2976話
それぞれに武器を抜いた十人の侵入者達。
正確には男が七人に女が三人。
そんな者達の様子を見て、レイは内心で疑問を抱く。
着ている服や手に持つ武器は違うものの、身のこなしが全員ほぼ同じだったからだ。
冒険者というのは、それぞれ戦闘の際の身体の動かし方は違う。
どこかの道場の類に通っていたりしても、冒険者として活動している以上は意識的か無意識かは別だが、どうしても戦いの中の経験から道場で習った動きに変化がある。
そう考えると、こうして十人全員が全く同じ動きをするというのは普通なら有り得ない。
「どうやら、ただの密猟者って訳じゃないみたいだな。……けど、この状況で俺に武器を向けてきたんだ。その意味は当然分かってるんだよな?」
セトが敵の後ろに姿を現したのを見て、もう遠慮する必要はないと判断したのだろう。
レイはいつものようにミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。
「な……馬鹿な……大鎌に槍……深紅のレイか!?」
レイの代名詞とも呼べるセトがおらず、ドラゴンローブの効果でその辺に売っているローブを着ているように見えていた相手が、いきなりどこからともなく大鎌と槍を取り出したのだ。
驚くなという方が無理だろうし、何よりその二つの武器を同時に使うような者は一人しかいない。
……いや、実際には長柄の武器を二本持つ者がレイ以外にいてもおかしくはないのだが。
ただ、大鎌と槍という異なる長柄の武器をそれぞれ持つ者で有名な人物となると、やはりレイの名前が真っ先に出て来るのだろう。
「どうやら俺の名前を知っていたようだな。なら、俺の相棒も知ってるな? 逃げることは出来ないぞ?」
「グルルルルルルゥ!」
レイの言葉に合わせるように、セトが王の威圧を使う。
だが……
「何?」
十人全員が王の威圧の効果が効いた様子がないのを見て、レイの口からそんな声が出る。
王の威圧は、自分よりも格下の相手を動けなくするという効果を持つセトのスキルだ。
レイが見たところ、侵入者の十人はそれなりの使い手ではあるものの、言ってみればそれだけでしかない。
とてもではないが、セトの王の威圧に耐えられるとは思えなかった。
あるいは、これが十人の中の一人や二人が抵抗出来たのなら、まだ何とか理解出来ただろう。
しかし、全員がとなると奇妙だ。
また、同時にレイは気が付く。
目の前にいる者達はとてもではないが自分達が王の威圧を耐えたという様子がないようだ、と。
何があったのか、本人達ですら全く理解していないかのような、そんな様子。
(どうなっている? セトの王の威圧に耐えたのなら、もっと何か反応があってもいい筈だ。そういう反応がないということは、何かがあるのは間違いない)
そんな風に疑問を……いや、ただの疑問ではなく、これ以上ない強烈な疑問を感じるレイだったが、その疑問を感じられている方は自分達の後ろにグリフォンのセトがいることで、驚き……同時に納得する。
大鎌と槍という、異なる長柄の武器二本を持つということで、自分達の目の前にいるのが深紅のレイだというのはほぼ確定していた。
その上で。自分達の後ろに姿を現したセト。
深紅のレイの象徴の一つである従魔のグリフォンに間違いない。
元々目の前にいるのが深紅のレイだというのは知っていたものの、このセトの登場が駄目押しとなる。
「お前達……何者だ? セトのスキルを使われたのに、それが全く効いていない。いや、それどころかスキルを使われたということすら認識していないってのは、妙だな」
相手の正体に疑問を抱いて尋ねるレイだったが、そんなレイの様子に相手は警戒の視線を向けてくるものの、何も答える気はない。
自分達の不利になるようなことを言う必要はないと、そう思っているのだろう。
実際、その判断は正しい。
レイも相手から何らかの情報を貰えるとは思っていなかったものの、それでもこうして黙っていられると予想することすら出来ないのだから。
(どうやらただの密猟者って線は消えたか。どういう手段でセトのスキルを防いだのかは分からないが、ただの密猟者にそんな真似が出来るとは到底思えないし。スキルかマジックアイテムか……うん?)
相手が一体どのような存在なのかを考えていたレイだったが、ふと違和感を……正確には既視感を抱く。
今の自分のこの考え、どこかで考えたことがなかったかと。
そこまで考えが及べば、答えに辿り着くのはすぐだった。
(ボブを狙ってきた連中!?)
