2947話
今年もこのライトノベルがすごい!2022のアンケートの時期がやって来ました。
詳細については、以下をご覧下さい。
https://questant.jp/q/konorano2022
回答期限は9月23日(木)23:59となっています。
是非、レジェンドに投票をお願いします。
オークを倒し、その死体をミスティリングに収納すると、レイはすぐに妖精郷まで戻ることにした。
他の獲物がいないかどうかを探してもよかったのだが、ボブもいつまでもその場にいたくはなく、出来るだけ早く妖精郷に……正確には妖精郷の近くにある自分の野営している場所に戻りたいと主張したのだ。
オークとの戦いで周囲にはオークの血の臭いが大量に漂っている。
そうである以上、トレントの森にいる動物やモンスターがその血を頼りにやって来るかもしれないという可能性をボブは考えたのだろう。
レイにしてみれば、そういうのを求めてやって来たということは獲物が増えるという認識なのだが……腕が立つとはいえ、ただの猟師であるボブにしてみれば、そんなに大量の敵は遠慮したかったらしい。
「ふぅ」
霧が漂ってきたのを見て、安堵するボブ。
普通なら霧を見て安堵するといったようなことはないのだが、今のボブにしてみればその霧こそが自分の身を守る場所であるという認識なのだろう。
実際、この霧のある場所はモンスターや動物も危険だと思っているのか、あまり入ってこない。
中には力に自信があるのか、平気で霧の中に入ってくる動物やモンスターもいるが。
また、実際にこの霧はボブの視界と繋がっている相手との繋がりを切る……というよりは、一時的に遮断するといったような効果があるので、霧に戻ってきて安堵するボブは間違っていない。
本人は気が付いていないが。
だが、それでも本能的にこの霧によって多少なりとも自分の身が安全になっているというのを知ってか、霧の中に来ると安心するのだろう。
その上で、霧の中には他にもボブ達を待っている者がいた。
「あー、遅いじゃない。一体何してたのよ」
「そうよ。今日は他の場所での話をするって……あ、ニールセンじゃない。どうしたの、こんなところで」
「本当だ。レイとセトもいるわ。ボブと一体どこにいってたの?」
霧の中には、数人の妖精がボブの姿を待っていた。
ボブが言っていた、昨日遊びにきたという妖精達なのだろう。
妖精達の主張からして、ボブが何らかの約束をしていたのに、遊びに来たらいなかったことに憤慨しているらしい。
とはいえ、その怒りもレイとセト、ニールセンがここにいたというのを見て、すぐに消えたようだったが。
「ボブがオークを見つけたって言ってたから、退治しに行ってたのよ。勿論私もそれに協力をしたわ!」
そう言い、仲間の妖精に自慢するニールセン。
ニールセンにしてみれば、自分もオークを倒すのに協力したというのは自慢出来ることなのだろう。
ましてや、妖精達の中でニールセンはスモッグパンサーの討伐にも行ってきたと、昨日散々話を聞いている。
そんなニールセンがまたもや活躍したとなれば、多くの妖精が驚き、感激し……
「えー、ずるーい。オークなら私も倒したかったのに!」
「そうそう、ニールセンばかりずるいじゃない!」
感激するようなこともなく、寧ろニールセンだけがオークの討伐に行ったのを羨ましがる。
そんな妖精達の様子にボブは驚いていた。
(多分、ボブのイメージする妖精と今の返答は違ったんだろうな。いやまぁ、往々にしてそういうイメージとかは違っていたりするのは珍しい話じゃないけど)
レイにしてみれば、ニールセンを見ていれば大体の妖精の一般的な性格というのは予想出来る。
勿論それはあくまでも一般的な性格であって、場合によってはニールセンだけが性格的に他の妖精よりも違いすぎるという可能性も否定は出来なかったのだが。
とはいえ、レイが他の妖精を見た限りではそんなことはない。
「長に許可を貰ったら、連れていってもよかったんだけどな」
『えー』
レイの言葉に、妖精達が揃って非難の声を上げる。
そして微妙に視線を逸らすニールセン。
オークの討伐に一緒に行ったニールセンだったが、当然ながら長の許可は貰っていない。
