2914話
スモッグパンサーとトカゲの二つずつある魔石を使うのは終わり、次にレイが手にしたのは蜘蛛と鹿の魔石。
どちらも一個ずつしかない魔石である以上、デスサイズとセトのどちらがどちらの魔石を使うのかというのは、それこそしっかりと考えないといけない。
(いや、別に必ずしもデスサイズとセトで一個ずつって風じゃなくても、どちらかが二個使うという選択肢もあるんだよな。その場合、二個使うのは当然だがセトか)
レイの場合は、デスサイズで戦う以外にも黄昏の槍を使ったり、魔法を使ったりといったように攻撃手段は多彩だ。
しかし、セトの場合は攻撃手段として存在しているのは基本的にスキルだ。
前足やクチバシ、体当たりといった身体を使った攻撃もあるが、やはり攻撃の多彩さという点ではレイに劣ってしまう。
そう考えたレイは、セトに向かって尋ねる。
「どうだ、セト。この二つの魔石はセトが使ってみないか?」
「グルゥ?」
レイの言葉に驚くセト。
まさかレイがそのようなことを言ってくるとは、思ってもいなかったのだろう。
とはいえ、レイにしてみれば自分が……正確にはデスサイズが強化されるよりも、セトがスキルを習得するなり強化するなりした方がいいのでは? と思っただけだったのだが。
「グルルルルゥ、グルルルゥ、グルルルルルルゥ」
少し考えたセトは、やがて鹿の魔石だけをクチバシで咥えてレイから離れる。
レイの手には蜘蛛の魔石が残っているのを見れば、セトが何を言いたいのかは考えるまでもなく明らかだ。
「いいのか、セト。俺が蜘蛛の魔石を使っても」
「グルゥ!」
咥えていた鹿の魔石を地面に置いたセトが、それでいいよと喉を鳴らす。
セトにしてみれば、自分が魔石を使って新たなスキルを入手したり、あるいは既存のスキルが強化されるのも嬉しい。
しかし、二つ魔石があるのだから自分だけではなく、レイに……正確にはデスサイズにも使って欲しかったのだろう。
セトにしてみれば、デスサイズは自分と同じく魔獣術で生み出された存在だ。
無機物、もしくはマジックアイテムではあるものの、ある意味で兄弟的な存在と言ってもいい。
デスサイズには自分の意思がないので、そういう意味ではセトの勝手な思い込みにすぎないのかもしれないが。
そこまで詳しい事情は分からなかったものの、レイはセトの様子から蜘蛛の魔石はデスサイズに使って欲しいと思っているのだけは理解した。
「そうだな。じゃあ、この蜘蛛の魔石はデスサイズに使ってみるか。……まぁ、この森で蜘蛛と鹿をもう一匹ずつ見つければ、最終的には同じことになると思うけど」
そんなレイの言葉に、セトは嬉しそうな様子を見せる。
セトにとっても、蜘蛛と鹿を新しく見つければそれでいいと思ってはいるのだろう。
話が決まると、早速レイとセトは魔石を使うことにした。
ここでゆっくりとしていれば、いつニールセンが木の中かから出て来るのか分からないから、多少は急ぐ必要がある。
「じゃあ、まずは俺からいくぞ」
そう言い、空中に蜘蛛の魔石を放り投げると、デスサイズで切断する。
【デスサイズは『風の手 Lv.五』のスキルを習得した】
頭の中に響くアナウンスメッセージ。
蜘蛛で何故風の手? と疑問に思ったレイだったが、恐らくは糸を使って相手を捕らえる時に、何らかの風のスキルを使っていたのだろうと予想する。
風の手がレベルアップしたのは、レイにとっては決して悪いことではない。
何しろ風の手は、レイの象徴たる炎の竜巻……火災旋風を生み出すのに使われるスキルの一つなのだから。
つまり、風の手が強化されたということは当然ながら火災旋風もまた強化されたということを意味していた。
「いやまぁ、実際に使ってみないと分からないけどな。……風の手」
どう強化されたのか分からない以上、やはりここは実際に使って確認する必要がある。
そう判断したレイは、早速スキルを発動する。
するとデスサイズから風の手が伸びていくのが分かった。
風の手というのは、風の魔力で編み込まれた無色透明の触手のようなものを自由に使うスキルだ。
触手の先端部分でのみ触れている場所に、風の効果を発揮する。
レベル五になった風の手は、間違いなくレベル四の時とは比べものにならない程に強化されているのが実感出来た。
まず風の手を伸ばす時の速度や動きの滑らかさが、レベル四までの時と比べると明らかに上がっている。
また、レベル四の時は二百五十mくらいまでしか風の手を伸ばすことは出来なかったが、レベル五になったことよって一気に五百mくらいまで風の手を伸ばせるようになっていた。
レベル四の倍。
そう考えるとそこまで強力になったとは思えないかもしれないが、レベル五以降ではレベルが上がった時のスキルの強化幅も大きくなる。
そういう意味では、やはり風の手がレベル五の時点で五百mまで伸びるというのは、レイにとってかなりありがたいことだった。
