2953話
今年もこのライトノベルがすごい!2022のアンケートの時期がやって来ました。
詳細については、以下をご覧下さい。
https://questant.jp/q/konorano2022
回答期限は9月23日(木)23:59となっています。
是非、レジェンドに投票をお願いします。
『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOoooooooo!』
「ぎゃああああああああああああっ!」
馬車を使って辺境に向かっていた、ボブを狙っている男達。
そんな中で、不意に男の一人……ボブと視界が繋がっている男の口から悲鳴が上がる。
少し驚いたといったような悲鳴ではなく、それこそ心の底から恐怖を感じたかのような、そんな悲鳴。
それも男は悲鳴を上げただけではなく、その目からは血の涙を流していた。
「目が……目がああああああああっ!」
一体どれだけの痛みを感じているのか、男は血の涙を流した目を押さえながら馬車の中を転げ回る。
しかし、馬車の中はそこまで広くはない。
実際にはそれなりの広さを持っているのだが、それに乗っている人数が結構な数なので、どうしても馬車の中は狭く感じてしまうのだ。
そんな中でいきなり男が目を押さえながら転げ回ったのだから、一緒に乗っている者達は堪ったものではない。
「押さえろ! 暴れさせるな! それとポーションを!」
リーダーの指示に従い、何人もの男達が床を転げ回っている男を押さえる。
また、何人かは自分達の荷物の中からポーションを取り出して持ってくる。
「動かないように押さえてくれ! ポーションを使う!」
ポーションを持つ男の指示に従い、目から血を流している男の身体がしっかりと固定される。
それを確認してから、男はポーションを掛けるのだが……
「効果が……ない?」
ポーションを掛けても、全く回復する様子がないことに、驚きの声を漏らす。
男の目から流れる血の涙は止まらない。
もしかしたら、ポーションが偽物だったのでは?
一瞬そう思ったが、すぐにそれを却下する。
これらのポーションは、きちんと信用出来る場所で購入した物だ。
そうである以上、ポーションが偽物だということはまずありえない。
「リーダー、ポーションが効かない!」
「何? ……他のポーションを試してみろ!」
リーダーもまた、当然ながらポーションが偽物だったのではないかと思ったのだろう。
すぐにそう判断し、別のポーションを使うように命じるが……
「駄目だ、どのポーションも効果がない!」
他のポーションを試してみても全く効果がなく、男の口からは悲鳴のような声が出続ける。
そうしてポーションを試している間も、目から血を流している男は馬車の中で暴れ回りそうになっており、それを複数の男が力で床に押さえつけ、動けないようにしていた。
「一体どうなってる? くそっ、このままでは……」
仲間が失われるかもしれないというのも、リーダーにとっては痛い。
だが、それ以上にボブと視界の繋がっていた男が使えなくなるのは痛い。
少し前までは、普通にボブと視界が繋がっていた。
だというのに、気が付けばそれも出来なくなっていたのだ。
正確には視界が繋がらなくなってから一度また視界が繋がりはしたのだが、それもまたすぐに視界の繋がりが切れてしまっている。
そういう意味で、決して状況は良くなかったものの、今の状況はそれに輪を掛けたように悪い。
一体何がどうなれば、ボブと視界の繋がっていた男がこのような状況になるのか。
生憎とリーダーにはその辺が全く分からない。
ただ分かっているのは、今の状況ではもうボブの視界から向こうがどこにいるのかということを調べることが出来なくなったということだろう。
あるいは、万が一……本当に万が一にもボブと視界が繋がっている男が治療に成功し、まだ視界が繋がったままであれば、またボブの居場所を見つけることが出来るかもしれない。
しかし、今の状況を思えばそんな希望的な観測は意味がないとそう理解してしまう。
「リーダー、どうしますか、こいつ?」
「……気絶させろ」
本来なら、足手纏いの男は殺してしまうのが最善なのかもしれない。
しかし、それなりに長い間一緒に行動していた男だけに、情もある。
