2930話
結局気が付けば、そこに襲ってきたと思しき者達の姿はなかった。
煙幕を使い、その隙に逃げたのだろうと予想する。
とはいえ、レイにしてみれば得体のしれない相手を前にして、これ以上に妙な手段で攻撃をされたりしなかったのは助かったのだが。
「グルルルルゥ」
レイの隣に来たセトが喉を鳴らすと、周囲に漂っていた霧が瞬時に消える。
すると、先程よりも更に周囲の様子を見ることが出来るようになった。
明かりは焚き火と月明かりしかないのだが、それでも夜目の利くレイならこの程度の明かりがあれば十分に周囲の様子を確認出来る。
「セトがいて、ここまで敵を接近させるというのは……ちょっと予想外だったな」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトがごめんなさいと喉を鳴らす。
そんなセトを撫で……同時にドラゴンローブの中からニールセンが飛び出してくる。
「ねえ、ちょっと! 私をいつまでここに閉じ込めておくつもりだったのよ!」
「ああ、悪い。盗賊っぽいのがいたからな。そういう連中に……いや、けど……盗賊? 勿論、盗賊の中にもエッグ達みたいに腕利きがいるのは分かるけど、それでもセトの警戒を潜り抜けてここまでやって来たのか?」
実際にはボブを殺す為に行動していた男達だったのだが、それを知らないレイにしてみれば盗賊としか認識出来ない。
何らかの理由で自分達がここにいるのを知った盗賊団が襲ってきたのでは、と。
一体何故自分達がここにいるのを知ったのか。
それに関しては、恐らくボブと同じく焚き火の明かりか何かを見つけたのか、あるいは偶然この辺りを縄張りにしていた盗賊が見回りの最中か何かで見つけたのか。
その辺は生憎とレイにも分からなかったが、同時に疑問もある。
「それに、盗賊にしては随分と仲間思いの奴が多いな。怪我人とかは全員消えているし。……セト、怪我人じゃなくて殺すことに成功はしていなかったのか?」
「グルゥ……」
レイの問いに、セトは申し訳なさそうに喉を鳴らす。
セトにしてみれば、盗賊を相手に自分が後手に回ってしまったと思ったのだろう。
敵が一体どうやってその姿や……いや、それどころか気配までをも隠すこと出来たのか分からない。
事実、セトだからこそ何かがおかしいと、具体的にどこがおかしいといったようなことではなく、何かがおかしいといった感じでその異変を察することは出来たのだが、気配は完全に消されていたのだ。
レイと共にこれまで多数の盗賊を狩ってきたセトにしてみれば、盗賊がそのような真似が出来るということに疑問を抱く。
そんなセトの思いはなんとなくレイにも伝わったのだろう。
今のこの状況は一体どうなっているのかというのまではレイにも分からなかったが、何かがおかしいのはレイにも理解出来た。
レイの視線は、ニールセンに向けられ……そして次にボブに向けられる。
いつもと違う何かが起きたということは、当然ながらそれが起きる何らかの原因があった筈だ。
その原因となると、候補はやはりニールセンとボブの二人だけだろう。
ニールセンは妖精というだけで、それを欲した者が襲ってきてもおかしくはないと思う。
とはいえ、盗賊達がどこでどうやってニールセンの存在を知ったのかという、そんな疑問もあるが。
双頭のサイの一件で関わった村にニールセンも入ったものの、その時はレイのドラゴンローブの中に隠れていた。
その後はすぐにスモッグパンサーのいる森に入り、そこから脱出した後はセトに乗って空を飛んで移動し、特にどこかの村に寄ることもないままこの川までやってきた。
そうなると、ニールセンがどこかで盗賊に見つかったということは少し考えられない。
「だとすれば……やっぱり、盗賊に目を付けられていたのはボブになるのか?」
「え? 僕ですか!?」
まさかここで自分の名前が出て来るとは思っていなかったのか、ボブが驚きの声を上げる。
ボブにしてみれば、今回の一件は一体何があってこうなったのか、その理由が分からない。
「今まで僕が盗賊に狙われるなんてことはなかったですよ?」
「まぁ……だろうな」
