2951話
今年もこのライトノベルがすごい!2022のアンケートの時期がやって来ました。
詳細については、以下をご覧下さい。
https://questant.jp/q/konorano2022
回答期限は9月23日(木)23:59となっています。
是非、レジェンドに投票をお願いします。
レイは妖精郷にやってきてから、二度目の目覚め。
昨日と同じようにマジックテントの中で起きると、身支度をしてから外に出る。
するとそこでは、昨日と同じように二匹の狼の子供達がセトを枕にして眠っていた。
本当に昨日と同じ光景そのままということに、レイは笑みを浮かべる。
……そんな笑みを浮かべているレイを、身動きが出来ないセトは少しだけ恨めしげな視線で見ていたが。
セトも自分に懐いてくれている狼の子供達を嫌っている訳ではない。
それどころか、寧ろ好意すら抱いているだろう。
だが、それでも今のように身動きが出来ないような状態になるのは少し困る。
セトもここが妖精郷でなければ……それこそ、安心出来る場所でなければ、何かあった時は自分を枕にしている狼の子供達を起こしてでも、行動に移るだろうが。
そういう意味では、こうしてセトが自由に身動き出来なくなっている今の状況は、妖精郷が平和であるという証なのだろう。
(もっとも、今日でその平和がどうなるのかはちょっと分からないが)
今日、この妖精郷を治める長は、ボブの穢れをどうにかする。
それが浄化と呼ぶべきなのか、消滅と呼ぶべきなのか、あるいはもっと別の何かなのか。
その辺りは生憎とレイにも分からなかったが。
「グルゥ」
昨日と同様、レイを見て助けてと喉を鳴らすセト。
そんなセトに対して首を横に振ると、レイはこちらもまた昨日と同様に朝食の準備を始める。
狼の子供達も、昨日と同じく朝食の準備を進めれば、その料理の匂いで起きるだろうと判断してのことだ。
……朝食の準備とはいえ、そこでレイがやるのは結局のところミスティリングから料理を出すということだけだったが。
今日は川魚を使ったスープと、久しぶりに食べたくなった黒パン、そして肉と野菜を辛みのあるソースで炒めたピリ辛の炒め物、他にも何品が箸休め――使うのはフォークやナイフ、スプーンだが――としてちょっとした料理を用意した。
「今朝のメインは……川魚のスープだな」
海の魚を煮込んだスープというのは珍しくはないが、川魚のスープというのは珍しい。
……正確には料理そのものはそこまで珍しくないのだが。
レイが拠点にしているギルムは海から遠く、新鮮な魚が入ってくるといったことはあまりない。
魔法やマジックアイテムを使えば新鮮な魚を……場合によっては魚を生きたまま運ぶことも出来るが、当然ながらそうなると輸送費が跳ね上がって、商人が売りに来る塩漬けや干した魚とは比べものにならない値段となってしまう。
裕福な貴族ならそれでもいいのだが、一般的な食堂でそのような真似をするのは難しいだろう。
そんな訳で、ギルムにおいて一般的な魚となると川や湖、あるいは沼といった場所に生息する魚となる。
レイとしては、日本にいる時は山の近くに家があり、そう離れていない場所に川もあったし、両親が漁業権を持っていたので川魚を獲るのは一種の遊びに近く、食べ慣れていた。
そういう意味では、ギルムの住人と同じようなものなのだろう。
とはいえ、ギルムは色々な場所から人が集まっている。
そういう意味では、魚は海の魚が普通だという者も多いのだが……新鮮な海の魚となると、かなりの値段となってしまい、そう簡単に入手は出来ない。
そういう意味ではギルムで川魚の料理が発展するのは当然の話なのだろう。
「ワウ!」
朝食の匂いに気が付いたのか、狼の子供のうち一匹がお腹減ったといったように鳴く。
するとそんな鳴き声によって、もう一匹の狼の子供も目を開けて同じように鳴く。
「さて、狼の子供達も起きたようだし、食事にするか。今日は色々と忙しくなる可能性が高いから、何が起きてもいいようにしっかりと食べておくとしよう。……セトもそれでいいよな?」
「グルルルルゥ!」
レイの言葉に、当然といった様子で喉を鳴らす。
セトにしてみれば、今日何が起きようとも自分はレイと一緒にしっかりと仕事を……ボブの穢れをどうにかするのを、手伝うつもりだった。
