリオンだが、同時にその肉は非常に美味として知られ、秋から冬に掛けてギルムではガメリオン狩りが一大イベントとなっていた。
とはいえ、秋になってからまだそれ程経っていないのを考えると、ガメリオンが姿を現すにはまだ少し早い。
(まぁ、山菜とかも本来よりも早く採れる時とかあったし、魚とかも本来の旬よりも早く採れることがあったんだから、これは別にそこまでおかしな話でもないのか)
最初は強力なモンスターかと思った――実際にはガメリオンも十分強力なモンスターなのだが――ものの、やってきたのが見覚えのある敵だったこともあってレイは少し気が抜けた。
だが、気が抜けたからといって、このまま放っておく訳にいかないのも事実。
それにガメリオンの方からこうやってやって来たのだから、今年の初物としてガメリオンの肉を楽しもうと思う。
……実際にはミスティリングの中には去年以前のガメリオンの肉が大量に収納されており、しかもミスティリングの中では時間が流れないのでいつでも新鮮なガメリオンの肉を食べることが出来るのだが。
しかし、そこは気分というものだろう。
やはり初物の旬のガメリオンとなれば、是非とも食べたい。
また、ガメリオンの凶暴性を考えると、一度目を付けられた状態で逃げるのは難しいという一面もある。
何よりもガメリオンはウサギのモンスターだけに、非常に高い機動力を持っている。
それを示すかのように、その姿を見つけた時はまだ遠くにあったガメリオンの姿はこの短時間で大分近付いていた。
「ダスカー様、ガメリオンに見つかった以上は、このまま逃げるには難しいです」
レイとセトだけであれば、セトに乗って素早く移動するだけなので問題なく逃げられるだろう。
あるいはエレーナやアーラについても、セトの足に掴まるといった真似をして移動すれば逃げられる。
しかし、まさかダスカーにそのような真似をさせる訳にはいかない。
それにダスカーの部下は文官だけに、身体能力という点ではどうしても劣ってしまう。
セトの足に掴まったまま移動するというのは、難しいだろう。
そうなるとセト篭を用意する必要があり、ガメリオンの機動力を考えれば間違いなく飛び立つよりも前に到着してしまう。
「分かった。任せる」
ダスカーはレイの言葉にそう頷く。
実際に猛スピードでこっちに近付いてくるガメリオンの姿を見れば、レイの言葉は決して大袈裟なものではないと理解したのだろう。
そんなダスカーの言葉に頷くと、レイは続いてエレーナに声を掛ける。
「俺とセトでガメリオンに攻撃してくるから、もしガメリオンがこっちにやって来たらエレーナが対応してくれるか?」
「ふむ。出来れば私も直接ガメリオンと戦ってみたかったのだが……分かった。レイがそう言うのならそうしよう。もっとも、レイがガメリオンを逃がすといったようなことがあるとは思えぬがな」
「そのつもりだけど、万が一ってのがあるだろ」
「レイだからこそ、その万が一はないと思うのだがな、まぁ、いい。とにかくこっちの件は任せておけ。ほら、向こうも大分近付いて来た。そろそろ行った方がいい」
エレーナの言葉にレイは改めてガメリオンを見ると、先程よりも更に近付いて来ている。
「分かった。じゃあ、行ってくる。……セト、俺がガメリオンと戦っているところを、空を飛んで横から不意打ちをしてくれ」
「グルゥ? ……グルゥ!」
レイの言葉を聞いたセトは、少し考えた後で任せて! と喉を鳴らす。
そんなセトの様子を見て、レイはデスサイズと黄昏の槍を手にガメリオンに向かって駆け出す。
背後でセトが羽ばたいて空に駆け上がって行く気配を感じながらも、後ろを振り向いたりといった真似はしない。
そんな真似をすれば、こちらに近付いているガメリオンもそちらに注意を向けるといったことになりかねないのだから。
勿論こちらに近付いて来ているガメリオンも、この場から飛び立ったセトの姿は見えているだろう。
見えてはいるだろうが、ガメリオンにしてみれば真っ直ぐ自分に向かってくるレイの存在を察知すれば、そちらに意識を集中するのは当然の話だった。
ましてや、レイは武器を構えてやる気満々といった様子でガメリオンに向かっているのだから。
(やっぱり結構大きいな)
三m近い大きさを持つガメリオンは、まさに肉の塊という表現が相応しい。
そのような巨体とまともにぶつかれは、普通ならレイ程の大きさなら吹き飛ばされて終わりだろう。
あくまでも普通なら、の話だが。
双方が走っているので、瞬く間に距離が狭まっていく。
そんな中、最初に行動に出たのはレイだった。
「飛斬っ!」
振るわれたデスサイズの刃から放たれた、飛ぶ斬撃。
その一撃は命中すればガメリオンの毛ですらあっさりと斬り裂くだけの威力を持っていた。
しかし、放ったレイにもこの距離で放った飛斬が当たるとは思っていない。
この一撃は、あくまでも牽制。
相手に自分は遠距離攻撃の手段も持っていると示し、戦いの主導権を握る為の一撃。
事実、ガメリオンは飛んできた斬撃を斜めに跳ぶことで回避し、そのまま再び地面を蹴ってレイとの間合いを詰める。
ガメリオンには遠距離攻撃の手段はない。
……敢えて遠距離攻撃の手段となると、強力な脚力を利用した跳躍で巨体を砲弾のように使って行う体当たりだろう。
ガメリオンがレイに向かってやろうとしたのも、飛斬を回避する為に跳んだので若干速度は落ちたものの、それでもその脚力によって生み出される速度は命中すればレイを吹き飛ばすことは容易な筈だった。
「はああぁっ!」
しかし、レイにしてみれば向こうが真っ直ぐ自分に向かって突っ込んできたようなものだ。
寧ろレイとしては、耳を使った切断攻撃や尻尾を鞭のように使って攻撃されるほうが面倒だった。
そしてガメリオンにしてみれば、元々が脚力に自信があったので、体当たりをするという攻撃方法を好んでいたのだ。
ある意味、これ以上ない程に二人の攻撃スタイルが見事に噛み合ったからこそ……
斬っ!
レイの振るったデスサイズは、真っ直ぐに突っ込んで来たガメリオンを綺麗に上下に切断する。
そうしてレイとすれ違うように走って……いや、跳んでいったガメリオンは、地面に着地した瞬間には既に絶命しており、身体が綺麗に二つになり……ふと気が付く。
(あ、しまった)
本来の予定では、レイがガメリオンの動きを止めている間にセトが横から攻撃をする筈だった。
だというのに、戦いの流れの中でレイはガメリオンを倒してしまったのだ。
後で謝らないとと思いつつ、レイはガメリオンの死体を見るのだった。