2977話
結局青い煙から逃げようとした者達は、レイとセトに倒され、あるいはニールセンの魔法によって足元から伸びた草や周囲から伸びてきた蔦によって動きを止められ、逃げ出せないままレイ達によって気絶させられることになる。
ここが森の中というのは、レイやセトはともかくニールセンを相手にするということを考えると圧倒的に不利だった。
砂漠のような周囲に植物がない……訳ではないにしても、少ない場所ならニールセンの魔法もここまで強力な効果を発揮することはなかっただろう。
周囲に自然がこれだけ存在する森の中での戦いとなると、その自然をある程度自由に扱えるニールセンを相手にするには場所が悪すぎた。
せめてもの救いは、植物を使って直接攻撃するような魔法はなかったことだろう。
しかし、それはレイとセトがいることで意味をなさない。
ニールセンが動きを止め、レイとセトが相手を倒す。
そのようなことをすれば、敵にとっては十分なくらい致命的なのだから。
「さて、取りあえずこの連中をどうするかだな」
「どうするって?」
「ボブを狙っていた連中の仲間の可能性が高い。だとすれば穢れの関係者なのは間違いないから、このまま妖精郷に連れていくか、ギルムに戻ってダスカー様に渡してくるかのどっちかだな」
「ギルムに戻るのはいいけど、長が妖精郷に入れると思えないけど」
「それは……そうかもしれないな」
ボブですら、穢れを宿しているという理由で妖精郷の外で野営をさせられたのだ。
そうして穢れを花の形をした宝石に封じる準備を整えてから、ようやく妖精郷に入る許可が出された。
そう考えれば、気絶している者達を妖精郷に連れていってもボブと同じく中に入る許可は出ないだろう。
(いや、ボブが穢れと接触したのは、洞窟に迷い込んだ時だけの筈。つまり、そこまで穢れは強く、あるいは濃くなかった可能性が高い。それに対して、この連中はボブよりも穢れに触れていた時間は長い……と思う。だとすれば、長としてもこの連中を連れて行っても困るだけか?)
そう思うも、穢れについて一番詳しいのが現在は長であるのも事実。
レイの視線の先で気絶している十人全員が穢れの関係者だとすれば、穢れについて心配している長も情報を聞き出したいだろう。
「ねぇ、レイ。この人達が穢れの関係者だとすれば、妖精郷に連れていくとボブがいるわよ?」
「……その件もあったな。とはいえ、この連中がどうこうしようとしても、ボブに攻撃出来るとは思えないけど。油断は禁物だが」
そう言いながら、先程レイと話した相手が『奴を殺せ』といったようなことを口にしていたのを思い出す。
レイを見てそのように言うということは、その奴というのはボブのことを示していた可能性が高い。
そういう意味では、ニールセンの言うようにボブのいる場所までこの者達を連れていくのは危険かもしれない。
そうは思うが、長のいる妖精郷でボブをどうにか出来るとは、到底レイには思えなかった。
「なら、半分ずつだな。それならいいだろ?」
最終的にレイが選んだのは、そんな選択。
今のこの状況をどうするのか、一番手っ取り早い選択なのは間違いない。
「まずはこの十人を妖精郷の近くまで連れていって、長が五人を引き受けてもいいと言ったら、その連中は長に渡して、それ以外の連中はギルムに連れていく。どうだ?」
「長が何て言うか分からないけど……でも、それしかないなら、そうするしかないのかしら」
「グルゥ」
「が……」
ニールセンの言葉に合わせるようにセトが鳴き声を上げると、目が覚めそうになっていた男の頭に軽く前足を振り下ろす。
すると男はその一撃によってあっさりと意識を失い気絶した。
「このままだとセトが大変そうだし、出来るだけ早く決めた方がいいな」
十人が目が覚めそうになる度に、セトの前足が振るわれるということになれば、セトの休む暇がない。
そんな中で、セトは少しでも楽をしようと考えたのか気絶している者達を一ヶ所に集め始めた。
離れている場所だった場合、あっちに行ったりこっちに行ったりといった真似をしないといけないので、それが面倒だったのだろう。
