2917話
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ゴブリンの群れを斬殺……あるいは一方的に蹂躙してから、一時間程。
森の中を進んでいたレイ達だったが、未だにスモッグパンサーの姿を見つけることは出来ずにいた。
「なぁ、ニールセン……」
「分かってるけど、ちょっと待って。正直、どっちに行けばいいのか分からなくなってきたんだから」
「……ちょっと休憩した方がいいんじゃないか? そうすれば、どうやってかは分からないが、またスモッグパンサーを見つけるようになるかもしれないし」
そう言うレイだったが、それが本当にそんなことになるとは思っていない。
元々ニールセンがスモッグパンサーを見つけていたのは、何か特に理由があってのことではないのだから。
そうである以上、休憩したところでまたスモッグパンサーを見つけられるようになるのかと言われれば、当然ながらレイも首を横に振る。
だが……それでも、もしかしたらという思いがあるのも事実。
(何らかの理由でスモッグパンサーを見つけることが出来なくなったのなら、また何らかの理由でその能力が戻ってくる……って可能性も否定は出来ないし)
本当にそのようになるのかどうかは分からないが、それでも休憩をするというのはレイにとって悪い話ではなかった。
先程セトが翼刃で倒した鹿の魔石をまだ使っていないのだから。
「うーん、そうね。何となく今の状況では調子が悪いし、なら少し休んだ方がいいかも。それに少しお腹が減ってきたから、何か食べたいし」
いいわよね? と期待の視線をレイに向けるニールセン。
レイの持つミスティリングの中に入っているのだろう、美味い料理を期待してのことだろう。
ニールセンが何を望んでいるのかは、当然レイも知っていた。
レイもまた小腹が空いてきたのは間違いない。
本格的な食事をするにはちょっと早いが、おやつの時間くらいなら……そんな風に思い、どこか周囲に適当な場所はないかと探す。
上下に切断された鹿の死体は、解体をするのが難しい状態になっていた。
そうである以上、今までのように川で解体をするといったような真似をせずとも、その辺の適当な場所でいい。
幸いなことに、ここは森の中で日差しは森の木々の葉が遮ってくれる。
既に初秋なのだが、それでも夏が終わってまだそれ程時間経っていない為か、日中はかなり太陽の光が強い。
それだけを見れば、まだ夏なのではないか? と思ってしまう程に。
レイのドラゴンローブは簡易エアコンの機能があるので、そういう意味では問題ないが……それでも、太陽の光の眩しさを防ぐような真似は出来ない。
そういう意味では、こうして森の中というのはレイにとっても快適な空間ではあった。
……人が殆ど入ることがないような場所なので、歩きにくいという意味ではそれなりに面倒な場所ではあったが。
「そうだな。なら、ちょっと休むか。あそこなんかいいんじゃないか? 見た感じだと」
レイが示した場所は、大きな岩のある場所。
高さ三mくらいの岩で、それによって周囲からは見えにくくなっている。
もし何らかのモンスターに襲われるとしても、岩のある場所からは襲撃される心配がないというのは悪い話ではない。
……それはある意味、攻撃された時はそちらに逃げられないといったことを意味していたが、レイにしてみればその辺は問題ない。
どんな敵が出て来ても、この森に棲息しているモンスターなら撃退出来る自信があるし、何よりもスモッグパンサーが姿を現したら、それは寧ろ望むところだ。
あるいはまだ一匹しか倒していない蜘蛛でもレイにしてみれば歓迎だった。
「ふーん。あそこ? まぁ、私は別にいいけど……それよりも、ほら。早く行って何か食べましょうよ!」
妖精のニールセンにしてみれば、もしモンスターが襲ってきても飛んで逃げることが出来るし、あるいは飛ばなくても妖精の輪を使って転移で逃げることも出来る。
それ以前にレイやセトがいるのだから、モンスターが襲ってきてもそれに対処するのは難しい話ではない。
だからこそ、休憩する場所はどこでもいいと言ったのだろう。
レイが提案し、ニールセンが賛成し……そしてセトはレイが決めた場所なのだから問題はないと喉を鳴らし、結局そこで一休みすることになった。
「で? で? 一体何を食べるの? ねぇ、レイ」
