2942話
今年もこのライトノベルがすごい!2022のアンケートの時期がやって来ました。
詳細については、以下をご覧下さい。
https://questant.jp/q/konorano2022
回答期限は9月23日(木)23:59となっています。
是非、レジェンドに投票をお願いします。
「グルルルゥ」
「わうわう」
「わふわふ」
夜、妖精郷の中でレイは以前にも使わせて貰った場所にマジックテントを用意し、野営の準備をしていた。
野営をするという意味では、妖精郷の近くで野営をしているボブと同じだったが、マジックテントや流水の短剣、ミスティリングに入っている料理と、その快適さはその辺の下手な宿屋……どころか、普通の宿屋よりも快適な環境なのは間違いなかった。
とはいえ、宿屋ではないので色々と作業はレイが自分でやらないといけないが。
そんな状況の中、レイは夕食を食べ終わってゆっくりとした時間を楽しんでいた。
レイの視線の先では、セトと狼の子供二匹が一緒に遊んでいる。
身体の大きさ的には、セトが遊んでやっているという表現の方が正しいのだろう。だがセトの精神年齢もそこまで高くはなく、狼の子供達と遊ぶのも本気で遊んでいた。
あるいはセトも本気だからこそ、こうして狼の子供達も喜んでいるのかもしれないが。
「和むな。……そう思わないか?」
そんなセトと狼の子供達の遊ぶ光景を見ていたレイは、不意に呟く。
その言葉は独り言……ではなく、明らかに誰かに向かって尋ねていた。
そしてレイから少し離れた場所から返事がある。
「そうですか?」
そう言いながら姿を現したのは、長。
霧の音であったり、ボブの穢れの件の対処であったりをしてるのかとばかりおもっていたのだが、レイがゆっくりとしているこの時間にここに来るというのは予想外だった。
それでもレイが長の存在を疎んじている訳ではないのは、その表情を見れば明らかだろう。
「ああ、こうして特に何もやることがなくて、セトが狼の子供達と遊んでいる……そんな光景を見ていると、それだけで和むような気分になるのは間違いないな」
長に対してミスティリングから取り出した果実水を渡しつつ、そう告げる。
なお、長は他の妖精よりも大きいとはいえ、それでも人間くらいに大きい訳ではない。
そうである以上、渡したコップの大きさに戸惑うかと思ったのだが……軽く手を振ると、長は自分がコップを持つのではなく、コップそのものが空中に浮かぶ。
(そう言えば、果実を渡した時もこんな風にしていたな)
これが長独自の能力なのか、妖精なら持っている能力なのか、生憎とレイには分からない。
分からないが、それでもこうして見たところでは長がその能力を完全に使いこなしているように見えるのは事実だった。
「美味しいですね。爽やかな酸味と微かな甘みが好ましいです。それによく冷えていますし。昼に飲むともっと美味しそうですが」
「そうか? ……まぁ、言われてみればそうかもしれないな」
今は秋の夜だけに、寒いとは言わずともそれなりに涼しい。
それこそ焚き火を焚いていても特に問題がないくらいには。
そんな中で冷たい果実水を飲むよりは、やはり日中の暑い時に果実水を飲むのがいいのは間違いないだろう。
「それで、こうして俺のところに来た理由は何なんだ? 様子を見に来たというだけでも、俺としては歓迎するけど」
「レイさんの言う通り特にこれといって理由があって来た訳ではありません。少し様子を見にきただけなのは間違いないです。……うちの妖精達が邪魔をしていないかとも思いましたし」
