2911話
スモッグパンサーを予想外なくらい楽に倒すことが出来たレイは、少し意表を突かれたような思いを抱く。
「見つけるのにあんなに苦労したのに、まさかこんなにあっさりと倒すことが出来るとは思わなかったな」
「グルルゥ!」
レイの言葉を聞いたセトは、自慢げに喉を鳴らす。
実際、セトはそのように自慢げな様子を見せるだけのことをしている。
本来なら、スモッグパンサーは身体を霧とするような能力を持っており、物理的な攻撃はそれによって防がれてもおかしくはない。
だが、セトが使った王の威圧は相手の動きを止めるといった効果があり、それによってスモッグパンサーは霧となっている状態を維持できなくなったのだ。
スモッグパンサー最大の利点を速攻で潰されたに等しい。
……レイとしては、少しだけ、本当に少しだけだが、スモッグパンサーが霧のままで動けなくなり、元の身体に戻るようなことがないまま死んで身体が散っていくといった可能性も、今更ながらに考えた。
しかし、幸いなことにそのようなことになるようなことはなく、スモッグパンサーは元の身体に戻っていた。
そうして最終的に、王の威圧によって動けないところをレイに攻撃され、死んだのだ。
「あら、いいじゃない。楽に倒せたんでしょ?」
「これが必勝のパターンなのは間違いないだろうな。スモッグパンサーがどこにいるのかも、不自然に霧が出ていればすぐに分かるんだし」
霧になっている状態から強制的に元に戻すことが出来るというのは、レイにとっては非常に戦い易い。
それはレイだけではなく、案内役のニールセンを安堵させるにも十分だった。
これでスモッグパンサーと遭遇しても、ピンチになるようなことはなく、楽に倒すことが出来るのだから。
だからこそ、今の状況を思えばニールセンが嬉しく思うなという方が無理だった。
「とにかく、これで一匹ね。……後はどれくらい倒せばいいんだっけ?」
「俺が魔石を二つ貰うから、霧の音に使う分を入れて一つ。ただ、長からは出来ればスモッグパンサーの魔石はあればあっただけ欲しいって話だったから、そう思えば狩れるだけ狩る必要があるな」
「狩れるだけね。……セトの力があれば、そんな風に軽く言えるのも納得出来るけど」
本来なら、スモッグパンサーを狩るのにもう少し苦戦をするとニールセンは思っていた。
しかし実際に戦ってみれば、苦戦をするどころか圧倒するだけの力を見せている。
その辺の状況を考えると、今回の一件はレイやセトがいてよかったと、しみじみと思う。
「スモッグパンサーは離れて棲息しているって話だったから、また別の場所を探さないといけないな。こうして楽に勝てるのなら、出来れば手間を省く為にもっと固まっていて欲しかったけど」
そんなレイの言葉に、話を聞いていたニールセンも同意する。
ニールセンにしてみれば、今のこの状況については色々と思うところがあるのだろう。
スモッグパンサーを殺すのは楽に出来るものの、見つけるのはかなり苦労した。
言ってみれば、見つけるよりも倒す方が非常に楽なのだ。
そんなニールセンを見ながら、レイはどうにかしてもっと簡単にスモッグパンサーを見つける方法がないかと考える。
(セトが上空から敵を探せば……いや、無理か)
ここが森である以上、当然のように木々の葉によって覆われていた。
あるいは冬になれば木の葉もなくなって上空から地上を見るような真似も出来たかもしれないが、今はまだ初秋で紅葉もまだだ。
木の葉の色も緑一色だった。
そのような状況で空からスモッグパンサーの姿を探しても、当然だがそう簡単に見つかる筈もない。
「駄目だな」
「え? 何が?」
レイの呟きを聞いたニールセンが、一体どうしたのかといったように尋ねる。
ニールセンにしてみれば、今のこの状況については色々と思うところもあるのだろう。
スモッグパンサーを見つける為に自分はここにいる筈なのに、今のところそれを見つけるといったような真似は全く出来ていない。
先程の霧に関しても、ニールセンよりもレイの方が先に気が付いたといった状況だったのだ。
だからこそ、この件が終わった後で長に叱られない為にも、出来るだけスモッグパンサーを見つけたり、倒したりする為の役には立っておきたかった。