ボブから話を聞いてレイがオークを倒しにいくと口にした時、そこにニールセンもいたので自分も一緒に行くと言ったのだ。
そうである以上、もし長に今回の件が知られた場合は怒られる……お仕置きをされる可能性は否定出来ない事実。
今更ながらにそのことに気が付いたのだろう。
当然だがレイも長の許可云々と口にした時のニールセンの反応から、ニールセンが何を考えているのかは大体理解出来ていた。
とはいえ、その辺はあまり関与するつもりはなかったが。
(あ、でもニールセンの魔法のおかげでオークに逃げられなかったのは間違いないし、そう思えば少しは擁護してもいいのか? ……まぁ、長が俺のその言葉を聞くかどうかは別の話だが)
そんな風に思いつつ、レイはボブをその場に残してニールセンと共に妖精郷に入っていくのだった。
「駄目です、また視覚の繋がりが切れました!」
「またか!? ……一体、どうなっているんだ!」
馬車で移動中の男達のうち、ボブと視界が繋がっている男がそう言うと、近くで話を聞いていた仲間の一人が苛立たしげに叫ぶ。
当然だろう。昨日から急にボブと視界が繋がらなくなったと思っていたら、少し前に繋がるようになり、それで安心していたところでまた繋がらなくなったのだ。
それこそまずないとは思うが、ボブが全てを承知した上で自分達をからかうつもりでこのような真似をしてるのではないかとすら思ってしまう。
「本当に視界が繋がっているのか? もしかしたら、何らかのマジックアイテムで誤魔化されているといった可能性はないか? だからこそ、頻繁に視界の繋がりが切れるといったようなことになれば、まだ理解出来る」
「それはないだろう」
馬車の中に乗っていた男達が騒ぐ中、それを否定したのはリーダーだった。
「ボブと視界が繋がっているのは、向こうに知られていない。ましてや、視界が繋がったり繋がらなかったりといったようになるのなら……恐らく、特定の誰かが何かをしてるのではなく、何らかの状況によってそのようなことになっているのだろう」
「何らかの状況……ですか? 具体的には?」
「さて、そこまでは分からないな。だが実際にボブのいる場所に行ってみれば分かる。……とはいえ、予想は出来るが」
予想? と、馬車の中にいる者達の視線がリーダーに集まる。
現在はまだ何も分からない状態だ。
そして未知というのは、恐怖を抱きやすい。
そうならないようにする為には、仮にでも何が起きているのかを知っておいた方がいいのだ。
男達にしてみれば、自分の中にある未知への恐怖をどうにかする為にも、リーダーの言う予想というのを聞きたかった。
そのような視線を向けられたリーダーは、どうするべきか少し考える。
ここで自分の予想を口にするのは難しい話ではない。
しかし、それを口にして一時的にそういうものかと他の者達が納得したとして……それで実際にボブのいる場所に到着した時、その予想が完全に間違っていたらどうなるのか。
そうなった場合、間違いなく面倒なことになってしまうだろう。
それこそ、話を聞いていた部下達がその件でリーダーに疑問を抱いたり、リーダーでも理解出来ない何かに自分達が関わってしまっていると、怯えるようなことになってもおかしくはない。
(だが、今のこの状況を思えば、その辺をしっかりしておいた方がいいのも間違いない、か)
話すかどうか迷っていたリーダーだったが、やがて他の者達の動揺を鎮める為にも口を開く。
「考えられる可能性としては幾つかある。だが、その中で最も可能性が高いと思っているのは、妖精の存在だろうな。妖精郷はそう簡単に見つかるような場所ではない。もしそのような場所なら、それこそ今までにもっと妖精が見つかっていてもおかしくはないのだから」
妖精というのは、その外見の愛らしさや、妖精魔法という妖精だけが使える魔法、そして時間は掛かるものの非常に効果の高いマジックアイテムを作るといったようなことが出来る。
そういう意味では非常に有用な種族なのだが、そんな妖精が見つかったという話は滅多に聞かない。
それこそ妖精の存在は物語の中だけで、今はもういないのではないかと思っている者も珍しくはないくらいに。
何故妖精がそこまで見つかりにくいのかと言えば、妖精の住んでいる妖精郷が特殊な力によって守られているから、というのが大きい。
