2905話
多連斬の圧倒的なまでの性能に驚きつつも、レイは取りあえず次の行動に移る。
……正確には、それはレイの行動といった訳ではなく、セトの強化されたファイアブレスとパワーアタックの性能の調査だったが。
特にファイアブレスは、レベルが五になったことで大きく性能が上がっている可能性があった。
今までの魔獣術の経験からすると、そのスキルのレベルが五になると一気に強化されるのだから、ファイアブレスもそうなると考えるのは自然な流れだろう。
「ここが川だったのが、せめてもの救いだったな」
現在レイ達がいる場所は、川の側だ。
もし周囲に木々しか存在しない場所でファイアブレスを使ってみた場合、森そのものが燃えてしまう可能性があった。
そうなれば、当然ながら森にいた動物やモンスターは逃げ出し、先程の村に被害が出る可能性は否定出来ない。
村人の多くは、自分達が手も足も出なかった双頭のサイを相手に、一方的に蹂躙したレイを怖がっている者が多かったが、だからといって森のモンスターが逃げ出して被害が出ればいい……などとは、思っていない。
しかし、もしそのような状況になった場合、村の者達はレイの仕業だと考えるだろう。
これについては、レイが森の中に入ってから数時間もしないうちにそんなことになったら、その関係性を疑うなという方が無理だった。
「よし、まずはファイアブレスだ。森に炎が広がればどうかと思うから、川に向けて放ってくれ」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に従い、セトは川に向けてクチバシを大きく広げてファイアブレスを放つ。
轟っ!
そこから放たれた炎は、レベル四までのファイアブレスとは明らかに威力が違う強力な炎。
川の水が沸き立ち、泳いでいた魚は一瞬にして煮られて死ぬ。
また、放たれた炎は川の水の多くを蒸発させて周囲に大量の水蒸気が生み出される。
「これは……いやまぁ、強力になるとは思っていたけど、こんなに威力が上がるとは思わなかったな。これだともっとレベルが上がった時にどうなるのやら」
「グルルルゥ」
レイの言葉が聞こえたのだろう。セトは自慢げな様子で喉を鳴らす。
「きゃ……きゃあっ、ちょっ、ちょっと、何? 何? 何? 一体何が起きたの!?」
ファイアブレスを使ったセトを撫でていたレイは、不意に聞こえてきたそんな声で我に返る。
声のした方に視線を向けると、そこでは予想通りニールセンが混乱した状態で周囲を飛び回っていた。
先程まではぐっすりと眠っていたし、レイが軽く揺すったりした程度では全く起きる様子もなかったのだが、セトのファイアブレスによって生み出された水蒸気が一気に周囲に充満した状況はニールセンを起こすのには十分だったのだろう。
「起きたか、ニールセン。こっちだ」
「あーっ! ちょっと、レイ! 一体何したのよ! っていうか、何で私はこんな場所に……っていうか、この状況は一体何!?」
ニールセンは騒がしく周囲を飛び回っては、レイに向かってそんな風に声を掛けてくる。
周囲の状況が一体どうなっているのか、何故自分がここで眠っているのか、そしてまた周囲の状況は……といったように、完全に混乱した様子を見せていた。
相変わらず起きていると騒がしいなと思うレイだったが、そんなニールセンの様子にちょっと助かったところがあるのは事実だ。
ニールセンが眠っていた……正確には気絶していたのは、レイが双頭のサイと戦っている時にドラゴンローブの中にいたのが影響している。
しかし、今のニールセンは自分が気絶していた理由よりも周囲の……それこそもっと興味のある存在の方に意識を向けていた。
レイにしてみれば、戦いの時の一件を責められるよりはこのまま忘れてくれた方がいいと思いつつ、質問に答える。
「ちょっとセトのスキルの確認をしていたんだよ。ここ最近使っていなかったからな」
「……それが、今のこの状況な訳?」
そう告げるニールセンは水蒸気の発生源となっている川を見るが、既にその川は普通通りになっている。
川の端にある大きめの石が若干赤くなっていたものの、その熱も次々に流れてくる川の水によって冷やされ、元に戻っていく。
ファイアブレスで瞬間的に煮えた魚も、川の水に流されて既に下流に向かっていた。
「ああ、そんな状況だな。……ちょっと派手にやりすぎたとは思うけど、セトの力を十分に理解したのは助かった。後は……パワーアタックの性能も見てみたいんだが、この辺だとちょっと難しいな」
パワーアタックは体当たりのスキルだ。
レベル一の状態では、大人三人が手を繋いだくらいの太さの木を折ることが出来たが、この川の近くに生えている木はどれもそこまで太い幹は持っていない。
もう少し森の奥にでもいかなければ、セトが試せるような太さを持つ木はないだろう。
「ちょっと、まだ何かやる気なの? ……言っておくけど、今度そういうのをやる時は、しっかりと私にも理解出来る状態でやりなさいよね」
いや、それはどうなんだ?
