2906話
カクヨムにて5話先行投稿していますので、続きを早く読みたい方は以下のURLからどうぞ。
https://kakuyomu.jp/works/16816452219415512391
セトがパワーアタックで倒した木にいた生き物は、当然だがその衝撃で木から逃げ出している。
木の枝にいた鳥の類は当然ながら、リスのような小柄な動物や虫の類もその多くが逃げていたのだが……
「うん、まぁ……こうなるのは大体予想出来ていたけどな」
そうレイが言ったのは、セトの折った木をミスティリングに収納したところ、地面に結構な数の生き物がいた為だ。
虫が一番多いものの、それ以外には蛇の姿もある。
レイの持つミスティリングが収納出来るのは、あくまでも生き物以外だ。
その結果として、倒れた木にまだいた生き物は収納されず、地面に残ってしまったのだろう。
そんな生き物もレイの姿に気が付くと、すぐにその場から逃げ出す。
後は、木が倒れた時にその下敷きになって死んだ生き物の死体が幾つか残っているくらいだ。
「凄いわね、セト」
「グルルルゥ」
レイが木をミスティリングに収納している横で、ニールセンは木を体当たりでへし折ったセトを褒めていた。
セトのへし折った木を一瞬にしてミスティリングに収納するというのも、それなりに凄いことではあるのだが……ニールセンにしてみれば、セトを褒めるのに集中していて気が付いていないのか、あるいはセトの方が凄いと思っているのか、レイに向かって何か言ってくる様子はなかった。
「さて、セトのパワーアタックの威力も確認出来たし、ついでに木も手に入った。そろそろ先に進むぞ」
「……ねぇ、あんな大きい木を手に入れて、どうするつもりなの?」
セトを褒めるのは一段落したのか、ニールセンはレイに近付くとそう尋ねてくる。
ニールセンにしてみれば、あのような木をどう使うのかが全く分からないのだろう。
「ああいう木は色々と使い道があるんだよ。乾かせば薪とかにも使えるし、セトに乗って上空から落とせば、十分に武器となる」
大人四人が手を繋いだだけの太さを持つ木だ。
当然ながら、その重量はかなりのものとなる。
その辺の岩を使うよりも、十分凶悪な兵器となるのは間違いないだろう。
他にもまだ何か使い道があるのは間違いなく、そういう意味ではこの木を収納したのは決して悪い話ではないだろう。
……レイの感覚とニールセンの感覚が同じとは限らないが。
「そういうものなの? まぁ、いいけどね。じゃあ、そろそろ行きましょうか。この先に何か面白いものがあればいいんだけどね」
ニールセンは自分で聞いたにも関わらず、レイの説明を聞いてもそこまで興味を持った様子はなく、そう告げてくる。
レイはそんなニールセンの態度にも特に気にした様子はない。
この状況を思えば、それはそれで悪くはないと思ったからだろう。
寧ろニールセンがこの木を何に使うのか、どのように使うのかといったように詳しく聞いてくるよりは、この程度のやる気のなさの方が楽なのは間違いない。
「そうだな。じゃあ、さっさとこの先に進むか。この先には、それはそれで面白い何かが……もしくは俺やセトが探している未知のモンスターがいるかもしれないし。もちろん、スモッグパンサーを出来るだけ多く狩るのも忘れないようにするけど」
元々この森に来たのは、スモッグパンサーの魔石を入手する為なのだ。
それも一つや二つではなく、出来るだけ多くの数を。
そうである以上、出来るだけ多くのスモッグパンサーを倒す必要がレイにはあった。
倒しすぎて絶滅したら? という思いがない訳でもなかったが、モンスターに対してそんなことを心配する方が間違っていると判断する。
もしここにいるスモッグパンサーを全て倒しても、他の場所にスモッグパンサーが棲息しているかもしれないし、あるいはもしここで全滅させるようなことをしても、モンスターというのはまたどこかで誕生する。
そう考えれば、ここでスモッグパンサーを全滅させても問題はないと思えた。
(唯一の難点としては、スモッグパンサーを全滅させることで森の中の勢力図がかわってしまうことだな。今の状況だとあの村にはそこまで被害はない……いや、双頭のサイの一件を考えれば、全く何もない訳でもないんだろうが。とにかく、あの村に何らかの影響が出るのは間違いない)