そのようなセトの姿を見れば、レイとしても出来るだけ早く話を纏めた方がいいだろうと考える。
「問題なのは、この連中をどうやって連れていくか、か。ニールセンの魔法でどうにかならないか?」
「出来る訳がないでしょ。私の魔法はこういう相手を運ぶようなのはないわよ。レイこそ、何とかならない?」
その言葉にレイは少し迷う。
実際のところ、この状況で完全にどうしようもないのかとい言えば、その答えは否だ。
だが、それは能力でどうこうするといった訳ではなく、力で強引に引っ張っていくといったような方法だった。
例えばゴーレムの類を作れるような魔法やスキル、あるいはマジックアイテムとしてゴーレムが複数あれば、気絶している者達を運ぶのは難しい話ではない。
エグジニスにおいてゴーレムを作って貰ってはいるものの、それはあくまでも清掃用のゴーレムと防御用のゴーレムで運搬用のゴーレムという訳ではなかった。
あるいはこれが普通の時なら、その辺の工房で運搬用のゴーレムを適当に買うといったような真似も出来るだろう。
しかし、生憎と今のエグジニスはネクロゴーレムが暴れた影響によって、復旧作業が急いで進んでいる。
それこそ瓦礫を運んだりする為に、運搬用のゴーレムはどこでも欲しいだろう。
「無理だな。俺が出来るのは、せいぜいがこの連中をロープで縛って妖精郷まで運ぶことだ。ただし、この連中の性質……というか性格を考えると、大人しく移動するとは思えないが」
まだ状況証拠でしかないが、それでも既にレイの中で気絶している者達は穢れの関係者だというのは半ば決定していた。
明確な証拠こそないものの、それでも状況証拠が多数集まれば、それで十分確信を得ることが出来る。
これが日本であれば、状況証拠が幾らあっても明確な物的証拠がない限り、有罪とは判断されないだろう。
しかし、ここは日本ではなくエルジィンだ。
ましてやレイの前にいるのは、本来ならダスカーの許可がなければ入ってはいけないトレントの森にいた者達。
まず穢れの関係者と判断しても問題はないだろう。
「うーん、レイの言いたいことも分かるけど、そうなったらそうなったでちょっと面倒なことにならない?」
「それは否定しない。この連中の態度を見ていれば、間違いなく逃げ出そうとしたりとかするのは間違いないだろうし」
「なら……あ、そうだ。この連中を妖精郷に連れていくのが無理なら、ここに長を連れてくるのはどう?」
いい考えだ。
そう言いたげなニールセンだったが、レイは少し悩み……そして口を開く。
「そもそもの話、長が妖精郷を出ることは出来るのか?」
それが出来なければ、そもそもこうして話をする意味はない。
ニールセンの性格を思えば、そうなったら面白そうということでそんな風に言っていてもおかしくはないのだ。
だからこそ、レイはそう聞いたのだが……
「どうかしら。そうね。まずは長に聞いてこないといけないから、私は一旦妖精郷に戻ってくるわ。じゃあ、レイはこの人達を見張っていてね」
「あ、おい。ニールセン!?」
思い立ったら即行動。
そんな様子のニールセンは、レイの声が聞こえていないかのように……いや、実際に自分の行動に集中していてレイの言葉が聞こえてないのか、真っ直ぐ妖精郷の方に戻っていく。
それを見送ったレイは、どうするべきかと考える。
とはいえ、もうニールセンはレイの前からいなくなってしまった。
そうである以上、ここでレイが何をしようとしても意味はない。
「まさかこの連中をここに置いていく訳にもいかないしな」
穢れと関係があると思しき相手をこのままここに残していけば、レイもニールセンを追うような真似は出来るだろう。
しかし、ニールセンを追うからといってそのような真似が出来る筈もない。
例えロープでその辺の木に縛るといったような真似をしても、穢れの力を使っている可能性が高い者達である以上は、あっさりと拘束を解いて逃げ出しそうな気がする。
「グルルゥ!」
迷っているレイに向け、セトが自分に任せてと喉を鳴らす。
セトにしてみれば、ここで自分が穢れの関係者達を見張っているから、レイには妖精郷に向かってもいいよと言いたいのだろう。