慌てたようにそう言ってくるボブに、レイも特に反論する様子もなく、そう頷く。
レイの目から見ても、ボブは何か特別盗賊に狙われる理由があるようには思えない。
それこそ持っている弓や矢、矢の入っている矢筒といった諸々に関しても普通の品で特に価値のある物ではないのだから。
「けど、何か持っている物で、自分では価値がないと思っているけど実際には価値のある物ってのはないか?」
「え? そんな物はないと思いますけど……」
そう言い、ボブは懐の中に入っている諸々や、簡単な荷物の入っている布袋の中身を広げていく。
焚き火の明かりで十分その中身を見ることが出来るレイだったが、ボブが言うように何か重要な物があるとは思えない。
勿論、レイも決して目利きが優れているという訳ではない。
レイの目では確認出来ない何かがあるのだが、それを理解出来ないだけという可能性もあった。
「うーん、それっぽいのはないな。だとすれば、あの盗賊達は偶然ここにやって来た、のか? まぁ、ここは野営をするのにいい場所なのは間違いないけど」
川の側ということで水には困らないし、それなりに開けた場所でもある。
……ただし、川には肉食の魚のモンスターが棲息しているのが危険だが。
そちらに関しては、今のところあくまでも魚のモンスターだけあって、川から出て来るということはないので、安心ではあったが。
とにかく今の状況を思えば、多少の危険はあれども、ここはそれなりに野営のしやすい場所となる。
(なら、そういう場所だと認識しておけば、盗賊達がこの周辺で獲物を探している時にここに来るのはそうおかしな話ではない……のか?)
一応、それで納得は出来る。
納得は出来るものの、色々と理解出来ない点があるのも事実だった。
例えば、レイがマジックテントから出てきた時、かなり近くでその戦いが行われていた。
セトがいるのなら、敵をそこまで近寄らせるような真似をするとは思えない。
それはつまり、向こうが何らかの手段でセトに気が付かせることなく、ここまで接近したということを意味していた。
その辺の盗賊にそんな真似が出来るか? と言われれば、レイは即座にそれを否定するだろう。
「何かがおかしい。……おかしいよな?」
「そう言われても、そもそも僕は盗賊に狙われたことは殆どありませんから、何とも言えません」
「それはまた……最近だけじゃなくて、ずっとか? 珍しいな」
レイにしてみれば、ボブは単独で行動している猟師ということもあり、狙われやすいと思えてしまう。
ただ単独で行動しているだけではなく、森や林、山といった場所で行動する猟師なのだ。
盗賊にしてみれば、これ程狙いやすい相手もそうはいないだろう。
特に何か金目の物を持っている訳ではないが、ボブは若い男だというだけで奴隷として高く売れる。
勿論この場合は違法奴隷なのだが、それでも労働力として期待出来る若い男であれば、欲しがる者は相応に多いだろう。
そのようなボブが盗賊に狙われずにここまで来ることが出来たというのは、ある意味非常に大きな幸運の持ち主だったと言ってもいい。
「そうですか? それなりに気を付けてますから。ただ、猟をしている時に怪しい相手に遭遇したりとか、そういうのもありますから注意が必要ですね」
「盗賊達とそういう連中では行動方針も……いや、待て。怪しい連中? もしかしてさっき襲って来たのは、その怪しい連中って可能性はないか?」
「え?」
レイのその言葉に、まさかといった表情を浮かべるボブ。
完全に意表を突かれたその様子を見て、レイはもしかしたらこれは外れか? とも思う。
しかし、自分やセト、ニールセンが盗賊に狙われる理由がない以上、やはり狙われる理由として一番怪しいのはボブなのだ。
そのボブが怪しい相手と遭遇したと口にしている以上、やはりそれが今回の騒動の原因である可能性は高い。
(だとすれば、襲ってきた連中は盗賊じゃなかったのか? まぁ、盗賊だっていうのは俺が勝手にそう思っていただけで、実際には違う可能性も十分にあるんだけど)
そんな疑問を抱くも、実際に今の状況を思えばその予想はそこまで間違っていないような気がする。
何よりも盗賊があそこまで練度が高いというのが、レイには少し信じられなかった。
