2907話
「えーっ! ちょっ、ちょっと待ってよ! これってどういうこと!? 私が魔法を使った意味ってどこにあるの!?」
セトのスキル王の威圧の効果を見たニールセンは、納得出来ないといった様子で叫ぶ。
だが、それも当然だろう。
自分の使う魔法がどれだけ役に立つのかをレイに見せようとしていたのが、セトの使ったスキル王の威圧によって、草が伸びて鹿の足を捕まえるというニールセンの魔法は全く意味がなくなったのだから。
セトの使う王の威圧は、自分と同格や格上の相手には殆ど効果がないというスキルではあるが、格下に対しては非常に大きな効果を持つ。
蜘蛛、鹿、トカゲの群れ……そんな三種類のモンスターが全て動けなくなっているのを見れば、それは明らかだろう。
王の威圧のスキルに抵抗することが成功すれば、動きは鈍くなるものの、多少は動ける。
しかし、今回は幸運だったのか、あるいはセトの方が圧倒的に格上だったのかはともかく、狙ったモンスターの全てに対して王の威圧の効果が発揮したのだ。
「セト、俺は蜘蛛を! お前はトカゲを頼む! 俺は蜘蛛を倒したら鹿を倒す!」
「グルゥ!」
ニールセンの言葉に何かを返すよりも前に、今は行動に移るのが最優先だった。
王の威圧は相手を動けなくするという効果を持つものの、その効果時間はそこまで長い訳ではない。
だからこそニールセンとの話は後回しにして、レイはまずモンスターを倒すことを最優先にする。
「ニールセンは魔法で援護が出来るのなら、援護を! その対象は任せる!」
ミスティリングから取り出したデスサイズと黄昏の槍を手に、茂みから出る。
セトはレイの声が掛けられた瞬間には既に茂みを出ており、動きの止まったトカゲの群れに向かい……
「グルルルルルルゥ!」
パワーアタックのスキルを使い、トカゲの群れに突っ込んでいく。
大人四人が手を繋ぐ程度の太さを持つ木の幹ですら、へし折る威力を持つスキルだ。
それもパワークラッシュという前足の一撃で放つスキルではなく、体当たり。
単体の敵を相手にするのなら、パワークラッシュの方が向いているだろう。
しかし今回のように多数の敵を相手にするのなら、多数の敵に攻撃出来るパワーアタックの方が向いているのは間違いない。
迫ってくる、セトという巨体。
そんな相手の体当たりに、しかしトカゲの群れは王の威圧のスキルによって動くことが出来ず……次の瞬間、多数のトカゲが派手に吹き飛ばされた。
体長三mオーバーのセトの体当たりだ。
当然ながらその威力は凄まじく、トカゲの中にはその一撃で首の骨を折って絶命した個体もいる。
そこまでいかなくても、骨の一本や二本が折れるくらいのダメージは多くの個体にあった。
そんなセトの行動を目にしながら、レイもまた地面を蹴って蜘蛛に向かう。
鹿とは違い、形そのものは普通の蜘蛛とそう違わない。
ただ、その大きさが手足を抜きにして胴体だけで二m近くもあるとなれば、その蜘蛛がどれだけの凶悪な外見をしているのかが分かるだろう。
実際に戦えば、蜘蛛だけに多彩な攻撃方法をしてくるのは間違いない。
だが……それはあくまでも動ければの話だ。
動けない以上、糸を放ったり毒液を放ったり、鋭い手足や牙を使ったりといった攻撃は出来ない。
出来るのは、大鎌と槍を手に自分に向かってくるレイを見ているだけだ。
蜘蛛は動けなくなくても、周囲に張り巡らされた糸はしっかりと効果を発揮する。
その糸に触れれば、レイもまた鹿と同様に動けなくなってしまう。
それを嫌ったレイは、スレイプニルの靴を使って空中を蹴って上空から黄昏の槍の一撃を蜘蛛に向かって放つ。
当然ながら蜘蛛はその一撃を回避することは出来ず、黄昏の槍が胴体を貫き……
「ついでだ、これも食らえっ!」
斬っ、と。
レイの手によって振るわれたデスサイズは、あっさりと蜘蛛の頭部を切断する。
そのまま再びスレイプニルの靴で空中を蹴り、糸と王の威圧と足元に絡まった草で動けなくなって……いや、それだけではなく、茂みの辺りから伸びている蔦によって足を縛られている鹿との間合いを詰める。
(ニールセンか)
レイが飛び出した時、ニールセンに魔法での援護を頼んでいたのを思い出す。