岩に寄り掛かって少し休むと、すぐにニールセンがレイに向かってそう声を掛けてくる。
少しでも早くレイの料理――正確にはレイが作った料理ではなく、レイがミスティリングに収納していた料理――を食べたいと、せがんでくる。
「そうだな。こういうのはどうだ?」
レイがミスティリングから取り出したのは、クルミに似た木の実を練り込んだパンにオークの肉をタレで味付けしたのを新鮮な野菜と一緒に挟んだサンドイッチ。
パンも焼きたての状態のままでミスティリングに収納されていたので、木の実が焼かれた香ばしい香りが周囲に広がる。
「うわっ! ちょ……何これ! もの凄く美味しそうなんだけど!」
「だろう? 美味いと評判のパン屋で売ってるパンだからな。……当然、値段もそれなりだが」
何でもそうだが、一流の品というのは高い。
特にレイが今回出したサンドイッチは、小麦粉から念入りに選別したものだし、それ以外の材料もしっかりと吟味されたものだ。
当然ながらそこまで質に拘って作ったサンドイッチとなると、その辺の店で購入するサンドイッチと同じようにはいかない。
それこそ貴族であったり、商会の会長であったりといった者達が食べるような値段の料理となる。
だからこそ、ニールセンに説明するレイの顔には少し自慢げな色があった。
「じゃあ、早く食べましょうよ。こんな美味しそうな匂いを周囲に漂わせていたら、それこそ匂いに釣られて敵がやって来てもおかしくないわよ!」
そんな馬鹿なと普通なら言うだろう。
だが、実際に焼きたての木の実入りのパンから漂ってくる香りは、これ以上ない程に食欲を刺激するだけの……それこそ暴力的なと表現しても決して大袈裟ではない香りを持っていた。
「そうだな。こういう美味いサンドイッチは、出来ればもっと眺めのいい場所で食いたかったんだが……ニールセンの調子を戻す為に奮発したんだし、冷める前に食おう」
焼きたての、そして出来たてのサンドイッチは、レイのミスティリングに入れられていたので味は落ちていない。
しかしこうして一度ミスティリングから取り出した以上、時間が経過すればどうしても味は落ちていく。
焼きたての香ばしさだったり、挟まれている具の中でも野菜が肉やパンの熱で火が通ってしまったり、肉は冷めてしまって……そうして急激に味は落ちていくのだ。
それを思えば、やはりここは少しでも早く美味い状態でサンドイッチを食べる必要があった。
レイはニールセンとセトにそれぞれサンドイッチを渡すと、自分の分を取り出して口に運ぶ。
パンの柔らかさと甘さ、木の実の香ばしさが最初に口の中に広がり、次に新鮮な野菜の食感、最後にオーク肉の濃厚な旨みを持つ肉の味が広がる。
一口食べると、その美味さに驚きつつも、二口、三口とサンドイッチを食べ進める。
サンドイッチはそれなりの大きさではあったのだが、それでもレイが食欲に支配されたままで食べ進めればあっという間になくってしまう。
「美味い……」
サンドイッチの余韻に浸りながら、次にレイがミスティリングから取り出したのは冷たい果実水。
甘みはそこまで強くはなく、酸味の方が後味に残るような、そんな果実水。
レイはそれを飲みながら、口の中にあったサンドイッチの味を洗い流す。
「あー! ちょっと、レイだけ狡い! 私にもそれをちょうだいよ!」
レイが果実水を飲んでいたのを見たニールセンが、当然のように自分もそれが欲しいと主張する。
そんなニールセンに、レイは果実水を新たに取り出して渡す。
サンドイッチだけでもニールセンよりも大きかったというのに、果実水もまたニールセンは普通に飲んでしまう。
相変わらずその身体のどこにそれだけの量が入るのか、全く分からなかった。
「ふぅ、美味しかった。……で、問題なのはこれからどうするかだけど……どうすればいいと思う?」
「それを俺に聞かれてもな。そもそもスモッグパンサーを見つけるのはニールセンの仕事だろう? なら、俺がもう少しスモッグパンサーを探すといったところで、それを見つけられるかどうかはニールセン次第になる」
「それは……でも、レイやセトも一緒に探してくれてもいいじゃない」
その言葉には、レイもなるほどと納得してしまう。
実際、ニールセンが次から次にスモッグパンサーを見つけていたので、レイはそれに付き合うといった形で移動していた。
見つけれればセトの王の威圧で動けなくし、レイが倒すといった役割分担すら出来ていたのだ。
