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レジェンド  作者: 神無月 紅
妖精のマジックアイテム
2974/3865

2974話

 レイがセトに乗ってマリーナの家から飛び立ったのは、当然のようにマリーナの家の周辺にいた者達に知られることになる。

 中にはレイがどこに行くのかを突き止め、そこで直接交渉をしようと考える者もいたのだが、セトの飛ぶ速度を考えれば不可能に近い。

 それでもセトの飛んでいった方向を確認出来れば、取りあえずどの方向に向かえばいいのかだけは分かる。

 もしセトの飛んだ方向も分からない場合、レイやセトを見つけるのは不可能に等しい。

 ……何らかの手段、例えばスキルやマジックアイテムで目当ての人物を見つけるといったようなものがあれば、話は別だったが。

 地上でそんな風に騒動になっているとは知らない……あるいは知っていて無視するレイだったが、セトに乗って移動していると地上に見覚えのある者達を見つける。


「ヴィヘラ……トレントの森に行ってるって話だったけど、もう戻ってきたのか? 取りあえず声は掛けていくか。マリーナの家にいたエレーナはともかく、マリーナの働いている治療院に行ってマリーナと会ってきたのに、ヴィヘラに会わないと拗ねそうだし」


 ここで会わなければ、ヴィヘラと接触しないということにもなったかもしれないが、今、地上には馬に乗って走っているヴィヘラの姿がある。

 正確には、ヴィヘラに抱えられるようにしてビューネの姿もあるのだが。


(異世界から鹿を連れてきてなかったか? ……いや、それはビューネじゃなかったか。けど、トレントの森に放してた聞いたような……気のせいか? もし気のせいじゃなかったら、ボブに注意しておいた方がいいか。いや、もう妖精郷の中に入ったんだし、狩りをする必要はないよな?)