気紛れな性格をしているニールセンだけに、援護してくれたらラッキー程度の気持ちではあったのだが、そんなレイの予想とは裏腹にしっかりと援護をしてくれたらしい。
そうして身動きが出来ない鹿のモンスターに向かって、レイはデスサイズを振り下ろす。
鹿の胴体からは刃が生えていたのだが、レイの振るうデスサイズはそのような刃をあっさりと切断し、同時に胴体をも切断することに成功する。
「ピー……」
胴体を切断された鹿は、その時点でようやく動けるようになったのか……あるいは蝋燭が燃えつきる前の最後の力だったのか、小さく鳴き声を上げてそのまま死ぬ。
レイにしてみれば、外見とは全く違う鳴き声を上げた鹿の様子に違和感があったものの、今はそれよりもトカゲの群れをどうにかする必要があった。
鹿を倒して久しぶりに地面に着地したレイは、セトが攻撃をしている蜥蜴の群れの方を見て……
「助けはいらないんじゃないか、これ?」
そう、呟く。
トカゲの群れは元々セトの使った王の威圧で動けなかったところに、パワーアタックによって大なり小なりダメージを受けている個体が多かった。
そんな圧倒的なまでの……そして信じられないくらいに連携されたスキルではあったものの、セトにしてみればそこまで消耗した様子はない。
セトにしてみれば、雄叫びを上げて敵に突っ込んだだけなのだから当然だろう。
そんな一撃であってもトカゲの群れは既に絶滅寸前になっていたのだから、格の差とでも呼ぶべきものが間違いなくそこにはあった。
とはいえ、トカゲは群れというだけあって結構な数になるし、中にはセトのパワーアタックを食らったのが理由なのか、少しずつではあるが動き出そうとしている者もいた。
それを思えば、出来るだけ早く倒した方がいいのは間違いのない事実だろう。
「やっぱり俺も手伝うか」
既にレイは蜘蛛と鹿を倒した。
そうである以上、トカゲはセトに任せておいてもいいのだが、それでも今の状況を思えば自分が手伝った方が素早く終わるのは間違いない。
「セト、俺も手伝う。ニールセンは……まだ生きてるトカゲで、逃げ出しそうな奴がいたら魔法を使って動きを止めてくれ」
「ちょっと、私を便利に使いすぎじゃない!? ……あ、でもこうしてレイが頼んでくるってことは、私は頼りになると思ってるのね!」
「そうだな、ニールセンの能力は頼りになるよ」
能力についてはともかく、性格について言及しないところにレイがニールセンをどう思っているのかが如実に示されていた。
とはいえ、それは別にレイがニールセンを嫌っている訳ではないのだが。
「ふふん。そうでしょう、そうでしょう。これでレイもようやく私の力を認めた訳ね。ふふふ」
レイから褒められたのが余程嬉しかったのか、ニールセンは満足そうな笑みを浮かべてそう告げる。
……そんなニールセンの下には、鹿や蜘蛛、トカゲの死体が転がっているのだが、本人は気にした様子がない。
「そんな訳で、頼れるニールセンには逃げ出そうとするトカゲの動きを止めてくれ」
「任せなさい! 私に掛かれば、トカゲ程度どうということもないわ!」
チョロい、と。
そうレイが心の中で思ったのかどうかは不明だが、もし一連の流れを見ている者がいれば、そんな風に思う者も多かっただろう。
そしてニールセンはレイの頼みを聞き、逃げ出そうとするトカゲの身体や足、頭部といった場所を草で縛って動けなくする。
魔力によって強化されている草ではあるが、それでもトカゲが本来の力を出せば、引き千切るのは難しくはないだろう。
あるいは鋭い爪や牙で草を切断してもいい。
だが、今のトカゲはとてもではないが本来の実力を発揮出来るような状況ではない。
草によって身動きが出来ない状態のところを、次々とセトの前足やクチバシの一撃によって殺されていく。
そんな様子を眺めていたレイも、デスサイズや黄昏の槍でトカゲを倒していく。
トカゲの皮膚は頑丈な鱗があり、その辺の安物の武器では斬り裂くことは出来ないのだが……生憎と、レイの持つ武器はとても安物とは言えないものだ。
トカゲが生身の状況で一定の防御力を持っていたとしても、そんなのは全く関係がないといった様子で斬り裂かれ、貫かれていく。