レイもそんなセトの気持ちは分かったが、首を横に振る。
「止めておくよ。別にどうしてもニールセンを止めないといけないって訳じゃないし」
ニールセンが長に話を聞きに行っている間、レイはここで特に何かをやるようなこともないので、待っている必要がある。
時は金なりという言葉はあるが、今の場合は無理に何か行動をする必要がないのも事実。
であれば、少し暇になるのは間違いないものの、ニールセンが戻ってくるまでここで休憩でもしていればいいだけだろうと考え方を変える。
穢れの関係者をトレントの森にいるモンスターや野生動物から守るというのは、思うところがない訳ではない。
しかし、それくらいなら我慢しようと思えば出来るのも事実だった。
「グルルゥ? グルゥ!」
レイの言葉に、セトは少し考えてから分かった! と喉を鳴らす。
セトにしてみれば、ここで穢れの関係者を見張るという仕事をしようかと思っていたが、レイが一緒にここに残ってくれるのなら、それは寧ろ喜ぶべきことだったのだろう。
「じゃあ、まずはこの連中が起きてもすぐに行動出来ないように、縛っておくか。幸い周囲に木が大量にあって、縛る場所には困らないし。……あ、その前に武器とか道具とかは奪っておいた方がいいな。またあの青い煙を出されると厄介だ。それに……それなりに使い勝手はよさそうだし」
レイにしてみれば、あの青い煙を生み出すマジックアイテムは色々と使い道が多そうに思えた。
今回のように逃げるのに使うというのもいいだろう。
あるいは敵が大量にいる時に青い煙を生み出し、そこに突っ込んで手当たり次第に敵を倒すといった使い方でもいい。
他にも自分が突っ込まなくても、ただ単純に相手を混乱させるのに使うといった方法もある。
それ以外にも、今すぐには思いつかないものの、何か他に使い道は思い浮かぶかもしれない。
だからこそ、今のうちに没収しておきたいと思ったのだ。
(それに……死なないというのが分かっている、だったか? あの言葉の意味も今はまだちょっと分からないしな。もしかしたらそういうマジックアイテムもあるのかもしれない)
もし死んだことをなかったことに出来るといったようなマジックアイテムがあるのなら、それこそ何があっても入手したい。
そうレイは思うし、レイ以外の者であっても同様だろう。
気絶している者を一人ずつそれぞれ違う木の側まで連れていき、武器や防具を解除し、何かマジックアイテムの類であったり、財布を取り出していく。
気絶した十人の中には女もいたのだが、レイは容赦なく装備や道具、金を奪っていく。
もしここに誰か女がいれば、そちらに任せるといった真似も出来ただろう。
だが、ここにいるのはレイとセトだけだ。
まさか、セトに武器や防具、道具、金といった諸々を奪うような真似をさせる訳にもいかない。
もちろん、レイが頼めばセトもその程度は普通にやってくれるだろうが、レイとしてはセトにそのような真似をさせるのは気が進まなかった。
ともあれ、そうして無事に全員を縛り付けることに成功する。
「さて……武器や防具、ポーションの類はいいとして、何個か使い道が分からない奴があるな」
気絶した十人から奪った諸々を前に、レイは呟く。
マジックアイテムらしき物も幾つかあるのだが、それが具体的にどのような効果があるのか分からなければ使うに使えない。
かといって、魔力を流して普通に使ってしまう訳にはいかないのも事実。
ここで下手に使って、実はそれが自爆用のマジックアイテムだったりした場合、洒落にならない被害がある。
レイにとってそれはとてもではないが嬉しくない出来事だ。
そうである以上、どうするべきかと迷い……ふと、視線を上げる。
そこにはいつの間に現れたのか、長とニールセンの姿があった。
ニールセンが長を呼んでくると言っていたが、戻ってくるのが予想以上に早い。
あるいはレイがロープで拘束したり、武器や防具、道具を剥ぎ取ったりするのに時間が掛かりすぎたのか。
理由はともあれ、長が来たのだからどうするか聞こうとして……長が厳しい視線でレイを……正確にはレイの前にあるマジックアイテムと思われる道具に視線を向けているのに気が付くのだった。