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レジェンド  作者: 神無月 紅
妖精のマジックアイテム
2979/3865

2979話

「……え?」


 目の前の光景に、レイの口からはそんな声が漏れる。

 だが、間違いなくレイの視線の先にいる十人の男女は、木に縛られたまま死んでいた。

 十人を率いていた男が口にした、意味ありげな言葉。

 正直なところ、その言葉が具体的にどのような意味を持っているのかレイには分からなかった。

 だからこそ戸惑い……そうしてレイが戸惑った数秒という時間で、木に縛られていた全員はそのまま死んだのだ。


「死んだようですね」


 淡々と長が呟く。

 その言葉にレイは改めて木に縛られている者達を見た。

 だが、長が言うように全員が死んでいるのは間違いない。

 目、鼻、口、耳……それぞれから血を流しているのを見れば、そして目が開いたままで閉じる様子がないのを見れば、死んでいるのは間違いない。

 十人全員がそのような状況であるというのを考えると、そこでようやくレイは理解した。


「情報を渡さない為の自殺か。……奥歯に毒でも仕込んでいたか?」

「いえ……」


 レイの言葉を聞いた長は、首を横に振る。

 違うのか? とレイが疑問の視線を向けると、長は真剣な表情で口を開く。


「情報を渡さない為に自殺をしたのは間違いないでしょう。ですが、奥歯に仕込んでいたのは毒ではありません。いえ、薬か毒かと聞かれれば毒と答えるしかないので、毒というのは間違ってませんが」

「もっと分かりやすく言ってくれ」

「穢れです」


 レイの頼みに、端的に告げる長。

 穢れ? と一瞬疑問を浮かべたレイだったが、すぐにその意味を理解する。


「つまり、奥歯……かどうかは分からないが、そこに仕込まれていたのは毒じゃなくて穢れだったと?」


 その言葉に長が頷いて何かを言おうとした時……不意に、死体になっていた筈の者達の腕や足、顔、身体といった場所が微かに動く。


「え?」

「穢れをその身に取り込んだのです。何が起きてもおかしくありません。……それでも、正直なところこういう風になるとは思いませんでしたが。ニールセン」

「は、はい!? 何ですか長!」


 まさかここで自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったのか、ニールセンの口からは変な声が漏れる。


「動きを止めて下さい。あの様子だと、恐らく生き返ります」

「……生き返る?」


 その言葉は、レイにとって聞き逃せない一言だ。

 元々レイが男達の持っていたマジックアイテムに興味を持ったのは、蘇生系のマジックアイテムがあるのでは? と思ったからだ。

 だが、今の長の言葉を聞いた限りでは、穢れに関係する何かを飲んで死に、それによって生き返ったと考えられる。


「あの様子を見ると、そのように思えませんか? ……取りあえず、まだ少し余裕はあるようなので、レイ殿はマジックアイテムの収納をお願いします」


 そう言われ、レイもこのままではマジックアイテムの類がどうなるか分からないので、素早くミスティリングに収納していく。

 その間に、ニールセンは長の指示に従って魔法を使い、植物によって死体……蘇った存在を死体と呼んでもいいのかどうかレイには分からなかったが、とにかく死体を植物でより強力に拘束していた。


「それで……穢れを飲んでああなった奴は、どうなると思う? アンデッドになるのか?」


 マジックアイテムを含めた武器や防具、道具といった諸々をミスティリングに収納したレイは、長に尋ねる。

 この状況で死体となった存在が蘇ってくるのだから、アンデッドになるという言葉はそう間違ってはいないだろう。

 しかし、穢れという存在によってあのような状況になっている以上、レイとしてはアンデッドはアンデッドでも、ただのアンデッドになるとは思えなかった。


「アンデッド……ですか。そうですね。起こっている現象だけを考えれば、アンデッドと呼んでもいいかもしれません。それに死体が動き出したのですから、アンデッドと呼ぶのも間違っていないでしょうし」