ニールセンの言葉に思わずそう突っ込みそうになったレイだったが、この件について責められるよりはいいと思い直す。
先程のファイアブレスにより、かなりの数の魚が死んだのは間違いない。
いや、魚だけではなく、川に住んでいた生き物にも結構な被害が出ただろう。
それも食べる為ではなく、ファイアブレスがどのくらいの効果を発揮するのかを試す為に。
人によっては、無駄に命を奪うとは何事かと怒る者もいてもおかしくはない。
ニールセンがそういう理由で怒ってくるとは思わなかったが、それでもレイにしてみればその辺を気にしなくてもいいというのは助かった。
(まぁ、煮えて死んだ魚も別に俺やセトが食わなかっただけで、川の水に流れていけば他の動物が食うかもしれないから、そういう意味では本当の意味で命を無駄にしたって訳じゃないんだよな。それに食われなくても腐って土になって植物の栄養になるのは間違いないし)
そんな風に思いつつ、レイはニールセンの相手をする。
「そうだな。セトのパワーアタックの効果を見る時は、ニールセンにも見せてやるよ」
「どういうのかは分からないけど、少しは喜んであげるわ!」
何故か偉そうにそう告げるニールセンだったが、レイは特に気にした様子もなく頷いておく。
「ニールセンが楽しんでくれれば、俺も嬉しいよ。……さて、ここでやる用事は終わらせたし、眠っていたニールセンも目を覚ました。だとすれば、そろそろ森の奥に向かっても構わないか。セトのパワーアタックを試す木を見つける必要もあるしな」
「グルゥ!」
レイの言葉を聞いたセトは、任せて! と喉を鳴らす。
そうしてレイはセトとニールセンと共に森の奥に進む。
次から次に興味が移るニールセンの頭の中には、既に何故自分が気絶していた、もしくは眠っていたのかといったようなことは残っていない。
「ね、ほら。レイ。ちょっとあれを見てよ。あの木の実って凄く苦いのよ。前にいた場所で見たことがあるわ」
レイはいつも通りセトの背に乗って移動しているものの、ニールセンはレイの周囲を好き勝手に飛び回っている。
村の中ではドラゴンローブの中に入っていることしか出来ず、それが不満だったのだろう。
元々が好奇心旺盛で、興味の赴くままに行動する妖精だ。
それだけに、ドラゴンローブの中で大人しくしているのは厳しいのは当然だった。
それでもニールセンが我慢出来ていたのは、長からレイに迷惑を掛けるような真似はするなと言われていたからに他ならない。
だが、森の中では人目がある訳でもないので、ニールセンがドラゴンローブの中にいる必要はなかった。
「木の実? 苦いのか。だとすれば、使い道はないな」
「うーん……前に他の子が冒険者の料理に入れたとか言ってたわよ?」
「いや、それはどうなんだ?」
妖精が悪戯好きだというのは、レイも知っている。
しかし、苦い木の実をそのようなことに使うのはどうなんだ? と思う。
もっとも、世の中には使い物にならないようなものであっても、どうにかして使うというのは珍しくはない。
もしかしたら、ニールセンが示した木の実も何らかの方法で苦みを抜くことが出来れば美味く食べたり出来るかもしれない……可能性はあった。
……とはいえ、そこまで手間暇を掛ける必要があるのかと思わないでもなかったが。
「ねぇ、レイ。採る? あの木の実、採る?」
「いらないだろ。苦いんだから、使い道はないし」
妖精なら悪戯に使うのかもしれないが、レイがその苦い木の実を入手してどう使えばいいのかと思う。
あるいは料理に少しだけ加えることで、味を引き締めるといったような効果があるのかもしれないが、本当にそういう風に使えるのかどうかは試してみないと分からない。
少なくても、レイは自分でそのような真似を試してみたいとは思わなかった。
「えー、色々と使い道はあるのに」
「それはあくまでもお前にとっての使い道だろうに」
