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レジェンド  作者: 神無月 紅
妖精のマジックアイテム
2984/3865

2984話

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 レイが死体をミスティリングに収納すると、先程まで敵意に満ちた様子で叫んでいたマリーナは自分の中にあった興奮を抑えるように何度も呼吸し……そしてたっぷり数分が経過したところで、ようやく落ち着いた様子を見せ、手を軽く振る。

 するとマリーナの後ろにあった竜巻と水球は、竜巻と水球という現象から精霊となってどこかに消えていく。


(風はともかく、水球の水はどこに消えたんだ?)


 今のマリーナを見ていたレイは、そんな疑問を抱く。

 とはいえ、ここでそんな疑問を口にしたところで、あまり意味はないだろうとも思う。

 それこそ精霊だから、マリーナだからで納得してしまう。


「ふぅ……ごめんなさい。ちょっと取り乱したわ」

「ちょっと?」


 そう突っ込んだのは、エレーナ。

 もしこれがエレーナではなくダスカーが突っ込んでいれば、それこそダスカーの黒歴史が語られることになっただろう。


「そうね。ちょっとと言うのは少し難しいかしら。とにかく、もう大丈夫だから安心してちょうだい」


 椅子に座ったまま背中に竜巻や水球を生み出した人物がそのようなことを口にしても、それを素直に信じるのは難しい。

 難しいのだが、それでも今のマリーナにそこまで突っ込める者はいない。

 エレーナはレイに視線を向ける。

 いや、エレーナだけではない。ダスカーも……それどころか、アーラやダスカーの部下達までもがレイに視線を向けていた。

 当然ながら、レイにはその視線の意味を理解出来る。

 マリーナがあのような行為をした原因はと、レイは右腕のミスティリングに視線を向けた。


(穢れか、それとも死体か。あるいは穢れが変えつつあった死体か。どれに反応したのかは分からないが、それでもあれが原因なのは間違いない)


 そうなると、やはり死体を取り出したレイが聞かなければならないだろう。

 先程のマリーナの様子を見れば、レイも何となくその理由を理解出来る。

 今のマリーナは……穢れに対して本能的に嫌悪感を抱いたように見える。

 勿論、レイから事情を説明されていたし、マリーナには穢れがどのようなものなのかの前知識があった。

 それでも先程の強烈な嫌悪感は、知識云々というのを抜きにして半ば本能的なもののように思えるのだ。


「それで、マリーナ。そろそろ落ち着いたみたいだし、事情を説明してくれ」


 レイの問いに、マリーナは少し迷った様子を見せながら口を開く。


「まずこれは最初に言っておく必要があるけど、さっきの私の対応は正確には私がどうといったことではなく、精霊の感情が私に伝わってきたのよ。こう言うのも何だけど、私は他の精霊魔法使いよりも腕はいいわ」

「だろうな」


 マリーナの言葉に、レイは言葉短く同意する。

 声を発したのはレイだけだったが、他の面々もマリーナの言葉に異論を唱えるようなことはない。

 ギルムで暮らしていれば、マリーナがどれだけ精霊魔法使いとして特別な存在なのか、嫌でも知ることになるのだから。

 レイにしてみれば、マリーナにはそれこそ出来ないことはなにもないのではないかとすら思ってしまう。

 それだけマリーナの精霊魔法は強力で、応用性も高い。

 そんなレイの様子に、マリーナはいつものように女の艶を感じさせる笑みを浮かべて言葉を続ける。


「だからこそ、精霊の影響を強く受けることもあるの。……もっとも、そういうのは滅多にないんだけど。ただ、今は違った。精霊は穢れに対して強烈な嫌悪感を抱いたわ」


 その言葉は、レイも何となく予想出来るものがある。

 妖精郷の長が、同じように穢れに対して強い嫌悪感を抱いていたからだ。

 勿論、長が穢れを嫌ったのは本能的な部分もあるが、より正確には知識として穢れが何をもたらすのかを知っていたからというのが強いのだろう。

 そんな長に対し、精霊はそこまで明確な理由ではなく、本能で穢れという存在がどのような存在なのかを理解し、拒絶した。


(穢れは悪い魔力って話だし、精霊と魔力というのも関係が深い……のか? いやまぁ、精霊魔法ってくらいなんだから、多分そうなんだろうな)