「今日は来てないな。多分、今もまだニールセンの話を聞いてるんじゃないか? ……正直なところ、あそこまで話すことがあるとは思えないけど」
レイやセトと一緒に行動してスモッグパンサーを探し、倒すという行為。
それは間違いなく妖精達にとっては非常に興味深いのは間違いないだろう。
だからこそ、多くの妖精達はそんなニールセンの話を聞きたがる。
とはいえ、レイにしてみれば霧になるという少し珍しい能力を持ってはいたが、モンスターとの接触という点ではそこまで珍しい話ではない。
幾ら興味深いからとはいえ、いつまでもニールセンに話を聞きたがるのはどうなんだ? と思わないでもなかった。
もっとも、レイが少し見た限りでは、ニールセンも気分良く話していた様子だったが。
話すのに疲れた時は、レイのいる場所にやって来て少し話していったりもしている。
「そうですか。うちの子達は好奇心が強いですからね。それでレイさんに迷惑を掛けてないのなら、それでいいです」
「この妖精郷の妖精がやるのは、軽い悪戯だけなんだから可愛いものだと思うぞ。以前俺がセレムース平原で遭遇した妖精達に比べればな」
「お恥ずかしい」
そう言い、申し訳なさそうな表情を浮かべる長。
レイにしてみれば、セレムース平原で遭遇した妖精は長達ではないのだから、その一件で長が申し訳なさそうにする必要があるとは思えない。
それでも同じ妖精だからこそ、そんな風に思っているという可能性は否定出来なかった。
例えば日本人が外国でみっともない真似をして現地の警察に掴まったというのをTVのニュースで見た時、日本人の政治家であるにも関わらず露骨に売国奴と呼ぶべき行動をしている者を見た時に、同じ日本人としてみっともないと思うような、そんな気持ちに近いのかもしれないと。
「別に長がそこまで気にするような必要はないと思うけどな。……まぁ、いい。それで来たついでに聞いておきたいんだが、穢れの方はどうだ? 一応ボブには二日って言ってきたけど」
「やはり二日くらいはかかるかと」
長は数秒前に申し訳なさそうにしていた態度とは打って変わって、真剣な表情でそう言ってくる。
穢れの一件は、長にとっても他人事ではない。
いや、実際には他人事なのだが、妖精郷のすぐ側に穢れを持つ者がいる以上は他人事とは思えないのだ。
とはいえ、レイやニールセンが連れて来た人物である以上は、問答無用で追い返すといった訳にいかないのも事実。
それに穢れを持った者がいるという時点で、最終的にこの妖精郷だけではなく他の妖精達にも影響がある可能性を考えると、それをどうにかしたいと思うのは当然の話だった。
ある意味では、穢れを持つ者を早めに見つけることが出来たのは、長にとってそう悪い話ではなかったのかもしれない。
半ば自分に言い聞かせるような形ではあったが、実際にそれはそう間違っていなかった。
「二日か。そのくらいならボブも問題ないだろ。襲ってきた連中も、ここまで二日で到着出来るとは思えないし。……そう言えば、セトですらすぐ近くに来るまで気配や姿を消すことが出来るマジックアイテムってのは分かるか? いや、正確にはスキルや魔法かもしれないけど」
ふと思いついた疑問を長に尋ねるレイ。
レイにしてみれば、長はマジックアイテムに関しては特別な技量を持ってる相手だ。
それもただのマジックアイテムではなく、妖精の作るマジックアイテムともなれば尚更だろう。
そんな長だからこそ、もしかしたらボブを狙っていた者達が周囲を警戒していたセトに気が付かれずにすぐ近くまでやって来た理由が分かるのでは?