そう思ったが、確信を抱いた訳ではない。
しかし、状況証拠を考えれば敵の能力はそのように思えてしまうのは間違いないのだ。
ボブの名前を出して相手の様子を見た方がいいのでは?
そう思ったレイだったが、それが理由で向こうはレイに自分達の正体を知られたと判断し、逃げ出す可能性がある。
勿論、そうなればそうなったで対処するのは難しい話ではない。
セトが敵の後ろに回り込んだ以上、当然ながらニールセンも既に準備を整えて、いつでも魔法を使う準備が終わっているのだから。
それでも、やはり出来ればそういうことがないまま、全員を捕らえた方がいい。
「セトのスキルを防いだのは凄いと思うが、だからといってこの状況から抜け出せるなんてことは思ってないよな? そして俺が誰なのかも分かっている以上、大人しく降伏することを勧めるぞ」
そう言い、デスサイズの石突きを地面に突き立てるレイ。
どん、と。そんな衝撃が離れた場所にいる者達にまで感じられる。
それだけを見ても、レイと正面から戦って侵入してきた者達が勝てる見込みはない。
侵入者達もそれは分かっているのだろうに、それでもレイを相手に逃げ出す様子はなかった。
背後にはセトがいるとはいえ、ここは森の中だ。
逃げようと思えば、それこそ逃げる場所は幾らでもある。
ニールセンがいる以上、実際には無理なのだが。
しかし、それはあくまでもニールセンに頼んだレイだからこそ知ってることだ。
それを知らない者達にしてみれば、一斉に逃げればどうとでも対処は出来ると思ってもおかしくはない。
だというのに、逃げる様子もなくレイと向かい合っているのだ。
そんな中、やがて先頭にいる男が口を開く。
「お前がレイなら、聞きたいことがある」
「……この状況でそんな風に言ってくるというのは、ちょっと驚きだな。その様子からすると、俺をどうにか出来ると、そんな風に思ってるのか?」
そう言いながら、レイは殺気をじわり、と滲ませていく。
そんなレイの殺気に気が付いた者も何人かいるのだろう。
表情が厳しくなっていく者も多い。
「怯えるな! 俺達はこんな場所で死なない。それを知ってる筈だ!」
死なないことを知っている。
その表現に殺気を出しつつも、レイは疑問を抱く。
相手が何を言ってるのかは分からないものの、その言葉にこそ自分を前にしてあのような余裕のある態度を取っている理由なのだろうと理解出来たのだから。
「知っている、ね。それが具体的に何を意味してるのか、教えてくれると嬉しいな」
そう尋ねるレイだったが、当然ながら向こうが自分達の奥の手や切り札といったものをそう簡単に教える筈もない。
レイの言葉を無視して口を開く。
「行くぞ、何としてもこの場を脱して奴を殺すのだ!」
叫ぶと同時に、男は懐から取り出した何かを地面に叩き付ける。
同時に、周辺に青の煙が巻き上がる。
「ちっ、ニールセン!」
その煙の意味を理解したレイは、ニールセンの名前を叫ぶ。
同時に煙の中から戸惑った声が幾つも聞こえてくる。
「何だこれ! 動けないぞ!」
「何、そっちもか!? くそっ、一体何がどうなってる!」
「レイだ、レイが何かをしてきたんだ! 俺の足が何かに巻き付かれてる!」
「ええいっ、この……植物!? これ植物の蔦よ!」
そんな声が聞こえてくる中で、レイは青い煙から距離を取りつつ、安堵した様子を見せる。
相手がレイの目を欺く為にこの青い煙を生み出した。
そしてこの青い煙に紛れるようにして、レイの前から逃げるつもりだったのだろう。
だが……向こうにとっては予想外なことに、ニールセンという存在がいた。
「セト、青い煙から逃げ出した奴がいたら捕らえてくれ!」
叫びつつ、レイもまた青い煙から脱出してくる者がいないかどうかを警戒する。
同時に、先程の言葉に疑問を抱く。
(この場から逃げ出してから、奴を殺せ。間違いなく向こうはそう言ったよな? だとすれば、あの連中が殺そうとしているのは俺……じゃない。普通に考えればボブか)
元々ボブは穢れの関係者に狙われていた。