勿論、世の中には練度の高い盗賊もいる。
例えば、腕利きの冒険者や兵士、騎士が簡単に稼げるという理由や、素行不良といった理由で盗賊になった場合は、その当初はそれなりに手強いだろう。
だが、そのような性格の者達は基本的に鍛え続けるといったような真似はしない。
その結果として、盗賊になって時間が経てば経つ程に、その力は衰えていく。
勿論、全員がそのような者達という訳ではなく、盗賊になってもしっかり鍛えるような者もいるのだが。
「取りあえず、その怪しい奴ってのはどういう連中なんだ? その辺についてしっかりと説明してくれ。その説明によっては、今回の襲撃の理由が分かるかもしれない」
「本当にそれが原因だと思ってるんですか?」
レイの様子に、その言葉を本気で言ってるのかと尋ねるボブ。
しかし、レイにしてみれば他に何かそれらしい理由となる何かが思いつかない以上、先程の連中が襲撃してきた理由は、ボブにあるとしか思えなかった。
「ああ、俺は狙われる理由が……まぁ、正直なところないとは言えないけど、それでも今ここに俺がいるというのを知ってる者は殆どいない」
それこそレイ達がここにいると正確に知ってるのは、先程まで対のオーブで話していたエレーナくらいだろう。
だが、エレーナがレイの居場所を教えるとは思えなかったし、そもそもエレーナが教えてもそれからそう時間が経っていないのにここに来るという時点で矛盾がある。
……それこそ自由に狙った場所に転移出来るのなら、分からないでもないが。
「えー……そんなにレイさんは狙われる理由があるんですか?」
「ないとは言えないな」
それこそレイが狙われる心当たりがないと言えば、明らかに嘘だろう。
レイは高ランクモンスターのセトを従魔にしているし、世界に数個しか存在しないアイテムボックスを始めとして、多数のマジックアイテムを持っている。また、数回生まれ変わっても一生遊んで暮らせるだけの財産もある。貴族が相手でも普通に殴ったりするので、恨みを持っている者も多い。エレーナを始めとする、歴史上稀に見る美女達に好意を寄せられている。
それ以外にも、探せば幾らでもレイを狙う理由は存在するだろう。
レイも自分を恨んでいる相手が多数いるのが分かっているので、自分が狙われてもおかしくはないと思う。
だが……それでも街中で襲撃されたのならともかく、このような場所で襲撃されたとなれば、自分の可能性は低いと思う。
(そもそも俺を殺しに来たのなら、幾ら何でも戦力が少なすぎる。……あるいは、セトに気が付かれずにここまでやって来たってことは、スキルかマジックアイテムがあった筈だから、それに頼っていたとか?)
勿論、単純な技量で気配を極限まで消してセトに見つからないようにしたという可能性もある。
しかし、それにしてはセトによってあっさりと撃退されたのが疑問だし、何よりも一人や二人ではなく多数がいたのをレイも確認している。
「そんな訳で、狙われたとして考えればお前しかいない。そしてお前が見たという、怪しげな者達。……で、それは具体的にどういうのだ? 別に隠す必要はないんだろ?」
「あ、はい。それは確かに隠す必要はありません。ここに来るよりも何個か前の村の近くにあった山で狩りをしていたんですけど、その時に鹿を一撃で仕留めることが出来なかったんですよ。それで鹿が逃げ込んだ洞窟に入っていったら、そこに三十人くらいの人達がいて……」
「洞窟の中に三十人近い人数が集まっていたのか。それは確かに怪しいな。けど、その村に伝わる、何らかの風習とか、そういうのじゃないか?」
「僕も最初はそう思ってたんですけどね。その人達に話し掛けたんですが、無視されてしまって。死んだ鹿を持って山を下りて村で話を聞いてみたんですが、そういう儀式とかはないって言われました。それに……村はそこまで大きくもないので、三十人もいなくなっていれば人数が少なくなる筈でしたけど、村の中は普通でしたし」
「つまり、その洞窟にいたのは村の住人じゃなかった訳か。……なるほど。確かに怪しいな」
レイはボブの言葉を聞いて、怪しいという言葉に納得するのだった。