……実際には穢れがどのような存在なのかというのは、あまり理解出来ていなかったが。
とはいえ、穢れを理解出来ていないというのはレイもまた同様だ。
そもそも穢れに関しては悪い魔力という長からの説明しかしらないのだから。
そして穢れに対処するにしても、具体的にどうすればいいのかというのは長に任せてあるのでレイにも分からない。
今の状況を思えば、それしか出来ないというのはレイにも理解は出来る。
出来るのだが……それでも今の状況から考えると、少し不安に思うのは仕方がなかった。
そうしてレイとセト、狼の子供達で朝食を食べ終えて、食休みをしていると……
「あー! ちょっと、レイ! もう食べ終わったの!?」
ニールセンがやって来て、そう叫ぶ。
昨日はレイを裏切り者と言っていたのだが、既にニールセンの態度は普通のものに戻っている。
レイとしてはありがたいことだったが、それでいいのか? と思わないでもない。
「そう言ってもな。食べたかったらもう少し早く来ればよかったのにな」
「しょうがないじゃない。長の手伝いをしていたんだから」
「長の手伝い? それはボブの件か?」
長の手伝いと言われたレイが思い浮かんだのは、それだった。
実際には長はボブの件でだけではなく、レイに渡す霧の音であったり、もしくはレイが大量に渡した素材の整理であったり……あるいは、こちらはレイの希望的な観測だが解体用のマジックアイテムの研究といったように、他にも色々とやるべきことがあるのは間違いない。
それでもボブの穢れの件が真っ先に出て来たのは、ボブとも関係の深いニールセンがこうしてやって来たというのもあるが、純粋にレイがそちらを気になっていたからというのが大きいだろう。
「悪いな、また今度食事中に来たら何かやるよ。……それで、ニールセンは何をしに来たんだ?」
「え? あ、そうそう。長からレイを呼んできて欲しいって頼まれたのよ。……ふふっ、多分レイも驚くわよ?」
意味ありげな笑みを浮かべるニールセン。
そんなニールセンの様子に何かを言おうとしたレイだったが、取りあえずそれは置いておくとする。
ニールセンの様子から、一緒に行けばニールセンに何があったのかを教えて貰えるだろうと、そう思った為だ。
ここで話を聞いても、結局それは実際に行ってみなければ何に驚くのかというのは分からないのだから。
「じゃあ、行くか。セト、準備はいいな?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは大丈夫! と喉を鳴らす。
そんなレイとセトを見て、ニールセンは不満そうな様子を隠せない。
今の自分の言葉を聞いて、何で自分から話を聞かないで、さっさと行くといったような真似をしようと思うのか、と。
「ちょっと、レイ。どうせならきちんと私から話を聞いた方がいいんじゃない?」
「そうか? ニールセンから話を聞くよりも、実際に自分の目でその驚くという光景を見た方がいいと思うけどな」
「むぅ」
レイの言葉にニールセンが反論しなかったのは、実際にその言葉が正しいと理解していたからだろう。
今のこの状況で自分が何かを説明するよりも、しっかりとレイが自分の目で見た方が驚くだろうと。
そう判断したからこそ、ニールセンもこれ以上は何も言わずに黙っておく。
きっとあの光景を見たら、レイも驚くだろうと思いながら。
「じゃあ、俺とセトはちょっと長に会いに行くから、お前達はここで……あるいはどこか他の場所で遊んでいてくれ」
『ワウ!』
レイの言葉を理解したのか、それともただ返事をしただけなのか。
その辺は生憎とレイにも分からなかったが、とにかく狼の子供達は揃って返事をする。
そして……二匹揃って、その場から走り去る。
狼の子供達の様子を見ると、多分自分の言葉を理解した上での行動なのだろうと判断し、賢さに感心しながらマジックテントをミスティリングに収納する。
マジックテントはレイにとって非常に大事なマジックアイテムだ。
そうである以上、悪戯好きな妖精が多数いる妖精郷でマジックテントを出しっぱなしにするような真似をする訳にもいかない。
もしこのままここに置いてけば、恐らく妖精達によって悪戯を……場合によっては壊されるかもしれないのだから。
(あ、でももしかしたら……本当にもしかしたらだけど、妖精達がマジックテントを壊したら長が修理してくれるかも?)
