2921話
スモッグパンサーを見つける能力……あるいはそれがもっと具体的に分かりやすい能力であれば、ニールセンもそこまで苦労するようなことはなかったかもしれない。
しかしニールセンにはその力の正体が分からず、だからこそ今は自分でどうにかしてその力を発揮する必要があると考えていた。
レイから頼られたのが何気に嬉しかったというのもある。
木から顔を生やしたニールセンは、必死になってスモッグパンサーの統率個体がどこにいるのかを探知しようとする。
自分の中にある力を信じながら。
しかし、そのような真似をしても今まで無理だったことがそう簡単に出来る筈もない。
「っと、自分が危険だと判断したのか?」
ニールセンのいる木の側にいたレイは、霧で出来た爪をデスサイズで切断する。
その爪はレイを狙ったのではなく、ニールセンのいる木を狙ったものだ。
レイとニールセンの会話を聞いて理解したのか、それとも雰囲気からニールセンが危険だと判断したのか。
その辺りは生憎とレイには理解出来なかったものの、敵がニールセンを狙ってきたのは間違いない。
だが、その攻撃は最初に比べれば明らかに脅威度が下がっていた。
これはレイが霧の中から攻撃してくる敵の動きを感じることが出来て対処出来るようになったというのもあるだろうが、それ以外にも単純に周囲の霧が薄くなっているのが大きい。
あそこまで霧の中での攻撃が凶悪だったのは、あくまでも霧が濃かったからだ。
しかし霧となっていた……あるいは霧に溶けていたスモッグパンサーが次々とレイやセトによって殺されてしまったこの現状においては、向こうの攻撃力そのものが落ちている。
今のレイにとって、そんな敵の攻撃は既に対処するのが容易な相手でしかない。
唯一の難点は、攻撃しても倒すのは通常個体のスモッグパンサーだけで、統率個体を倒すことが出来ないということか。
「グルルルルルルゥ!」
レイから離れた場所では、セトが水球を使って周囲の霧に向かい攻撃していた。
相手が霧なのに、水を使った攻撃は効果あるのか? とレイには思えたが、セトにしてみれば取りあえずはまず試してみようということなのだろう。
恐らくは効果がないが、もしかしたら効果があり、そして効果があればラッキーといったところか。
スモッグパンサーを相手にした場合は、王の威圧を使えば何の問題もなく対処出来た。
しかし、統率個体に対しては特にこれといった有効な攻撃手段はない。
だからこそレイはニールセンの能力に頼るといったことを考え、セトはそんなレイの援護になればいいと思いつつ、敵の注意を自分に向けるというのも考えて様々なスキルを使っていた。
それが具体的に効果を発揮してるのかどうかは、残念ながらレイには分からない。
しかし、今の状況を考えればやって損はないとセトは判断したのだろう。
統率個体の注意を自分に向けられれば最善だったが、もし実際にそのような真似が出来なくてもどのスキルが敵にダメージを与えられるかどうかというのを確認する意味では、悪くない選択肢だったのだから。
「ニールセン、どうだ? 分かったか?」
セトの様子を見ながら、レイはニールセンに尋ねる。
セトが派手に動くようになってからは、統率個体の攻撃はセトに向けられるようになっているように思える。
とはいえ、そのような状況であっても統率個体にしてみれば霧の中を移動しながら攻撃出来るだけに、セトだけではなくレイに……もっと正確にはニールセンのいる木にも向かって攻撃を行っており、レイはそれに対処をしていた。
「ちょっと待って。やれって言われてそんなにすぐに見つけられる訳がないでしょ!? 今はちょっと集中させて!」
ニールセンにしてみれば、レイの言葉に無茶を言うなと言いたくもなる。
だが、実際に今の状況を思えば自分がどうにかしなければ、スモッグパンサーの統率個体を逃がしてしまう可能性が高い。であれば、ここで統率個体を倒す為には自分がどうにかしてここで頑張る必要があった。
……実際には、もしここで逃がすといったような真似をした場合は、また統率個体がどうにかして通常種のスモッグパンサーを生み出すなり、何らかの手段でここに連れてくるなりといったような真似が出来るのではないか? と若干……本当に若干だが、レイは思っていたが。
とはいえ、それはあくまでも若干でしかなく、今はとにかく敵を倒すのを最優先にする必要があるのは間違いなかった。