「後は鹿だな。セト、試してみてくれ」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは任せてと喉を鳴らし、クチバシで鹿の魔石を咥え……飲み込む。
【セトは『翼刃 Lv.三』のスキルを習得した】
頭の中に響くアナウンスメッセージ。
「なるほど、翼刃か。鹿がどういうモンスターだったのかを考えれば、そんなにおかしな話でもないかもしれないな」
鹿は身体中から刃が伸びているという、攻撃的な存在をしていた。
そんな外見だけに、実は解体する中でも蜘蛛やトカゲを上回るくらい、やりにくい相手だったのだ。
それだけに、セトの翼の外側部分が刃となる翼刃のレベルが上がるのは納得出来た。
(寧ろ、あの鹿みたいにセトの身体中から刃が生えるといったようなことにならなかったのは、よかったよな)
もしそのようになっていた場合でも、刃の出し入れが出来ればいい。
だが、もし鹿のように出し入れが出来なかった場合……それは、セトにとって決して喜ぶべきことではない。
セトは敵と戦うのも好きだが、街中で色々な相手に遊んで貰うのも好む。
しかし、身体中から刃が生えるといったような状態になってしまえば、今までのようには出来ないだろう。
大人が相手なら刃に気を付けて撫でて貰うといったことも出来るが、子供にそのような注意をするのは少し難しい。
また、背中からも刃が生えた場合、レイを背中に乗せるといったような真似も出来なくなってしまう。
そう考えると、やはり身体から刃が生えるのではなく、翼刃というスキルが習得出来るようになったのはセトにとって幸運だったのだろう。
「グルゥ!」
スキルが強化されたことで、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
そんなセトの身体を撫でてやりながら、レイは口を開く。
「じゃあ、その翼刃……レベル三になってどのくらい強化されたのか、ちょっと試してみてくれないか?」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、任せて! と喉を鳴らすセト。
そうなると、問題なのは何を標的にするかだ。
まさかレイがその標的になる訳にもいかない以上、実際にそれを行う標的として相応しいのは、周辺に生えている木となる。
もちろん、その場合はニールセンが休んでいる木ではなく、もっと別の木となる。
「そうだな、ならあの木はどうだ? それなりの太さだし、翼刃の効果を発揮するには相応しいんじゃないか?」
そう言ってレイが示したのは、それなりの太さを持つ木。
セトもレイが示したのならと、特に文句はなかったのかその木に向かって突っ込んでいく。
「グルルルルルゥ!」
スキルの翼刃を発動し、翼の外側の部分を木に当て……斬、と。そんな音を立ててあっさりと木は切断され、地面に倒れる。
当然ながら、その威力はレベル二の時と比べても明らかに上がっていた。
「へぇ、凄いな。……このスキルもここまで強力になれば、かなり使い勝手がよくなるんじゃないか?」
「グルルゥ? グルゥ!」
レイの言葉に自慢げな様子で喉を慣らすセト。
セトにしてみれば、自分のスキルが強化されたことも嬉しいが、それと同等に……あるいはそれ以上に、レイに褒められたことが嬉しかったのだろう。
「とにかく……」
「ちょっとちょっとちょっと! 一体今のって何よ!」
レイが話をしようとしたところで、いきなりそんな声が周囲に響き渡る。
一体誰の声なのか……といったようなことは、当然ながらレイも考えてはいない。
その声が誰の声なのかというのは、当然ながらすぐに分かったのだから。
「ニールセン、もう休憩はいいのか? もう少し寝てると思ったんだけど」
「あのねぇ! いい? 今のこの状況で一体どうやったらゆっくりと眠っていられると思うのよ!」
叫ぶニールセンが指さすのは、倒れている木。
それを見て、レイも納得した様子を見せる。
「木の中にいても、外の様子とかは分かるんだな。……考えてみれば当然かもしないけど」
もし木の中にいて外の状況が全く分からなければ、どうなるか。
例えば妖精郷において妖精達が眠っている時、寝坊をしても誰も起こすことが出来ない。
ましてや、寝坊をしているのは好奇心が強く、好き勝手に動く妖精だ。
外から起こすことが出来ない場合、いつまで眠っていてもおかしくはなかった。
そのような状況だけに、木の外の音が聞こえたりといった真似が出来てもおかしくはないだろう。
……ある意味で、妖精が自分達を進化させる形でそうなってきたのでは……? と、何となくレイは思う。
「当然でしょ。で、一体何だっていきなり木を切断するなんて真似をしたのよ! まさか私を起こす為にこんな真似をした訳じゃないでしょうね!」
