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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国との戦争
295/3865

0295話

 崩れ落ちる土のドームから脱出したレイ。そんなレイの前で土のドームが文字通りの意味で潰れ、その光景は同時に周辺にいたベスティア帝国軍の兵士達……特にカストム将軍直属の者達の士気を大いに下げることになる。

 自分達を指揮するカストム将軍の籠もっていた土のドームが破壊され、更にはそこから出て来たのがレイだけなのだ。中で何があったのかは、考えるのは容易だろう。

 事実としては、レイが中に突入した時には既にベヒモスの腕輪の暴走でカストム将軍を含めて全滅していたのだが、ベスティア帝国軍の兵士達にそれを知ることが出来る筈も無い。


「カ、カストム将軍!?」

「おい、カストム将軍ってあの中にいた筈だよな!?」

「あ、ああ。その筈だけど……」


 急速に広まっている混乱の中、1騎の軍馬がレイの方へと近寄ってくる。奇襲部隊を率いているシミナールの姿をその軍馬の上に確認し、レイは安堵の息を吐く。

 さすがに土のドームへと突入した先で標的でもあったカストム将軍が骨と皮だけになって死んでいるというのは予想外であり、このまま勝ち名乗りを上げてもいいのかどうか迷っていた為だ。このまま勝ち名乗りを上げ、首改めなり何なりをした時に偽証と取られる可能性を考えると、シミナールがここにやって来たのはレイにとって渡りに船といえた。


「レイ、この騒ぎは一体どうしたんだ? カストム将軍は討ったのか?」


 崩れ落ちた土のドームの周辺では、ベスティア帝国軍の兵士達が受けた衝撃で動きを止めている。だが、少し離れた場所では未だに奇襲部隊と本陣を守っていた兵士達との戦いが続いているのだ。標的であるカストム将軍を討ったのなら早急にこの戦いを止める必要があると判断してのレイに対する問い掛けだったのだが、それに返ってきたのは首を傾げるレイという不思議なものだった。

 もしこの場に周辺を警戒しているセトがいたとすれば、恐らくレイと同じように首を傾げていただろう。


「……どうしたんだ? 土のドームが潰れているのを見ると、中に突入するのは成功したんだろう?」

「ああ、それは間違い無い。だが、俺が突入したときには既に中にいた者達は全員骨と皮になって死んでいた」

「何?」

「恐らくだが、何らかのマジックアイテムが暴走したらしい。どの死体がカストム将軍とやらなのか判別出来ない程まで干涸らびていた。あるいは、もしかしたら自分が死んだと見せかける罠の可能性もあるが……どうする?」


 そう問われても、シミナールに出来ることは無い。いや、寧ろ中の状況を自分の目で見ていないこともあって余計に混乱に拍車が掛かるだろう。


「どうすると言われても……取りあえず、こちらの報告では土のドームの中にカストム将軍がいたのは確実だったんだから、討ち取ったと名乗りを上げてもいいんじゃないか?」

「……俺が、か?」


 思わずといった様子で尋ねたレイに、シミナールは頷く。


「当然だろう。レイが土のドームを壊したのは事実なんだからな」

「……それは止めた方がいいな」


 そこに割り込んでくる声に2人揃って振り向くと、声の発生源にいたのは2人の予想通りの人物だった。


「エレーナ殿、無事だったようで何よりだ。いや、姫将軍がこの程度の戦いでどうにかなるとは思っていなかったが……」


 言葉を区切り、改めてエレーナの姿を眺めるシミナール。

 エレーナが身につけているのは純白のハーフプレートアーマーであり、この乱戦の中にいれば当然返り血を始めとした汚れが付いて当然なのだが、そこには一切の汚れが付いていない。自らの傷や返り血はもとより、土埃といったものすらも付着していなかった。

 それはマジックアイテムでもある鎧の効果によるものなのだが、それを知らないシミナールはマジマジとエレーナの顔を見てしまい、恋慕の情が湧き上がって顔を薄らと赤く染める。

 それを誤魔化すように、大きく声を張り上げて口を開く。


「それよりも、何故レイにカストム将軍を討ち取った名乗りを上げさせるのに反対なんだ? 自分達の総大将が死んだと知らない以上、ベスティア帝国軍は戦いを止めないぞ」

「レイの話を聞いていただろう? カストム将軍だと判別出来ないと。つまり、戦争が終わった後でこれがカストム将軍じゃないと言い出す者が出て来る可能性がある。それもミレアーナ王国軍にな。何しろ、レイは中立派のダスカー殿が雇った冒険者で、アイテムボックス持ちで、この戦争でベスティア帝国軍の先陣部隊に大打撃を与え、奇襲を受けたアリウス伯爵を助け出しと、これ以上無い程に手柄を挙げている。恐らくこの戦争の中で一番手柄は誰かと言われれば、レイの名前が候補として挙がる程度にはな」


