2924話
昨日の2923話、間違って2922話を投稿していました。
現在はもう修正済みですが、まだ読んでいない方がいたら、申し訳ありませんが昨日の話を改めて読んで下さい。
申し訳ありませんでした。
霧の爪牙。
セトが新たに習得したスキルは、レイを混乱させるには十分だった。
霧というスキルなら、既にセトは習得している。
それこそスモッグパンサーの通常種の魔石を飲み込んだ時にレベルアップしたのだから。
スモッグパンサーの上位種か希少種と思しき存在から習得したスキルと考えると、霧ではなく霧の爪牙というスキルだったのは納得出来る一面があるのは間違いないが……それでも戸惑うのは当然だった。
そのスキルに若干混乱しつつも、統率個体の能力を思い浮かべればそのスキルがどういう効果を持つのかは容易に想像出来る。
(多分……というか、間違いなく霧を物質化して牙の生えた口や爪にして攻撃してきた、あれだよな? だとすれば、それはそれで使いやすいスキルだと思ってもいいのか?)
レイの場合は、最終的に霧が物質化する時の感覚を何となくで感じることが出来るようになっただけに、あまり効果がなかったのは間違いない。
だが、それはあくまでもレイだからこそ出来たことでしかない。
普通の……その辺の冒険者であれば、何も出来ずに霧の牙や爪によって殺されていただろう。
そんな、強力なスキル。
しかし、レベル一という習得したばかりの状態での威力はどれだけのものなのか。
それが気になったレイは、まずはそれを確認するべくセトに声を掛ける。
「セト、霧の爪牙を使ってみてくれ」
「グルゥ。……グルルルルルゥ!」
レイの言葉に応え、スキルを発動するセト。
しかし……周囲には特に何かが起きた様子もない。
「……グルゥ?」
自信満々でスキルを使ったセトも、何故かそのスキルが全く発動しなかったことに首を傾げる。
スキルを使ったセトですら分からないのだから、レイもまた当然のように何故スキルが発動しなかったのか分からない。
「セト?」
「グルゥ……」
レイの呼び掛けに、セトは申し訳なさそうに喉を慣らす。
そんなセトを見ていたレイは、一応といった様子で確認を込めて尋ねる。
「霧の爪牙が発動しないのか?」
「グルゥ」
レイの言葉に、その通りと喉を鳴らすセト。
そんなセトの様子を見て、レイもまた疑問に思う。
今まで、スキルを発動させようとして発動しないといったことはなかった。
しかし、霧の爪牙が全く発動しないのは何かがおかしい。
そこには明確に何らかの理由がある筈であり……
「あ」
不意にレイの口からそんな声が漏れる。
「グルゥ?」
そんなレイに対し、セトはどうしたの? と喉を慣らす。
もしかしたらレイが霧の爪牙を使えない理由を思いついたのではないかと、そう思ったのだ。
そして事実、そんなセトの予想は間違っていない。
「もしかして、霧の爪牙ってその名前の通り、霧がないと使えないスキルなんじゃないか? つまり、セトの持つ霧のスキルを使うことによって、初めて使えるようになるとか。あるいは霧のスキルじゃなくても、周囲に自然現象か何かで霧がないと使えないとか」
「グルルゥ!?」
レイの言葉にセトは驚きの声を上げる。
……そんなセトの声に珍しい花があると喜んで離れた場所を飛んでいたニールセンが視線を向けるが、特に何か問題があった訳ではないと判断すると、再び花の鑑賞に戻る。
そんなニールセンの様子に気が付いているのか、いないのか。
ともあれレイはセトに話し掛ける。
「ちょっと違うけど、俺とセトが協力して使う火災旋風があるだろ? あれだって、一つのスキルや魔法でどうにか出来る訳じゃない、セトのトルネードとデスサイズの風の手、そして俺の魔法。これらが合わさったことにより、それでようやく火災旋風を生み出す。なら、霧の爪牙も……」
そんなレイの説明に、セトは少し考え……やがて納得した様子を見せる。
セトにしてみれば、レイの口から出たその言葉は驚きしかなかったのだろう。
だが、こうして改めてレイの説明を聞けば、かなり納得出来る点があるのも事実。
「グルルルゥ、グルルゥ、グルルルルルルゥ!」
やる気に満ちた様子を見せながら、セトは喉を鳴らす。
レイから聞いたのが事実なら、普通にスキルを使うのとは大きく違う方法でのスキルの使い方になるのは間違いない。
であれば、ここで一度しっかり霧の爪牙を使ってみた方がいいのは間違いない。
「そうだな。そうした方がいいのは間違いないんだが……そうなると、それはそれでちょっと困ったことになるのも事実なんだよな」
セトのやる気を見たレイは、離れた場所で珍しいと言っていた花を楽しむニールセンを眺めつつ、少し困ったように言う。
