2937話
レイが取り出したトカゲと双頭のサイの死体を見ると、長はその死体の側に移動してそっと死体に触れる。
二匹の死体にそれぞれ数秒ずつ手を触れると、やがて元の場所に戻る。
「そうですね。どちらでもそれなりの強さを持っているので、問題ないと思います」
「あれ、トカゲの死体でもいいのか? それはちょっと驚きだったな」
レイにしてみれば、トカゲはスモッグパンサーの森でもそこまで強いモンスターだとは思っていなかった。
いや、勿論鹿や蜘蛛と三つ巴の睨み合いといった状態になっていたのだから、相応の強さは持つのだろう。
だがそれは、あくまでも群れで行動しているトカゲだからこそという認識だった。
もっとも、群れというのなら双頭のサイもまた群れで行動していたのだが。
その上で、スモッグパンサーの森から追い払われるようにして近くにあった村の周辺にやって来たのだ。
そうである以上、当然ながらトカゲよりも格下なのでは? と思ってもおかしくはない。
だが、トカゲと双頭のサイは双方共に群れを作るモンスターではあるが、その群れの数は大きく違う。
トカゲは双頭のサイよりもかなり多くの数による群れだったのだ。
そうである以上、そんな二種類のモンスターが双方共に個として同じような強さを持つと言われれば、レイが驚くのも当然だろう。
とはいえ、そういう意味ではレイとしてもありがたいのは事実だ。
「ええ、もちろん正確には色々と強さに差はあるのでしょう。ですが、こうして見たところではトカゲの魔石でも十分かと。……ただ、そうですね。場合によってはそちらの双頭のモンスターの魔石も使うことになると思いますが」
「いや、トカゲでいいのなら、まだ結構な余裕はある。そっちを使ってくれ」
そう言うと、レイは双頭のサイの死体をミスティリングに収納すると、トカゲの死体を三匹分取り出す。
「ただ、見ての通り死体は解体されていない。これはスモッグパンサーの方も、まだ死体のままってのが多いんだが……そっちで解体を任せても構わないか? ニールセンからやってくれるかもと聞いているんだが」
「解体ですか? そうですね。多少時間が必要になるかもしれませんが、構いませんよ。そういうのに使える魔法もありますから」
「……それは便利だな」
しみじみといった様子でレイが呟く。
レイにしてみれば、妖精達がどうやって解体をするのかは分からなかった。
何となく小さな妖精達が普通に死体を解体する光景は衝撃というか、スプラッタというか……どこか合わないと思っていたのだが、その正体が魔法となると驚くなという方が無理だろう。
正直なところ、レイとしては霧の音というマジックアイテムより、その魔法を教えて欲しい。
多くのモンスターを倒すレイにしてみれば、解体が出来る魔法というのは喉から手が出る程に欲しいのだから。
「なぁ、今更……本当に今更の話だけど、俺に作って貰えるってマジックアイテムは霧の音はいらないから、その解体をする妖精魔法を教えて貰えるといったことは出来ないか?」
「無理ですね」
あっさりと……それこそ数秒も考える様子もないまま、長はそう告げる。
そんな長の言葉にレイは疑問を抱き、素直に尋ねる。
「何でだ?」
「妖精魔法というのは、妖精しか使えないから妖精魔法と言うのです。レイさんは妖精ではない。そうである以上、その時点で妖精魔法を習得することは出来ないかと」
「それは……」
長のその言葉には、強い説得力がある。
しかし同時に、レイにとってはそれだけならまだどうにかなるのではないか? という思いがあった。
何しろ、レイには莫大な魔力がある。
その魔力を使って、例えば光魔法や神聖魔法と呼ばれるような魔法も、一応使えることが出来ているのだ。……ただし、本来なら十程度の魔力が必要な魔法に、一万……いや、数万、場合によっては数億といった魔力を使って強引に発動するという、滅茶苦茶な方法でだが。
そういう意味では、レイも妖精魔法を使えるのでは? という思いがあるのは間違いない。
とはいえ、そんな考えはすぐにレイの中で消えてしまう。
(あ、駄目だ。俺が使う他の属性の魔法も、結局は炎属性に付与する形で発動する形だし)