 ここでレイの名前があくまでも候補にしかならないのは、やはり身分が冒険者でしかないからだろう。幾らグリフォンを従えており、最精鋭の冒険者が集まると言われているギルムの街で名が売れており、最速でランクCまで駆け上がったと言ってもやはり冒険者は冒険者でしかない。あるいは、これがランクAやSの冒険者なら話は別なのだろうが。


「そんなレイだけに、恐らく自分でも知らない間にかなりの恨みを買っているだろう。それこそ、何らかの失点があれば即座に攻撃される程にはな。カストム将軍を討ったと言われ、そして出されたのが本人と判別出来ない死体であったら、そういう輩にしてみれば千載一遇の好機となる訳だ」


 エレーナの言葉を聞き、レイの脳裏に戦争開始前に絡んできたルノジスの顔が過ぎる。


(確かにああいう性格なら、俺が隙を見せればこれでもかと問題視しそうだよな)


 しみじみと納得し、自分も同感だというように頷くレイ。


「なら、どうしろと言うんだ? まさかこのままどちらかが全滅するまで戦い続けるわけにはいかないだろう? それに前線からこちらに援軍が向かっている可能性も忘れては困るぞ」

「もちろん分かっている。それに無駄な死人を作り出すような趣味もない。故に……」


 意味あり気にシミナールへと視線を向けるエレーナ。

 本人にその気は全く無いのだろうが、流し目に近いその視線はシミナールの動悸を高めるのに十分な威力を持っていた。


「な、何だ? 俺がどうかしたのか?」

「……なるほど」


 レイもまた、エレーナの視線の先にいるシミナールを見て理解する。


「ようは、この戦争で目立った俺がこれ以上の手柄を挙げるのが駄目な訳だ。つまり、国王派の者が手柄を挙げるのなら全く問題は無いと」

「ちょっ、おい。それはつまり、俺にレイの手柄を横取りしろと言っているのか!?」


 ここまで話が進み、ようやくシミナールにも話の流れが理解出来たのだろう。驚愕の声を上げる。

 だが、レイとエレーナはそれに驚いた様子も無く頷く。


「ここにいるレイは中立派のダスカー殿に雇われている身だ。私にしても貴族派。そうなるとこの場に残っているのは国王派のシミナール殿だけになる」

「いや、だがレイが土のドームを破壊したのはベスティア帝国軍に見られているんだぞ? 奇襲部隊にしても同様だ。だというのに、俺の功績だと言っても認められるか?」

「これは面白いことを。白を黒と、あるいは黒を白とするだけの力を国王派は持っている筈ですが? それに、国王派にしても冒険者でしかないレイを貶めるよりは、ベスティア帝国軍の総大将を自分達国王派が討ったとした方がいいのでは?」

「……それは、確かにそうだが……」


 エレーナの言葉のメリットとデメリットを比べ、確かにメリットの方が大きいとシミナールは理解する。それも、国王派だけのメリットではない。自分個人のメリットに、恨み妬みを買わなくてもすむレイのメリット。そして……


(憎からず思っているだろうレイが煩わしさを覚えないのがエレーナ殿のメリット、か)


 内心で呟き、大きく溜息を吐いて頷く。


「分かった。確かにそうした方が全て丸く収まるだろう。私としても国王派の本流に邪険にされているこの状況で、手柄を挙げるというのは悪くない」


 その言葉に、レイとエレーナが安堵の息を吐く。

 これで無用ないざこざに巻き込まれないで済む、というのが2人の正直な思いだった。

 もっとも、貴族派で姫将軍としての地位を築いているエレーナはともかく、レイは敵総大将を討ち取ったという最大の手柄を抜きにしても多数の手柄を挙げているので、嫉妬や妬みといった黒い感情を向けられるのは間違い無い。それでも、総大将を討ったという手柄までを自分のものとしていた時に比べれば随分とマシだというのがレイの判断だった。


(あるいは、国王派のシミナールに手柄を横取りされたと勘違いして、嫉妬とかが小さくなる可能性も……)