効果の高いマジックアイテムを作る妖精達だ。
そんな中で長がマジックテントを修理……あるいは代わりに同じような効果のある物を渡してくれるとなると、それはかなり性能が上がっているのでは? と、そんな風に思う。
とはいえ、レイにしてみれば実際にそれを試すつもりはなかったが。
もし代わりになるようなマジックアイテムがなく、修理をするのにも時間が掛かるとなった場合、色々と面倒なことになりそうだったというのが大きい。
「さて、それじゃあ長が呼んでるって話だし、行くか。ニールセンが言っていた、何かに驚くというのも出来れば早く見てみたいしな」
そんなレイの言葉に、ぶーぶーと不満そうな様子を見せるニールセン。
やはりレイを驚かせるのなら、自分の手で驚かせたいのだろう。
「全く、どうせなら私が話してもよかったのに。……まぁ、レイがそう言うのなら、それはそれでいいけど」
「ほら、ニールセン。案内してくれ。今のままでは、結局どこに行けばいいのか分からないだろ。なら、俺にとっても、お前に案内して貰う必要があるんだから」
「えー……全く、レイったらしょうがないわね。私がいないと何も出来ないんだから」
ニールセンの態度には若干思うところがレイにもあった。
しかし、このままここで話をしていても時間を無駄にするだけだと判断したのだろう。
今のニールセンに特に何か突っ込んだりといったような真似はせず、そのままニールセンに案内されるように進む。
そうして到着した場所は……
「うわ、これは……」
ニールセンに案内された場所で、レイの口からはそんな声が漏れ出た。
当然だろう。何しろ案内されたのは、妖精郷の中でも広場……あるいは集会場とでも呼ぶべき場所だったのだから。
いや、それだけであればそこまで驚くようなことはなかったかもしれない。
しかし、そこに妖精が……それこそ今まで見たことがないような数の妖精が集まっていたのだから、レイは我知らずそんな声を漏らしてしまう。
現在ここに集まっている妖精は、それこそレイに向かってお菓子をちょうだい、お土産をちょうだいと集まってきた者たちと比べても圧倒的に多かった。
それこそ、この妖精郷にこれだけの数がいたのかと思ってしまう程の。
(これは、ニールセンが驚くと言っていたのも納得だな)
ニールセンに視線を向けたレイは、そこにしてやったりといった笑みがあるのを見て、素直に負けを認める。……勝った負けたといったような話ではないのだろうが。
「ふふん、どう? 驚いたでしょ?」
「そうだな。これは素直に驚いた。というか、この妖精郷にこれだけの数の妖精がいたんだな」
「普段はあまり表に出てこなかったりする妖精もいるしね。……さて、私はボブも連れてこないといけないから、そっちを迎えに行ってくるわ。レイとセトはここで待っててね」
そう言い、軽く手を振るとニールセンは妖精郷の外に……ボブのいる方に向かって飛んでいく。
ニールセンの姿を見送ったレイは、さてこれからどうするかと考える。
周囲にいる妖精達は興味津々といった様子でレイに視線を向けているのだが、以前のようにお菓子をちょうだいと集まってきたりはしない。
長から念入りに注意されているのか、あるいはこの場でこれから穢れに対して行う何かをする為にはここにいてはいけないのか。
生憎とレイにはその辺の事情は分からなかったが、今までに見たことのない数の妖精がいるのを思えば、これだけの数の妖精達に纏わり付かれるといったようなことがないのは、正直なところ助かった。
……とはいえ、こうしてじっと見られているだけというのも、少し思うところがない訳ではなかったが。
「グルルルゥ?」
レイの様子を見て、セトがどうしたの? と喉を鳴らす。
レイはそんなセトの様子に妖精達から見られている妙な緊張が解されていくように感じられ、感謝の気持ちを込めてセトを撫でる。
セトはレイに撫でられたのが嬉しいのか、先程とは違った意味で喉を鳴らす。
セトにしてみれば、誰に撫でられても嬉しいのは間違いない。
だが、やはり大好きなレイに撫でられるのが一番嬉しいのは間違いなかった。