例えば、レイの使う魔法の中には死体を浄化してアンデッドにしないという魔法がある。
しかしそれはあくまでも炎で死体を燃やすという形をとってのものだ。
そうである以上、レイがもし長から解体をする為の妖精魔法を教えて貰っても、それが使えるかと言われれば、微妙だろう。
解体と炎という現象は、とてもではないが組み合わせられるとは思えなかった。
(無理に想像するとすれば、解体をする上で余計な部分は全て燃やしてしまうとか、そんな感じか? ……いや、そうなれば当然他の部位も燃えてしまう訳で……駄目だな)
想像しただけでも、自分の魔法によって魔石や素材、討伐証明部位、肉……といったような、レイの欲しい部位も燃えてしまうように予想が出来てしまい、すぐに自分が妖精魔法を無理矢理使おうとしても無理だろうと判断する。
「なら……マジックアイテムは出来ないのか? 霧の音じゃなくて、解体用のマジックアイテムは」
「それも難しいでしょうね。やってやれないことはないかもしれませんが、実際に出来るかどうかは色々と試してみなければなりません。それを行うにも色々と素材が必要になりますから、それこそ十年、二十年……場合によっては百年以上の時間が掛かってしまうかもしれません」
「それは、また……」
レイにとっても、それが興味深いものだったのは間違いない。
しかし、さすがにそこまで待つというのはどうかと思えた。
もっとも、レイの身体はゼパイル一門が技術の粋を込めて作ったものだ。
そうである以上、百年程度は全く問題なく待つことが出来るのだが……だからといって、レイの気分的にそれは面倒だと思う。
解体の魔法やマジックアイテムがあれば便利なのは間違いないが、それこそギルドに頼んだり、解体屋に頼んだりといった方法がある。
「そうなると、諦めるしかないな」
「申し訳ありません。ですが、そうですね。せめてものお礼という訳ではないですが、まだ解体していないモンスターの死体があったら出して下さい。それは全て私の方で解体しておきますので」
「いいのか? 霧の音や穢れの件もあるのに」
レイとしては、解体をしてくれるというのなら非常にありがたい。
しかし、長には色々と頼んでいる以上、ここで自分がこれ以上を頼むのは悪いと、そう思う。
もっとも、それでもやってくれるのであればレイとしては断る理由はないのだが。
「ええ、お任せ下さい。……ニールセンが新たな力に目覚めたのも、レイさんと一緒だったからというのもあるのでしょう。そうである以上、この程度は手間ではありませんよ」
「ニールセンが力に目覚めたのに、俺が影響してるのか?」
これについてはかなり予想外だっただけに、レイは思わずといった様子で長に尋ねる。
そんなレイに、長は笑みを浮かべて頷く。
「はい。レイさんが影響したのは間違いないでしょう。もちろん、先程も言ったようにニールセンには秘められた力、素質がありました。ですがそれがどのような形で開花するのかは、それこそニールセン次第。その点、レイさんと一緒にいた時に今のような状況になったのは……」
レイの影響によるものだと、そう言われてレイは喜べばいいのかどうか迷う。
(ニールセンは自分が新たな力に目覚めたということで喜んでいた。そう考えれば、俺が別に悪いと思ったりする必要はないんだよな。……俺以外に誰か別の奴と一緒にいた場合、どういう風に影響されるのかというのはちょっと気になったけど)
とにかくレイとしては長がモンスターの解体をしてくれるというので、まだ解体していなかった分の死体について考え、口を開く。
「死体を出すのはここでいいのか? 結構な量があるから、どこか他にそういうのが出来るような場所があったら、そっちでやってもいいと思うけど」
「そうですね。……では、こちらに来て下さい」
そう言って長はレイを連れて移動する。
妖精郷の中でも端の方……特に何かがある訳でもなく、幾つかの花が咲いてる程度の場所。
そのような場所だからか、他の妖精の姿もそこにはない。
(あ、もしかして俺をここに連れてきたのは、他に妖精がいないからか? それなら、モンスターの死体があっても妖精が集まってきたりはしないだろうし)