 精霊魔法を使えないレイだが、その精霊魔法を使う相手というのはこれまで何人か見てきている。

 それ以上に、レイの目の前には隔絶した精霊魔法の使い手であるマリーナがいるのだ。

 精霊魔法と魔力に大きく関係があるというのは、十分に理解出来た。


「精霊も穢れを嫌うのか。こう言ってはなんだが、これは少しありがたい情報だな」


 レイとマリーナのやり取りを見ていたダスカーが、そう呟く。

 そんなダスカーに、マリーナは不満そうな視線を向ける。

 マリーナにしてみれば、精霊は自分と親しい存在だ。

 そのような相手が強烈な嫌悪感を抱く相手について分かったことが、ありがたいと言ったのだ。

 マリーナにしてみれば、とてもではないがその一言は許容出来ることではない。

 もっとも、そんなマリーナの感情とは別に、ダスカーにとって今回の件は大きな意味を持つのは間違いない。

 穢れという存在が、最悪の場合はこの大陸を滅ぼすというのはレイを経由して妖精郷の長から聞いている。

 しかしそれは、あくまでも自分で確認した訳ではなく他の者からもたらされた情報……それも正しいかどうか分からないような、そんな情報なのだ。

 勿論、長からもたらされた情報を信じていない訳でもない。

 それでもやはり、自分の目で直接見て確認出来た情報の方が信じられるのは間違いないのだ。

 ましてや、長からの情報も断片的なものばかりで、穢れについて詳細な情報が知らされた訳ではない。

 これはダスカーだから……正確にはその情報を持ってきたのがレイやニールセンだったからこそ、ダスカーも多少なりともその話を聞くつもりになったという一面がある。

 もしこの情報を持ってきたのがレイやニールセンではなく、よく知らない者であれば、恐らくダスカーも穢れについての情報を信じるといったことはなかっただろう。

 そういう意味では、レイがこれまでダスカーの……いや、ギルムの為に働いてきたのが報われた形だ。

 レイ本人には、そんなつもりは全くなかったのだが。

 普通に、自分の思うように活動しただけでしかない。


「取りあえず、精霊が穢れを嫌うというのは分かった。だとすれば、やっぱりここで死体を出すのは止めた方がいいな」

「そうしてくれると助かるわ。あの短時間でもあんな状況だったんだもの。もし長時間あの死体……穢れによる死体を出すことになれば、私の家がどうなるか分かったものじゃないもの」


 レイの言葉にそう告げるマリーナだったが、実はその表現は控えめなものだ。

 もしマリーナが精霊を暴走させるようなことがあった場合、マリーナの家だけではなく貴族街……あるいはそれ以上の広さが被害にあってもおかしくはない。

 貴族街にある屋敷は当然ながら貴族の屋敷だ。

 そうなると、当然ながらその屋敷には魔法を含めた攻撃に対する防御設備の類があってもおかしくはないが……そのようなものがあっても、精霊が暴走してしまえば意味はない。

 あるいはその辺にいる――それでも非常に希少なのだが――精霊魔法使いが使った精霊魔法なら、どうにかなるかもしれなかったが、その辺にいる精霊魔法使いとマリーナでは、はっきりと精霊魔法使いとして格の差がある。


