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レジェンド  作者: 神無月 紅
妖精のマジックアイテム

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2912/3930

2912話

「凄いな、頼んでおいてなんだけど、まさか本当にニールセンの示した方向にスモッグパンサーがいるとは思わなかった」


 目の前に転がっているスモッグパンサーの死体を見て、レイはそんな風に呟く。

 二度あることは三度あると言うが、今回の場合は一度あることは二度あると表現すべきか。

 ニールセンが示した方向にいた、一匹目のスモッグパンサー。

 それを倒し、続いてまたニールセンの示す方向に向かったのだが……そこにも、当然のように霧が広がり、スモッグパンサーがいたのだ。

 霧を見つければ……正確にはスモッグパンサーのいるだろう霧を見つけてしまえば、レイ達にとってはそこまで苦労するようなことはない。

 本来なら、魔石すらも霧と化すことが出来るスモッグパンサーは、魔石が無事なまま倒すのは難しい。

 ……いや、それ以前に霧となって接近し、攻撃する時だけ爪や牙を物質化して攻撃し、またすぐに霧となるというスモッグパンサーは、倒すことそのものが非常に厄介な相手だった。

 しかし、セトの王の威圧があればこうして簡単に倒すことが出来るのだ。

 王の威圧を使われれば、即座に霧から通常の状態に戻って姿を現し、地面に倒れる。

 あるいは王の威圧に抵抗すれば動きは遅くなる程度なのだが、今のところ王の威圧を使われたスモッグパンサーの全てが動けなくなっていた。

 まさに百発百中といった感じで、レイ達にとってスモッグパンサーというのは全く手強い相手ではない。

 実際にスモッグパンサーと戦った場合はかなり厄介な相手なので、その経験がある者にしてみれば、レイのそんな言葉を聞けば納得出来ないだろう。


(もしかしたら、霧になってるからこそ、スモッグパンサーには王の威圧が効くとか、そういうのもあるのか?)


 生身の状態ではなく霧の状態だからこそ、王の威圧を使う際の雄叫びがより効率的にその身体に伝わるのではないか。

 そんな風に考え、意外とその考えは間違っていないように思えた。


(だとすれば振動……音、つまり風魔法とかを使えばスモッグパンサーを相手に有効な手札になったりするのかもしれないな。実際にそれはやってみないと何とも言えないけど)


 レイにしてみれば、それはあくまでも可能性でしかない。

 実際に試してみないと分からないし、それを試すにしてもレイの場合は風の魔法は使えない。

 使えるとすれば、デスサイズのスキルである風の手や氷雪斬、あるいは飛斬といったところか。


「セトがいるから、その辺の心配はあまりしてないけど」


 王の威圧が使える以上、セトにしてみればスモッグパンサーという存在は特に警戒すべき相手ではない。


「うーん……このスモッグパンサーを見つけた私が言うのもなんだけど、本当に何でこうも都合よく見つかるのかしら?」


 ニールセンが心の底から不思議そうな様子を見せるが、それに関してはレイもまた同様だった。

 他の手段がないので、スモッグパンサーを見つける方法についてはニールセンに任せてはいるものの、それが二度も連続で敵いる場所を発見することが出来たというのは、明らかにおかしい。

 ……おかしいとは思うものの、それでも今の状況を考えるとそれが役立っているのは間違いない。


「考えられる可能性としては……長が何かしたんじゃないか?」

「長が……?」


 ニールセンにしてみれば、まさかレイが言ったように長が何かをしたというのは、かなり予想外なことだったのだろう。

 しかし、実際に自分に気が付かれずにそのようなことをすることが出来る相手となれば、それは当然のように限られてしまう。

 そして長が一番可能性が高いのは間違いない。


「長……ありがとう。私を生き餌にするっていうのは、冗談だったのね」


 しみじみといった様子で呟くニールセンだったが、レイとしてはその言葉がどこまで真実なのかが分からない。

 長がニールセンを見込んでいるのは、間違いない。

 ダスカーと交渉する相手として、ニールセンが選ばれたのがその最大の理由だろう。

 だが、同時にニールセンをスモッグパンサーの生き餌にするといった話をしていた時、それが完全に冗談だったのかと言われれば……レイとしては、それに対して素直に頷くような真似が出来ないのも事実だった。