 アンデッドのように見えるが、実際にはアンデッドではない。

 そう告げる長に。レイは取りあえず相手はアンデッドであると考えることにしておく。

 実際には違うのかもしれないが、こうして目の前で見る限りはアンデッドにしか見えないのだから。


「話は分かった。とにかく、ああいう風になってしまった以上、とっとと倒してしまった方がいいのは間違いないな」

「そう……ですね。倒した方がいいのは間違いないと思います。ですが……」

「ですが?」


 長の言葉は、レイにとって少し驚きだった。

 穢れを嫌う……いや、憎んですらいる様子の長なのだから、穢れによってアンデッドと思しき存在になった存在は可能な限り早く倒した方がいいと、そう主張するのだとばかり思っていたのだ。

 だというのに、何故このようなことを口にするのか。

 もしかしたら穢れによってアンデッドに……モンスターに変わりつつある様子に哀れみを抱いたのか。

 そうも思ったレイだったが、変化しつつある存在を見る長の視線には哀れみの色はなく、怒りや戸惑いの色の方が大きい。

 一体何を思ってそのような表情を浮かべているのか、疑問に思うレイだったが……そんなレイの様子に気が付いたのだろう。長は少し困った様子で口を開く。


「倒すのは構いません。しかし、あの者達は穢れによって変化した存在です。それはつまり、もしあの者達を倒したら周囲に穢れが撒き散らかされるのではないかと、そう思いまして」


 そう言われると、レイも長が何を心配してるのかを理解出来た。

 倒すというだけなら、恐らくはそんなに難しくはないだろう。

 レイはそれだけ自分の力に自信を持っていたり、相棒のセトや補助魔法を得意としているニールセン、そして何より妖精郷を治めている長がいるのだ。

 敵の数は十人……あるいはモンスターになりつつあるのなら十匹と表現すべきなのかもしれないが、とにかくレイ達の倍以上はいるが、言ってみればそれだけでしかない。


「けど、倒すと穢れを撒き散らかすかもしれないって話だが……だとすれば、どうするんだ? いつまでもこのままニールセンの魔法で動きを止めておくって真似は……まぁ、出来ない訳ではないかもしれないけど」

「ちょっ、何言ってるのよ、レイ! 無理無理無理! そんなのは無理だってば!」


 レイの言葉を聞いたニールセンは、必死になってそう叫ぶ。

 ニールセンにしてみれば、現在の自分の状況を延々と続けるのは無理があると、そう思っているのだろう。

 数時間程度ならまだしも、一日……ましてや数日の間をこの状況でいるのは無理だと叫ぶ。


「だろうな。俺もそう思うよ。モンスターに変身する途中だからこそ拘束は出来ているが、敵の変身が完成したら、具体的にどういう風になるのか俺にも分からないし」


 変身が完了した時、具体的にどのくらいの能力を持つようになるのか分からない。

 そうである以上、やはりこのまま拘束を続けるというのは問題があった。


「そうなると……困りますね。マジックアイテムのようにレイ殿に収納して貰えればいいのですが」

「それは……いや、どうだろうな?」


 マジックアイテムはともかく、エグジニスにおいて普通のゴーレムはミスティリングに収納出来たことを思い出す。

 普通のモンスターを収納するのは無理なのだが、ゴーレムのような存在は収納出来たのだ。

 であれば、アンデッドとして蘇ろうとしている相手も収納出来るのではないか? と一瞬思い、すぐに否定した。


(アンデッドが収納出来れば、グリムとかも収納出来たりするのか? ……というか、そもそもの話、あの連中は別にアンデッドって訳じゃないしな)


 レイの視線の先にいるのは、アンデッドのように見えても実際にはアンデッドではない。

 アンデッドのように死んでから蘇ろうとしているようではあるが、それを行っているのは魔力の類ではなく穢れの力なのだ。

 であれば、そのアンデッドをミスティリングに収納することは出来なくても、現在穢れによってその身体が蘇ろうとしている存在ならどうか。


「レイ殿? その、本気で言った訳ではないですよ?」


 長が少し慌てたように言う。

 ミスティリングに収納出来ればといったようなことを口にしたものの、実際にはそのような真似を本気で出来るとは思っていない。

 だというのに、レイがやる気になっているように思えたのだ。

 そうである以上、レイを止めるのは長として当然のことだった。


「本気で言った訳じゃないのは分かるが、それでもあの連中をあのままにしておく訳にはいかないんだろう? ましてや、さっき長は迂闊にあの連中を倒すと周囲に穢れが撒き散らかされるかもしれないって言ってたしな」

