2916話
森の中を進むレイ達一行。
しかし、少し前まではニールセンの示す方向に進むとあっさりとスモッグパンサーを見つけることが出来ていたのだが、何故か今回は一時間近く進んでもスモッグパンサーを……正確にはスモッグパンサーがいる証の霧を見つけることが出来ない。
一体何故急にスモッグパンサーが見つけられなくなったのか。
そんな風に焦っているのは、当然ながらニールセンだった。
「えっと……あれ? おかしいわね。こっちの方にいると思ったんだけど」
全くスモッグパンサーと遭遇しないことに戸惑った様子のニールセン。
とはいえ、レイは今の状況でニールセンを責めるつもりはない。
(もう必要な分のスモッグパンサーは確保したんだ。妖精郷に余分に渡す分の魔石も確保してるんだから、ここで無理に探す必要はない。いやまぁ、あればあっただけいいのは間違いないけど)
しかし、そもそもが今までニールセンの示す方向にスモッグパンサーがいたのは間違いないものの、ニールセンも明確にそこを探せば見つかるといったようには思っていない。
適当に指さした方向に向かうと、何故かそこにスモッグパンサーがいたというのが正しい。
ニールセン自身もどうやってスモッグパンサーを見つけているのか分からない以上、何故今はスモッグパンサーを見つけられないのかといった風に思うのも当然だった。
(そもそもの話、もしかしたらスモッグパンサーがもうこの森にいない、正確にはいた奴は全部倒したという可能性も……ない訳じゃないしな)
実際にそれが具体的にどのくらいの可能性なのかというのまでは、生憎とレイには分からない。
この場合、何よりも問題なのはスモッグパンサーが基本的に群れで生きていないということだろう。
正確には単独で行動はしているものの、そうやって単独で行動している個体同士がある程度纏まっているというのが厄介な原因だった。
これが完全に単独で行動しているのなら、スモッグパンサーを一匹倒せばそれで終わりだと判断出来る。
もしくは群れとなって行動しているのなら、一網打尽にするといった行動が出来る。
そのどちらでもないというのが、今回の場合は話をややこしくしていた。
「グルルゥ……」
森の中を歩いていると、不意にセトが短い鳴き声を上げる。
その声に一瞬スモッグパンサーを、もしくはそれ以外の未知のモンスターを見つけたのか? と期待したのだが、それにしてはセトの鳴き声は元気がなく、敵を見つけた! といったような喜びというよりは、敵を見つけてしまった……といった面倒さを滲ませていた。
「え? ちょっとレイ、セトはどうしたの? またモンスターを見つけたの?」
今までと違うセトの鳴き声に気が付いたのか、ニールセンが戸惑ったようにレイに尋ねる。
ニールセンにしてみれば、スモッグパンサーを見つけたとでも思ったのだろう。
だが、実際には違う。
レイがセトの様子を見る限りでは、とてもではないがセトがモンスターを見つけたとは思えなかった。
……いや、正確にはモンスターを見つけはしたのだろうが、それはスモッグパンサーや、まだ見つけていなかった蜘蛛、あるいは全く未知のモンスターといった訳ではなく……
「あ、やっぱり」
セト程に五感が鋭くないレイだったが、それでも一般人とは比べものにならないくらいには鋭い。
そんなレイが見つけたのは、自分達のいる方に近付いてくるモンスターの群れ。
モンスターではあるのだが……それはレイにとってはもう何度も倒しており、見飽きたモンスターであるゴブリンの群れだった。
そんなゴブリンの集団が、森を突っ切りながらレイたちのいる方にやって来るのだ。
セトが嫌そうな鳴き声を上げたのは、レイにも十分に納得出来てしまう。
ゴブリンは非常に弱い……それこそ、雑魚と呼ぶに相応しいモンスターだ。
それだけなら別に気にする必要はないが、非常に愚かでセトを見ても他のモンスターのように即座に逃げるといったような真似はせず、普通に攻撃をしてくる。
それは高ランクモンスターが自分ならセトに勝てると判断して襲い掛かるといったようなことでなく、敵を見つけたからら攻撃しようといった本能からくるものだ。
それでいながら、敵の強さを感じるといった本能は全く働いていない。
まさに面倒としか呼べないような、そんな相手。
「面倒な……いや、待てよ?」
適当にやりすごしてしまえばいいのでは?