「理由は分からないが、ニールセンによってスモッグパンサーの場所を見つけられるようになったのは助かるんだ。で、次にどっちに行けばいい?」

「えっと、そうね。向こうとか?」


 レイの言葉に、ニールセンは適当な方向を指さす。

 そちらを指さしたのは、特に何か理由があってのことではない。

 本当にただ何となくで、勘と表現するのも大袈裟な、そんな感じで選んだ方向だ。

 そんなニールセンの様子を見つつも、今となってはそんなニールセンの言葉を信じない訳にいかないのも事実。

 自分が今やるべきなのは、とにかくスモッグパンサーを一匹でも多く倒すことなのだ。

 そうしてスモッグパンサーを倒せば、それだけ自分にとっての利益になる。


(モンスターの素材の中で一番高価な魔石は長に渡すんだから、そういう意味では得じゃないのかもしれないけど)


 そんな風に思うレイだったが、実際には魔石は長に渡すものの、それ以外の素材の全ては自分が貰うという約束になっている。

 総合的に見れば、マジックアイテムを作って貰うということもあり、レイにとってプラスなのは間違いない。


「じゃあ、ニールセンが示した方向に向かうか。そっちに行けば、多分またスモッグパンサーがいるだろうし。……にしても、本当に緊張感がない戦いになったよな」

「グルルルゥ?」


 レイの言葉を聞いたセトが、自分のせい? と少し不安そうな視線をレイに向ける。

 しかし、当然ながらレイは今の状況についてセトを責めるつもりはない。

 セトのおかげで、敵との戦いが非常に楽になったのは間違いない。

 そういう意味では緊張感が足りなくなったのは事実なのだが、だからといってそれを不満に思うかと言われれば、その答えは否なのだから。


「安心しろ。別にセトを悪く言ってる訳じゃない。偶然セトがスモッグパンサーに対してはもの凄く効果的な戦い方を見つけてくれたから、こうして楽に戦っているけど……もしセトの王の威圧がなければ、多分倒すのに苦戦はしていたと思うし」


 この場合の苦戦というのは、実際にはスモッグパンサーを倒すという行為に対してではない。

 スモッグパンサーを倒すだけなら、それこそ魔法を使えば楽に倒せた筈だ。……炎の魔法によって、森が燃えるといったようなことになる危険もあったが。

 そんな状況である以上スモッグパンサーを倒すのは難しくなかったが、霧となっている状態で燃やすといった真似をすれば、魔石も破壊されてしまう可能性があった。

 セトの王の威圧があれば、その辺の心配は全くしなくてもいいのだから、そのような状況でレイがセトを責める筈もない。


「ちょっと、レイ。セトも! いつまでもそんな場所で話してないで、さっさと行きましょうよ! スモッグパンサーは出来るだけ多く倒すんだからね! 全く、私がいないとどうしようもないんだから」