 場合によっては、ボブによって鹿が狩られていた可能性もあったのだと知ると、それがなかったようでレイは安堵する。


「セト」

「グルゥ!」


 レイが何かも言わずとも、セトはすぐ地上に向かって降下していく。

 なお、当然だが街道にいるのはヴィヘラ達だけではなく、他にも商人や冒険者、それ以外も結構な人数が歩いている。

 そんな者達は空から降下してくるセトの存在に気が付いている者も多い。

 中にはレイがクリスタルドラゴンを倒したというのを知っている者もいるのか、地上に降下してくるセトの姿を見て嬉しそうにしている者もいた。

 これが街中であれば、面倒なことになるだろうとレイもわざわざ降下してくるような真似はしないだろう。

 しかし、ここは街道の途中だ。

 街道の続く先であるギルムで増築工事中なので、移動している者は結構な数になる。

 ギルムに向かう者、ギルムから出て来た者。

 それらの視線が向けられる中、レイはヴィヘラに声を掛ける。


「ヴィヘラ、こうやって生身で会うのは久しぶりだな」

「そうね。対のオーブで話すことも多かったから、正直なところあまりそんな感じはしないけど」


 その言葉通り、レイと会ってもそこまで大袈裟に喜びを露わにはしないヴィヘラ。

 ただし、それでも愛する男に直接会うのは嬉しいのだろう。

 その口には笑みが浮かんでいた。


「ビューネも久しぶりだな」

「ん」


 ビューネの方は、相変わらず特に表情を動かす様子もなく、そう一言だけ呟く。

 ヴィヘラとは違い、ビューネとは対のオーブでもあまり話すといったようなことはなかった。

 にも関わらず、ビューネはレイを見ても特に表情を動かす様子はない。

 ……ただ、セトを見て少し、ほんの少しだけ口元が弧を描いたような気がしたが。


「それで? ギルムの方から来たということは、もうギルムでの用事は終わったのよね?」

「そうだな。……ここで話しているのも何だし、ちょっと移動するか」


 レイとヴィヘラが話している内容が気になるのだろう。

 歩いている多くの者が興味深い視線をレイ達に向けていた。

 とはいえ、歩いている以上は当然だが足を止めるといったことをする訳にはいかない。

 やろうと思えば出来るのは間違いないだろう。

 だが、そのような真似をすればレイとヴィヘラの話を盗み聞きしたいと思っていると知られてしまうのは間違いない。

 これが普通の相手ならまだしも、セトを連れたレイを相手にそのような真似をすると、一体どのようなことになるのか。

 そう考えれば、ここでわざわざ手を出すといったような真似をするのは悪手でしかない。

 そのような相手に見られ、話を聞かれるのはどうかと思い、レイはヴィヘラと共に街道から少し離れた場所まで移動したのだ。

 ヴィヘラもまた、そんな周囲の様子には気が付いていたので、レイの言葉に反対をするような真似はしない。


「それで? 何で今日ギルムに戻ってきたの? 戻ってくるのはもう少し先の話だと思ってたけど」


 そう尋ねるヴィヘラが少しだけ不満そうなのは、もし今日レイがギルムに来ると知っていれば、トレントの森に向かうような真似はせず、ギルムで待っていたからだろう。

 そうすれば、レイともっとしっかり話せたし、何より模擬戦が出来たと思ったのだ。

 実際には、マリーナの家に到着してからすぐに領主の館に向かって――途中、屋台で料理を買ったりはしたが――ダスカーに穢れの件を説明し、その後はギルドに行って少し早いがクリスタルドラゴンの素材を受け取り、街を適当に歩いて治療院に向かってマリーナに会っただけだ。


(え? あれ? こうして考えると、結構時間的な余裕はあったような気がする。それでもヴィヘラとの模擬戦をやるとなると、色々と問題があったかもしれないけど)


 ヴィヘラとの模擬戦ともなれば、双方共にかなり派手に動く。

 そして模擬戦に集中することにより、周辺の被害も大きくなる。

 ……せめてもの救いは、ヴィヘラは遠距離攻撃の類を持っていないことか。

 モンスターとの戦闘になれば、その辺に落ちている石を拾って投擲するといったようなことをするが、幸いにもレイとの戦いの最中にそのような真似はしない。

 そのおかげで、マリーナの家の中庭はそこまで荒れることはない。

 ……それでも踏み込みの際に地面を蹴った痕跡といった具合にそれなりに荒れたりはするのだが。


「ちょっと妖精郷の長から頼まれてな。ダスカー様に報告することがあってきた」

「ダスカー殿に?」


 最初はレイが自分をのけ者にしたといったように思っていたのだが、妖精郷の長からダスカーに用件があってきたと言われれば、ヴィヘラも不満は口に出来ない。

 そうして話している間に、ビューネはヴィヘラの前から降りると、セトを撫で始める。

 基本的に表情が殆ど変わることがないビューネだが、セトを撫でている時は微かに……本当に微かにだが、口元に笑みが浮かぶ。

 見ている者もヴィヘラを含めてビューネと親しい者以外は理解出来ない、そんな笑み。

 そんなビューネの様子を見つつ、レイは頷く。


「ああ。詳しい話は……まぁ、エレーナやマリーナにはしてあるから、ギルムに戻ったら聞いてみればいい」


 ここで詳しい話をしてもいいのだが、周囲に人がいる状況でそのような真似は止めておいた方がいいと判断した。

 視線を向ける限りでは、レイとヴィヘラの会話を盗み聞きしている者はいない。

 しかし、それはあくまでもレイが見た限りでの話だ。

 何らかの手段によって、レイとヴィヘラの話を聞いている者がいる可能性は否定出来なかった。

 だからこそ、今回の一件では少しでも情報を漏らす可能性は低くするのは必須だった。


(まぁ、セトがいる以上は中途半端な能力であれば、すぐに見つかるだろうけど)