その影響が、良い影響なのか悪い影響なのか。
その辺りは実際に森の勢力図が変わってみなければ何とも言えない。
とはいえ、レイとしてもあの村に不幸が起きて欲しい訳ではない。
今の状況を考えれば、出来るのならそこまで被害は出て欲しくないとは思う。
「ねぇ、ほら。レイ。先に進むんでしょ。行きましょう。何となくあっちの方が面白そうだわ!」
「面白そうって……ニールセン、お前は本当なら俺をスモッグパンサーのいる場所まで案内する為にやって来たんじゃなかったのか? それが面白そうって理由で行く先を変えてもいいのか?」
「大丈夫よ。最終的にきちんとスモッグパンサーのいる場所まで連れていくから! だからほら、行きましょうよ!」
そんな風に言われると、レイとしても反論は出来ない。
少しだけ……本当に少しだけニールセンの言う面白そうなものとやらに興味があったのも事実。
「そうだな。いつまでもここでこうしていても時間の無駄だ。先に進むか」
「そうそう、そうしましょう」
レイが素直に自分の言葉に頷いたのが嬉しかったのだろう。
ニールセンは楽しそうに森の中を飛び回る。
そんな様子を見ながら、レイはセトと共に森の中を進む。
(スモッグパンサーが狙いだけど、出来れば他のモンスターにも遭遇したいよな。具体的にいつくらいになるのかちょっと分からないけど。今の状況を思えば……そうだな。トカゲ辺りは早く遭遇しておきたい)
レイが村長から聞いた話によると、蜘蛛と鹿のモンスターは基本的に単独で行動しているらしい。
蜘蛛はともかく、鹿のモンスターが単独で行動しているというのは少し面白かったものの、レイにとってはそれだけ倒すのが楽になるので問題はない。
そんな二種類のモンスターと比べて、トカゲは群れで行動しているという。
であれば、そちらは厄介な相手なのは容易に想像出来る。
群れというのは、それだけで厄介な相手なのだ。
であれば、ここは出来るだけ早いうちに倒しておいた方がいい。
(それも、可能ならこっちから奇襲を仕掛けてだな。トカゲが動揺するのかどうかは分からないが、それでも普通に正面から戦うよりは、奇襲の方がやりやすい筈だ)
そんな風に考えつつ森の中を進んでいると……
「グルルルゥ?」
不意にレイの近くを歩いていたセトの口から、そんな鳴き声が漏れる。
それは敵を見つけたといったような、戦いを前にした鳴き声ではない。
どこか戸惑ったような、そんな鳴き声だ。
「セト? どうした?」
「グルルゥ、グルルルルルゥ」
「えっと、セトが何を言ってるのか、レイは分かるの?」
レイとセトを見て、不思議そうな様子を見せるニールセン。
ニールセンにしてみれば、セトが何かを不思議がっているといったようなことは分かるものの、その具体的な意味は理解出来なかったのだろう。
「正確なところまでは分からないけど、何となくはな。どうやら俺達が探していたモンスターを見つけたらしいが……妙なことになってるらしい」
「妙なこと? 具体的には一体どんな風に?」
「そこまでは分からない。だから、それを確認する為に行くぞ。セトがモンスターのいる場所は把握してるから、そっちに向かえば何も問題はない」
「……ないの? いえまぁ、今の状況を考えると多分そうなんでしょうけど」
そんなニールセンと共に、レイは森の中を進む。
セトの案内があるので、レイもニールセンも道に迷うようなことはない。
そうして十分程森の中を進むと……
「これは、また……」
「うわ、凄いわね」
茂みの向こう側の景色を見たレイとニールセンの口から、そんな声が漏れる。
何故なら、その茂みの向こうでは蜘蛛の巣によって身動きが取れなくなった鹿の姿があったのだ。
それだけではなく、身動きが取れない鹿の側には多数のトカゲがいて、隙を狙っている。
まさにレイが探していた三種類のモンスターが全てここに集まっていた。
それもレイにとっては最善に近い状況で。
「なるほど。セトが気が付いたのはこれだったのか」
「……セトが鳴き声を上げた時はかなり離れていたと思うけど、あの状況でこの様子を把握してたの? 一体どうやって?」
「さぁ?」