 ニールセンにしてみれば、自分が見つけたスモッグパンサーをレイやセトが倒すというのは嬉しいのだろう。

 それこそ自分が指揮官か何かであるかのように思えているらしい。

 ……実際、ニールセンがいなければスモッグパンサーを見つけるのが難しいのは事実なのだが。

 空を飛んで探すにも、木々に生い茂っている葉が邪魔になる。

 地上を移動して探すにも、生えている木々が邪魔になる。

 結局のところ、ニールセンの第六感……あるいは長から与えられた何らかの感覚くらいしか頼るものがないのは事実だった。


「分かった、分かった。それで? 向こうに行けばいいんだな?」


 ニールセンが指さした方向に向かって、レイはセトと共に進む。

 途中でモンスター……出来れば蜘蛛か鹿、あるいはまだ遭遇していない未知のモンスターに遭遇しないかと考えながら進むものの、生憎とモンスターの姿は見つからない。

 何匹かのモンスターではない普通の鹿は見つけたものの、その鹿はレイを見ると即座にその場から逃げ出してしまう。

 正確には、レイではなくセトだろうが。

 気配を消しているセトだったが、それでも直接セトの姿を見れば野生の勘か何かでセトの強さを感じるのだろう。

 レイも別にここで無理に鹿を殺すといった真似をするつもりはなかったので、特に追ったりといった真似はしなかったが。


「あ、ほら。あそこに川があるわよ。さっきレイが解体した時に使ったのとは別の川。あそこで休んでいく?」


 ニールセンの示した方向には、確かに川があった。

 その川で休むかと言われたレイは、少し考えてから賛成する。


「そうだな。森に入ってから結構活動し続けているし、少し休憩した方がいいかもしれない。蜘蛛や鹿、トカゲ、スモッグパンサーの解体もしたいし」

「あのね、レイ。解体をするのならそれは休むとは言わないんじゃない?」


 レイの言葉を聞いたニールセンが呆れた様子で言ってくるものの、レイとしては出来るだけ早く解体しておきたい。

 死体はミスティリングに入っているので、それが傷むといったことはないのだが。

 それでもレイとしては出来るだけ早く解体……もっと正確には、魔石を取り出しておきたかった。

 とはいえ、ニールセンがいる場所で魔石を使ったりといったような真似は出来ないので、その目を盗みながらどうにかする必要があるのだが。


「ニールセンも、どうせなら美味い肉は食いたいだろ?」


 お菓子や果実、木の実といったものを食べているイメージが強い妖精だったが、レイはニールセンが肉も普通に食べるのを知っている。

 実際に串焼きを食べている光景を見ているのだから、それは間違いない。


「え? そう? うん、でもそうね。じゃあそうしましょうか」


 美味い肉という言葉を聞いた瞬間、ニールセンはすぐに態度を変える。

 そうして、レイ達は川の近くに向かったのだが……


「マジかー……」


 川に近付いた瞬間、霧が出て来たのを見て思わず呟く。

 レイにしてみれば、まさかこの状況で霧が出て来るとは思わなかった。

 水源となる川が近くにあるので、もしかしたらこの霧は自然現象ではないか。

 一瞬そう思ったのだが、日中にそんな霧が出る筈もない。


「セト」

「グルルルルルルルルルゥ!」


 勝手知ったる何とやら。

 レイの言葉を聞いた瞬間にセトは王の威圧を使い……ドスン、と何かが地面に落ちる音が周囲に響く。

 それが何なのかは、既に考えるまでもないだろう。

 そして実際レイが視線を向けた先にあったのは、レイが予想した通りスモッグパンサーだった。

 今までも何度かやって来たのと同じ行動に流れ……ではあるのだが、そんな中で唯一違ったのは、地面に倒れたスモッグパンサーはまだ動いていたことだ。

 思い通りに身体は動かない様子だったが、それでも何とか立ち上がろうとしているのが分かる。


「へぇ、こいつ王の威圧の抵抗に成功したのか。……まぁ、抵抗に成功したからって、それでこの状況がどうにかなる訳じゃないけどな」


 呟き、レイはミスティリングから取り出したデスサイズを振るってスモッグパンサーの首を切断する。


「シャ……」


 切断された首から、そんな鳴き声……もしくは断末魔の声が漏れる。

 今までは一切声を聞くことなくスモッグパンサーを殺していたので、何気にこれが初めてのスモッグパンサーの鳴き声だった。

 だからといって、やるべきことは変わらないが。


「さて、またスモッグパンサーを一匹入手したな。それで……川か。見た感じ結構浅いけど、流れもそんなに急じゃないし、ゆっくりすることは出来そうだな」

「そうね。じゃあ、モンスターの解体を始めましょうか。とはいえ、私は手伝えないけど」

「ニールセンの大きさを考えれば、当然そうなるよな」


 妖精のニールセンだけに、もしモンスターの解体を手伝うにしても、それは寧ろ足手纏いになってしまう。

 レイもそれは十分に理解していたので、手伝えないと言うニールセンを特に責めるような真似はしない。


「俺やセトと違ってニールセンは身体が小さいんだから、今はゆっくりと休んでいてくれ。スモッグパンサーはもっと見つけたいけど、その時にニールセンが役に立たなかったら大変だしな」

「え? そう? うん。そうかもしれないわね。じゃあ、悪いけど休ませて貰うわ」


 そう言い、川の近くに生えている木の中に入るニールセン。

 そんなニールセンを見ていたレイの顔には、してやったりといった表情が浮かんでいた。

 これで魔石を使えると嬉しく思いながら、解体を始めるのだった。

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