一瞬そう思ったレイだったが、ゴブリンは非常に執念深い。
それこそもし遭遇するのを避けても、レイ達を見つければ間違いなく追ってくるだろう。
であれば、いっそここで倒しておいた方がいい。
こちらに向かってくるゴブリンの数はかなり多いが、それだけにこのゴブリンの群れを倒してしまえば暫くは安全だろう。
……ゴブリンの繁殖力を考えると、もしここでゴブリンの群れを殺してもすぐにまた増えそうな気がしたが。
しかし、レイがこのゴブリンの群れを殲滅しようと判断したのは、せっかくなので習得したスキルを使ってみようという思いの方が強い。
「セト、ニールセン、こっちに向かってくるゴブリンは俺が倒す。丁度いい試し斬りの相手が向こうから来たんだ。寧ろこの状況には感謝しないといけないな」
「え? ちょっと、ゴブリンが来てるの?」
セトに遅れてレイがゴブリンの存在に気が付いたものの、ニールセンはまだそんなゴブリンの姿に気が付いてはいない。
これはニールセンが鈍いのではなく、ニールセン以上にレイやセトの五感が鋭いことを意味していた。
なお、当然ながらニールセンもゴブリンについてはそれなりに詳しい。
ゴブリンはそれこそどこにでも出没するモンスターで、当然ながらニールセン達が現在のトレントの森に来る前にいた場所にも存在していた。
妖精にしてみれば、ゴブリンを倒すのも誤魔化すのもそう難しい話ではないが、それでもゴブリンの数を考えれば面倒だという思いを抱くのは間違いない。
「ああ。それなりの群れがな。けど、俺にとっては丁度いい相手だ。……ニールセン、セトの側にいろ。セトは俺から離れていてくれ。攻撃に巻き込まないとも限らないからな」
「グルゥ」
レイが何をやろうとしているのかを理解したセトは、すぐに後ろに下がる。
ニールセンもそんなセトの様子に、離れていた方がいいと判断したのかセトの側まで移動する。
好奇心の強いニールセンだったが、今のレイの言葉から迂闊に近付けば危険だと判断したのだろう。
そして……それは正しい。
レイはミスティリングの中からデスサイズを取り出す。
いつもなら黄昏の槍も取り出して二槍流となるのだが、今回はあくまでもデスサイズだけだ。
今回はあくまでもスキルを使った試し斬りをするのが目的なのだから。
「さて……じゃあ、行くか」
茂みを掻き分け、あるいは木々の間を移動してくるゴブリンの姿を見て呟く。
ゴブリンも当然ながら自分達の進路上に出て来たレイを見つけ、醜く笑いながら武器を手にして突っ込む。
「ギャギャギャ!」
「ギョギャガヤ!」
聞き苦しい声を上げながら近付いてきた敵に対し、レイはデスサイズを手にスキルを発動する。
「多連斬」
その言葉と共にスキルが発動し、その鋭い一撃は数匹のゴブリンを胴体諸共切断する。
同時にスキルの効果が発揮され、今のレイが放ったのと同等の斬撃が二十、ゴブリンに向かって放たれた。
たった一度。
その一度のスキルで数十匹存在したゴブリンはその全てが胴体、手足、頭部……それらが切断され、更には周囲に生えていた木々や茂みも同時に切断される。
そして周囲に残ったのは、血と肉と内臓と皮膚と……ともあれ、ゴブリンの残骸とでも評すべき諸々。
魔石ですらも、その多くが切断されていた。
「うわ……」
自分でやったことではあったが、それでもレイの口からはそんな声が漏れる。
威力があるとは思っていたし、かなり強力な攻撃だろうとは思っていた。
しかし、それでもここまで凄惨な光景を目の前に作るというのは、正直なところ予想外だった。
「うわぁ……何て言うか、うわぁって言葉しか出てこないわね」
離れた場所で今の様子を見ていたニールセンの口からは、そんな声が漏れる。
好奇心の強いニールセンにしてみても、今のこの光景はそんな言葉しか出てこないらしい。
「グルルルゥ」
セトもまた、目の前の光景には驚いたように喉を鳴らす。
とはいえ、それでもレイの実力については十分に理解していたのでニールセン程に驚いた様子は見せなかったが。