ここで殺すのが最善なのかもしれないが、出来れば生きたまま連れて帰りたいと思う。
情の問題だけではなく、本拠地に戻れば自分の上位者が複数いる。
そのような者達の中には、この男をどうにか出来る者がいてもおかしくはないのだ。
であれば、やはりここは気絶させるのが最善なのは間違いなかった。
それは半ば自分に言い聞かせるような思いだったし、リーダーもそれは理解している。
しかしそれを承知の上で、リーダーはそう決めた。
「気絶させましたけど……これからどうします、リーダー? もうボブの位置を確認することが出来なくなったのは間違いないですし……もし確認出来ても……」
そこで一旦言葉を切った男は、気絶した男に視線を向ける。
この状況でこのような男を連れてボブを追うのは自殺行為だと、そう言いたいのだろう。
実際にはボブだけが相手なら、そこまで問題ではない。
ボブと一緒にいる、レイとセトがいなければ。
ボブだけなら、あるいはボブと妖精が一匹――レイとは違い、この男達にとって妖精はモンスターと同扱いだった――であれば、多少は苦戦するかもしれないが、殺すことは可能だろう。
だが、レイとセト。ランクA冒険者の深紅がいるというのが、致命的なまでに難易度を高くしていた。
そんな相手でも、ボブの視界を見て隙を突くことが出来れば勝てた可能性はあった。
別にレイとセトを殺すのが目的ではないのだから。
あくまでも男達の目的はボブを殺すことで、レイとセトにちょっかいを出す必要はない。
しかし、それも今となっては不可能に近くなってしまう。
ボブがどこにいるのかすら、把握出来ていないのだから。
元々ボブが辺境にいるというのも、レイがいたからという理由や、ボブを見つけた場所が辺境からそう離れた場所ではないというのが大きい。
辺境にいる仲間に召喚した鳥で連絡はしたものの、それが無駄に終わるという可能性も否定は出来なかった。……そもそも、辺境に鳥を向かわせたのだから、その鳥がモンスターやより大きな鳥に捕食されるといった可能性もあったのだが。
「本拠地に戻るぞ」
結局リーダーはそう判断するしかなく、他の男達もその言葉に異論は唱えない。
いや、それどころかリーダーが仲間を見捨てるという判断をしなかったことに喜ぶのだった。
ボブの身体から出た黒い霧にニールセンから放たれた光が命中すると、その黒い霧……穢れと思しき存在の口からは、悲鳴が上がる。
正確には、それが悲鳴なのかどうかは分からない。
直接耳で聞いたのではなく、頭の中に響いたといった感じの悲鳴だったのだから。
とはいえ、レイやセトにとって頭の中に声が響くというのは、魔獣術でスキルを習得したり強化したりした時にアナウンスメッセージが響くので、そういう意味ではある意味で慣れたものだ。
とはいえ、いつもの無機質なアナウンスメッセージと違い、今の言葉は全力で叫んだかのような悲鳴だったので違和感があったのだが。
そして頭の中に響いた悲鳴に集中していたレイは……いや、レイだけではなく妖精達も含めて、いつの間にか長が奏でるオカリナに似た笛の音が止まっているのに気が付かなかった。
先程までは完全に音楽に耳を奪われたいたというのに。
この辺りは、そんな長の音楽を上回るような悲鳴の力が強かったのだろう。
周囲にいる者達に自分が音楽を止めたのを気が付かれないまま、長は花の形をした宝石を手にして、それに魔力を込めた。
すると次の瞬間、ボブの身体から出ていた黒い霧……穢れは、長が持つ花の形をした宝石に吸い込まれていく。
ざわり、と。
その光景を見ていた妖精達……そしてレイやセトの口からも驚きの声が漏れ出て、ざわめきとなる。
まさか花の形をした宝石でこうして対処するとは、見ていた者達にとっても予想外だったのだろう。
周囲からの驚きの視線を感じつつも、長は自分の手にある花の形をした宝石を確認するように見て、安堵する。
今の自分のこの状況からすると、ここまで上手くいくとは思っていなかったのだ。
宝石は穢れを吸い込んだからか、少し前までと違ってどこか迫力のある姿となっていた。
「長、その宝石って何ですか? 今、何をしたんです?」
ニールセンが、花の形をした宝石を手に安堵した様子を見せている長と、気絶して地面に倒れているボブを見比べるようにしながら尋ねる。