鹿のモンスターに使ったように魔法を使って植物で足止めといったようなことが出来るニールセンだったが、セトの使った王の威圧の効果を思えば、そんな必要はない。
つまり、今のニールセンがレイの役に立つには、戦いではなく探索でとなる。
(生き餌は絶対に嫌)
長が半ば本気で、レイが完全に冗談で言っていた生き餌という方法だったが、それを聞いたニールセンは本気にしていた。
だからこそニールセンは偵察を頑張る必要があった。
「妖精の使う魔法で、何か索敵に使えるようなのとか、そういうのはないのか?」
「うーん、そういうのはないわね。いえ、もしかしたらあるのかもしれないけど、残念ながら私は知らないわ」
そう告げるニールセンの言葉に、レイは残念そうな様子を見せる。
もっとも、それを言うのならレイもまた魔法戦士で魔法を使える存在ではあるのだが。
レイもまた、ニールセンと同じく何か目的の物なり者なりを探すといったような魔法は使えない。
(長から作って貰うマジックアイテムには、そういうのがあった方が……いや、無理か)
幾ら妖精の作るマジックアイテムの効果が高いとはいえ、それはあくまでも限界がある。
何らかの条件を限定せず、ただ自分の求めている存在のいる場所を示すようなマジックアイテムなど……もしそのような物が本当にあれば、それこそ国が欲しがってもおかしくはない。
「魔法で見つけるのが無理なら、しょうがない。今はとにかく、スモッグパンサーのいる場所を地道に探していくしかないな。……幸いにも、ここにいたスモッグパンサーは倒したんだ。それはつまり、この周辺には他にスモッグパンサーがいないということを意味している」
スモッグパンサーは群れで生活する訳ではないが、ある程度離れつつも、その地域に棲息しているという。
だとすれば、レイが倒した個体のすぐ側にはいなくても、少し離れた場所にはいる筈だった。
具体的にどのくらい離れた場所にいるのかは、生憎とレイにも分からなかったが。
「実はスモッグパンサーは仲間思いで、仲間が危なくなったら近くにいる他の個体が駆けつけるとか、そんな話はないのか?」
「どうかしら。私は聞いたことがないけど……どのみち、レイが倒したスモッグパンサーは鳴き声とか悲鳴とかも出せずに殺されたんでしょう? そう考えると、もしそうだとしても意味はないんじゃない?」
「それは……」
ニールセンの言葉は真実だった。
スモッグパンサーにそのような性質があったとしても、そもそも悲鳴や応援を求めるような鳴き声すら聞こえていないのだから、それで助けに来るという方が無理な話だった。
「結局は自力でまた別のスモッグパンサーを見つけるしかない訳か。……今度はニールセンもきちんと協力してくれよ」
「分かってるわよ。ここで役に立たなかったら、長にどんな目に遭わされるのか、分からないんだから。だからこそ、今はとにかくどうにかしてスモッグパンサーを見つけてみせるわ!」
生き餌はごめんよ! と言葉には出さず、全身でやる気を見せる。
「グルルルルゥ」
そんなニールセンの姿に何を思ったのか、セトは頑張れといった様子で喉を鳴らす。
レイはそんなニールセンのやる気がなくならないうちにと、スモッグパンサーの死体をミスティリングに収納してから、すぐに森の中を歩き出す。
妖精のニールセンがここまでやる気になっている以上、あるいは何らかの幸運でスモッグパンサーを見つけられるかもしれないと、そう思っての判断。
レイにしてみれば、絶対に見つけられるとは思わないものの、もしかしたら……と思っての行動。
実際、特に何か手掛かりの類がある訳でもないので、それを思えば何も考えずに進むよりは、そちらの方がまだマシだろうという、その程度の考え。
「何となく……本当に何となく、こっちのような気がするわ!」
そう言いつつ、ニールセンが示す方向に向かって、レイ達は進む。
そうして進むと……
「嘘だろ」
「嘘でしょ」
一時間くらい進んだところで、レイの口からそんな声が漏れる。
その理由は、周囲に霧が漂っている為だ。