そうして数分も経たないうちに、トカゲの群れは全滅することになる。
レイにしてみれば、本当に作業としか言いようのない光景ではあった。
(多分、この三種類の中で個として一番強かったのは蜘蛛、そして数を使って有利になったのはトカゲだったんだろうな)
外見的な意味では、身体から刃を生やしている鹿も明らかに危険な相手なのは間違いない。
しかし、その鹿は蜘蛛の糸によって動きを封じられていたのだから、その辺から考えると鹿よりも蜘蛛の方が格上ということになるだろう。
もっとも、それはあくまでも今回見た限りの話だ。
その時の状況によっては、蜘蛛よりも鹿の方が勝つといったことも有り得るので。その辺を考えるとレイの今の判断が絶対という訳でもないのは間違いなかった。
「取りあえず、この場は……そうだな。ここで解体するのも難しいし、死体は全部ミスティリングに収納していくか。こういう時に、しみじみとミスティリングって便利だと実感するな」
もしミスティリングがなければ、ここで大雑把な解体をする必要がある。
あるいは解体せずに運んでもいいが、その場合は血抜きをしない影響で多少なりとも肉の味が落ちてしまうだろう。
そういう意味で、やはりレイは自分の持っているミスティリングが非常に大きな意味を持っているのを、十分なくらいに理解していた。
「そうでしょうね。私から見てももの凄く羨ましいと思うわ。そういうのがあったら、皆で移動する時も、より多くの物を持ってくることが出来たんでしょうけど」
心の底から残念そうに言うニールセン。
その様子を見て、レイは何となくその意味を理解した。
ニールセンを含めて、妖精は基本的に小さい。
それはつまり、妖精郷の者達が今まで住んでいた場所から別の場所に引っ越しする時に、持っていける荷物の量は限られてしまうということになる。
(妖精だけに、魔法とかそういうのを駆使して移動したりといったようなことは出来るんだろうけど……それはそれで、幾らでも自由に使えるという訳じゃないだろうし)
妖精の輪を使った転移という方法もあるが、それは当然ながら何度も自由に使えるという訳ではないだろう。
そうなると、やはり引っ越しの時に持っていける荷物はどうしても限られてしまう。
だが、もしそこにミスティリングがあったら、どうか。
それこそ持っていきたい荷物は自由に持っていけるし、妖精達が好きな果実の類も大量に採っておけば、いつでも食べられる。
(俺の持ってるミスティリングじゃなくても、アイテムボックスの簡易型なら、妖精達も入手出来るかもしれないけど)
ダスカーと取引を行っているのなら、そのようなマジックアイテムも入手出来るのではないかと、そうレイは思う。
あるいは、ダスカーと取引をしなくても、妖精はマジックアイテムを作るのが得意なのだから、アイテムボックスその物を作るという手段もあるのではないかと。
「妖精のマジックアイテムに、俺のミスティリングみたいなアイテムボックスを作るとかは出来ないのか?」
「え? うーん……どうかしら。ただ、出来るんなら最初からやってると思うわよ? それをやっていないってことは、長にもそういうマジックアイテムを作ったりは出来ないんじゃない?」
レイの言葉を聞いたニールセンが、そう言ってくる。
ニールセンにしてみれば、出来れば長にアイテムボックスを作って欲しいとは思っているのだろう。
しかし、長が作らない以上は何か理由があってもおかしくはない。
あるいは作らないのではなく、作れないのかもしれないが。
その辺については、レイがどうこう言ったりしても意味はないと思ったので、それ以上突っ込むような真似はしない。
「でも、そうね。今回の件が終わったら、長にちょっと聞いてみるわ。長なら、意外と作れるようになったらあっさりと作れるかもしれないし」
「そうか? まぁ、その辺は妖精郷の考えに任せるよ。ただ、もしアイテムボックスそのままじゃなくても、簡易版であっても普通よりも性能が高ければ、結構な金額で売れるだろうし」
そう言うレイだったが、妖精の作ったアイテムボックスというのが本当にあった場合、それこそ結構な金額どころではない値段になるんだろうなというのは何となく予想出来るのだった。