そう思って尋ねたのだ。
勿論、レイが口にしたようにマジックアイテムではなく、スキルや魔法の効果であれば、マジックアイテムだと仮定して聞いても意味はないのかもしれないが。
ただ、レイの予想では恐らくマジックアイテムの可能性が高いと思っていた。
特にこれといった理由がある訳ではないが、それでもセトに気が付かれないスキルや魔法を使う者がいるというよりは、そういうマジックアイテムがあったといった方が納得出来たからというのが大きい。
しかし、そんなレイの問いに長は少し考えてから首を横に振る。
「残念ながら分かりませんね。ただ、もし私がそのようなマジックアイテムを作ろうとした場合、ちょっとやそっとで作るといった真似は出来ないでしょう。……解体用のマジックアイテムよりは簡単かもしれませんが」
「解体用のマジックアイテムはそこまで難しいのか。いやまぁ、難しいというのは分かっていたんだけどな」
長が、場合によっては百年くらい掛かるかもしれないと、そう言ったのだ。
とてもではないがそう簡単に作れるようなマジックアイテムではないというのは、レイにも理解出来る。
「そうなりますね。とにかく、どちらのマジックアイテムにしろ、作るのが難しいのは間違いありません」
そう言い切る長の様子に、レイは狼の子供達と遊んでいる……いや、いつの間にか遊ぶというか二匹の子供を背中に乗せて周囲を歩いているセトを見ながら、レイはそういうものかと納得する。
レイの視線を追うように、長もセトの方を見て……微笑ましくなる光景に、笑みを浮かべていた。
長にとっても、セトはともかく妖精郷で育っている狼の子供達は可愛らしい存在なのだろう。
(こういうのを見ると、ニールセンや他の妖精達が長を怖がっている理由がちょっと分からないんだけどな)
レイから見た長は、妖精達が怖がるような性格をしているとは思えない。
もっとも、ニールセンをスモッグパンサーの餌にして誘き寄せるといったようなことを口にしたのを聞いていたので、そういう点では妖精達の反応の方がおかしくはないのかもしれないが。
「どうしました? 私の方をじっと見て。何かありましたか?」
果実水を飲んでいた長は、レイの様子にそんな疑問を抱いて尋ねる。
レイに見られた状態で果実水を飲むのが気恥ずかしかったのだろう。
だが、レイはそんな長の疑問に何でもないと首を横に振る。
「長が他の妖精達に怖がられているのがちょっと気になってな」
「ああ、そのことですか。……それは仕方のないことです。妖精の性格は知ってるでしょう?」
「そうだな。短期間ではあるがニールセンと旅をしたり、それを抜きにしても妖精郷に来ればその辺については当然のように理解出来る」
レイの言葉に、長は困ったように笑みを浮かべる。
レイの言いたいことは理解出来るし、そういう意味では納得も出来る。
だが同時に、この妖精郷の長として素直にその言葉を認めることはあまりしたくないと、そう思ってのことだろう。
「とにかく、妖精というのは私を含めて少し好奇心が強いものですから。そのような妖精達を纏めるには、どうしてもある程度の力が必要となるんです」
「力……か。それについては納得出来ない訳でもないけどな」
妖精の性格を考えると、言って聞かせるといった真似はまず無理だろう。
それこそ逆らったら酷い目に遭わされると思わせて従わせるのが一番いい。
一歩間違えれば……いや、一歩どころか半歩間違えれば独裁と表現してもいいような状況ではあるものの、ニールセンも含めた妖精達は長を怖がりつつも、慕っているのも間違いない。
そこには何だかんだと長が妖精達を大事に思っている一面があると、そう理解しているからなのだろう。
外から見ている限りではそうは思えないが、妖精郷に住む妖精達にしてみれば、長を慕っているのは間違いなかった。
「妖精郷の長というのも、色々と大変なんだな」
「分かって貰えて何よりです」
何だか人生相談みたいになってきたなと思いながらも、レイは少し気になったことを尋ねる。
「妖精郷はここだけじゃなくて、複数あるんだよな? 少なくても俺がセレムース平原で遭遇した妖精達はいる訳だし。そういう他の妖精郷との付き合いとかはないのか?」
「残念ながらそういうのはありませんね。勿論、偶然他の妖精郷と接触するようなことがあった場合は、別に敵対している訳でもないので交流はしますが。その時に相手の妖精郷が気に入ったら、そっちに移ったりもしますし」
そう言う長だったが、妖精そのものが決して多い訳ではないのはレイも知っている。
でなければ、妖精がある意味で伝説の生き物やUMA的な存在といったように思われたりはしない。
「妖精はそういう習性があるのか」
「習性という表現はどうかと思いますが、その言葉はあまり間違っていませんね」
長のその言葉に、レイはなるほどと納得する。
……本人は全く理解していなかったが、こうして妖精の習性について知っている者はこの世界でも決して多くはない。
そういう意味では、こうして妖精についての知識を得ているレイは、自分でも知らないうちにエルジィンでも妖精についての知識については最高峰の存在となっていた。
もし妖精学というものがあれば、その権威……とまではいかないが、それに準ずるくらいの存在には。
もっとも、この妖精郷はダスカーと接触して繋がりを得ている。
そういう意味では、将来的にレイよりもっと妖精について詳しくなる者が出て来てもおかしくはなかったのだが。