 その方面に対して、レイはセトに強い信頼を抱いてる。

 もっとも、そのようなことにならないのが最善なのは間違いなかったが。


「ふーん。レイがそう言うのなら、そうしようかしら。レイがそういう態度ということは、多分私も好きに暴れることが出来そうだし」

「いや、それは……まぁ、そう言われるとそうかもしれないな」


 穢れの件が具体的にどうなるのかは、レイにも分からない。

 だが、ボブを狙っていた者達がいたことから、何らかの理由で穢れの関係者が暴れているのは間違いのない事実なのだ。

 そしてボブはトレントの森にある妖精郷にいて、ヴィヘラは街中を見回ったり、トレントの森に行ったりという仕事をしている。

 そうである以上、ボブを狙っている者達とヴィヘラがぶつかる可能性というのは、決して皆無ではない。

 だからといって、それが具体的にどのようなことになるのかというのは、レイにも正確な予想は出来なかったが。

 それでもヴィヘラの性格を考えれば、もしそのような相手と遭遇した場合、間違いなく戦いを挑むだろう。

 それを穢れの関係者が受け入れるとは限らないが。


「でしょう? ふふっ、そうなるとちょっと面白くなってきたわね。この先のことを考えると、いつそういう戦いが起きるのかしら」


 呟き、意味ありげな視線をレイに向けるヴィヘラ。

 具体的にいつ強者と戦えるのかと楽しそうな様子だったが、いつになるのかというのをレイが分かる訳がない。


「それが俺に分かれば、それなりに便利なんだけどな。それに……こう言ってはなんだが、襲ってくる連中が強者とは限らないぞ?」


 ヴィヘラは誰との戦いでも好む訳ではない。

 その辺の雑魚との戦いを好むのではなく、あくまでも好むのは強者との戦いだ。

 それこそレイやエレーナといった面々との戦いでは楽しめるものの、ゴブリンとの戦いは作業でしかなく、全く楽しめない。

 そしてレイが見た感じ、ボブを襲ってきた者達は……一般的な意味で強いのは間違いないが、ヴィヘラが満足出来るだけの強さを持つのかと言われれば、その答えは否だ。


(それでも、ボブを襲ったのが穢れの関係者の中で最強って訳でもないし、穢れの関係者の中にはあの時の連中よりも強い奴は間違いなくいる)


 それは予想でしかなかったが、それでも何の根拠もない確証という訳ではない。

 穢れというのは、最悪の場合は大陸を滅ぼすだけの存在なのだ。

 そんな存在の関係者の実力が、じつはあの程度でしかない。

 そのようなことになったら、それこそ一体何がどうなるとそうなるのか、全く理解出来ない。


「レイがこうして戦っている相手だもの。弱いって訳はないでしょ。それなら別にレイが戦わなくてもいいんだし」

「それは……そういう判断は、一体どうなんだ? いやまぁ、ヴィヘラの言ってることは否定出来ない事実だけど」

「でしょう? なら、色々と面白くなりそうな気がするわね。それに私が参加出来ないのは……ちょっとどうかと思うわよ?」


 自分が戦いに参加しないのは有り得ない。

 そう言うヴィヘラだったが、レイもヴィヘラのその言葉は否定しない。

 戦闘狂のヴィヘラだが、その実力は間違いなく一級品。

 しかも戦闘狂ではあるが、ある程度の理性はある。

 そういう意味では、レイとしては是非とも戦力として欲しい相手なのは間違いなかった。

 相手は最悪大陸を滅ぼすといったようなことが出来る存在なのだ。

 戦力は大いに越したことはない。


(それに……ヴィヘラは好まないだろうが、立場が大きな意味を持つかもしれないし)


 出奔したとはいえ、ヴィヘラはベスティア帝国の皇女だ。

 ヴィヘラ本人には、出奔した以上は皇族としての権力を使うつもりはない。

 しかし、もしそれが必要な場合……それを使わなければどうしようもなくなる場合になれば、恐らくヴィヘラはそれを使うだろうとレイには予想出来る。

 実際にそれがどのくらいの意味を持つのかは、生憎とレイにも分からなかったが。


「そうだな。何かあったらヴィヘラにも協力を頼むとするよ。具体的にそれがどういう風になるのかは、ちょっと分からないけど」


 最初はそこまで乗り気ではなかったレイだったが、今となっては話は別だ。

 元々、ヴィヘラはレイのパーティメンバーであり、それ以上にもっと深い場所で繋がっている仲間だ。

 レイがそんなヴィヘラに協力を求めるのは、そうおかしな話ではなかったのだろう。


「ふふっ、分かって貰えて何よりよ。……それで、レイはこれからどうするの?」

「トレントの森に戻る」


 正確には妖精郷に戻るのだが、今の話を誰かが聞いていた場合、妖精郷というのは劇薬となる。

 その為、カモフラージュとしてそのような言葉を口にしていたのだ。

 ヴィヘラもそんなレイの様子に納得したのか、特に驚いた様子も見せずに頷く。


「そう、分かったわ。じゃあ、気を付けてね」

「ああ。……それにしても、馬一頭で移動してるんだな。ビューネも馬に乗れないってことは……ないよな?」


 ビューネのことだから馬にも乗れるのだろうと思ったのだが、取りあえずそれはそれで問題ないだろうと思っておく。


「そうね。でも、ビューネがこっちがいいって言うから。……ほら、ビューネ。行くわよ」

「ん」


 ヴィヘラの言葉に、ビューネがセトを撫でるのを止めて頷くのだった。

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