「勿論そんなつもりじゃない。セトの持つスキルの効果を確認していただけだよ」
「ふーん……」
レイの説明に納得したのか、してないのか。
その理由はともあれ、ニールセンはそんな風に言うだけだ。
「それで、解体は終わったの?」
「ある程度ってところだな。魔石を剥ぎ取るのはやったけど、肉とかそういうのの解体は難しいし。特に蜘蛛とか」
トカゲや鹿なら、ある程度レイも解体のやり方は予想出来る。
だが、巨大な蜘蛛をどうやって解体すればいいのかというのはさすがに分からなかった。
カニのような感じで足を切断していって、皮膚を裂いて内臓を取り出すといったような真似をすればいいのか。
(いや、専門知識が必要そうだし、これは解体屋に任せた方がいいかもしれないな)
一瞬、双頭のサイを倒すように依頼してきた村のことを思い浮かべたレイだったが、すぐにそれを否定する。
村の住人はレイを怖がっていたし、何よりも村の住人は森の浅い場所でしか行動していない。
であれば、森のかなり奥で倒したモンスターの死体を解体して貰おうとしても、出来ないだろう。
「レイ、どうしたの?」
「ん? ああ。何でもない。ただ、ちょっと モンスターの解体が難しそうだと思ってな。ニールセンも起きてきたことだし、十分に休むこと出来ただろ。そろそろスモッグパンサーを倒す作業に戻らないか?」
「作業って……」
レイの口から出たのは、スモッグパンサーと戦って倒すのではなく、倒すという作業を行うということだ。
その表現に若干呆れの視線を向けるニールセンだったが、実際にレイにしてみれば作業でしかない。
セトの王の威圧を使えば、それだけでスモッグパンサーは動けなくなり、霧になることも出来なくなるのだから。
「出来れば、スモッグパンサーの上位種か希少種が出て来て欲しいんだけどな」
「それはきちんと戦いたいから?」
「それがあるのも否定はしない」
この森に来てから習得したスキルを、実際に使ってみたいという思いがあるのも事実だ。
特に多連斬は、レベルが六になったことによって一気に強くなった。
それこそ、ちょっと強くなりすぎじゃないか? と思えるくらいの強化。
レイとしては、多連斬が強くなるのは自分にとって利益でしかないので、そのことに文句はなかったのだが……同時に、そこまで強くなった多連斬を使える相手はそういないだろうと思えた。
「それにスモッグパンサーの希少種か上位種の魔石があれば、俺が作って貰う霧の音も予想した以上の効果になるかもしれないし」
「そう? まぁ、本当にそうなるのならいいけど。……じゃあ、とにかく行きましょうか。向かうのは、あっちよ!」
ある程度木の中で休んだこともあって、ニールセンはかなり元気だった。
いや、休む前もかなり元気だったのは間違いないのだが。
そういう意味では、ある意味で休む前と全然変わっていないのかもしれないが。
レイはニールセンの指さす方向に向かい、セトと共に移動を開始するのだった。
【セト】
『水球 Lv.五』『ファイアブレス Lv.五』『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.四』『毒の爪 Lv.七』『サイズ変更 Lv.二』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.五』『光学迷彩 Lv.六』『衝撃の魔眼 Lv.三』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.五』『バブルブレス Lv.三』『クリスタルブレス Lv.二』『アースアロー Lv.二』『パワーアタック Lv.二』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.二』『翼刃 Lv.三』new『地中潜行 Lv.一』『サンダーブレス Lv.一』『霧 Lv.二』
【デスサイズ】
『腐食 Lv.六』『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.二』『パワースラッシュ Lv.五』『風の手 Lv.五』new『地形操作 Lv.六』『ペインバースト Lv.四』『ペネトレイト Lv.五』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.五』『飛針 Lv.一』『地中転移斬 Lv.一』『ドラゴンスレイヤー Lv.一』
風の手:風の魔力で編み込まれた無色透明の触手のような物がデスサイズから生える。触手の先端部分で触れている物のみ風を使った干渉が可能。Lv.四で二百五十m、レベル五で五百mまで触手を伸ばせる。
翼刃:翼の外側部分が刃となる。レベル一でも皮と肉は斬り裂ける。レベル二では肉を斬り裂いて骨を断つ。レベル三ではそれなりに太い木も切断出来る。