2957話
今年もこのライトノベルがすごい!2022のアンケートの時期がやって来ました。
詳細については、以下をご覧下さい。
https://questant.jp/q/konorano2022
回答期限は9月23日(木)23:59となっています。
是非、レジェンドに投票をお願いします。
長の口から出た、大陸が滅ぶという言葉。
それはレイに対して強烈な驚きを与えるのに十分な衝撃を持っていた。
正直なところ、レイは穢れについて甘く見ていたと言ってもいいだろう。
精々が穢れを使っている者やその周囲を破滅させる程度のものだと思っていたのが、その破滅は自分や周囲どころではなく大陸にまで広がるときたのだから。
当然ながら、長の話に驚いているのはレイだけではない。
言葉を理解出来るセトもそうだし、ニールセンもまた同様に驚きで動きを止めている。
……羽根も動きが止まっているのに空中に浮いたままでいる辺り、妖精という存在の不思議さを現していたのだが、生憎と今のレイはそれを考える余裕はない。
「えっと……その、ですね。大陸が滅ぶというのは、あくまでも最悪の場合です。人間にはそんな濃密な穢れを扱うような真似は出来ませんから、安心して下さい」
レイやセト、ニールセンの様子から少し言いすぎたと思ったのだろう。
長はレイ達の緊張を解くようにと、そう告げる。
もっとも、それを聞いたからといってレイが本当に安心するようなことはなかったが。
「濃密な穢れを操ることは出来ない。それは事実かもしれないが、もしそれを知ってるのが俺達だけだったら? あの穢れを使っている連中が、その辺の情報について何も知らなかったら、どうなると思う?」
あるいは多少なりともその辺の情報を知っていても、自分は選ばれた存在なのだから大丈夫だと、そのように思ってしまう者がいてもおかしくはない。
そうして増長した者が馬鹿な真似をした場合……最悪の結末が待っている可能性は否定出来なかった。
「まさか……」
長はレイの言葉を聞いてそんな声を漏らす。
まさかそんな馬鹿な真似はしないだろうと。
だが……実際には、そんな馬鹿な真似をする者がいるのは間違いのない事実なのだ。
ある意味、妖精よりも考えなしのことをする者。
あるいはもっと意味のない……妖精ですら、そんなことをしても意味があるのか? と思うような、そんな真似をする者。
「俺は穢れについてはそこまで詳しくない。だが、長が知っている穢れはそんなに危険な代物なんだろう? 穢れを使っている者が何をするのかは、正直なところ分からない。けど、中には自意識過剰な奴がいてもおかしくはないんだよ。とにかく、穢れの件は俺が思っていたよりも重大事だったのは間違いない」
そうである以上、この件を自分だけでどうにかするのは難しいか? と思う。
最初にボブを匿った時は、穢れというのがここまで危険なものであるとは思っていなかった。
勿論、長が言っているこの大陸が云々というのは、大袈裟に言ってるだけかもしれない。
しかし、そこまで重要ではなくても……それこそこの国が、あるいはギルムが穢れによって滅びる可能性があるとすれば、レイとしては今回の件をこれで終わらせられる訳もない。
そんな状況でどうすればいいのか。
こんな時、真っ先にレイが思い浮かべたのは、ダスカーだった。
エレーナやマリーナ、ヴィヘラといった面々も相応の地位や権力を持っている――ヴィヘラの場合は出奔してるので意味がないが――ので、そちらに話すというのも悪い選択肢ではない。
しかし、今の状況を思えばやはりダスカーに話した方が一番手っ取り早いのは間違いないだろう。
そうである以上、出来るだけ早くギルムに戻った方がいいだろうと判断する。
……本来なら、レイとしてはまだギルムに戻りたくはない。
ギルムに戻れば、間違いなく多数の者たちがレイと接触しようとするのは間違いないのだから。
ドラゴンを……それも今まで発見されたことがなかった未知のドラゴンであるクリスタルドラゴンを倒したレイだ。
少しでも素材を売って欲しいという者もいれば、ドラゴンスレイヤーとなったレイと顔見知りになっておきたいと思う者もいる。
それ以外にも様々な理由でレイに接触してくる者がいる以上、間違いなく面倒なことになるのは間違いなかった。
特に今は秋で、多くの商人が最後の仕入れとばかりにギルムに集まっている。