「分かった。なら……どうする? このまま俺がお前を守ってお前に任せた方がいいのか、それとも俺がスモッグパンサーの統率個体をどうにかして倒した方がいいのか」
「私がやるわ!」
レイの言葉を聞いたニールセンは、即座にそう告げる。
ニールセンにしてみれば、本来ならそんな不安定な真似はしないでレイに任せた方が手っ取り早いかもしれない。
だが、今のこの状況を考えると、やはりここは自分がやるべきだと思ったのだ。
特に何かの根拠があってそう言った訳ではない。
しかし、それを言うのならニールセンがスモッグパンサーを見つけていたのもまた、特に何らかの明確な根拠があってそのような真似が出来ていた訳ではないのだ。
であれば、今もまた自分の中にある根拠のない確信によって動いた方がいいと思えた。
そんなニールセンの思いを理解したのか、レイは自分に向かって放たれた爪の一撃を黄昏の槍で迎撃して霧に戻し、頷く。
「分かった。なら、ニールセンに任せる。お前が見つけるのが一番手っ取り早いのは間違いないしな」
そう言うレイの言葉を聞き、少し……本当に少しだけだが、ニールセンは感動した。
自分に任せるのが一番手っ取り早いと口にしたレイだったが、出来るか出来ないか全く分からない自分の力を考えれば、それこそ多少手間が掛かってもレイやセトが自分でどうにかした方がいいのは間違いない。
だからこそ、ニールセンにしては珍しいくらいやる気に満ちて何とかスモッグパンサーの統率個体を見つけようとする。
既にその身体は完全に木から出ており、空中を飛びながら目を瞑る。
そして自分の中にある……かもしれない力を見つけるべく、自分の中に潜っていく。
最初はそのような真似をしようとしても、周囲の状況が気になってしまう。
それこそ鋭い風切り音が聞こえてくれば、レイが振るった武器の音なのか、あるいはスモッグパンサーが何らかの攻撃を仕掛けて来たのかといったように迷ったりもする。
だが自分の中に潜り始め、そして集中し始めてから数分も経過すると、既にニールセンの頭の中に周囲の様子を気にするような余裕は全くなくなっていた。
自分の中に潜り込むことに集中していたのだ。
普段のニールセンを知っている者が今の姿を見れば……あるいはニールセンではなくても妖精という存在を知っている者が見れば、とても信じられないだろう光景。
(こういう姿だけを見ていれば、長がニールセンを自分の後継者にしようと考えるのも、納得出来るんだよな)
真剣な表情で目を瞑っている今のニールセンは、普段のおちゃらけた様子は全くない。
長が自分の後継者として育てていると言われれば、納得出来る。
(待て。納得……出来る? もしかして、長が今回の件で案内役としてニールセンをつけたのは、それが理由だったりするのか?)
ニールセンの成長を促すというくらいは、レイも予想していた。
だが、それはあくまでも精神的な成長の話であり、あるいは性格の問題を直すという意味での話だと思っていたのだが……実際にはそういう意味での成長ではなく、妖精としての力を伸ばす為にレイと一緒に行動させたのではないか。
スモッグパンサーの魔石を入手するのは必須ではあるものの、もっと重要なのはニールセンの成長だったのではないか。
勿論、スモッグパンサーの魔石が必要なのは間違いないのだろうが、ニールセンの成長の方も重視していたのでは? と思う。
とはいえ、それが分かったところでレイとしては特に何かがある訳ではない。
ニールセンが一緒に来たことによって、何らかの不利益があった訳でもない。……ニールセンの存在を隠すといったような真似をするのが面倒臭かったというのはあるが。
だが、ニールセンのおかげで森に入った当初は結構な数のスモッグパンサーを見つけることが出来たのも事実なのだ。
そうである以上、ニールセンがいたことによるプラスの方が大きかった。
「っと、考えごとをしてる暇もないな!」
デスサイズを使い、霧で出来た口を切断して霧に戻す。
レイはニールセンを守りながら次に攻撃を仕掛けて来る霧を消し飛ばしていく。
それらの行動は、レイにとっては全く問題がないことだった。
レイは霧が物質化して襲ってくるのを何となくといった曖昧な感覚でありながらも、察知することが出来る。
その感覚は既に完全にレイのものとなっており、ニールセンのように突然使えなくなったりといったようなことはない。
だからこそ、ニールセンが自分の中の何かを掴むまでは問題なく対処出来ると思っていたのだが……
(けど、早くしないとセトの方で片付けてしまうぞ?)