霧の爪牙を試すのはともかく、ニールセンにどう誤魔化すべきかと。
この状況でいきなりセトが霧を使えば、それは当然ながらニールセンに怪しまれる。
そうならないようにするには何らかの理由が必要なのだが……
「あ……あー……ちょっと暑いな。セト、少し霧でも出してくれないか?」
レイの口から出たのは、そんな棒読みの台詞。
少しレイについて詳しければ、レイが口にしたその内容は明らかにおかしいと理解するだろう。
レイの着ているドラゴンローブには、簡易エアコンの機能がついている。
そうである以上、ドラゴンローブを着ていてわざわざ寒いや暑いといったようなことには、そうそうならないのだから。
それでも今この状況ですぐに霧のスキルを使うという方法として思い浮かんだのは、それだけだった。
実際に口にしてから、改めてレイは単純にセトに霧のスキルを使わせるという理由でもよかったのでは? と思わないでもなかったが、そのような疑問は取りあえずスルーしておく。
今のこの状況で何かを言っても、説得力に欠けると思ったのだろう。
「そんな訳で、頼むなセト」
レイの頼みを聞いて、セトはすぐにスキルを発動する。
「グルルルルルルゥ!」
周囲に生み出される霧。
ただし、セトも今の状況についてはしっかりと理解しているのか、霧は生み出したものの、生み出された霧の範囲はあくまでもレイやセトのいる周辺だけだ。
本来なら、現在のセトなら自分を中心にして半径六百mもの範囲に霧を生み出すことが出来る。
しかし、当然ながら今の状況ではそこまで広範囲に霧を生み出す必要はない。
あくまでも霧の爪牙のスキルが、霧があれば使えるかどうかを試してみたいだけなのだから。
そうである以上、今のこの状況ではこの程度の範囲で十分だった。
「よし、セト。霧の爪牙を使ってみてくれ。狙うのは。その木だ」
自分のすぐ側にある倒木を指さすレイ。
セトはそれを見て、霧の爪牙を発動する。
「グルルルルゥ!」
上手くいけ。
そんな思いと共に使用されたスキルは……セトの思いを形にしたかのように牙の生えた口を生み出し、レイの示した倒木にその牙を突き立てる。
川の側にあった倒木ということで、腐っていたというのもあるのだろうが……霧の牙はあっさりと倒木を破壊することに成功する。
「よし」
「グルゥ!」
「って、ちょっと、何でいきなり霧なんて出してるのよ! ねぇ!」
「うおっ!」
「グルゥ!?」
無事に霧の爪牙が発動したことに喜ぶレイとセトだったが、その言葉に続くようにニールセンの言葉が聞こえてきて驚きの声を上げる。
まさかこのタイミングでニールセンがやって来るとは思わなかったのだ。
……もっとも、ニールセンにしてみればいきなり川の一部、それもレイとセトのいる場所に霧が出てきたのだから、それを見て気にするなという方が無理だろう。
離れた場所にいたおかげか、先程のレイのわざとらしい霧を使って欲しいという言葉は聞こえていなかったらしい。
それがレイにとって幸か不幸かはまた別の話だったが。
「ねえ、ちょっと。レイ? 私の声が聞こえてるのよね?」
「ああ、聞こえてる。ちょっと待ってくれ。セト、もう霧を消していい」
「グルルルゥ」
レイの言葉を聞いて、喉を鳴らすセト。
すると次の瞬間には霧は消え、数秒前までそこに霧があったとは到底思えない状況だった。
そうして霧が消えると、そこには当然のようにニールセンの姿があり、レイに向かって不満も露わに口を開く。
「ちょっと、レイ。何でいきなりこの状況でこんな真似をしたの?」
「何でと言われても……何となく? 敢えて言うのなら、セトの持つ霧のスキルの実験的な意味合いが強いな」
あっさりとそう言うレイに、ニールセンはどこか怪しんでいるような視線を向ける。
レイの言ってることが真実だとは思えない。
かといって、自分に隠して何か怪しげなことをしているのかというと、何かそのようなことをしている証拠がある訳でもない。
結局レイの様子からこれ以上何を言っても意味がないと判断したニールセンは、やがて呆れたように口を開く。
「それで、解体の方はどうなってるの?」
「え? ……うおっ!」
ニールセンの言葉に川の中に入れた統率個体の死体を見ると、その周囲に何匹もの魚が集まっているのが見えて、慌てて叫ぶ。
当然のように、それらの魚は何の意味もなく集まってきた訳ではない。
川の中で内臓を開くといったような真似をしたので、その部位の肉は普通に食べられるのだ。
その結果として、スモッグパンサーの統率個体の胴体には複数の魚が集まってきていた。
「はぁ!」
