2952話
今年もこのライトノベルがすごい!2022のアンケートの時期がやって来ました。
詳細については、以下をご覧下さい。
https://questant.jp/q/konorano2022
回答期限は9月23日(木)23:59となっています。
是非、レジェンドに投票をお願いします。
レイがセトを撫でていると、妖精達の視線の質が少し違ってくる。
先程まではレイに向かって興味津々といった視線を向けていたのだが、今はレイに撫でられて嬉しそうにしているセトに対しても同じような視線を向けている。
レイに撫でられるのが本当にそんなに気持ちいいのか。
もしそんなに気持ちいいのなら、自分も撫でて貰いたい。
そんな風に視線を向けてくる妖精達だったが、それでもやはり何か行動に移したりはしない。
そのまま十分程が経過し……やがてニールセンに連れられたボブが姿を現す。
二日の間、妖精郷に入るのが禁止されていたボブだ。
こうして実際に自分の目で妖精郷の中を見ることが出来たのが嬉しいらしく、興味津々といった様子の表情を浮かべながら周囲を見ていた。
とはいえ、妖精郷というのは妖精がいるからこそ妖精郷と呼ぶべき場所。
その妖精の多くが――実際には現在妖精郷にいる妖精のうち、長以外の全てが――ここに集まっているということは、妖精郷を見たボブは本当の意味で妖精郷を見た訳ではない。
……だが、この広場にやって来て大量の妖精がいるのを見て、初めてここが本当に妖精郷であったのかと納得する。
「レイさん、これから一体どうなるんですか?」
セトを撫で続けているレイの側までやって来たボブが、レイに向かってそう尋ねる。
そんなボブの頭の上には、飛ぶのに飽きたのかニールセンが座っていた。
「それを俺に聞かれてもな。俺もその辺については何も知らないし。ニールセンに聞いた方がいいと思うぞ」
レイの言葉に、ボブはニールセンに視線を向ける。
だが、そんな視線を向けられたニールセンは、慌てたように首を横に振った。
「私も詳しいことは知らないわよ。ボブの中にある穢れ? とかいうのを長がどうにかするって話しか聞いてないから」
「そうなんですか? てっきりどうするのか知ってると思ってたんですが」
ニールセンの言葉に、ボブは少しだけ……本当に少しだけだが、残念そうな様子を見せる。
ボブにしてみれば、今の自分の状況はどうにもはっきりとしていないだけに不安があるのだろう。
……もっとも、その不安も妖精郷に入るということが出来た影響で、大分薄まっているようにレイには思えたが。
「グルゥ?」
レイがボブやニールセンと話していると、不意にセトが喉を鳴らす。
それは自分に構ってと主張しているような声ではなく、何か疑問を抱いたかのような声。
そんなセトに遅れること、数秒。レイもまたセトが何に疑問を抱いたのかを理解した。
レイ達がいる広場を、何らかの力が覆ったのだ。
ドーム状になっているその様子を見ても、レイは特に気にした様子はない。
このドーム……いや、正確には結界は自分に害を与えるものではないと、そう理解している為だろう。
「待たせてしまいましたか」
聞こえてくるその声に視線を向けると、そこには長の姿があった。
「うわ……レイさん、あの妖精は?」
ボブの目から見ても、長は普通の妖精と同じようには思えないのだろう。
普通の妖精は掌程の大きさなのだが、長は普通の妖精よりも一回り……あるいはもう少し大きいのだから、当然かもしれないが。
ニールセンも長が現れると、ボブの頭の上から他の妖精達のいる場所に移動する。
「長だ。この妖精郷を治めている。それと、ボブの穢れに対処するのは、あの長がやるから感謝するようにな」
「そうなんですか? ……その、よろしくお願いします」
「ええ。貴方が嫌だと言っても穢れに関してはこちらで対処します。この穢れがあると、妖精郷にとっては不利益しかありませんから」
ボブにそう告げる長の言葉は、レイと話をする時とは違ってかなり冷たい。
当然だろう。本来なら、長としては穢れを妖精郷に持ち込んだボブに好意を抱く必要はないのだから。
レイやニールセンと一緒に行動していたからこそ、こうして手間暇を掛けてまで穢れをどうにかしているのであって、もしボブが偶然迷い込んできた相手なら即座に殺す……いや、殺した場合はその場に穢れが残るので、どこか別の場所に連れていってもおかしくはなかった。