「これは……迂闊に使えないな。強敵を相手にした時とか、そういう時に使えばいいんだろうけど」
レイは改めてその様子を見て、そんな風に呟く。
デスサイズを振るって、刃に付着していたゴブリンの血肉を振り払う。
(もう多連斬は個別に攻撃するといったような攻撃じゃなくて、完全に範囲攻撃とでも呼ぶべき攻撃になってるよな)
デスサイズの一撃で、ゴブリン程度なら五匹くらいは容易に殺すことが出来る。
そんな攻撃が、一度に二十回行われるのだ。
単純計算でゴブリン百匹くらいなら一度の攻撃で殺すことが出来ることになる。
……とはいえ、当然だがそれはあくまでも単純計算での話だ。
例え百匹を一度に殺せるとはいえ、実際には百匹が一斉にレイに襲い掛かってくるといったようなことは出来ない。
それでも強力無比な攻撃になったのは間違いないが。
「ねぇ、レイ。それで……レイの攻撃が強いのは分かったけど、ゴブリンの死体……というか、肉片? そういうのってどうするの?」
驚きから復活したニールセンが、周囲の様子を見ながら告げる。
改めてその光景を見たレイは、これもまた迂闊に多連斬を使えない理由だなと思ってしまう。
本来なら、モンスターの死体をそのまま残しておくのはやってはいけないことだ。
何しろこの世界にはアンデッドがいる。
それだけに、放っておけば死体はアンデッドになるかもしれないのだ。
だからこそ、出来ればモンスターの死体は焼くなりなんなりする必要があるのだが……
「これは、このままでいいんじゃないか? この状況でアンデッドは……取りあえずゾンビとかスケルトンとかにはまずならないだろうし」
それらのアンデッドになるにも、基本となる死体が必要だ。
しかし、多連斬によって切断された死体は、とてもではないが五体満足な死体は存在しない。
「ゾンビやスケルトンはともかく、ゴーストにはなるかもしれないわよ?」
「ゴーストなら可能性はあるか。ただ……この森にいるモンスターの存在を考えると、とてもではないがゴブリンのゴーストに負けるとは思えないんだが。村の住人も、基本的には森の浅い場所でしか活動していないらしいし」
レイが村長から聞いた話によると、森の奥に迷い込んだり、度胸試しとして森の奥に入る者もいるという話だが……正直なところ、ゴブリンのゴーストよりも蜘蛛や鹿、トカゲやスモッグパンサー……それ以外にもレイの知らないモンスターがいる筈で、そちらの方が凶悪なのは間違いない。
であれば、ゴブリンの死体の片付けはしなくてもいいだろう。
無事な魔石も何個かあったものの、レイにとってゴブリンの魔石はわざわざ拾う必要があるものではない。
「それに、考えてみればこの森では……いや、この森に限らず多くの場所ではモンスター同士が生き残る為に他のモンスターを殺すのは珍しい話じゃない。それらも当然そのままなんだから、そういうのがアンデッドになっていたりもするだろ」
「レイがそれでいいのなら、私は構わないけどね。なら、早くここから離れましょ。ここはかなり臭いもの」
ゴブリンの血肉や内臓がそこら中に散らばっているのだ。
当然のように、周辺には悪臭が漂っていた。
ニールセンにしてみれば、これらを片付ける必要がないのなら出来るだけ早くこの場から去りたい。
(一応、魔法を使えばどうにか……いや、ゴブリンの為に魔法を使うのもな)
レイには死体をアンデッドにしないように焼く魔法がある。
しかし、レイとしてはわざわざゴブリンの為にそんな真似をしたくはなかった。
「そうだな。じゃあ、行くか。……この辺も随分と見晴らしがよくなったし、何か異変があったと他のゴブリンとかがやってくるかもしれない。やって来るのが蜘蛛やスモッグパンサーだったら、俺としては大歓迎なんだけどな」
そんな風に呟きながら、レイは周囲を見る。
森の一部はレイの使った多連斬によって、結構な数の木々が倒れ……上空から見れば、恐らくここだけが開けた土地になっているのは間違いなかった。