「それは……」


 穢れが本当に撒き散らかされるのかどうかというのは、それこそ実際に試してみないと何とも言えない。

 だが、試してみた結果、妖精郷のあるトレントの森に穢れが生み出されるというのは、まさに最悪の事態だった。

 もしトレントの森が穢れによって汚染された場合、最悪妖精郷を移すといったことになる可能性も否定は出来ない。

 であれば、レイの言うように試して貰えるのが一番いいのだが……


「長、レイならきっと何とか出来ますって。それに駄目なら駄目で、別の方法を考えればいいんですから、なら、試すだけ試してみましょうよ。ね? っていうか、そろそろ私の魔法であの連中を押さえつけておくのも難しくなってきたんだけど!」


 必死に叫ぶニールセン。

 そんなニールセンの叫びを聞きつつ、長はやがて申し訳なさそうにしながらもレイに頼む。


「では、お願い出来ますか? 勿論、それはあくまでも出来たらで構いません。出来なければ、それはそれで何か別の方法を考えましょう。その程度の時間なら、ニールセンも頑張れるでしょうし」

「ちょっ、長!? さっきの私の話、聞いてました!? 限界、そろそろ限界なんですってばぁっ!」


 長の言葉に必死になって叫ぶニールセンだったが、長はそれを綺麗に無視する。

 長にしてみれば、ニールセンはこうして泣き言を言ってからが本当の実力を発揮出来ると、今までの付き合いからそう理解しているのだろう。

 その辺の事情については知らないレイだったが、それでもこうして見た感じ、この件に自分は口を出さない方がいいだろうと判断し、こちらもニールセンの言葉をスルーして口を開く。


「よし、じゃあ試してみる。……安心しろ。もし駄目だったら、すぐ戻ってくるから」


 後半の言葉は、心配そうに自分を見ているセトに向けられたものだ。

 これが普通のモンスター……それこそアンデッドの類であれば、セトもそこまで心配するようなことはないだろう。

 だが、セトも相手がただのモンスターではなく、穢れという未知の存在によって変化した相手だというのは理解している。

 だからこそ、レイが動くのを心配しているのだ。

 レイはそんなセトを一撫ですると、自分が縛ったロープとニールセンの魔法によって蔦や足元の草で更に動けなくなっている相手に向かって近付いていく。

 ただ、相手は穢れによって変化……いや、汚染という表現の方が正しいような状況になっている者達だ。

 一体何があるのか分からない以上、向こうがレイにとって想定外の行動を取ってもすぐ対処出来るよう、ある程度慎重にだ。

 そうして近付いてくと、レイは違和感を抱く。


(やっぱりこの連中、普通のアンデッドから受けるのとは違う何かを感じるな)


 具体的に何が違うのかは分からない。

 しかし、何かが違うというのは理解出来た。

 レイはこれまで色々なアンデッドと戦ってきたし、レイを孫のように可愛がっているグリムもアンデッドだ。

 そういう意味では、これまで多くのアンデッドと接触してきたのは間違いない。

 そんなレイから見ても、視線の先にいる存在は明らかに妙なのだ。


「一応聞いておくか。……俺の言葉は分かるか?」


 穢れによってでも、生き返った……あるいはアンデッドになったのなら、もしかしたら知性が残っているかもしれない。

 そんな風に思って尋ねたのだが、生憎とレイの言葉に反応する様子はない。

 それはつまり、アンデッドであるかどうかは別として、知性……あるいは自我の類は既に存在していないということを意味していた。


「知性や自我がないってのは、行動が読めないという点で厄介だよな。触った時に噛みつかれたり。あ、でも噛みつくのは普通のアンデッドでもやってくるか」


 そんな風に考えつつ、頭部……ではなく、足に触れる。

 噛みつかれる可能性を考えれば、頭部に触れなくてもいいのだ。

 収納するのに必要なのは、あくまでもその対象のどこかなのだから。

 足に触れたまま、いつものように収納するといったように念じると……


「うわ、マジか」


 死体が姿を消し、木に縛っていたロープや蔦、草のみがそこに残っているのを見てレイはそう呟くのだった。

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[一言] いや、収納できるんかい!w
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