そんな中にレイがいれば、接触したいと思う者が多くなるのは当然だろう。
これがもう少し後……それこそ雪が降り始める季節になれば、ギルムに来ていた商人の多くもいなくなるし、増築工事で来ている者達も故郷に戻る者も多くなり、かなり人の数も減る。
そうなれば、当然だがレイに話し掛けてくる相手も減ることになる。
……もっとも、そうなるとギルムを拠点としている商人や錬金術師、あるいは貴族街にいる貴族といった者達がレイに接触してくる可能性が高いのだが。
とはいえ、それでも貴族の場合はレイに接触してくる者はそう多くない。
姫将軍のエレーナと比べると、明らかに少ないだろう。
これはエレーナが姫将軍の異名を持ち、貴族派を率いているケレベル公爵の娘だから……というのもあるが、それ以上にレイの評判が大きい。
普通なら高名な冒険者であっても、貴族と接する時には相応に譲歩したりといったようなことをする。
しかし、レイの場合はそれがない。
それこそ相手が敵対したと判断すれば、それが貴族であっても平気でその力を振るうのだ。
それが貴族にとってはとてもではないが信じられるような相手ではないことの証だった。
結果として、そんなレイと接触した場合は何かレイを怒らせるようなことをするのではないか。
そんな風に考え、出来ればレイと直接接したいと思わないのは当然だろう。
もしどうしても接触しなければならないのなら、本人ではなく部下にと考える者も多いが……レイがここまで有名になってしまうと、それもまた難しい。
また、下手に部下を送ってその部下が自分は貴族の部下だから居丈高に接したらどうなるか。
当然ながらレイはその部下を敵と認識するだろうし、部下に命じた貴族も敵と認識してもおかしくはない。
そういう意味で、貴族としてはレイに接することは躊躇われるのだ。
……それでもギルムにいる貴族である以上、それなりにレイという存在を理解してもおかしくはないのだろうが。
「とにかく、穢れの件は何とかしてダスカー様に説明する必要があるな。……けど、俺の言葉だけでダスカー様がどこまで信じるかとなると、また別の話だし」
レイは実力という点ではダスカーに信頼されている。
しかし、そんなレイであっても穢れについて説明して信じて貰えるかとなると、正直なところ微妙だろう。
何しろ最悪はこの大陸が滅びるかもしれないという、大きすぎる話なのだ。
「そうですね。この穢れの一件がどこまで広がっているのかは、正直なところ私にも分かりません。ですが、今後のことを思えばこの件について説明しておいた方がいいのは間違いないかと。……ニールセン、貴方もレイさんと一緒に行ってきなさい」
「え? 私もですか!?」
まさかここで自分の名前が出るとは思わなかったらしく、ニールセンは戸惑った様子で長に尋ねる。
しかし、長はそんなニールセンの様子を気にした様子もなく頷く。
「ええ。そもそもギルムに行くというのなら、ニールセンが行くしかないでしょう?」
「う……そう言われればそうですけど」
ダスカーとの面識あるのは、妖精郷の中でもニールセンだけだ。
そうである以上、ニールセンがダスカーに会いに行くというのは話を聞いていたレイにも理解出来る。
(というか、ニールセンは長の後継者的な扱いっぽいしな。妖精らしく気紛れなところはあるが、それでも他の妖精よりはマシだろうし)
妖精郷にいる他の妖精達は、何か面白い物を見つけたらすぐにでもそっちに向かう。
それと比べると、ニールセンは一応まだ我慢出来る方だった。
(一応街中でもドラゴンローブの中から出ないようにと言っておけば、その通りにして出ないし)
もしニールセン以外の妖精がレイと一緒にギルムに行った場合、ドラゴンローブの中に隠れているといったようなことは出来ないだろう。
レイにしてみれば、そんな妖精を街中に連れて行きたいとは思わない。
「最善となると、本来なら長が行くことなんだろうけどな」
「そうですよ! この妖精郷を治める長が、まだギルムに行ってないのはおかしいですって。ここは長が直接ギルムに行って、穢れについて説明した方がいいです!」
そう叫ぶニールセンを見て、レイは疑問を抱く。
ニールセンの性格なら、それこそ自分から進んでギルムに行きたいと思える筈だ。
