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レジェンド  作者: 神無月 紅
妖精のマジックアイテム
2969/3865

2969話

 治療院の前で起こった出来事を見ていたレイは、これからどうするべきか考える。

 マリーナの様子からして、このまま帰るという訳にはいかないだろう。

 また、自分を意味ありげな視線で見てきたことからも、恐らく何かの意図があってのことだと思うが……その意図が分からない。


「取りあえず、店に行くか。……あ、もしかして、それか?」


 呟いた自分の言葉で、もしかしてと思う。

 治療院で働いているマリーナに会いに来るのは、別にこれが初めてという訳ではない。

 そして決まってそういう時は、治療院の近くにある店に行っていたのだ。

 先程の視線も、もしかしたらそういうことだったのではないか。

 そう思いつつ、レイは店に向かう。

 軽食やお茶を中心として出す店で、レイの認識では喫茶店に近い店。

 ……もっとも、レイが日本にいる時は喫茶店に行くといったようなことはなかったが。

 これは別にレイの行動範囲に喫茶店の類がなかった訳ではない。

 しかし、紅茶を一杯飲むのに結構な値段がするのを思えば、スーパーで何か飲み物を買った方がお手軽だというのがレイの考えだ。

 高校生で小遣いが少ないというのも大きく関係しているが。

 そういう訳で、実はギルムに来てからの方がこのような喫茶店に近い店を利用する機会が多くなったレイだった。


「げほっ、げほ……くそ……おい、何を見てやがる!」


 ようやく咳が止まった男が、周囲にいる野次馬達に対して苛立ちも露わに叫ぶ。

 今のこの状況は、男にとって面子を潰されたようなものだ。

 それもちょっとやそっとではなく、完全に。

 自分の力には自信があったし、相手は戦士でもなく回復魔法使いだ。

 そう聞いており、それ以上は詳しく調べずに治療院に向かい……その結果が、今のこの状況だった。

 正直なところ、今更ここで何を言っても、これ以上は恥を掻くだけだ。

 それは分かっていたのだが、それでも今の苛立ちを他の相手にぶつけたくて仕方がない。

 これ以上ここにいると、自分も面倒に巻き込まれるかもしれない。

 それはごめんだと考えたレイは、素早くその場を後にする。


(尾行は……まだあるか)


 目的の店に向かいながら、被っているフードの下で微かに眉を顰める。

 ギルドから追ってきている視線……それを向けている尾行の数は、大分少なくなった。

 しかし、それでもまだそれなりの視線を感じているのは間違いない。


(俺に構ってないで、もっと怪しい奴を捜せばいいのに)


 そう思うレイだったが、尾行の主達が捜しているのは間違いなくレイなのだから、今もこうして尾行してきている者達は十分に優れた能力を持っていると言ってもいいのだろう。

 もっとも、だからこそレイとしては困っているのだが。

 これでレイが店に行ってそこでマリーナと話したら、余計にレイが怪しいといったように思われるのだから。

 マリーナはギルムにおいて有名人だ。

 勿論先程マリーナにちょっかいを出した男達のように、最近ギルムに来たばかりの者ならマリーナについて詳しい事情を知らない可能性もあるのだが……それはあくまでも先程の男達のような存在だけだ。

 増築工事前からギルムにいる者は当然マリーナについて知っている。

 あるいは増築工事が始まってからギルムに来た者でも、きちんと情報を集めているような者ならマリーナについての情報は知っている筈だった。

 そして今こうしてレイを追ってくる者達は……当然マリーナについても知っているだろう。

 そんな中で、レイと思しき相手がマリーナと接触したらどうなるか。

 その人物はレイである可能性が限りなく高いと判断されるだろう。

 少なくても、もしレイが相手を追う立場であればそのように認識する。

 そうである以上、店に行くまでにどうにかする必要があるのだが……


(どうする? いっそ走って尾行している連中を撒くとか? それはそれでありかもしれないけど、そうなるとやっぱり最終的に俺が怪しいというのは尾行している連中に知られてしまう)


 レイがレイであると認識出来ずとも、尾行者達を撒くといった行動をした場合、尾行されると困るというのは明らかになってしまう。

 そうなると……そう思い、ふと思いつく。


(あれ? 別に今の俺がレイだと知られても、マリーナと会ってる時に見つからないのなら、問題ないんじゃ? 勿論、マリーナと会った後で街中を移動している時に見つかれば、俺はより一層怪しい相手だと思われるかもしれないが……その時は、もうマリーナの家の敷地内に入ってしまえばいいんだし)