その霧が具体的にどういう意味を持つのかは、先程スモッグパンサーと戦ったので知っている。
それはつまり、この近くにスモッグパンサーがいるということだ。
「……って、なんでお前まで驚いてるんだよ」
自分に続くようにして驚きの言葉を発したニールセンに、レイは思わず突っ込む。
今のこの状況は、ニールセンが示す方向に向かって進んだ結果なのだ。
そうである以上、ニールセンが驚くといったようなことをするのはおかしい。
……勿論、きちんと何かそれらしい理由があって驚いたのならレイも納得したのだが、ニールセンはレイの言葉を聞いて思わず口を押さえていた。
その反射的な動きを見れば、ニールセンが驚いているのは示した方向が適当だったので、まさかここで本当にスモッグパンサーを見つけるとは思わなかったというものだというのは容易に予想出来る。
予想外の展開に声を上げたニールセンだったが、そんなレイの言葉で我に返って笑い声を上げる。
「あはははは。そ、その……ちょっと予想していたよりもスモッグパンサーに遭遇するのが早かったから。私の予想だと、もう少し後になると思っていたの」
それが咄嗟に出た嘘だというのは、レイにも理解出来る。
理解出来るものの、だからといってニールセンに突っ込むような真似はしない。
ここでニールセンに突っ込むより、ますはスモッグパンサーを倒してしまう方が優先なのだから。
(とはいえ、問題なのはいつ王の威圧を使えばいいのかだよな。この霧があるってことは、もうスモッグパンサーは霧になってこの近くにいるのか? それとも、単純にスモッグパンサーの近くには霧が発生するのか)
スモッグパンサーそのものが未知のモンスターである以上、どういう能力を持っているのかはレイにも分からない。
分からないが、それでも怪しいのならスキルを使って試してみればいいという結論に達する。
何しろ、スキルを使って損をするということはないのだから。
いや、場合によっては損をすることもあるのかもしれないが、この状況で王の威圧を使って損をするようなことはない。
「セト、頼む」
「グルルルルルゥ!」
レイが頼むと、セトは何をして貰いたいのかは十分に理解していたのだろう。
即座に王の威圧を使い……
どさり、と。
そんな音を立てて何かが地面に落ちる音がした。
その何かの正体は、当然のようにレイも理解している。
今のこの状況においてそのような真似をする相手は、それこそ考えるまでもなく明らかなのだから。
「やっぱりな」
レイが予想したように、そこに倒れていたのはスモッグパンサーだ。
セトの使った王の威圧の効果によって、動くことが出来なくなっている。
レイにしてみれば、まさに最善の結果だろう。
「うわぁ……二回目だけど、こうして見るとセトって凄いのね」
「グルゥ!」
王の威圧というスキルを使った……ということでまでは分からないだろうが、それでもニールセンはセトが何かをしてスモッグパンサーをこうして身動き出来なくしたというのは理解したのだろう。
「そうだな。セトが凄いのは間違いない。俺も誇らしいよ」
そう言いつつ、レイはデスサイズでスモッグパンサーの首を切断して一撃で殺した。
その死体をミスティリングに入れ、改めてニールセンの方を見る。
「え? 何?」
ニールセンは、何故自分が見られたのか理解出来ないといった様子でレイを見返す。
「ニールセンの示した方向に行ったらスモッグパンサーがいたんだ。だとすれば、また同じようなことが出来ないかどうかを試すのは当然だろう?」
「うぇっ!? ……ん、こほん。そうね。レイの言いたいことは分かるわ。けど、妖精の勘を使っても、そう何度も同じように成功するとは限らないのよ?」
妖精の勘という表現に、上手い誤魔化し方だと思いながらもレイは頷く。
「それについては分かっている。ただ、それでも何の指針もないままで進むよりはいいだろ。さっきも同じような流れで敵を見つけたんだから、それを思えばここでまだそれを期待しても悪くないと思うが?」
そんなレイの言葉に一理あるとは思ったのか、渋々……本当に渋々ではるものの、ニールセンは自分の勘……というよりも適当な方を指さすのだった。