心の底から不思議そうに尋ねるニールセンだったが、レイはそんなニールセンに対して首を横に振るだけだ。
実際、どうやってセトがこの状況を把握したのかは、レイにも分からない。
しかし今の状況を思えば、セトが何らかの能力で察知したのは間違いないと思えた。
五感の鋭さからか、あるいは魔力を感じる能力を使ってか、はたまた高ランクモンスター故の勘か。
そのどれであっても驚かないし、あるいはそれ以外の何らかの理由であっても驚くようなことはない。
重要なのは、この状況がレイにとって出来すぎなくらいに好都合だったということだ。
蜘蛛は鹿を自分の餌にしようとし、周囲にいるトカゲに奪われたくはない。
鹿は自分を捕まえている蜘蛛の巣からどうにか脱出し、同時に周囲にいるトカゲの群れからも逃げたい。
トカゲの群れは、蜘蛛によって動きを封じられている鹿はもちろん、蜘蛛も自分達の餌としたい。
そんな三者三様の状況で、どのモンスターもまた茂みに隠れているレイ達の存在に気が付いてはいない。
「真っ先に狙うのは……この状況だと一番危険な鹿か? 鹿の足の速さを考えると、ここで下手に逃がしたりすると、追い付くのは難しいかもしれないし」
追い付くのが難しいであって、出来ない訳ではない。
これは自分の能力を過信している訳ではなく、敵の様子を見てセトがいれば鹿が逃げ出しても追い付いて倒すことが出来ると理解しているからだろう。
「ふーん。じゃあ、ちょっと手伝ってあげようか? あの鹿を逃がさなければいいんでしょ? そのくらいなら私も出来ると思うから」
ニールセンの口からそんな言葉が出たのは、レイにとってかなり意外だった。
だが、それが出来れば助かるのは間違いない。
「それが出来るのなら助かるけど、どうやってあの鹿の動きを止めるんだ?」
鹿の大きさは普通よりも大きいといった程度でそこまで特別ではない。
しかし、胴体から刃が生えているのを見れば、迂闊に攻撃を仕掛けた場合はニールセンが危険なことになるのは間違いなかった。
今は胴体から生えている刃も蜘蛛の糸によって封じられている状態だが、ニールセンが何らかの手段で鹿に攻撃をした場合、ニールセンが鹿によって攻撃されてしまうのは間違いない。
レイとしては、何だかんだとニールセンとはそれなりに親しい。
そんなニールセンが怪我をしたり……ましてや、死ぬといった光景は見たくはなかった。
だが、レイの心配そうな様子を見て、ニールセンは笑みを浮かべて口を開く。
「任せておきなさい。私は妖精なのよ? あんな鹿の動きを止めるくらい、何とでもなるわよ」
「……具体的には?」
「妖精は魔法を使えるのよ。それを使えば、あの鹿の動きを止めるくらいのことは出来るわ」
「魔法か」
その言葉にレイは安堵する。
もしかしたら、あの鹿に向かってニールセンが突っ込んでいくのではないかと思ったのだ。
だが、足止めの方法が魔法であるのなら、レイもそこまで心配する必要はない。
「グルルルゥ」
ニールセンが鹿の動きを止めるということが決まると、次にセトが喉を鳴らしてトカゲの群れを見る。
そちらは自分がどうにかすると主張しているのだ。
「分かった、任せる」
「ちょっと、私の時はすぐに信じなかったのに、セトの言葉はすぐに信じるの?」
「当然だろ。俺とセトの付き合いはどれくらい長いと思ってるんだ?」
実際には、セトとはレイがエルジィンにやって来てからなので、まだ数年程度の付き合いでしかない。
しかし、それでもレイがこの世界で一番付き合いが長いのはセトなのだ。
そんなセトと、少し前に知り合ったばかりのニールセンでは信頼度合いが違うのは当然の話だろう。
「むぅ……面白くないわね。いいわ。じゃあ、私が一体どれだけ強いのか見せてやるから。いい、見てなさい?」
「いや、別に使える使えないでこんな話をしてる訳じゃないんだが」
そう言うレイだったが、ニールセンはそんな言葉がまるで聞こえた様子もなく呪文を唱え……すると、次の瞬間には鹿の足元に生えていた草が急激に伸びてその足に絡まり、動きを止める。
「ふふん、どうよ」
「グルルルルルゥ!」
ニールセンが自慢をした次の瞬間、セトの放った王の威圧によって、トカゲの群れ……だけではなく、蜘蛛と鹿もまた動きを止めるのだった。