「うん、そうだな。マリーナが言うように死体を出すのはここでは止めておいた方がいいな」


 マリーナの言葉に本気を感じたレイは、そう言って自分の右腕に視線を向ける。

 そこにはセトとはまた違った意味で自分の相棒と呼ぶべきミスティリングが嵌まっているのだが……それが今は少し怖い。

 もしここで死体を出したら、どうなるのかをマリーナの言動でしっかりと理解してしまったからだ。


「しかし、そうは言っても穢れを具体的に自分の目で見ることが出来る機会を見逃す訳にもいかないだろう。俺の立場としては、ここで見逃すといった選択肢はない」


 ダスカーにとって、話で聞いていた穢れを自分の目で見ることが出来る機会だ。

 既に王都に第一報として穢れの件を送りはしたが、実際に穢れについて見ることが出来れば続報としてその件についての情報を送ることが出来るだろう。


「貴族街が消滅してもいいのなら、ここでやりなさい」

「いや、そんなつもりはない」


 マリーナの言葉にダスカーは即座にそう告げる。

 先程のマリーナの様子を見ていれば、とてもではないがここでそのような真似をするといった気にはなれない。

 そもそも自分の判断で貴族街が消滅するなどといったようなことになれば、それこそギルムにとって致命的な一撃となってもおかしくはないのだから。

 そうである以上、穢れについてしっかりと観察するにしてもここで行うといった真似は出来ない。


「レイ、悪いが領主の館まで来てくれ。……出来ればギルムの外で穢れを確認するのがいいのだろうが、今の状況でそのような真似は出来ないからな」

「分かりました。……ギルムの周辺には結構人がいますからね。そこで何かをやっていれば、疑問や好奇心を持った者達がやって来る危険は否定出来ません」


 もし本当に人のいない場所で確認をするのなら、それこそギルムから離れた場所まで移動する必要がある。

 セトの飛行速度を考えれば、数分でそのくらいの場所には到着出来るが……


「あら、それならセト篭を使えばいいじゃない? あれならダスカーでも問題ないと思うけど」

「そこまで大々的に移動すると、間違いなく目立つぞ」


 マリーナの言いたいことはレイにも分かったが、レイとセトだけで移動するのならまだしも、セト篭を使うと地上からしっかりと把握出来てしまう。


「それでも、追ってくる相手は……まぁ、いない訳じゃないんでしょうけど、セトに追い付くのは難しいでしょうし、なんなら私が精霊魔法で妨害してもいいわよ? レイと一緒に行けないし」


 マリーナが穢れを見れば、再び精霊の嫌悪感から半ば暴走するような形になってもおかしくはなかった。

 つまり、ギルムの外に出るのにマリーナは一緒に行けない。

 だからこそ、ここでセトを追おうとする者の妨害をするつもりなのだろう。

 最初は乗り気ではなかったダスカーも、マリーナの説明を聞いて少し考える。

 最初は領主の館の中庭で穢れに侵された死体を見るつもりだった。

 だが、それは他に丁度いい場所がないからそのように言ったのであって、どうしても領主の館でなければならない訳ではない。

 寧ろ穢れの危険性を考えれば、可能なら領主の館ではない別の場所で穢れに侵された死体を確認した方がいい。

 問題なのは、ギルムの領主であるダスカーが護衛も連れずにギルムの外に出ることだが……その辺はレイが一緒にいるのを考えれば、特に心配する必要もないだろう。


「ちょっと待って下さい、ダスカー様!」


 そうして流れがギルムの外に向かうという方向になった時、それに待ったを掛けたのはダスカーの部下として一緒にやって来た男の一人だ。


「幾ら何でも、そんな無茶な真似をするのはどうかと思います。ギルムの外に向かうとなれば、危険も大きい筈ですから」


 それは至極真っ当な言葉だろう。

 もしこの状況を見ている者がいれば、その多くがダスカーに注意をした人物に同意してもおかしくはない。

 ダスカーもまた、その注意が自分を心配してのものだと知っているので、頷いてから口を開く。


「深紅の異名を持ち、ドラゴンスレイヤーでもあるランクA冒険者のレイが一緒にいるんだぞ? セトもいる。その辺りのモンスターが出て来たところで、俺を傷付けることは出来ないだろうよ」

「それは……」


 ダスカーを止めた人物が、レイに視線を向ける。

 実際、レイの能力と実績を考えれば、その実力は非常に高い。

 それはダスカーが紹介したように、深紅の異名、ドラゴンスレイヤー、ランクA冒険者といった肩書きを並べれば十分に理解出来るだろう。

 だが……それでも、ダスカーの部下は大人しく引き下がらない。

 ここは辺境なのだ。

 それこそ、場合によってはギルムのすぐ外にランクBモンスターが出ても、おかしくはないくらいに。

 ダスカーという、ギルムの領主に万が一のことがあれば一体どうなるか。

 それこそ、ギルムが今まで通りにやっていくのは難しいだろう。

 どこかの貴族がギルムにちょっかいを掛けてくるのは、間違いない。

 場合によってはレイが嫌うような典型的な貴族がやってくる可能性もある。

 だからこそ、今この状況では素直に頷くことは出来なかったのだろうが……


「ふむ、では私も一緒に行こう」


 そう、エレーナが告げるのだった。

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