セトが効果範囲の広い様々なスキルを使い、霧に紛れているスモッグパンサーを次々と倒している。
正確には霧にダメージを与えてスモッグパンサーを霧の状態から物質化させ、倒していくといった形で多くのスモッグパンサーが既に殺されていた。
当然だが、スモッグパンサーは霧になっている時には魔石も霧になっているので、その状態から物質化させられれば魔石にも多少なりともダメージを与えてしまっているのだが、セトはその辺りは特に気にした様子はない。
もっともレイもまたその辺りについては気にしていないが。
魔獣術で使う分は確保し、既に使用している。
また、王の威圧によって綺麗な魔石も相当数手に入れているので、こちらに関しては取りあえず数だけあればいいという認識だった。
もし長が魔石に傷がついてマジックアイテムを作るのに使えないと言うのなら、それこそギルドにでも売ってしまえばいい。
傷がついているので完品の状態よりも値段は下がるだろうが、元よりレイは金に困っている訳ではないのだから。
もっとも、それでも値段が安すぎると思えば、ミスティリングに収納して死蔵でもしておけばいい。
ミスティリングには幾らでも入るのだから。
そうしておけば、後々何かに使えるかもしれないというのもある。
そんな風に考えていると……
「見つけた!」
不意にニールセンがそう叫ぶ。
その声に、レイは視線をニールセンに向ける。
するとニールセンは身体から薄らと光を放ちながら……とある方向を指さし……そこから一条の光が出たと思うと、その光は霧に命中して通常のスモッグパンサーの倍はあろうかという大きさのスモッグパンサーが霧から出て、地面に倒れ込む。
それが統率個体だ。
そう判断したレイは、素早く敵との距離を縮める。
統率個体が霧ではなくなった為か、周辺には数匹のスモッグパンサーもまた姿を現す。
(通常のスモッグパンサーが、何で? いや、統率個体の力で霧になっていたから、その統率個体が力を発揮出来なくなって、それでか?)
間合いを詰める一瞬でそんな風に考えつつも、レイは統率個体との距離を十分に詰めるとデスサイズを振るう。
「はぁっ!」
鋭い吐息と共に放たれたその一撃を統率個体は回避しようとするも……その動きは鈍い。
勿論、それでも通常のスモッグパンサーと比べれば明らかに上なのだが、統率個体は上位種か希少種であるとレイは認識していただけに、完全に意表を突かれた形だ。
そして振るわれたデスサイズの刃は、攻撃を防ごうと出してきた統率個体の前足を切断し、それでも威力を弱めることもなく、続いて首を切断する。
「え?」
そんな声が漏れたのは、レイの口からだ。
当然ながらレイは殺す気で今の一撃を放った。
しかし、まさか今の一撃で本当に統率個体を殺せるとは思っていなかった。
何らかの手段で攻撃を回避したり、あるいは防いだりすると思っていたのだ。
だからこそ、デスサイズの一撃が失敗した時の為に備えて黄昏の槍の一撃も準備していたのだが……それは完全に無駄になってしまう。
不幸中の幸いだったのは、黄昏の槍の追撃は防げたので死体に余計な傷を与えなくてすんだことだろう。
(けど、何でだ? 明らかに上位種か希少種なのは間違いない。なのにこんなに弱いのは……元々が他のスモッグパンサーを率いる能力に特化していたのか、それともニールセンのあの光が原因なのか)
どういう理由でそうなったのかは分からなかったが、とにかく勝利したのは間違いなく……レイは安堵するのだった。