2955話
今年もこのライトノベルがすごい!2022のアンケートの時期がやって来ました。
詳細については、以下をご覧下さい。
https://questant.jp/q/konorano2022
回答期限は9月23日(木)23:59となっています。
是非、レジェンドに投票をお願いします。
ボブの穢れの件があった翌日、レイは身支度を整えると長に会いに行く。
なお、ボブは本当にテントの類もなく、そのまま地面に眠っていた。
ただし、不思議なことに昨夜の気温はかなり暖かかった。
レイはドラゴンローブがあるのでその辺については特に気にした様子はなかったのだが、それはあくまでもレイだからだ。
もしレイがドラゴンローブという、簡易エアコンの機能がないローブを着ていた場合は、夕食の時間も暖かかっただろう。
(多分、長が何かしてくれたんだろうな)
具体的に長が何をしたのかということまでは、レイにも分からない。
しかし、妖精郷の環境を一部とはいえ変えているのだ。
そのようなことが出来るのは、やはり長だろう。
……最近その長によって鍛えられている――本人にその自覚があるかどうかは微妙だが――ニールセンが何かをした可能性もある。
ニールセンはボブに好意的だった。
そんなニールセンにしてみれば、ボブが寒がると大変だと思って、そのような真似をしたかもしれない。
そうレイは思ったが、すぐにその考えを否定する。
「ないな」
「グルゥ?」
今日は珍しく狼の子供達が来なかったので、レイと一緒に行動しているセトが、どうしたの? と喉を鳴らす。
そんなセトに何でもないと首を横に振りながら、レイは妖精郷を進む。
そうして進むと、いつもと同じように何人かの妖精達がレイやセトに集まってくる。
狼の子供達はともかく、この辺は変わらないな。
そう思いながら、レイは近付いて来た妖精達の中にニールセンの姿がないことに気が付く。
(あれ? ニールセンはどうしたんだ? そういえば、朝にもいなかったけど)
ニールセンなら、いつものように会いに来てもおかしくはない。
なのに、何故かその姿がなかったのだ。
そのことに気が付き、レイは手っ取り早く近くにいる妖精に尋ねる。
「なぁ、ニールセンはどうしたんだ? いつもならこういう時は真っ先に来てもおかしくはないけど。……昨日も穢れの一件以来、俺達に会いに来なかったが、何か知ってるか?」
「え? ニールセン? ニールセンなら、長と何かやってるわよ」
長とやっている何かがというのが具体的になんなのかは、生憎とレイには分からない。
分からないが、それでも今の状況を思えば昨日の穢れに関係する何かなのだろうというのは予想出来た。
「穢れの関係か。……まぁ、昨日の長は凄かったもんな」
「そうよね! 長のあの音楽……出来ればもう一回聴きたいくらいには凄かったわ!」
妖精の一人がそう叫ぶと、他の妖精達も次々とその言葉に同意する。
妖精たちにとっても、昨日の一件は非常に大きな出来事だったのだろう。
とはいえ、その非常に大きな出来事というのは穢れについてというよりも、長が奏でた音楽に対してだったが。
「今、何人もの妖精が音楽を練習してるのよ」
「ああ、だから妖精郷にいる妖精が少ないように感じられるのか」
元々妖精たちは自分の興味や好奇心を最優先させる。
それだけに、今は音楽に興味があるので、そちらを練習している者が多いのだろう。
その結果として、現在レイの前にいる妖精の数は少なかった。
(とはいえ、妖精は飽きっぽいのも事実だ。いつまで妖精が音楽に興味を持つのかは、また別の話だけどな)
妖精と音楽と言われれば、レイにとってはそれなりに似合っている組み合わせだとも思う。
だが、音楽というのは今日習ったからといって、明日には劇的に上達する訳ではない。
……あるいは天才の類であれば話は別かもしれないが。
「で、話は分かったけど、お前達は音楽はいいのか?」
「うーん、聴くのはいいけど、自分で演奏するのはあまり興味がないかな」
その言葉に、なるほどとレイも納得する。
妖精の中にも音楽を聴いて自分で演奏してみたいと思った者もいれば、あるいは聴く専門で十分満足しているといった者がいるのだろう。
具体的にその差がどのようなものなのかは、レイには分からない。
