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レジェンド  作者: 神無月 紅
妖精のマジックアイテム
2971/3865

2971話

 店での話が終わると、それぞれ自由に行動することになる。

 当然ながら、マリーナは治療院に戻ることになった。

 先程の一件で騒いでいた者達も既に治療院の周囲からはいなくなっているだろうと判断してのことだ。

 とはいえ、治療院の周囲にいる者はいなくなっても、治療院の中にいる者達はまた話が別だが。

 治療院で働いている者ならマリーナの凄さについてもそれなりに知っているので、あれだけの騒動があってもそこまで問題にはならないだろう。

 だが、治療院で治療を受けている者達となると、話は変わってくる。

 マリーナのことをあまり知らないからこそ、先程の力を見て凄いと思う。

 それ以外にも、マリーナを自分の女にしようという冒険者の態度が気にくわなかったのだが、それを圧倒的な力で下したのだ。

 その光景を見て、すっきりするなという方が無理だった。

 ……怪我の軽い者の中には、外に吹き飛ばされた男達を追ったマリーナの活躍を見ようと、扉の側まで移動した者もいたくらいだ。

 そのような場所に戻るのだから、間違いなく大きな騒動になる。

 とはいえ、怪我人達もマリーナの力は自分の目で見たし、あるいは以前からマリーナの存在を知っている者も多い。

 そうである以上、マリーナにちょっかいを出すようなことをする者はまずいないだろう。


「じゃあ、またね」


 そう言い、レイの頬に軽くキスをしてマリーナは治療院に向かう。

 ざわり、と。

 そんな光景を見ていた店員や客、あるいは偶然店の前を通り掛かった者達がマリーナのキスを見てざわめき……


(あ、やばい)


 レイはすぐにそう判断する。

 ドラゴンローブのフードを被っていて、今のレイの顔を完全に確認出来る者はいない。

 しかし、マリーナが頬とはいえキスをしたのだ。

 そしてマリーナが現在どのような立場にいるのかを知れば、そのキスした相手がどのような存在なのかは考えるまでもなく明らかだろう。

 レイはざわめきの声を聞きながら、即座にその場から駆け出す。

 それから数秒後、今の男がレイだったと知った者達は驚く。

 レイにとって幸運だったのは、その中には貴族の手の者や商人といった者達がいなかったことだろう。

 レイとマリーナがいた場所は、大通りにあるような店ではなく、隠れ家的な店だ。

 そのおかげで客の数もそう多くはなく、マリーナがキスをした時に店の側にいた通行人達の中にも、レイと接触したがっている者はいなかった。

 実際には、レイと接触したいと思っている者に仕えている者はいたのだが、レイを捜せと言われていた訳でもないし、仕えている主の側近という訳でもない、下っ端だ。

 だからこそ、逃げ出したのがレイだと分かっても、それを追うようなことはなかったのだろう。

 そのような幸運に恵まれていたレイだったが、当然ながら街中を走っていればそれなりに目立つ。

 仕事をしている者の中にも街中を走る者がいるので、走っている者が皆無という訳でもないのだが。

 それでもこの辺りでどこにでもあるようなローブを着ていて、身のこなしから腕利きであるとなれば……当然だが、そのような者が誰なのかは考えるまでもなく明らかだ。


「見つかったか」

「どうするの?」


 レイの呟く声が聞こえたのだろう。ニールセンがドラゴンローブの中から聞いてくる。

 騒がしい街中を走りながら、自分の服の中で周囲には聞こえないように尋ねたその声は、普通なら聞き逃していてもおかしくはないだろう。

 だが、レイの身体は常人よりも鋭い感覚を持っている。

 そのおかげで、ニールセンの言葉をしっかりと聞くことが出来た。


「もうギルムでやらないといけない用事は終わらせた。ヴィヘラがいれば会っておきたかったけど、生誕の塔にいるらしいしな。なら、別にわざわざ会いに行く必要はない。このままマリーナの家に向かう」