レイにしてみれば、苦いだけの木の実など使い道はない。
これが、あるいは食べた相手を麻痺させたりするような毒であるのなら、まだ色々と使い道もあったのだが。
モンスターや動物であれば、野生の本能やこれまでの経験から危険だと判断して、麻痺毒に気が付くかもしれない。
だが、人間の場合……例えば盗賊の食事に麻痺する木の実を混ぜたとしても、よっぽどその木の実の味がおかしくない限り、それに気が付いたりはしないだろう。
……もっとも、盗賊を倒すというだけならレイの場合は正面から戦っても普通に勝てるので、そのような手段を使う必要はないのだが。
それでも何かあった時……例えば盗賊に誰かが捕まっている時などは、それなりに使い道があるのは間違いなかった。
「ほら、行くぞ。スモッグパンサーを見つけるにはもっと奥に移動する必要もあるし、村長から聞いた蜘蛛、鹿、トカゲのモンスターや、それ以外のモンスターと遭遇する必要もあるしな。それに、この森はかなりの広さを持つ。村長が知っていたモンスター以外にも未知のモンスターがいる可能性はある」
「モンスターとそんなに遭遇したいの? 幾ら魔石を持っているとはいえ、やっぱりレイって変なの」
ニールセンにしてみれば、当然だがモンスターとの遭遇は少なければ少ない程にいい。
魔法はそれなりに得意なものの、それは戦闘が得意という訳ではないのだから。
「その辺は俺とお前の……お、ちょうどいい木があったな」
ニールセンと話ながら進んでいたレイだったが、視界の中にそれなりに大きな木が生えているのを見て、嬉しそうな笑みを浮かべる。
そこにあったのは、大人四人程が手を合わせて一周出来るくらいの太さの幹を持つ木。
「よし、セト。試してみるか?」
「グルルルゥ!」
具体的に何を試すのかといったようなことは口にしていないレイだったが、セトにはそれで十分に通じたらしい。
即座にパワーアタックのスキルを発動し、レイが見つけた木に向かって突っ込んでいく。
「ちょっ、レイ!? いいの、あれ! あのままだと、セトが木にぶつかっちゃうわよ!?」
いきなりセトが木に突っ込むといった真似をしたからだろう。
ニールセンはセトがスキルの確認をするといったようなことを話していたのを、完全に忘れてしまっていたらしい。
レイの顔の周囲を飛び回って騒ぐニールセンに、レイは安心させるように言う。
「大丈夫だ。そもそも、セトが木にぶつかったくらいでどうにかなると思うか?」
「だって、あれ! あんなに太い木なのよ!?」
セトから見れば問題ないような大きさの木に見えても、妖精のニールセンにしてみれば圧倒的なまでに太い木に見えるのだろう。
慌てた様子で叫ぶニールセンだったが……
ドン、と。そんな鈍い音が周囲に響き渡り、次にはミシミシ、メリメリといった音が聞こえてくる。
それが何の音なのかは、当然レイには理解出来た。
また、林や森に妖精郷が存在する以上、ニールセンもまたそれがどんな音なのかというのは理解したらしい。
信じられない……そんな表情を浮かべるニールセンと、こちらはそうなって当然といった表情を浮かべるレイという二人の視線の先では……セトが体当たりした場所から丁度木が折れ、その大きな木はセトが体当たりしたのとは反対側の方向に倒れていく。
「グルルルゥ」
倒れていく木の側では、セトが自信満々といった様子で喉を鳴らし、そしてレイのいる方に向かって近付いてくる。
レイはそんなセトを受け止め、褒めて褒めてと顔を擦りつけてくるセトの頭を撫でるのだった。
ファイアブレス:高熱の炎を吐き出す。飛竜の放つような火球ではなくブレス。炎の威力はセトの意志で変更可能。現在は川の一部を蒸発させる程度の威力を持つ。
パワーアタック:強力な体当たりのスキル。レベル一で大人三人程の、レベル二で大人四人程が手を繋いだくらいの太さの幹を持つ木をへし折るだけの威力がある。