分からないものの、妖精達だからと言われれば納得してしまうところがあるのも事実。
そもそも妖精というのがそういう存在なのだからと言われれば、納得してしまうのだ。
「そうか。まぁ、この妖精郷で音楽が流行ることを祈ってるよ」
「ねぇ、ねぇ。情報を教えたんだし、情報料をちょうだい!」
今までレイと話していたのとは違う妖精が、レイに向かってそう言ってくる。
情報料? と思ったが、実際に妖精の間で現在何が流行っているのか……あるいはそれに付随して、穢れの諸々についての重要さを考えれば、それがどれだけ重要な情報なのかは明らかだろう。
レイはこうして普通に聞いているものの、聞く者が聞けば幾ら情報料を支払ってでも妖精の情報を……それも人伝に聞いたりしたのではなく、妖精から直接聞いたのだ。
それこそ金貨……いや、白金貨……場合によっては光金貨を支払ってもおかしくはない、貴重な情報だろう。
だからといって、レイはそこまで情報料を出すつもりはなかったが。
「ほら、これでいいか?」
それでも今回妖精郷にやって来たことによって、色々と情報を知ることは出来た。
今の、妖精郷で音楽が流行しているという話もレイにしてみれば悪い話ではないと判断して報酬を支払うことにする。
とはいえ、その報酬は干した果実だったが。
だが、妖精にしてみれば金貨のような物を貰うよりも、レイが渡した干した果実の方が非常に喜ばしい。
ニールセンのように妖精郷の外に出てギルムに行くのなら、金貨もそれなりに使い道はあるだろうが。
「じゃあ。これで。……ああ、長がどこにいるのかは分かるか?」
渡された干した果実が妖精達の間で奪い合いになっているのを眺めていたレイだったが、長に会うにはどうしたらいいかと尋ねる。
……が、妖精達は自分の取り分をどうにかして確保しようとしており、とてもではないがレイの言葉を聞いている様子はない。
「まぁ、しょうがないか。なら……そうだな。取りあえずいつも長がいる場所に行ってみるか。そこに行けば、多分いるだろうし」
「グルルルゥ?」
そういうのでいいの? と喉を鳴らすセトだったが、レイにしてみれば穢れについてや、霧の音についても色々と聞きたいことはあるものの、言ってみればそれだけだ。
会えれば情報を聞きたいものの、会えなければ情報を聞けなくてもいい。
そんなつもりだったので、セトと一緒に妖精郷の中を歩き始める。
当然ながらただ歩いているのではなく、妖精郷にいる妖精達がどうしているのかといったことを気にしてのことだった。
「やっぱりさっきの妖精から聞いたみたいに、飛んでる妖精の数は少ないな」
呟きながら長がいるだろう場所に向かうレイ。
そんなレイの視線の先では、数人の妖精がいつものように追いかけっこをしているものの、人数が少ないせいか、どことなくつまらなさそうに見える。
……とはいえ、レイもそれに対して何か口にしたりといったような真似をするつもりはなかったが。
ここで下手に自分が何かを言った場合、それこそ妖精の遊びに巻き込まれてしまいかねない。
飛び回っている妖精の数が少なくなっているのは少し残念だったが、だからといってレイが直接妖精の遊びに混ざるといったような真似はしたくなかった。
ただ、問題なのはレイがそう思っているからといって、妖精の方でもそう思うかということだろうが。
寧ろ妖精にしてみればいつもより人数が少ないので、それを補う意味でもレイやセトと一緒に遊んで欲しいと思ってもおかしくはない。
「ねーねー、レイ。一緒に遊ぼうよ! セトも!」
妖精の一人がレイとセトの存在に気が付き、そう声を掛けてくる。
これがボブであれば、あるいは喜んで遊ぶかもしれない。
だが、レイはそんな妖精の言葉に首を横に振る。
「ちょっと長に会いに行くから、また後でな。もう少ししたらボブが起きてくると思うから、ボブを仲間に入れてやってくれ!」
「えー……分かった、そうするね!」
妖精がレイの言葉を聞いて、若干不満に思いつつも素直にそう言ったのは、レイがこれから長のいる場所に向かうと言ったからだろう。
もしここでレイの邪魔をして長に迷惑を掛けた場合、お仕置きをされる可能性が高かった。
妖精達は当然だが長のお仕置きがどのようなものかを知っている。