ボブとの視界の繋がりも、その特殊な力によって一時的に妨害されているのではないかというのが、リーダーの予想だった。
(あるいは……レイの持つ莫大な魔力の影響とも考えられるが……)
リーダーもレイについての情報は集めている。
……いや、わざわざ情報を集めるといったような真似をしなくても、噂はかなり広がっているのだが。
それ以外にも、吟遊詩人がレイの活躍を歌にすることも珍しくない。
何しろレイの活躍は色々な意味で派手だ。
それだけに人目を引き、歌にしてもその活躍によって多くの者が楽しむ。そして楽しめば吟遊詩人に渡すおひねりや報酬も相応に高くなる。
そういう意味では、吟遊詩人にとってレイは非常にありがたい存在だった。
とはいえ、吟遊詩人も歌で糧を得ている者だ。
他の吟遊詩人と同じような歌であれば飽きられる。
そうなると吟遊詩人はレイの行動に独自の解釈をしたり、あるいはレイの行動を勝手に考えて歌にする。
その結果として、レイの行動は過大に評価されたり、あるいは全く見知らぬこともレイの仕業ということになったりした。
……例えば、レイは美女達と酒池肉林の毎日を楽しんでいたり、娼館を数日借り切って娼婦全員が動けなくなるまでその肢体を貪ったり、貴族の令嬢と熱い一夜を共にしたラブロマンスだったり。
そっち方面の噂が多いのは、やはりエレーナ、マリーナ、ヴィヘラといった歴史に残る程の美貌を持つ女三人を侍らせている――本人にその気はないが――というのが大きいのだろう。
ともあれ、そんなレイについての噂は黙っていてもどこからでも入ってくる。
その噂が真実かどうかは、また別の話として。
「とにかく、辺境に行けばその辺については分かるということですか?」
仲間のその言葉に、リーダーは頷く。
「そうだ。出来れば俺達が行くよりも前に向こうにいる連中が片付けてくれるのがいいんだが……」
「何を言ってるんですか! ボブの件は俺達に任されたんですよ!? なら、これは俺達がどうにかする必要があることです!」
リーダーの言葉とはいえ、その言葉は許容出来ないといった様子で男の一人が叫ぶ。
馬車に乗っている者のうち、半分近くがその言葉に同意してるように思えた。
……もう半分は、リーダーの言葉に同意していたが。
リーダーにしてみれば、男の言うことは分からないでもない。
実際に自分達が命じられた任務なのだから、自分達で片付けたいと思うのは当然だろう。
だが……その任務を片付ける、つまりボブを殺すにはレイとセトを何とかしないといけないのだ。
とてもではないが自分達の手に負えるような相手ではない。
それが分かっているからこそ、リーダーとしては出来れば自分達が辺境に到着した時は既にボブが死んでおり、妖精の心臓も入手出来ているのがいいと思っていた。
とはいえ、それが希望的な予想だというのも十分に理解していたが。
辺境にいる仲間も腕利きではあるが、リーダーが率いるこの集団と比べて突出した強さを持つ訳ではない。
細かい能力に差はあるが、総合的に見れば互角……あるいはややこちらの方が上といったところだろう。
そうである以上、レイやセトを相手にどうにか出来るとは思えなかった。
勿論、ボブがいつまでもレイやセトと一緒にいる訳ではない場合、何らかの偶然によって一人でいるボブを見つけて殺すことに成功する……といった可能性もない訳ではなかったが。
ただし森にいたのを思えばあまりその辺についての期待は出来ない。
「取りあえず、俺達がやるのはまず辺境に行くことだ。ここでどうこう言っても、結局その場にいなければ何をするにしても意味はないのだから」
そう言われれば、他の者達も納得するしかない。
実際、レイ達がいるのは辺境――実はこれもまだ確定ではないのだが――で、自分達はその辺境に向かっている最中でしかない。
男達の一人が下手にボブと視覚が繋がっており、レイ達の状況を知ることが出来る以上、中途半端に情報が得られるのがこの場合は辛かった。
これで何の情報もないのなら、それはそれでしっかりと意識を切り替えることが出来たのだろうから。
そして男達は、モヤモヤとするものを感じながらも馬車に揺られて移動を続けるのだった。