ボブも長の事情までは分からないものの、自分が決して歓迎されているのではないのは理解したらしい。
少し戸惑った様子を見せつつも、口を開く。
「すいませんけど、よろしくお願いします」
数秒前と同じ台詞ではあったが、そこに込められている感情や力は違う。
長の態度から、今の自分の状況は決してよくはないというのを理解したのだろう。
そうである以上、ここは素直に長に頼むのが一番いいと判断したのだ。
ボブの様子から態度が変わったのを理解した長は笑みを浮かべはしないものの、少しだけ態度を緩ませてから頷く。
「分かりました。貴方に言われずとも、ここでその穢れを消滅させましょう。……ニールセン」
「え? わ、私ですか?」
この状況で自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったのか、ニールセンは慌てて答える。
ニールセンにしてみれば、自分は穢れについて何も知らないし、感じられないのだ。
事実、長に事情を聞かされるまではボブに穢れがついているというのは全く知らなかったのだから。
そんな自分が何故この場で呼ばれるのかと疑問に思う。
とはいえ、疑問に思いつつも返事をするのは長の言葉に逆らうといったつもりはないからだろうが。
(多分、ニールセンは自分が長の後継者……あるいは後継者候補だっていう自覚はないんだろうな)
慌てた様子のニールセンを見ながら、レイはそんな風に思う。
実際にここで自分が何かを言ってもいいのだが、そうなればそうなったで、色々と面倒なことにもなりかねない。
であれば、ここは何も言わずに見ていた方がいいだろうと、長とニールセンのやり取りに何かを口にだしたりといった真似はしない。
「貴方が放てるようになった光。それは穢れにも効果があります」
聞いていた者は、それこそ直接言われたニールセンでも、何故そのようなことになるのか分からなかった。
しかし、今の状況を考えれば長がここで嘘を言う筈もなく……ニールセンもまた、自分の新たな力が使えるのならと、納得した様子を見せる。
「分かりました」
いつもはふざけることも多いニールセンだったが、この状況で長を相手にふざけた場合、自分が一体どうなるのか分かっているのだろう。
真剣な表情で長に頷く。
「では、これから彼……ボブの身体から穢れが出て来ます。ですが、出て来た穢れはまだ弱っていない状態なので、ニールセンの光を使って穢れを弱めなさい。そうすれば、私の方でその穢れを封印します」
消滅させるんじゃないのか。
長の言葉を聞いていたレイは、そんな風に疑問に思う。
長の性格を考えると、それこそ封印するよりも消滅させる、倒す、浄化する……表現は色々とあるが、とにかくその穢れを処分してしまうのでは? と、そう感じたのだが。
しかし、長は封印と口にした。
そうである以上、レイもそういうものなのかと納得するしかない。
「分かりました。ボブから出て来る穢れに光を当てればいいんですね。……それで、穢れはどういう形をしてるんです?」
「分かりません。私は今まで数度穢れを見ていますが、その度に変わっていました。ただ……霧や煙のような形で出て来ることが多いようです。しかし、それはあくまでも可能性の一つ。場合によっては四角や円球状で出て来たこともありましたから」
「つまり、何が出て来ても驚くなということですね」
その言葉に長は小さく頷き……そして懐からとある物を取り出す。
それはレイの知っているオカリナに近い形をした楽器。
とはいえ、実際にはオカリナではなく、もっと何か別の楽器なのは間違いないだろう。
その楽器を手にした長は、真剣な表情で広場に集まってきた妖精……この妖精郷に住む妖精達を見回す。
「これから起こることは、決して見逃してはなりません、これは妖精にとっても大きな意味を持つことなのですから」
長の言葉を本当の意味で理解した者はいなかっただろう。
だが、こうしているのを見れば、長の言葉が真実だというのは十分に理解出来た。
そうして他の妖精達が長がこう言うのだからと、好奇心もあって真剣な表情を浮かべる。
レイとセトもまた、長がそのようなことを言うのであれば、そこには何か意味があるのだろうと判断して真剣な表情を浮かべた。
広場にいる者達の視線が自分に集まったのを確認すると、長はオカリナに似た笛に口をつける。
最初は音を確認するような一音一音の音が周囲に響き、やがてその音色は一つの曲へと姿を変えていく。