……実際には、以前レイが見たニールセンのお仕置きはまだ軽い方で、もっと酷いお仕置きというのもある。
そのようなお仕置きをされる可能性がある以上、長の邪魔をしたくはなかった。
その後も何人かの妖精から同じように誘われるものの、同じ言葉を口にして誘いを断り……やがてレイは長がいつもいる場所に到着する。
「長、いるか?」
その場所に長がいなかったので、もしかしたら周囲にいるかも? と思って声を掛ける。
「レイさんですか? ちょっと待って下さい。今は手が離せないので……」
そんな風に声が聞こえてくる。
その声は間違いなく長の声だ。
しかし、声はしても長がどこにいるのかは分からない。
レイだけではなく、セトに視線を向けても戸惑った様子を見せているのを見れば、セトもまた長の姿を見つけることが出来ていないのだろう。
高い五感や魔力を感じる能力を持ったセトであっても、長のいる場所を把握出来ないというのは、何気に結構凄いことだった。
少なくてもレイの目から見れば、間違いなくそんな風に思える。
「長? どこにいるんだ?」
そう尋ねてみるものの、長からの返答はない。
一体何なのだ? と疑問に思うものの、先程の言葉からすると何か忙しいのは間違いないのだろう。
であれば、自分がここでこれ以上何かを言っても意味はない。
後は長が自分から出て来るのをここで待つしかない。
「グルゥ?」
レイの様子に、セトはどうするの? と喉を鳴らす。
セトにしてみれば、長がいないのならここで待っていても意味はないし、一旦どこか別の場所で時間を潰してきてもいいのでは? と、そう思ったのだろう。
レイもそんなセトの様子は理解していたものの、長が待っていて欲しいと言ってきたのだから、ここでもう少しゆっくりしていてもいいだろうと考える。
「いや、別に何か急いでやらないといけないことがある訳でもないし、ここで待ってるとしよう。それとも、セトはどこか行きたい場所でもあるのか?」
そう尋ねるレイだったは、セトは特にそんな場所はないと首を横に振る。
セトも別にどこか行きたい場所がある訳ではない。
妖精達や狼の子供達と遊ぶのも楽しいのだが、今こうしてレイと一緒にいるのも十分に楽しいのだから。
地面に寝転がったセトと、そんなセトに寄り掛かりながら特に何をするでもなくぼうっとするレイ。
起きてからまだそんなに時間が経っていないのだが、それでもこうしてセトに寄り掛かっていると、眠くなってくる。
(あー……でもここで眠ってしまったら、妖精に悪戯されたりするよな)
それは理解している。
だが、こうしてセトに寄り掛かっていると眠くなってしまうのはどうしようもない事実だった。
うとうとして、その意識が眠りに落ちようとした瞬間……
「ぎにゃあああああっ!」
「っ!?」
突然聞こえてきた悲鳴……それも聞き覚えのある悲鳴に、レイの眠気は一瞬にしてどこかに消える。
そうして寄り掛かっていたセトから起き上がると、慌てて周囲を見回し……そこにはある意味で予想通りの光景が広がっていた。
以前にも見た、長のサイコキネシス的な能力による、強制ジェットコースターのお仕置き。
当然それをやられているのは、以前と同じニールセンだ。
「えっと……長? これは一体? 何か用事があるって話だったけど、もしかしてニールセンに対するお仕置きが用事だったのか?」
若干の呆れを込めて尋ねるレイに、長は首を横に振る。
「いえ、違いますよ。用事があったのは事実です。ですが……その用事の時に、この子がちょっとした……ちょっとした? いえ、あれをちょっとしたと表現してもいいのかどうか分かりませんが、とにかくミスをしたのです。それも余所見をしていて」
長の言葉から、ニールセンがしたミスというのはかなり大きなものなのだろうというのは、レイにも予想出来た。
それでもこの程度のお仕置きで許しているのなら、そこまで致命的なミスではないのだろうとも。
「そのミスというのがどういうのかは分からないけど、程々にしておいてやってくれ。俺もニールセンには色々と助けられているからな」
レイの口から出た言葉に、強制ジェットコースターをされているニールセンは感謝の視線を向けるが……それでもお仕置きが終わるまでは、五分程必要となるのだった。