 マリーナの家に入ってしまえば、その敷地内に入るのは難しい。

 精霊によって守られているのは、現在マリーナの家を監視している者なら誰でも知っているだろう。

 そうである以上、レイがマリーナの家の敷地内に入ってしまえば安全なのは間違いなかった。


「そう。じゃあ、頑張ってね」


 ニールセンの言葉は明るい。

 ドラゴンローブの中は多少狭いが簡易エアコンの機能もあるので快適だ。

 しかし、その狭いという状態がニールセンにとっては決して好ましいものではない。

 元々ニールセンは一ヶ所にじっとしているよりも、自由に動き回る方を好む。

 それだけに、マリーナの家に戻ればドラゴンローブから出て好きに動き回れると思ったのだろう。

 ……その考えは、決して間違ってはいない。

 しかし、マリーナの家は現在エレーナが住んでいるので、そのエレーナに会いたいとやって来る者達がいるということを忘れていた。

 あるいはギルムに戻ってきた時に、エレーナが誰かと面会をしていれば少し話は違っただろう。

 だが、レイ達がギルムに戻ってきた時は、特に誰かと面会をするといったようなこともせず、エレーナはアーラと模擬戦をしていた。

 そのおかげで……あるいはそのせいで、ニールセンはマリーナの家に行けばそこでは特に誰かがいるということもなく、自由に飛び回れると思っていたのだろう。

 ニールセンの様子からその件について何となく理解出来たレイだったが、その件について突っ込むような真似はしない。

 ここで下手に何かを言えばニールセンの機嫌を損なう可能性もあるし、何よりもマリーナの家に行った時に誰も客が来ていないという可能性も否定は出来ない。


「あ、いた!」


 走っているレイの耳にそんな声が入ってくる。

 今のいたというのが誰のことを示しているのかは、レイにも分からない。

 しかし、声の感じや声が発されたタイミングから考えて、恐らく自分のことだろうというのは予想出来る。

 その為、レイは特に気にした様子もなく……聞こえてきた声を無視して、走り続ける。

 すると自分を追って走ってくる足音が聞こえたので、やはり先程の声は自分に向けられたものだったのだろうと納得した。

 そのような音が聞こえてきた以上、レイは地を蹴る足を速める。

 レイを追ってくる相手が動揺した気配を感じる。

 普通に考えて、レイの走る速度にそう簡単についてこられるような者はそう多くはない。

 とはいえ、ここは街中だ。

 草原のような場所ではなく、多くの人が歩いている以上はそのような者達を回避しながら進む必要があった。


(敵が一体どういう風に俺を追ってきてるのは分からない。けど、街中で俺を追跡してるんだから、それなりに人混みの中を走るのに慣れてるんだろうが……あ)


 走っている中、不意に見覚えのある人物の姿を見つける。

 とはいえ、名前の類を覚えているような相手ではない。

 ギルムにおいて、諜報組織的な裏の活動しているエッグの部下の一人だ。


(いや、一人じゃないな)


 走りながら周囲を見ていると、三人、四人、五人と見覚えのある顔を発見していく。

 レイが見ることが出来るのは、当然ながら顔の知っている相手だけだ。

 エッグが率いている組織が、現在どのくらいの人数がいるのかはレイにも分からない。

 ギルムの裏を任されている組織だけに、増築工事で人が多く集まってきているのを思えば、その人手は幾らあっても足りないだろう。

 とはいえ、だからといって適当な相手を組織に入れるといったような真似をすれば、その人物が何らかの問題を起こす可能性が高かったが。

 そういう意味では、どこか妙な繋がりがないかといったことを調べてから組織に入れる必要があり、そう簡単に人を増やすといったような真似をする訳にはいかないだろう。


(けど、偶然……いや、そんな訳がないか)


 偶然にも、エッグの部下がレイの逃げる方向に集まっているといった可能性は、まず考えられない。

 だとすれば、何らかの理由があってそのような真似をしている筈だ。


(エッグも俺と接触したい? いや、そんな必要はない筈だ。それにもし何かあるのなら、ダスカー様の方に話を回せばいいんだし。そういうのがなかったということは、俺を捕らえたり接触したりしたい訳ではなく……)