だが、それは最初からそうするように決まっていた訳ではなく、あくまでもなりゆきでそんな形になってしまっただけだ。
であれば、今までのそのやり方が通用しなくなった以上、改めて別の方法でスモッグパンサーを見つける必要があるのは間違いない。
「そうだな。それに関してはニールセンの言葉が正しい。今の状況を思えば、俺ももっと別の方法でスモッグパンサーを探す必要があるのは間違いないし。俺やセトが協力すれば、今までニールセンに頼りっぱなしだった状況も変化する。見つけた後の手順は変わらないだろうし」
ニールセンが見つけたか否というのはともかく、見つけた後で王の威圧、レイの攻撃という流れは変えることが出来ない。
「うーん、そうね。そうなると私の仕事が……」
ニールセンにしてみれば、レイが提案してきたことを考えると自分の仕事が殆どなくなってしまうことに気が付く。
今のこの状況で仕事をしないとなれば、自分がレイと一緒に行動している意味はないと。
実際にはそこまで気にするような必要はないのだが、ニールセンは長からしっかりとレイの役に立つようにと言われている。
そうである以上、自分の役割はしっかりと果たしたい。
「そうだな。じゃあ、これからどうするのか……それを休みながら考えてみたらいいんじゃないか?」
そうレイに言われると、ニールセンは頷き……だが、不思議そうにレイを見る。
「どうした?」
「何でもない。ただ、レイはよく私を休ませてくれると思って。レイの性格を考えれば、そういう風にしたりとかはしないように思えたんだけど」
ニールセンの疑問に、一瞬レイは動きを止める。
実際にニールセンを休ませるのは、裏があるからなのだ。
しかし、それを相手に知られる訳にいかないのも事実。
「ニールセンがスモッグパンサーを見つけてくれれば、楽になるからな。少し休憩することでまたあの能力が復活するのなら、俺としては少し休むくらいは構わないと思うぞ」
「そう? まぁ、ならいいけど。じゃあ、お腹も一杯になったことだし、ちょっと休んでくるね」
レイの言葉に納得したのか、ニールセンは近くに生えていた木の中に入る。
そんなニールセンの後ろ姿を見ながら、レイは安堵の息を吐く。
取りあえず何とか誤魔化せたようだ……と。
「グルルゥ?」
安堵しているレイを見て、セトは大丈夫? と喉を慣らす。
そんなセトに、レイは笑みを浮かべながら頭を撫でる。
「気にするな。俺は何も問題はないから。それより、ニールセンが休んだんだし、今のうちに魔石を使ってしまうか」
「グルルルルルゥ!」
レイの言葉に、分かったとセトは喉を鳴らす。
今のこの状況において、セトも早いところ魔石を使ってしまった方がいいと、そうは考えたのだろう。
そんなセトの声に押されるように、レイはミスティリングの中から魔石とデスサイズを取り出す。
一応といったようにニールセンの入った木を見るが、何も異常はない。
それを確認してから、もしかしてここから移動してから魔石を使った方がいいのでは? とも思ったが、魔石を使うだけなら数秒で終わる。
なら、わざわざそんな真似をしなくてもしいだろうと判断し、空中に放り投げた魔石をデスサイズで切断する。
【デスサイズは『飛針 Lv.二』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
今まであまり使っていなかったスキルだが、デスサイズを振るうことで長針を飛ばすというスキルだ。
身体中から刃が生えている鹿の魔石と考えれば、習得出来るスキルとしては納得出来るのだが……レイとしては、出来れば飛斬やパワースラッシュといったようなスキルが強化された方が嬉しかった。
そう思っていると……
「何やってるの?」
不意にニールセンの声がレイの耳に入ってくるのだった。
【デスサイズ】
『腐食 Lv.六』『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.二』『パワースラッシュ Lv.五』『風の手 Lv.五』『地形操作 Lv.六』『ペインバースト Lv.四』『ペネトレイト Lv.五』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.五』『飛針 Lv.二』new『地中転移斬 Lv.一』『ドラゴンスレイヤー Lv.一』