 マリーナの家の敷地内に入るということをすれば、それはもう確実にレイであると知られてしまう。

 しかし、その状況ではもう知られてしまっても構わない。

 マリーナの家からは、セトに乗って直接ギルムから出ることが可能なのだから。

 つまり、マリーナの家に入ってしまえばレイに接触したい相手は接触することがまず不可能になってしまう。

 そういう意味では、ここで力を発揮すればどうとでもなるのは間違いなかった。


「よし」


 そうと決まれば話は早い。

 店までの距離はまだそれなりにあるが、それでも出来るだけ早めに尾行している相手を撒いた方がいいだろうと判断して走り出す。

 当然ながら背後で動揺した気配を幾つか感じたが、当然ながらレイがそんな相手に構う筈もない。

 通を歩いている者の数はかなり多いが、そのような者達の間をすり抜けるようにして移動していく。

 尾行している者達も、ギルドの建物から出て来たレイを怪しい相手と認識するだけの目は持っていたのだから、相応の技量を持つ者達だったのだろう。

 だが、まさかここでいきなりレイが走り出すとは思っていなかったのか、レイを追う行動が完全に遅れてしまった。

 数秒。

 時間にしてみればその程度なのだが、レイを相手に数秒を与えるというのは致命的すぎる。

 ましてや、歩く場所もない……といった程ではないにしろ、それでも結構な数の通行人がいる。

 最初からその間を抜けようと考えていたレイは、持ち前の身体能力もあってあっさりと移動することに成功するものの、尾行してきた者達は数秒の遅れと人の多さに咄嗟に対処出来ない。

 こうして逃げたのだから、恐らくあのローブを着ていた相手がレイだったというのは容易に予想は出来るだろう。

 しかし、この状況でそう判断してももう遅い。

 それでも何とかレイを追おうとする者、あるいは完全に撒かれたと判断して雇い主に報告に行く者。

 そのようにそれぞれに自分のやるべき行動をする。

 尾行していた者達がそのような行動をしている時、レイは既に裏道を通ったり、建物と建物の隙間を移動したりといった真似をしながら尾行を完全に撒いたと判断する。

 自分を追ってくる気配の類がなかったので、もう大丈夫だと思ったのだ。

 ……あるいはこの状況でも自分を追ってきている者がいた場合は、その相手を気絶させるといったような真似をしようかと思っていたのだが、幸いそのようなことは気にする必要がなかった。