ネブラの瞳で鏃を生み出し、投擲しながら川に急ぐ。
幸い……本当に幸いなことに、まだ魚は集まり初めてからそんなに時間は経っていなかったのだろう。
スモッグパンサーの統率個体の死体はまだ殆ど喰い千切られてはいなかった。
レイの放った鏃によって水面は爆発したかのような飛沫を周囲に上げる。
その衝撃を危険だと判断したのだろう。魚もスモッグパンサーの統率個体の死体から離れていく。
そんな様子を見ながら、レイは素早く川に近付くとそこに沈んでいたスモッグパンサーの統率個体の死体を引き上げる
「って、根性あるな」
牙を持つ魚……モンスターなのかどうかはレイにはちょっと分からなかったが、とにかくそんな魚が一匹、レイが持っているスモッグパンサーの統率個体の死体に食らいついたままだった。
「取りあえず……お前はセトのおやつだな。セト」
「グルゥ!」
死体から離した魚を、セトに向かって放り投げる。
焼いてもおらず、ましてや鱗を取ったり内臓を取ったりといった真似をしていない、そのまま一匹の魚。
大きさは二十cmくらいと、川魚としてみた場合はそれなりの大きさだ。
ただし、それはあくまでも日本にいたレイの認識で、このエルジィンにおいては少し大きいといった程度でしかない。
そんな魚をセトは丸呑みし……
【セトは『嗅覚上昇 Lv.六』のスキルを習得した】
頭の中にお馴染みとなったアナウンスメッセージが流れる。
「おう……?」
「グルゥ!?」
予想外……あまりに予想外のその展開に、レイとセトの口からはそれぞれそんな声が漏れる。
モンスターの肉を食べたからか? とも思ったが、モンスターではなく普通の魚にも肉食の魚はいる。
一番分かりやすいのは、ピラニアだろう。
もっとも、当然ながらレイは本物のピラニアを見たことはない。
TVや本で見たことがあるくらいだったが。
ともあれ、普通の魚ですら肉食の魚がいるのだから、このエルジィンならその辺に肉食の魚がいてもおかしくはない。
おかしくはないのだが……それだけに、やはりモンスターだったというのはレイにとっても予想外だった。
真っ先に我に返ったレイは、デスサイズを取り出すとまだ川の中にいた魚に向かって振るう。
デスサイズの刃は、あっさりとまだ残っていた数匹の魚を斬り裂くが……レイの頭の中に、アナウンスメッセージが流れることはなかった。
それはつまり、レイが殺した魚は先程セトに食べさせた魚と違ってモンスターではなかったのか、それとも単純に魚の魔石ではスキルを習得出来なかったかだろう。
レイの感覚としては、恐らく後者。
明確な証拠がある訳ではないのだが、それでも自分が殺した魚はモンスターであるという、そんな感覚があった。
何らかの確信がある訳ではないにしろ、どのみち魚は既にそこにはいない。
それが分かっただけに、あの魚を殺してデスサイズがスキルを習得するのはもう不可能だと、残念に思う。
「レイ、一体何をしてるの?」
呆れた様子でレイを見ているのは、ニールセン。
ニールセンには当然ながら魔獣術のアナウンスメッセージは聞こえない。
それはつまり、レイがいきなり川に向かってデスサイズを振るったということを意味していた。
一体何をしているのかと、そんな風に思うのは当然だろう。
そしてレイも、自分がやったことを思えば何と言い訳すればいいのか分からず……取りあえず、笑って誤魔化すのだった。
【セト】
『水球 Lv.五』『ファイアブレス Lv.五』『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.四』『毒の爪 Lv.七』『サイズ変更 Lv.二』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.五』『光学迷彩 Lv.六』『衝撃の魔眼 Lv.三』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.六』new『バブルブレス Lv.三』『クリスタルブレス Lv.二』『アースアロー Lv.二』『パワーアタック Lv.二』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.二』『翼刃 Lv.三』『地中潜行 Lv.一』『サンダーブレス Lv.一』『霧 Lv.二』『霧の爪牙 Lv.一』
嗅覚上昇:使用者の嗅覚が鋭くなる。
霧の爪牙:霧のスキルを使っている時や自然現象の霧がある場合のみ、使用可能。霧の一部が牙の生えた口や爪の生えた足となって物質化し、標的を、攻撃出来る。レベル一の時は、一度に出せる牙や爪はそれぞれ一つずつ。