 土のドームへと向かっているシミナールの後ろ姿へと視線を向けながら内心で考え、しかし次の瞬間頭を過ぎったのは、何故か国王派ではなく貴族派のルノジス。

 ああいう性格の男なら、一度敵とした自分に対して手心を加えるような真似はしないだろうと思ったからだ。いや、寧ろ嬉々として追撃してくるという可能性が高い。


「まあ、そうなったらエレーナに何とかして貰うさ」


 その呟きが聞こえたのだろう。相変わらずの見る者を惹き付ける美貌を顕わに、エレーナはレイへと視線を向ける。


「どうかしたのか?」

「いや、面倒なことになったらエレーナに助けて貰おうかと思ってな」

「……私で助けられるのなら、いつでも手を貸すさ」

「グルゥ」


 自分も忘れるなとばかりに、いつの間にか近づいて来ていたセトが鳴きながらレイへと頭を擦りつける。

 その頭を撫でていると、早速土のドームの方から声が響いている。


「ベスティア帝国軍総大将カストム将軍は、ミレアーナ王国の、シミナール・ギュプソスが討ち取った!」


 周囲へと……いや、それどころか本陣付近にいる全ての者に聞こえるかのような声が響き渡り、片方からは歓声が、そしてもう片方からは嘆きの声が上げられる。

 その様子を横目に、レイは黙って崩れた土のドームへと視線を向けていた。

 勿論カストム将軍を含む者達の冥福を祈っている訳でも無ければ、戦争が終わったのを喜んでいる訳でも、あるいはこの戦争で死んだ者達に想いを馳せている訳でも無い。いや、勿論そのような感情が一切無いという訳でも無いのだが、現在のレイの感心はそれとは別のところにあった。即ち……


(あの土のドームを作り出したマジックアイテム……欲しかったな)


 これだった。勿論周囲にいる者達の魔力を手当たり次第に吸収するというのは明確な欠点だ。だが、その欠点さえ克服すればレイの一撃を受けても崩壊しない程に強力な土のドームを作り出せるような能力を持っているのだ。実戦で使えるようなマジックアイテムの収集を趣味としているレイとしては、欲しがるのも当然と言えただろう。


(高性能のマジックアイテムを作るには、当然高い錬金術の技術が必要だ。それを考えれば、一度ベスティア帝国に行ってみるのもいいかもしれないな)

 

 内心でそんな風に思うレイだったが、この戦争で圧倒的とも言える活躍をして非常に目立っており、ベスティア帝国軍からは深紅という異名を付けられ恐れられているのだ。そんなレイが、もしベスティア帝国に行ったとしたら色々な意味で大変なことになるのは間違い無かった。


「レイ……レイッ! 俺の声が聞こえているのか!?」


 自分の考えに没頭していたレイは、いつの間に戻って来たのか、目の前にシミナールが立っていることに気が付く。


「っと、悪い。ちょっと考えごとをしてた。で、どうしたんだ?」

「はぁ、今回の戦争で色々と忙しかったのは分かるが、もう少しだけ頑張ってくれ。俺がカストム将軍を討ったとアリウス伯爵に伝えて来て欲しいんだ。この中で最も足が速いのは、セトだろう?」

「グルゥ!」


 その通り! とばかりに胸を張って喉を鳴らすセト。

 そんなセトの様子にどこか和やかな雰囲気に包まれている周囲だったが、現在でも前線では戦いが続いているのを思い出したのだろう。すぐにそれぞれが行動へと移る。シミナールは残存していた奇襲部隊を纏め、エレーナは捕虜になった者達を取り纏め武装解除し、レイはセトに乗ってアリウスの下へと向かうのだった。






「……どうやら本陣が落ちたようですな」


 ベスティア帝国軍とミレアーナ王国軍が激戦を繰り広げている最前線。その中で、魔獣兵を取り纏めているギルゴスがテオレームへと告げる。

 その言葉を聞いたテオレームは、魔獣兵達に敵の左翼へ回り込むように指示を出しながらも、薄らと笑みを浮かべる。


「さて、我等が総大将はどうなったかな?」

「残念ながら死亡した模様です」

「そうか」


 総大将の死を一言で済ませるテオレームだが、元々カストムの死は予定通りであった以上、反応はその程度だった。だが、次の言葉に小さく眉を顰める。


「どうやらカストム将軍は、敵に討たれたのではなく魔法省から渡されたマジックアイテムの暴走に巻き込まれて死んだようですな」

「……それはあまり面白く無いな。敵に討たれたのならともかく、魔法省から渡されたマジックアイテムが原因となると……」


 視界の先で、獅子の上半身と馬の下半身をもつ異形のケンタウロスがミレアーナ王国軍の横腹から突っ込んで混乱に陥れ、そこに残りの魔獣兵達が穿たれた楔の穴を大きくすべく攻撃を仕掛けている。だが、それを見るテオレームの顔は決して嬉しそうではない。

 第3皇子であるメルクリオと関係の近い魔法省。その魔法省が渡したマジックアイテムの暴走でカストム将軍が死んだとなれば、当然第3皇子派のテオレームに疑いの眼差しが向けられることになる。

 そして、その疑いは必ずしも間違ってはいないというのがテオレームにとって頭の痛いところだった。ミレアーナ王国軍の奇襲部隊が本陣を狙っているのを知って、そのまま放置してきたのだから。


「テオレーム様、その件も大事ですが、今は撤退を考えた方がよろしいかと」

「そうだな。このままでは、総大将討ち死にの報告が入ってこちらの士気は低下、向こうの士気は向上ということになるか」


 頷き、テオレームは撤退の指示を出し始めるのだった。

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