 走りながらも、レイがもしかしたらと思うと、そんなレイの予想を裏付けるかのような出来事が起こる。


「うわぁっ!」

「ああ、すいません! 急に走って来られるから……」

「どわぁっ!」

「おい、ぶつかってそのまま逃げるつもりか!?」


 そんな声が、レイの背後から聞こえてくる。

 そして声が聞こえてくるとレイを追ってくる気配はそれだけ少なくなっていく。

 走る先にいた顔見知りのエッグの部下は、レイと視線が合うと笑みを浮かべた。

 その笑みを見て、エッグの部下達は自分を援護する為に集まっているのだろうとレイは納得する。

 元々レイについてこられるような者はそう多くはないが、エッグとしては街中で騒動はあまり起こして欲しくないのだろう。

 レイの力を知ってるが故に、ここでレイが暴れるといったようなことがあった場合、それによる被害が大きいと判断したのだ。

 レイにしてみれば、自分はそんなことをするつもりは全くないのだが……レイのこれまでの実績を知っているエッグにしてみれば、万が一に備えるのは当然だった。


(けど、これだけの人数を集めたってことは俺がこの辺にいるってのをエッグは知ってたんだよな? 一体どうやってその辺りの情報を入手したのやら)


 レイがギルムに戻ってきたことそのものは、ダスカーからエッグに伝わった可能性が高い。

 だが、領主の館から出たレイは特にどこに行くとも決めておらず、適当に歩き回っていた。

 そこから思いつきで治療院に行ったのだ。

 だというのに、そこにエッグの手の者が待っていたようにいるというのは、レイがマリーナに会いに治療院に行くと予想していたのか、それとも単純にエッグの組織の情報収集能力が高いのか。

 その辺は生憎とレイにも分からなかったが……レイの邪魔をするのではなく、レイを追ってくる者達の邪魔をしてくれるのだから、その行為に不満はない。

 背後から聞こえてくる怒声や慌てたような声、何故か笑い声も聞こえてきたりしたが、レイはそれに構わずに走り続け……やがて貴族街が見えてくる。

 現在レイがいるのは、貴族街の手前にある裕福な者達が住む場所。

 ……以前はこの辺りの屋敷の地下で騒動があったので、レイにとっても全く知らない場所ではない。


(残りは一人……いや、二人か)


 そのような場所を疾風の如き速度で走り抜けるレイ。

 高級住宅街である以上、当然だが街中と比べると歩いている者は多くない。

 それはつまり、レイは回避しながら移動するといったような真似をしなくてもよく……レイが持つ本来の実力を発揮して走ることが出来るということになる。

 街中だからこそレイについてくることが出来た者達は、そんなレイの走る速度に距離を離されていく。

 残り二人となったうちの一人はここで完全に離され、気が付けばレイを追ってきているのは一人になっていた。

 やがて貴族街が近くなるが、レイの走る速度は決して落ちない。

 この状況で貴族街を走れば、当然ながら怪しまれる。

 大通りとは違い、貴族街に住んでいるのは基本的に貴族だ。

 その上、現在は増設工事で仕事を求めて多くの者がギルムにやって来ているので、見回りもいつも以上に厳しい。

 ……もっとも、既に増築工事が始まってから一年以上が経過してるので、その見回りの中にも緊張感がなくなっている者が多いのだが。

 しかし、そんな状況でも貴族街を走っている相手を見逃す程ではない。

 ましてや、セトを連れていない今のレイはドラゴンローブの隠蔽の効果によってどこにでも売ってるローブを着ているようにしか見えないのだ。

 大通りならレイのこの姿でも問題はなかっただろう。

 しかし、ここは貴族街だ。

 そのようや安物のローブを着ていれば、悪い意味で目立つ。


「待て! お前、何者だ!」


 貴族街を見回りしていた者達が走るレイを見て、咄嗟にそう声を掛ける。

 声を掛けながら、もしかしたら犯罪者ではないかと警戒し、武器を抜くが……


「悪いな」


 短くそれだけを告げると、レイは見回りをしていた者達との間合いを詰める。

 半ば反射的にレイに攻撃をする者達だが、レイはそんな攻撃をあっさりと回避しながら見回りをしていた者達とすれ違う。


「あ、おい!」


 攻撃をあっさりと回避されたことには驚いたが、相手も全く何も攻撃をしてこなかったことに驚いた男の一人が咄嗟に叫ぶも……


「いい、止めておけ」

「え?」


 仲間の一人にそう言われ、一体何故? と疑問の視線を向ける。

 だが、その視線を向けられた男は、納得した様子で口を開く。


「戻ってきてるって話は聞いてたが……さすが深紅の異名持ちだ」


 その言葉に、自分達が攻撃を仕掛けたのが誰なのかに気が付き、他の者達は驚愕するのだった。

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