なのに、何故今はこうしてギルムに行こうと言わないのか。
それどころか、長にその役目を押し付けているようにすら思えた。
そんな疑問は、レイだけではなく長もまた感じたのだろう。
不思議そうな視線をニールセンに向けて尋ねる。
「ニールセン、以前なら貴方が真っ先にギルムに行きたいと言っていたでしょう? なのに、何故今日に限ってそのようなことを言うのです?」
「う……」
長の言葉に、ニールセンは言葉に詰まる。
今の自分の態度が、かなり厳しいものがあると、そう理解するのは十分だった為だ。
自分の態度がやりすぎだったと、改めて思う。
そう思うものの、今のこの状況で誤魔化しの言葉を口にしても信じて貰えるとは思えず……渋々とだが、口を開く。
「その、穢れの件を説明に行くんですよね? 正直、私は穢れについてあまり詳しくないですから、その辺は長が話した方がいいのではないかと思いまして」
「面倒なのですね」
「っ!?」
一言で核心を突く長の言葉。
何とか本音を言わずにこの場を誤魔化そうと思っていたニールセンだったが、その言葉に何も言えなくなる。
長の言葉が見事にニールセンの本音を捉えていたからだ。
とはいえ、ニールセンにも言い分はある。
ニールセンは穢れについてまだ殆ど何も知らない。
自分が新たに得た力が、穢れに対して有効なのは知っている。
だが、実際に穢れがどのような存在なのかと言われれば、ニールセンもそれは分からない。
それをしっかりと理解しているのは、あくまでも長なのだ。
であれば、ここで自分が行くよりも長が直接行ってダスカーに話した方がいい。
そうなれば、穢れの件だけではなく今まで行ってきた交渉についても話を進められるだろう。
そういったことを、ニールセンは何とか説明して納得して貰おうとする。
「なるほど。ニールセンの考えは分かりました。ですが……一つ聞かせて下さい。もしそのようなことになった場合、この妖精郷は私がいなくなります。短期的であっても、それで妖精郷が無事でいられると思いますか?」
この場合に無事というのは、妖精郷がどこかから攻撃を受ける……といったようなことではなく、妖精郷にいる妖精たちが好き勝手に動いて問題を起こさないかということを意味していた。
好奇心が強く気分屋な妖精が集まっている妖精郷が、こうして特に問題もなく治められているのは、あくまでも長がいるからだ。
もし妖精郷から長がいなくなった場合、どうなるか。
それはレイにも分かりやすすぎる程に理解出来た。
「多分、妖精達が好き勝手に動いて……それこそ妖精郷そのものがなくなってもおかしくはないな」
そんな大袈裟な。
レイの言葉を聞いたニールセンはそう言おうとしたものの、レイが冗談でも何でもなく本気でそのように言ってるのだというのを理解すると、それに対して反論は出来ない。
実際に妖精達がそれぞれ好き勝手に動いた場合、恐らくそんな風になるだろうというのはニールセンにも想像出来たのだから。
妖精が使う妖精魔法は、純粋な攻撃魔法というのは少ない。
だが、だからといってそれで何も攻撃が出来ないという訳ではないのも事実。
それでも妖精郷がこうして無事なのは、長がいるからこそだ。
「そうですね。レイさんの予想通りになるでしょう。そんな訳で、ニールセンには私の代わりとしてギルムに行って貰う必要があります」
お分かりですね?
そう告げてくる長に対し、ニールセンが出来るのはただ頷くという行為のみだった。
「じゃあ、俺もギルムに一緒に行くとするか。ただ……結構目立つんだよな。だからってセトを連れて行かないという選択肢はないし」
「グルゥ!」
レイの言葉を聞いたセトは、当然! といったように喉を鳴らす。
だが、セトを連れてマリーナの家に直接降りれば、確実に目立つ。
(あるいはセトが空を飛んで、俺がそこから飛び降りてスレイプニルの靴で着地して、領主の館に行ってから……いや、駄目だな)
いい考えなのではとレイは思ったのだが、すぐに却下する。
レイとセトが戻ってくる時はマリーナの家の中庭に直接降りるというのを知っている多くの者は、マリーナの家の周辺にそれを観測する者達を配置しているのというのを知っていたからだ。
貴族街だけに、そのような真似が出来る者は限られるのだが……それでも見つかれば面倒なことになるのは間違いないと、レイは頭を抱えるのだった。