 追跡を振り切ったと確認したレイは、やがて以前にマリーナと一緒に利用した店に到着する。


「遅いわよ」

「……そっちが早すぎると思うんだけどな」


 店の中に入って見回すと、テーブルの一席にマリーナの姿があった。

 そのマリーナは、不満そうな様子でレイに呼び掛けてくる。

 レイはそれに言葉を返しつつ、同じテーブルに座った。

 ざわり、と。

 ここは隠れ家的な店なので、客の数は決して多くはない。

 しかしそれでも、今のギルムの人口を考えれば相応に客はいる。

 そんな客の中には、当然ながら元々マリーナについて知っている者もいるし、先程の騒動を見ていた者もいる。

 だからこそ、マリーナがレイに声を掛けたのにも驚いたし、レイが気軽に声を返したことにも驚いた。

 レイとマリーナは双方共に周囲の様子を全く気にしていなかったが。

 注文を取りに来た店員に果実水と何か軽く食べられる料理を注文すると、早速話し始める……前に、マリーナが短く呪文を唱えて精霊魔法を発動させる。


「取りあえず、これで私達の会話が誰かに聞かれるようなことはないわ」

「助かるよ」

「で? 何で妖精郷にいたレイがギルムにいるの? レイがギルムにいると、間違いなく面倒なことになるでしょう?」

「正解だ。ただ、それでもダスカー様に知らせておかないといけないことがあってな」


 そう説明しつつ、ふとレイは気が付く。

 自分の目の前にいるマリーナは、数百年を生きたダークエルフだ。

 そうである以上、もしかしたら穢れについて何か知ってるのではないか、と。


「マリーナ、穢れって知ってるか?」

「穢れ? うーん……何かで聞いたことがあるような、ないような……ちょっと詳しいところまでは分からないわね」

「そうか。マリーナなら知ってるかもしれないと思ったんだが」

「話の流れからすると、その穢れについてダスカーに報告しに来たの? こんな状況の中で、わざわざ?」

「ああ。ちょっと……いや、かなり危険らしいからな」

「そうよ。長が危険だと言ったんだから、間違いないわ」


 レイの言葉に続くように口を挟んだのは、ドラゴンローブの中にいたニールセン。

 それでも周囲に見つからないように工夫している為か、ドラゴンローブから出て来るのではなく、顔だけ出してそう言ってくる。


「あら、いたの。妖精郷にいたレイが戻ってきてたんだから、ニールセンが一緒でもおかしくはないけど。……それで? 穢れというのが危険なのは分かったけど、具体的にどういう風に危険なの?」

「生憎とそこも分からない。ただ、長が言うには穢れというのは悪い魔力で、最悪の場合はこの大陸が壊滅してもおかしくはないらしい」


 そんなレイの言葉に、マリーナは一体何を言ってるのか理解出来ないといった表情を浮かべる。

 そして、今の話はどんな冗談なのかと、そうレイに尋ねようとしたのだが、レイの表情が真剣なのを見て、それが冗談でも何でもないのだということを理解する。


「本当なのね?」

「残念ながらな。もっとも、俺達もその穢れが具体的にどういうのなのかというのは、生憎と分からない。ただ、危険だと聞かされているだけでな」

「……そう。なら、グリ……いえ、お爺さんに聞いてみたら?」


 グリムと途中まで言い掛けたマリーナだったが、この場にはニールセンがいることもあってか、そう誤魔化す。

 ニールセンがグリムの名前を知ってるとは思えないが、それでも万が一を考えてのことなのだろう。

 そこでお爺さんという表現が出てしまう辺り、グリムとレイの関係をよく理解している。


「ああ、なるほど。それはありだな」


 グリムはゼパイルが生きていた時の人物だ。

 結構な年月を生きている――アンデッドなのでこの表現は正確ではないが――ので、もしかしたら穢れの件について知っている可能性もある。

 穢れというのが具体的にどういうものなのか。

 もしそれを知ることが出来れば、それに対処することも出来るようになる。

 穢れの騒動に巻き込まれるのは既に確定していると言いたげなレイだったが、トラブルの女神に好かれている自分なのだから、ここまで関わった以上は本格的に穢れの騒動に巻き込まれるだろうという予想はそう難しくはない。

 ましてや、場合によっては大陸が壊滅するという程の脅威だ。

 自分がその騒動に関わる事によって、穢れの被害を少しでも少なく出来るのなら、それに参加しないという選択肢はレイにはない。


「でしょう? 後で聞いてみたら。……それで、レイは今夜どうするの? うちに泊まっていく?」


 普通に考えれば、マリーナ程の美人に今夜はうちに泊まっていくかと言われれば、艶っぽい出来事を想像して即座に頷く者が多いだろう。

 しかし、レイの場合は現在普通にマリーナの家に住んでいる。

 とはいえ現在は妖精郷に避難している状態なので、この場合の泊まっていくのかというのは、妖精郷に戻るのかどうかということを聞いているのだろう。


「本当ならそうしたいところだけど、悪いが今夜は妖精郷に戻る。マリーナの家にいれば、間違いなく俺に会いたいって奴がやってくるだろうし」


 セトがマリーナの家に降下したのは、既にかなり噂になっていた。

 そうである以上、レイが戻ってきたと考えて面会を希望する者は間違いなく多くなるだろう。

 ……あるいはセトだけでも一旦ギルムの外に出せば、レイが帰ったと認識する可能性もあるかもしれない。

 そう考えたレイだったが、すぐにその意見を否定する。

 まず第一にセトがレイを置いてギルムから出るといったようなことはしないだろうということ。

 そして第二に、空から不意を突いて落下してくる時ならレイが背中にいなくても問題はないが、マリーナの家から飛んでいくとなると、その背にレイが乗ってないのはすぐに分かるからだ。

 他にも幾つか理由が思い浮かんだが、取りあえずその二つによってレイは却下するのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いやだからあの、光学迷彩使いましょうよ。
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