好奇心の強い妖精達のことだ。
もしモンスターの死体が大量にあった場合、それを見て、触れて……場合によっては玩具にして遊ぶ為に、集まってきかねない。
そうである以上、長がレイをここに連れてきたのは決して間違いではないのだろう。
「ここに死体を出して下さい。量が多いということでしたが、どれくらいでしょう?」
「そうだな……取りあえず。見て貰うのが手っ取り早いか」
そう言い、ミスティリングの中から多数の死体を取り出していく。
その中で一番多いのは、やはりスモッグパンサーだ。
統率個体が大量のスモッグパンサーを率いていたし、ニールセンのおかげで見つけた数が多いというのも影響している。
「これは、また……話には聞いていましたが、これだけ多くのスモッグパンサーを……」
「色々とあったんだよ。ただ、スモッグパンサーの魔石の多くは霧の状態で倒したから、場合によっては魔石にダメージがあって長が使うマジックアイテムに使えるかどうかは分からない」
スモッグパンサーは霧になる。
その状態で無理にスモッグパンサーを倒した場合、スモッグパンサーは身体全体にダメージを受けた状態になってしまう。
だからこそ、魔石にも一定のダメージが与えられているのは間違いないのだ。
セトのスキル、王の威圧を使えば霧の状態から物質化して普通に攻撃出来るようになる。
しかし、統率個体によって率いられていたスモッグパンサーは、通常種も王の威圧を使われても物質化することはなかった。
結果として、多くのスモッグパンサーは魔石に被害が出た状態で倒されることになってしまった。
今回の場合問題なのは、スモッグパンサーの魔石が霧の音というマジックアイテムに使われることだ。
その為にわざわざスモッグパンサーの棲息している森まで行ったのだから。
肝心の魔石がマジックアイテムを製作に使えないようでは、意味がない。
「ただ、ニールセンが見つけたスモッグパンサーは普通に倒したから、そっちの魔石は問題ない。……とはいえ、どれが霧の状態で無理に倒したスモッグパンサーで、どれが普通に戦ったスモッグパンサーなのかは分からないから、結局直接魔石を調べていくしかないんだが」
「なるほど、話は分かりました。マジックアイテムを作る際に必要な魔石の状態は、それこそどのようなマジックアイテムを作るかによります。簡単なマジックアイテムなら、魔石に多少なりとも傷があっても問題はありません」
簡単なマジックアイテムと口にする長だったが、それはあくまでも妖精が作るマジックアイテムの中では簡単な物という意味だ。
当然ながら妖精が作るマジックアイテムである以上、完成までには普通の錬金術師が作る以上に時間が掛かるのは間違いない。
「分かった。じゃあ、そっちの方は任せる。それで……ボブの件はどうすればいい? 長はもう知ってると思うけど、現在のボブは妖精郷の外で狼と一緒に待っている」
「穢れに対処するのは、今すぐとはいきません。どんなに頑張っても明日でしょう。場合によっては明後日になる可能性もあります。なので、それまで妖精郷に入れるのは難しいですね」
「となると、最大二日は妖精郷の外で休むことになるのか。……そうなると、いっそ生誕の塔とか湖……いや、何も知らない奴を無条件で連れていくとダスカー様に迷惑が掛かるか。ただでさえボブは好奇心が強いんだし」
ニールセンと意気投合していたのを見れば、それが一体どれだけ好奇心が強いのかは明らかだろう。
そんなボブが異世界からやって来た湖や、流暢に言葉を話すリザードマン達と接触した時にどうなるのかは、それこそ考える間でもなく明らかだった。
そうなると次の候補地として上がるのはギルムだが、こちらはレイの都合であまり戻りたくはない。
レイが戻れば、それこそ多くの者がクリスタルドラゴンの素材の件で接触してくるのは明らかなのだから。
そのような相手と接触したくないレイとしては、出来ればギルムに戻りたくはなかった。
もっとも現在のレイはセトに乗って直接マリーナの家に降りるといったことをダスカーに許可されているので、レイがその気になればギルムで泊まるのも問題はなかったのだが。