生憎とレイは音楽については全く詳しくはない。
それこそ日本にいた時も流行っていた歌手の名前を一人二人口に出来るくらいでしかなかった。
音楽という方面では決して優れた能力はなく、世紀の歌姫といった看板で歌っている歌手の歌声を聴いても、特に凄いといったようには思わず、そういうものかと思うだけだった。
しかし、そんなレイの耳で聴いても長の奏でる音は素晴らしいと思える。
あるいは佐伯玲二の身体からレイの身体になったことにより、聴覚が鋭くなったことによるものという可能性も否定は出来なかったが。
長の奏でる音に浸っているのは、レイだけではない。
レイの側にいるセトもそうだし、広場に集まっていた妖精達、そして何より穢れをその身に宿しているボブもまた同様だった。
目を閉じて思わず聴き入ってしまうその音色を楽しむ。
そうして音楽を聴くこと数分……レイとしては、正直なところいつまでもこの音を聞いていたいと思うような、そんな時間が経過する。
「ぐ……ぐぐ……」
音楽を楽しんでいたレイの耳に、不意にそんな声が聞こえてくる。
呻き声のような、音楽を邪魔するような声が。
その声を聴いたレイは、若干の苛立ちと共に声のした方に視線を向け……
「なっ!?」
そこにあった光景に、驚きの声を上げる。
声を発したのはボブ。
それだけなら、変な声を上げるなよといったように突っ込んで話は終わっただろう。
だが……そのボブの身体から黒い霧が大量に出ているのを見れば、ただごとではないと理解する。
「これが、穢れか?」
黒い霧を目にして、レイは呟く。
当然そんな声を発しているボブは、他の妖精達……長の音楽を楽しんでいた妖精達にも見られていた。
レイと同じく音楽に酔いしれていた妖精達は、邪魔をするなといった視線を声の主……ボブに向けようとし、その黒い霧を見て動きを止める。
しかし、長の音楽は黒い霧を見ても止まらない。
それどころか、黒い霧が出て来たのを見て奏でる音楽は一層激しくなる。
そんな様子を見ていた妖精の多くは、一体何が起きてるのかといったことを理解出来なかった。
音楽が始まる前に穢れについては説明されていたものの、長の奏でる音楽に耳を奪われ、意識を奪われていた妖精達にしてみれば、すっかり穢れについては忘れていたのだろう。
そんな中で、レイはニールセンに視線を向ける。
長から新たに手に入れた力によって生み出された光で穢れを攻撃するようにと言われていたニールセンを。
だが、そのニールセンは他の妖精達と同じく長の音楽に耳を奪われていた為か、穢れを攻撃する様子はない。
(どうすればいいんだ? 声を出して言えばいいのか? いや、けど穢れはこの音楽に苦しんでいる以上、それを邪魔するような真似をしてもいいのか?)
長の音楽によって穢れを宿したボブが苦しんでいるのを見れば、その音楽を邪魔するようなことをするとどうなるのか想像も出来ない。
下手な行動が穢れを宿したボブを傷付ける……あるいは本気になって暴れるといったようなことになる可能性も否定は出来ないのだから。
(気が付け!)
結局レイに出来るのは、ニールセンを強く睨み付け自分の仕事を思い出させることくらいとなる。
普段であれば、レイが強く睨み付けている視線にニールセンが気が付かないということはないだろう。
しかし、今はニールセンも長の音楽に酔いしれ、同時にボブの身体が出ている黒い霧に目を奪われていた。
そうした結果として、今のニールセンは自分がどうすればいいのか分からなかったのだろう。
それでもレイが十秒程も強い視線で睨み付けていると、さすがにその視線に気が付いたのだろう。
ニールセンはすぐに自分が何をするべきなのかを思い出し、意識を集中し始める。
(あ、長の顔が)
オカリナに似た笛で音楽を奏でていた長だったが、ニールセンが集中したことで険しい表情が少しだけ落ち着く。
長にしてみれば、前もって言ってあったにも関わらず穢れが姿を現してもニールセンは何もしなかったのだ。
それを見て怒るなという方が無理だろう。
集中したニールセンがボブの黒い霧を指さすと、そこから光が放たれ……
『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOoooooooo!』
肉体的な声ではなく、頭の中に直接響く苦悶の声がレイを含めたその場にいる全員に届くのだった。