今ここにいるのは、以前森の中で戦った相手ではない。
しかし、それでも言葉の端々や行動からどこか似たようなところがあるという思いはあった。
そのような相手が奴を殺すと明確に口にした以上、その狙いはボブであると予想するのは難しい話ではない。
勿論、それはあくまでもレイがそのように思っているだけであって、実際には違う可能性もあるのだが。
「グルルルルゥ!」
「ぎゃああっ!」
セトの鳴き声と共に悲鳴が聞こえてくる。
ニールセンの魔法に捕まらなかったか、あるいは蔦を短剣か何かで切断したのか。
理由はともかく、未だに周囲に留まり続けている青い煙の中から飛び出た男の一人がセトの一撃によって吹き飛ばされたのだ。
そんな様子を見ていると、やがてレイからそれ程離れていない場所にある青い煙から一人、飛び出してくるのが見えた。
「逃がすと思うか?」
地面を蹴って飛び出してきた男のすぐ側まで移動する。
逃げ出した男にしてみれば、まさかこんなに早くレイがやって来るというのは予想外だったのだろう。
驚きの表情を浮かべ、次の瞬間にはデスサイズの柄で胴体を殴られて吹き飛ぶ。
レイは殆ど重量がないかのように扱っているものの、デスサイズの重量は百kg程もある。
そのような物で……しかもレイの力で殴られれば、あのように吹き飛ぶのは当然だろう。
更に運の悪いことに、吹き飛んだ男は近くにあった木の幹に叩き付けられ、一瞬にして気絶してしまう。
「レイ、もう何人か逃がす?」
気絶した男を一瞥し、再び青い煙に視線を向けたところでニールセンがレイの頭の上まで飛んできてそう尋ねる。
ニールセンにしてみれば、放っておいても魔法で生み出した蔦を切断して逃げられるのだ。
なら一人ずつ、あるいはもう少し多くを順番に離していくことで、敵を減らしていった方がいいのではないかと思ったのだろう。
「そうだな。あの連中はどうやらボブを殺そうとした連中と同じ組織の奴みたいだ。そう考えると、出来れば可能な限り生け捕りにしておきたい」
「……レイに吹き飛ばされた人、生きてるの?」
呆れた様子で尋ねてくるニールセン。
先程のレイの一撃によって吹き飛ばされた相手は、ニールセンの目から見て必ずしも生きているとは思えなかったのだ。
もっとも、実際には地面に倒れつつも指先が微かに動いている……あるいは痙攣しているので、取りあえず生きているのは間違いないと思われたが。
「大丈夫だ」
レイの口から出た大丈夫というのが、吹き飛んだ男がまだ生きているから大丈夫なのか、次からは気を付けるから大丈夫なのか。
その辺りはニールセンにも分からなかったが、取りあえずその辺は今の自分が気にしても仕方がないだろうと判断して、気にしないことにする。
「取りあえず、次を離してくれ」
レイの言葉に、ニールセンは特に返事をすることもなく青い煙の中にいる中の二人に絡みついている植物を解除する。
同時に、青い煙の中から走り出す……ようなことはない。
(何だ? ……いや、仲間が青い煙の中から出たところでやられたのを、声で判断したのか? それなら、向こうが警戒してるのも納得出来る。けど、そうなると……)
もしかして。
そう思ったレイだったが、そんなレイの予想をニールセンが裏付けるように声を出す。
「あ、植物が切られていってるわ」
「やっぱりそうくるか」
レイがニールセンに頼んで少しずつ魔法を解除して貰ったのは、あくまでも数人ずつ倒す為というのが大きい。
だが、ニールセンに魔法を解除された者は、今までの流れからそうなるというのを予想したのだろう。
だからこそ、二人ずつ出るのではなく他にも捕まっている者達を自由にし、一斉に逃げ出そうとしたのだろう。
とはいえ、既に数人が倒されている今、残りの人数はそこまで多くはない。
その程度の人数で一斉に逃げるといったような真似をしても……
「ニールセン、数が多くなったらまた魔法を頼む」
「任せておいて! 絶対に逃がさないから!」
何がやる気に満ちさせたのかレイには分からなかったが、ニールセンは嬉しそうに叫ぶのだった。