その問いに、長は花の形をした宝石から目を離し、口を開く。
「そこまで難しいことをした訳ではありません。宝石の中に穢れを封じただけです」
「ちょっと待ってよ、長! その宝石に穢れを封じられるのなら、何で私に光を使わせたの!?」
ニールセンにしてみれば、自分の光で穢れを倒す……あるいは浄化するといったようなことを考えていた。
だというのに、実際にはそのようなことはなく、長が宝石に穢れを封じたのだ。
であれば、自分は一体何の為に光を使ったのかと、不満に思ってもおかしくはないだろう。
しかし、そんなニールセンの言葉に長は首を横に振る。
「いえ、ニールセンの光で穢れが弱まってなければ、恐らく宝石に封じることは出来なかったでしょう。それを考えれば、ニールセンの行動には大きな意味があります」
長の言葉に、ニールセンは憤りを鎮める。
自分の力が役に立ったと、そう長が断言したのだが嬉しかったのだろう。
……もっとも、それを見ていたレイは何となく今のは長がニールセンに気を遣ってそのように言ったのではないかと思えたが。
(多分……ニールセンの光がなくても、長は穢れを封印出来たんだろうな)
レイがそう予想していると、不意に長がレイに視線を向けてくる。
そして笑みを浮かべ、頭を下げた。
その行為が一体何を意味しているのかは、レイにも分からない。
ニールセンの力を覚醒させたことについて改めて感謝したのか、それともボブの穢れはもう対処しましたと言いたかったのか、あるいは……と、そこまで考えたところで、再びレイは長と視線が合う。
実はニールセンの協力がなくても、長だけでどうにかできたのではないか。
先程思ったことと全く同じことを考えたところで視線を向けてきた以上、その視線の意味は今度こそ理解出来た。
一体どうやってレイの考えていることを理解したのかは分からないが、それでもその件については口にしないようにと態度で示しているのだろうと。
(というか、本当にどうやって俺の考えを読んだんだ?)
改めてそんな疑問を抱くレイだったが、今度は長が自分に視線を向けてくることはない。
やはりさっきのは偶然だったのかと思いつつ、視線をボブに向ける。
地面に倒れているボブは完全に気絶しているのか、起き上がる様子はない。
「あの穢れってのがボブにどう影響したんだろうな」
呟きつつ、レイはボブのいる方に向かって歩き出す。
妖精達は長がいるからか、いつものように好き勝手に周囲を飛び回るといったようなことはない。
だが同時に、自分達のいる場所から動くといったようなことも出来ず、その結果として地面に倒れているボブはそのままとなっていたのだ。
「ボブ、意識はあるか? ……駄目か」
軽く声を掛けてみるが、ボブは全く反応しない。
それは間違いなくボブが気絶しているということの証だった。
「長、ボブはどうすればいい?」
「そうですね。本来ならあまり関係のない人を妖精郷に入れたくはないのですが、彼はレイさんやニールセンが連れて来た人物ですし……何より、穢れを持っていたのが気になります。今ある穢れは封印しましたが、その後はどうなるか分からない以上、少し様子見をしたいところですね」
遠回しに言ってはいるが、それはつまりボブが妖精郷に滞在してもいいという許可を与える言葉だ。
もっとも、長としてはボブと穢れの関係についてもしっかりと調べておきたいのだろうが。
「そうか。じゃあ、取りあえず俺が野営している場所の側にでも連れていって転がしておくよ。目が覚めれば、もう問題はないのか?」
「ええ。穢れは完全にその男から排除したので、問題はありません」
その言葉にレイは安堵し、セトを呼ぶとその背中にボブを乗せる。
レイが直接運んでもよかったのだが、それよりもセトが運んだ方が便利なのは確実だろう。
レイとセトがその場から立ち去ると、妖精達は長やニールセンに向かって色々と聞き始める。
そんな騒ぎを後ろに、レイはこれからどうするべきかを悩む。
自分が妖精郷にいるのは、あくまでも暇潰しの為という一面が大きい。……霧の音というマジックアイテムを貰うためというのもあるのだろうが。
その霧の音も、穢れの件が片付いた以上はそう遠くないうちに貰えるだろう。
であれば、その後どうするのか……そうレイは考えるのだった。